第285話 公家と武家、武家と公家
和泉国 堺
収穫も終わった頃。
長宗我部氏の援軍に弟の鷲巣孫四郎龍光と兵3000を土佐に送った。長宗我部元親は土佐中部の仁淀川を利用して防衛線を構築している。大友軍は角隈石宗率いる4500のみということで、土居宗珊は少数の家臣とともに一条兼定が逃げこんだ堺に戻ってきた。土佐東部の安芸国虎は大友軍と明らかに連動しており、まずはこの安芸国虎をうちの軍勢が滅ぼす予定だ。
そして一条内基様と会談している主君とは別に土居宗珊が俺に面会を申しこんできた。土居宗珊は見た目は細身ながら隙のない動きを身につけた人物だった。
「土佐中村を取り戻したい、かな」
「はっきり申し上げれば、其れは少々高望みかと殿には伝えてあります」
「ほう」
「お亡くなりになられた式部大輔様の命に背き、一条家の荘園も守れず、結果として我等も式部大輔様の死に少なからず良くない影響を与えたと愚考致します」
「いや、其れは」
「事実が如何であれ、そう思える動きをしてしまったのが我等の落ち度。しかも敵が西にいながら土佐で内輪の主導権争い。良く思われる訳も無く」
「まぁ、そうだな」
一条の縁がなければここに逃げてくるのさえ無理だっただろう。無自覚だろうが一条兼定は9割敵の動きだった。しかも無自覚だから余計に厄介だし。
「ですので、我等家臣としては戦場で何とか武功を示して隠居領だけでも確保したいと愚考致します」
「成程。で、左少将(兼定)殿当人は良いのか?」
「殿だけでは中納言様には会えませぬ。今までの取次役がおらぬ故、御本人が取巻きと向かっても本人を示す物が何も御座いませぬ」
あぁ、一条内基様にアポなし突撃したのか。なんで部下はきちんと正規ルートで連絡してきたのに本人はそういう仕組みを知らないんだ。
「良いのか?」
「御止めしても聞いて頂けませぬ故」
「苦労しているのだな」
「大殿の御恩を御返ししているだけで御座います」
この時代、遠方でやり取りをしている人間同士は当然だが互いに顔も知らない。写真のやり取りなど勿論ないから初対面だといくら自己紹介しても意味がないのだ。土佐一条氏と摂家一条家を取り次いでいた家臣が一番屋敷の人間に認知されているし、そういった相互に認知している人物が会う時に最初に仲介するのが当然なのだ。上京した時に直接会った人間くらいしか一条兼定の顔は知らないのだ。もちろん、書状の中身は当主同士しか判断材料にはできないだろう。
「参戦は土佐では難しいだろう。安芸国虎は滅ぼすと決まったし、伊予側だけではないか。可能だとしても」
「では伊予で参戦致したく。戦場で死ねと命じられれば死にまする」
「いや、そういうものは求めておらぬが」
「中納言様の縁を利用する様で厚かましい事も重々承知しております。しかし、もう頼れる御方が宮内様しかおりませぬ」
頭を下げられる。日頃から土居宗珊は一条兼定に直言が多いため疎まれていることもあり、それが結果として土佐一条氏衰退を招いたとは三好からの情報だ。伊予宇都宮氏も一条氏の逸った攻めでかえって支援が途切れ、領地を捨てて三好軍に合流し今は讃岐にいる。面倒ではあるが、一条家に娘が嫁ぐ立場としては無視もできない。
「三好と織田には話しておく。が、必ず願いが叶うとは確約出来ぬぞ」
「其の御言葉だけで十分に御座います」
こういう芯の通った忠臣は苦手だ。しかも恐らくはうちと一条本家との婚約予定も知っていて、畿内での評判も加味してお願いしに来ている。もし領地完全召し上げで一条兼定を流浪の身にでもしようものなら俺の評判が落ちる。どう話が転んでも主君の保身はできるという話なのだ。俺がこの会談を受けた段階でこの話し合いは土居宗珊の勝ちだったわけだ。本当に何でこれだけの才覚がある家臣がいるのに主君はああいう行動ができるのか。不思議でならない。
♢
山城国 京
信長や長慶代理の実休殿と話し合った後、中納言一条内基様の屋敷を訪れた。兄の兼冬様が亡くなってから、うちを含め織田・三好と三家で支援してきた摂関家だ。二条・九条・近衛よりうちと関係が深いかもしれない。鷹司が再興されたらわからないが。
「面倒な事をさせたな、身内の恥でおじゃる。すまぬな宮内」
「いえいえ。此れは今後の武家と公家の関係にも通じる問題で御座いますよ」
「ほう」
今後武家と公家を繋ぐ仕事はなくなる。武家伝奏とかそういう職務が現在の公家と武家を繋いでいるが、今後公家の大部分は貴族院に吸収される。武家の優秀な人間と公家の実務を担っていた人間が軍人・官僚などになっていく。だから、純粋に名家・名門武家というだけでは生きていけない時代になるだろう。そういう人間の受け皿も必要になるのだ。名家は儀式や朝廷との関係でまだ生きる道があるだろうが、一条兼定のように中途半端に名門の武家だと扱いが難しい。
「中村殿(一条兼定)は俺と同じ従三位。官位は高いですが、其れにしがみ付かれると困るのです」
「確かに、官位は左中将(一条房基、兼定父)殿までが例外であって、既に我等本家との繋がりは薄くなっている」
「一条家としては如何したいのでしょうか?」
「三好には既に伝えたが、荘園の収入さえ保たれるなら分家に拘ってはおらぬ。彼の男を引き取るのも吝かではない」
「其れなら中村殿を一先ず御預けして宜しいでしょうか?」
「構わぬ。彼奴も一度追い返されて少しは頭が冷えていると良いが」
あぁ、来たのは認識しているのか。それでも厄介者を抱えてくれる方針とはありがたい話だ。
「己の家と勘違いされては困るでな。最初に甘やかすと若輩と侮られると行空様に教わったのだ」
一条内基様は龍和より若いからな。色々な教えを受けている最中ということだろう。
「帝の御譲位後、親王様が御即位なされます。其れに伴い、宮中の世代交代が行われます。中納言様も大納言に上がるのがお決まりでしたね」
「院に移るのが西園寺様、四辻様、中院様、久我様、勧修寺様、中山様といった四十を越えた歳の皆様ですから。参議も顔ぶれが大いに変わるとか」
「義兄殿も参議を辞するので、今から如何するか摂関家の皆様は御忙しそうですね」
「大丞殿(信長)と其方の申す貴族院に其の儘入る事になる面々だ。慎重にもなろう」
新しく参議以上になるのが決まっているのは、現時点だと高倉永相殿、松木(中御門)宗満殿くらいだ。
「三好の倅は真残念でおじゃった。其方は長生きするのだぞ」
「医者の不養生という言葉もあります故、肝に銘じまする」
「成程。確かに其方等医師は数が足りぬ故忙しく務めておるな」
まぁ、長生きは今生の大目標だから、気をつけますとも。
「医者の不養生」は江戸時代には存在している言葉ですが、当時は多分ないと思います。
一条氏のゴタゴタ、結局本家が預かる形になりました。とはいえ公家と武家に分かれた家は多く(冷泉・北畠など)、そのあたりも含め今後どう収めるかも主人公と信長に課された問題となります。




