第295話 浅筒討伐戦 その5 狙撃手と影武者
途中3人称になります。
伯耆国 尾高城
尾高城は元々行松氏が鎌倉時代から治めてきた土地だ。現当主行松正盛は尼子氏に領地を追われた後、南条氏と行動を共にしていたらしい。
今回、浅井氏と協力して旧領奪還をはたしたわけだが、その代償は朝敵認定だったわけだ。この人物も尾高城さえ保障されるなら降伏すると言っているが、そこが譲れないのでなんとも言えない。
この尾高城は米子の東にあり、現在の浅井勢が活動する上で失うわけにいかない要所だ。結果として、浅井軍4000がここに集まっていた。一方、俺は2万で美作から北上。日根野兄弟を先鋒に、宇喜多直家らを前線に送りこんだ。更に尼子義久と弟の斎藤利堯、さらに朝倉龍景らが米子城を牽制し、東からは織田・山名らが龍造寺家就・信周と合流し10000で羽衣石城の南条元続を包囲した。
ジリ貧となった浅井。自分ならどうするか、十兵衛ならどうするかを事前に話し合って対策を練っておいた。慢心はしない。
♢
先鋒の日根野兄弟が、大砲で穴だらけになった城壁の隙間から焙烙玉を撃ちこむ。爆散する破片は相手が城壁の裏に隠れる事さえ許さない。結果、郭の1つを事実上無力化し、うちの兵が無傷で押し寄せる。明日から本丸への攻撃だ。宇喜多兵が外から妨害をしてくる浅井兵を牽制しており、中にいる行松氏と筒井氏の兵は実質孤立無援状態である。
「さて、如何来るか」
「大将狙いで何か仕掛けてくるやもしれませぬ」
「それならそれだな」
この分厚い布陣に突っこんでくるのは自殺行為だ。そんな事をしたら浅井本隊に向けて展開している火縄銃部隊の射撃で、貴重な兵をどれだけ消費することになるか。
俺達は慢心せずに、しかしお手並み拝見である。前世の浅井長政、その手腕は如何か。
♢♢
浅井本隊は斎藤本隊の東側に距離を取って布陣していた。大砲警戒のため、陣は密集していない。彼らは斎藤本隊が城攻めしないように牽制すると同時に、隙あらば尾高城の救援を狙っていた。そして同時に、斎藤の警戒網を東側に集中させる役目も担っていた。
「(島)左近殿、城戸は良き位置をとれたのか?」
「何とかギリギリ中納言を狙える位置に着けたそうです。城戸曰く、最後方の陣幕、其の中央に彼の者はいる、と」
「背の高さ、そして背の高い小姓が多くいる場所。明智十兵衛が確認出来ている。今しか機はない」
身長的に目立つ義龍の周囲を守る役目の小姓も6尺(約180cm)を超える身長の者が集う。そのため非常に目立つ。今までも義龍が後方に布陣することが多かったのはそのためだ。
「西から城戸が狙う。義龍が死なずとも、倒れればまだ機はある」
若き2人には、この機会は逃せなかった。音羽ノ城戸こと城戸弥左衛門に、わざわざ四国での信長暗殺計画を曲げてもらってまでこちらに来てもらったのも、彼らにはここしかチャンスがなかったためである。
「腕は一流。しかも四日前から秘かに張って貰ったのだ。頼むぞ」
そして、当の城戸弥左衛門。
辛うじて視界に入る、最後方の斎藤本陣。そこに、背の高い集団がいた。しかし、この集団の小姓と見られる兵が常に射線上に入るため、なかなか義龍を狙えずにいた。
(好機は一度来るか否か。外せぬ)
彼は4日前から同じ木の上で過ごしていた。何日か分の水と食料を浅井に渡されたが、それもそろそろ尽きる頃だ。下着も変えておらず、尿は近くにあった捨てられた鳥の巣に出して放置していたため、饐えた体臭と強烈なアンモニア臭で嗅覚はマヒしつつある。しかし、だからこそ、彼の目はギリギリの射程にいる狙うべき対象を見据えていた。改造された火縄銃は射程を延ばすため火薬を大量に入れる分、3発撃てば壊れる代物。既にこの銃の射撃感覚を試すために、一発試射を行っていた。3発目は感覚と弾の飛ぶ場所にズレが出るのを、高野山で織田信長を狙った時に使った同じタイプの火縄銃で城戸は把握済みだった。だから、2発目が全てだ。この数日、小姓とともにこの背の高い集団は、昼少し前から夕方まで本陣の中央に座っている。
そして夕方、目視が難しくなる頃。いつもなら本陣から全員が同時に引き上げるのだが、今日は小姓たちが一瞬離れた。
(今!)
