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第277話 継ぐ者がいれば、続く物がある

 出羽国 米沢城


 米沢城が落ちた。伊達実宗は城内で死去しており、城の防衛を担当していた新田義直は自害していた。

 ほぼ全壊した米沢城を見ながら、若き当主伊達総次郎龍宗は本丸そばに作られていた父晴宗の小さな墓に涙していた。


「父、上。仇は、仇は必ず取りまする」


 総次郎は、晴宗になってから本拠となった米沢城に未練はないと言っていたが、それでもこの瞬間の憐憫を誰もが感じずにはいられなかった。

 米沢の引き渡しはクーデターを鎮めた後だ。ひとまず岸信周らを残し、雪で閉ざされる前に一旦帰国することにした。

 城の周辺については幽閉されていた遠藤某という文官に仔細を預けた。彼を含め幽閉されていた面々はある意味最も信頼できる家臣となるだろう。クーデターで当主が死してもなお忠節を貫いたのだから。


 米沢を出た瞬間、雪が降り出した。1人の青年の涙のように、白く、儚く、悲しい雪が。


 ♢


 越前国 敦賀湊


 湊経由だと日本海を安全運航でも2週間かからずに酒田から敦賀に戻れるわけだが、前世は有料特急で新潟から福井が6時間ほどだったことを考えると鉄道のすごさを感じる。

 蒸気機関の試験運転をそろそろしたいので死ぬまでに機関車を造れるといいのだが。


 出迎えてくれたのは十兵衛と龍和、そして龍頼だ。来年初めに元服予定の幸の長男豊助も来ていた。


「御帰りなさいませ父上。出羽は如何でしたか?」

「戻った。もう山形は雪で道が塞がりそうだったぞ。皆息災か?」

「皆健康に御座います。惣三郎(豊成)は美濃に招いたガーゴに欧羅巴ヨーロッパの物語を教えて貰っておりましたな」

「其れは聖書か?」

「いえ、『ドン=キホーテ』という安物の武具と痩せた馬で旅に出て安い自尊心を満たそうとした男の話だそうで」


 そんなに安い安い連呼されると前世の大型量販店を思い出すな。


「十兵衛、問題無かったか?」

「若殿様も良く考えて動かれる様になられましたので、大過無く」

「何よりだ。其方の家族は如何だ?」

「母子共に健康で御座います。御配慮痛み入りました」

「何よりだ。子は男子おのこか?女子おなごか?」

「男子で御座いました。何れは若殿様に御仕えさせたく」

「気が早いな。まぁ良い。先ずは大きゅう育つ様、栄養をきちんと摂らせよ」

「はっ」


 十兵衛を美濃に残らせた理由の1つが彼の妻・熙子さんが妊娠したことだった。妻木殿にも「自分が全兵力出すから十兵衛殿を熙子の側に居させて頂けぬか」と言われた。それ以前から初産の彼女の側に十兵衛はいるべきと俺は思っていたので元からそのつもりだと伝えた。妻木殿も孫の出産に立ち会えるよう当然連れて行かなかった。次何かする時はその分頼るとしよう。


「父上、此方を御納め下さい。父上と、土岐頼芸ちちうえを継ぐに足る絵に、なったと思います」

「見せて貰おう」


 龍頼から渡されたのは1枚の鷹の絵。土岐の鷹。俺が太守様から受け継いだ絵の技法を元に、手元に残っていた太守様の絵を模倣しながら龍頼が描いた絵。

 水墨画なのに墨の濃淡が輪郭や立体感を出すために使われている。何種類もの墨汁を使い分けながら描かれたのだろう。黒と白の系統色しかないはずの絵なのに、色鮮やかに見える。


「太守様も天で御喜びであろう」


 俺の言葉に龍頼は満面の笑みを浮かべた。


「ですが、未だ未だで御座います。此れは『土岐の鷹』。己が手で、『斎藤の鷹』を創りあげて見せまする」

「そうか。其方なら出来る」

「はい。精進致します」


 きっと、この子の想いは天に届くだろう。

 そう確信できた。

 龍和が龍頼に「やったな」と小さく声をかけていた。


 ♢


 美濃国 稲葉山城


 一旦美濃に帰ると、信長が俺を待ち構えていた。


「義兄上、御疲れの所すまぬな」

「構わん。北の話が聞きたいのか?」

「其れもあるが、北畠の話でな」

「北畠?」


 伊勢の北畠か?それとも陸奥浪岡の北畠?


