第278話 仏と法
山城国 京
京に造っていた仮の政府庁舎とでも言うべき建物内で、信長と義兄上と俺の3人に頭を下げた最初の人物になったのが高野山の僧の1人、覚満なる人物だった。
「座主の快宗様が半幽閉とは穏やかではないな」
「宮内大輔様と皆々様に宛てた文を何とか預かって参りました次第で」
犯罪人引渡しに関する協定から対立してきた高野山内部は、ついに反対派が強硬手段にでた。元々反対派イコール僧兵という面もあり、内部の穏健派はほぼなすすべなく反対派によって高野山全体を掌握されたらしい。僧兵を統率しているのは高野山に入りこんだ畠山昭高だ。畠山高政の弟で、花王院に逃げこんで庇護されていた。畠山高政支持の遺臣が多数この地に乗りこんでおり、これに亀井重堅ら逃げこんだ犯罪者が協力しているそうだ。
「神聖なる道場が、彼の様な暴徒に奪われるとは、我等の不徳に御座いまする」
「そうだな。天下の大道場と呼ばれながら、幾ら乱世とは言え不徳者を迎え過ぎた」
「弘法大師様にも顔向け出来ませぬ」
まぁ、高野山クラスの規模になれば派閥も生まれるだろう。そして暴走する者も出る。ただし、今回厄介だったのは暴走する者と武力がそのまま結びついていたことだ。
「文によると座主様は犯罪人の引き渡しは良しとされていたと?」
「座主様が御懸念されていたのは罪とは何かに御座いまして。御三方の幕府が定める『法』を見てから応えたい、と仰せでした」
「あぁ、成程。確かに道理だ。だが斯様な話は一度も聞いていないが」
「座主様の御意向は下の者に中々伝わらず。只引き渡しは不可とだけ受け取られた様で」
意思疎通の難しさを感じるな。前世でさえSNSやネット掲示板で言葉足らずで無意味な対立や喧嘩が行われることもあった。直接言葉を交わしても互いの思いが伝わらないなんて当たり前だろう。そういう意味ではメディア媒体の進歩も大事だといえる。現在領内全体で紙需要の喚起なども兼ねて新聞の製作試験をしている。何を報道するといえば難しいのだが、実は試験的に色々なスポーツを再現できるか国人領主の協力も得ながらやっているので、そちらを各領主向けに配付している。そういう上下の情報共有が重要になるのがわかる。
信長が無常な一言をアプローチとして向ける。
「となると厳しいな。少なくとも一度は兵を向けねばならぬ」
「しかし、神域に兵を入れるのだけは」
「其の神域に、殺害人が入ってしまっているのでは無いか?」
「そう申されるのも無理は無いですな。拙僧も彼の者等を同朋とは申したくありませぬ」
しかし、と覚満は続ける。
「一度受け容れたならば彼の者等も高野山で学ぶ者。其の責は拙僧や各坊の僧が取りまする。何卒高野山と座主様だけは御寛恕頂きたい」
真面目に修行をする僧がいる中で、あまりに大きな組織となったために末端が管理できない。電子メールの一斉送信もできないし、クラウドによる情報共有もない。そんな状態で、各地に散らばる高野聖も含む万単位の組織を座主1人で管理など不可能だろう。俺だって直轄地の中で細かい状況まで知っているのは定期的に状況確認するごく一部のみだ。大部分は書類の報告の上でしかわからない。そんなシステムさえなかったら尚更管理など無理だろう。
だが、それでも彼らはその組織を受け継いでしまったのだ。内部から改革ができないなら、外側から無理矢理形を変えるしかないのだろう。
「高野山が保有せし荘園の没収や僧兵の完全解体も行われるだろう」
「致し方無き事かと」
「宿坊も一部移転等を命じるやもしれん」
「其れで責を負う事になるならば、必ずや拙僧も皆を説得致します」
「良かろう。神域には可能な限り手は出さぬ」
信長と義兄上を見ると、2人は大きく頷いた。
「兵は近江から俺が出す。もう紀伊の山岳地帯は雪に閉ざされた。春を待ち、兵を動かすぞ」
「三好としては兵を出すのは厳しい。が、摂関家への連絡は此方でしよう」
「比叡山・本願寺・興福寺等には此方から説明する」
3人それぞれやることを決めた。来春、高野山を攻める。
前世で学んだ信長は高野山を攻めたことがあるのだろうか。残念ながらその知識は俺にない。だが、莫大な寺社領は江戸・明治まで残ったとは思えない。何らかの形で寺社勢力は削られたはずだ。力技の部分もあるが、俺たちもそれを完遂しなければならないのだ。
♢
信長や義兄上と話し合った後、今度は諸々の説明もかねて色々な寺院から人を集めて高野山出兵の説明をした。