火縄に火を点け、火蓋を切って構え直す。同じ姿勢を続けていたため、下半身がマヒしているが城戸は構わずに狙いを定めた。小姓たちはまだ離れている。彼は狙った人物に向けて、正確に一発の弾丸を放った。
轟音とともに、目視でその人物の頭部に弾丸が命中したことを確認。敵兵が近くにいるため、慌ててその場から離れようとするが、痺れた下半身が動かない。銃を捨て、上半身の力だけで太い枝にぶら下がり、木から飛び降りようとした瞬間、彼の腹部を一発の銃弾が貫いた。枝から手が離れる。
「あ……い討ち……か……」
力なく木の根元に落ちた城戸は、自身の狙撃成功を確信しながら息絶えた。
250mほども離れた遠くから城戸を見事撃ちぬいた宇喜多家臣・遠藤秀清は、彼に応えるように小さくつぶやいた。
「死んだのは其方だけ。其方の撃った場所に、抑中納言様はおらぬ」
♢♢
本陣からやって来た使者によって、俺に向けた狙撃が行われたことを知った。十兵衛含め被害に遭った者はいないそうだ。
「兜を貫いていたそうで。本陣に居れば危うかったやも」
「恐ろしいな。討ち取れて良かった。信長も何度か狙われた相手だし、な」
そう。俺は普段いる本陣にはいなかった。背の高い小姓も本陣にいたので、敵は小柄な兵に詰物をして俺に見せかけた『物』を撃ったのだ。俺のそばには新七郎がいたが、新七郎は殆ど表に出ないのでわからなかったのだろう。俺の影武者役の小柄な兵は、胴体と足の途中までしか本人ではなく、足の部分は15cm近い厚底ブーツ(3年間訓練させていた)で歩き、頭部は完全に布と蝋の顔面と兜で作った作り物だった。人間の頭部は約23cm、首を含めても35cmはまず超えない。身長146cmの今回の影武者は、俺の頭と足を空洞にできる最高の影武者だった。当然だが胴体部分も鎧の中に鉄板などを仕込んでおり、遠距離射撃で胴体を狙われても影武者に傷がつかないよう工夫をしていた。
しかも頭は頷けるように、中から紐を引っ張れば少し動かせる仕様。戦国時代の平均身長の低さと俺の高身長のミスマッチが叶えた影武者だった。十兵衛も影武者に報告を欠かさなかったし、小姓たちも警戒は怠らないよう本物と思って警固させていた。それでも、心理的に小姓たちの警固が甘くなった瞬間に狙われたようだが、これら数々の仕込みが今回の成功をもたらした。小姓たちは十兵衛が後で怒るだろうけれど、それはまぁ仕方あるまい。
ちなみに、俺自身は今中央の軍勢とともにいる。俺は駕籠に乗って座ったまま移動しているため、突出した身長が気づかれにくい。駕籠自体は負傷兵を運ぶのによく利用されており、軍医とともに常に軍勢に混ぜてある。違和感を感じにくいわけだ。医王山城から伯耆に向かうタイミングですでにその状況にしてあったので、敵はまんまと騙されたということになる。
「此れが最後の悪あがき、とは思うな。最後まで油断せず、浅井・筒井を討ち取るまで、いや、討ち取っても油断せず最後まで進めよ」
「はっ」
ちなみに、駕籠には鉄板が仕込まれている。万一こちらを狙撃された時のためだ。同時に俺自身も、通常より厚みのある絹を圧縮したような服と鎖帷子、さらには胸部に鉄板を身につけている。欠点は、駕籠の密閉度が高いため、暑い。最大の敵は熱中症だが、冷夏のおかげでなんとか耐えられるレベルだ。
「少々の不便は我慢する。命より大事なものはない」
「御安心を。十兵衛様と日根野様が、殿に勝利を御届けしましょう」
「まぁ、戦の時の俺は役立たずだからな」
「殿が決めた方針に従って皆が細部を決めるのですから、殿がいてこそです」
新七郎はそう言ってくれるが、最近はその方針(戦略)決定も、十兵衛や竹中半兵衛、鍋島孫四郎あたりと相談しながらに変わってきているからな。龍和にも自分だけで決めるなと口酸っぱく伝えているし、俺個人の能力頼りな部分はこと戦争においてはほぼない。
駕籠の中に籠って居ると外の様子も見られないので、怖さはある。しかし、部下を信じる。そもそも歴史に名の残った名将揃いだ。俺が無理する必要もない。相手も名のある将ばかりだけれど、物量で負けていなければ覆されるものではない。