参加者は浄土真宗高田派専修寺の堯恵(義兄)殿と本願寺派山科本願寺の顕如殿、臨済宗東福寺の竺雲恵心様、大徳寺の春林宗俶様、法相宗興福寺多聞院の英俊様、天台宗比叡山からの使者豪円殿といった面々だった。ちなみに本圀寺の日栖様も呼んではいたが、日蓮宗は他宗派となれ合わないと言われ後日会うことになった。面倒くさいと思ってはいけない。彼らの信念だから。信教の自由は保障される代わりに、過激な行動をこちらで取り締まれるようにするのだから。
長々と挨拶やら感謝やらと口上を述べた後、本題に入る。
「此度の集まりは高野山の事でして」
「で、御座いましょうな」
俺に応じたのは興福寺の英俊様だ。
「某自身は特に思う所は御座いませぬが、当院でも高野山の有り様は如何なのかと問う者はおります」
「筒井の手の者を匿ったとなれば興福寺の皆様は心中穏やかでは御座いますまい」
堯恵殿が頷きながら同情する。筒井に燃やされた興福寺にとって、高野山の行為は自分達の敵を匿った裏切り行為だ。
「しかし、高野山の教理は悔悛せし者を拒まず、其の償いを助ける事にもある筈。咎人を匿った事のみでは必ずしも兵を差し向ける理由にはならないかと」
「此度は仕方あるまい。僧兵等が座主殿を奥之院に閉じ込めたとか」
奥之院というのがいわゆる神域だ。一部の寺院ネットワークではもう高野山の状況が知れ渡っているようだ。
「こうして事前に話して頂けると我等は有り難い。しかし、此度の件で我等を武で脅すのが当然となるのは怖い」
「確かに我等は天下泰平の為武を捨てた。参議の皆様方の力を信じたが故だ。相国(平清盛)の御世でさえ手放さなかった僧兵を手放したのだ。其の意味、確と銘肝して頂きたい」
やはり恣意的な運用こそが彼らの一番の懸念なのだろう。いつの時代も権力を握る者が自戒することを忘れてはならない。だが自戒だけでは為政者のさじ加減に任せることになる。そのための憲法、ということになる。なるべく早い段階で憲法を制定しなければなるまい。
♢
翌日。
今度は俺のブレーンとなっている宗教部門のメンバーを招集した。東福寺で学ぶ恵瓊、かつて足利学校で出会った大徳寺所属の玉仲宗琇。そして美濃出身で先日まで比叡山にいた前田玄以と近江出身の善祥坊。彼らを交渉役として各地で活動した米田源三郎求政が情報共有しつつ俺への提案などをまとめている。
今回はこのメンバーに義兄でもある堯慧殿を交えて今後について話し合う。
「高野山については寺社領を没収。五千石だけ残し僧兵は解体という事で如何でしょう」
「各寺社に所属する者を帳面に纏めるという宮内大輔様の考え、各宗派の状況把握に良いかと」
恵瓊と玄以の草案を玉仲宗琇が精査する。
「其方御抱えの僧か。考えたな」
「義兄上も相談は出来ますが、宗派の色が強いですからね」
「否定は出来ぬな」
高田派のトップとしての立場があるからな。
「そう言えば門跡号の件、其方も働きかけてくれたと聞いた。助かったぞ」
「俺が何もせずとも門跡にはなれたでしょうけれど」
「大事なのは門跡になる時其方が働きかけた事だからな。良いのだ」
まぁ、政治的に高田派は優位という事だろう。ただし、全国的な勢力にはなれていないために危険視されずに見逃されているというかんじだ。今度本願寺も門跡号を求めるらしいが、山科周辺の再建もあって彼らにそれを求める政治力という名の資金力があるのか。寺自体の再建はうちでやったが、周辺整備は彼らがやったからどれだけ使ったかわからない。
「後、検地も受けて貰おう。検地はするが、他の寺社と同様臨時の諸役を除き無課税とする」
「高野山の収支を此方で掌握する、と」
「そういう事だ」
収支がわかれば何ができるかはわかる。俺たちが要監視とすることで、逆に他宗派からの批判や攻撃などを防ぐこともできる。
「検地の支度も来春迄に終わらせておけ。状況次第だが、高野山の寺社領の接収も全て降伏後即時進める」
「畏まりました。其の点は成安市右衛門殿に御願いしておきます」
「接収の兵は稲葉と不破に頼んでおく。攻め手は織田だ。我等からは加治田の兵と朝倉だけ動かす」
「承知致しました」
もうすぐ寺社が武力をもつ時代は終わる。だからこそ、これ以後寺社が半端な態度で武器を手に持つなら容赦しないことを示さなければならない。信長は武で、俺はその後の処理と法で。
日本版宗教会議。宗派間での官僚的な意見交換会。
高野山の一部暴走とそれが実際は主流派ではない僧兵の一部だったという話。
組織の上下で情報や方針が共有されないなんてことは現代でも普通に起こるのに、この時代にできることの方が少ないだろうという内容です。
情報伝達の大事さについては感想でも電信の話をいただいておりますが、こういう問題から主人公も自覚を強くしていくことになります。