「浪岡から使いが参った。年初めにあった乱で当主が死に、若い兄弟が遺されたのは聞いておろう」

「あぁ。川原御所の件だな」


 今年の初め、浪岡御所で当主の北畠具統殿が弟で近隣の川原御所にいた北畠具信に殺された。具信は駆けつけた具統次男の顕範に討たれたが、この一件で混乱を極めた浪岡北畠氏は出羽に介入した俺たちにまともに対応できなかった。本来ならば浪岡北畠氏はうちと対立的だったので、最悪奥羽北部の領主が浪岡御所の命令で大規模に援軍を派遣してくる可能性もゼロではなかった。まず無理だろうとは思っていたが。


「当主を継ぐ事となった式部少輔(具運)殿が、此度の件で荒れる家中を纏めるのに官位を欲しているそうでな」

「其れは其方の憶測か?」

「ほぼ間違いないが、使者はそうは言わぬな」


 当主を継いだ北畠具運は現在従五位下式部少輔であり、浪岡北畠代々の官職・侍従への任命を求めているらしい。元々北畠は公家としては中院の傍流なのだが、加賀の暴走した本願寺派を討伐した時に中院通為様をうちが保護した関係で朝廷工作ができなくなっている。うちを通さないと中院家に接触できない状況なのだ。結果的に川原御所の乱で亡くなった北畠具統殿も侍従就任後官位が上がらなくなっていたし、具運殿が従五位下に任ぜられて10年たっても侍従に補任されていないわけだ。


「で、義兄上と俺に仲介を頼んできた」

「成程」

「安東と大浦は北畠で何とか此方に使者を送らせる、と」

「南部や斯波は無理か」

「斯波は俺が、織田が嫌いらしい」

「まぁ斯波だから仕方無いか」


 奥羽には名家の傍流が多数いる。足利一門の斯波や北畠を筆頭に、細川・畠山(二本松)・石橋(足利一門)・千葉などが点在している。内乱を治めた寒河江氏だって大江一族で、大江広元の一族が祖だったりする。そういう柵の中で、元南朝系勢力が協力してくれるだけでも御の字だ。高水寺の斯波氏のように、信長が尾張の領主となったことに反発して敵対する例だってある。


「南部は北条経由で此方に話が来ている。其の内義兄上にも何か声がかかるだろう」

「南部と安東、斯波が此方の動きに合わせるなら奥羽も落ち着くからな。余り時間をかけたくないし」


 正直酒田と太平洋側にもう1つ拠点を用意できれば奥羽一帯は問題ない気もする。出羽を見て思うのが稲作が大々的にできる訳ではないため収入も安定せず、貧しいために人口が増えないこと。そして人口が増えないから需要が産まれず商業も低調。インフラを整備しても使う人がいない。結局何も進まない現状だ。だからある程度統一勢力が大規模な投資をするか、東北が稲作地帯になって需要が創出される余地が産まれないと厳しい。軍事拠点を数か所造り、そこから徐々に経済を発展させて人々の生活水準を上げるのが現実的だろう。


「此の話と近いのだが、伊勢の長野氏から子がいない故俺の養子が欲しいと言われた」

「ほう」

「が、俺の男子は吉法師と今年産まれた子のみだ。側室で身籠っている井伊の子は男児なら井伊を継がせたいと頼まれているしな」

「で、如何したい?」

「弟の源五郎を、と思っているがな。桑名にも関わる故、義兄上にも伝えねばと思ってな」


 長野工藤氏は中伊勢の有力国人で、南北朝期には伊勢北畠氏と伊勢を二分した勢力だ。北畠が事実上壊滅した今、伊勢は織田主導で長野氏が治めていると言っても過言ではない。


「其方が其れで良いなら良いのではないか?」

「余り親族を各地に置き過ぎると足利の二の舞になりそうで怖いのだがな」

「其処は俺が何とかする」


 鉄道整備までは死ねん。蒸気機関車の基本設計を完成させるまでは死なないと決めたからな。


「問題は高野山よ。京に戻って此れが一番頭を悩ませると思うたわ」

「未だ僧兵を手放さぬか」

「京で話そう。仔細は藤吉郎に話させる故、今宵は先ず義兄上自身が良く休んでくれ」


 こういう話を聞いてどれだけ休まることやら。

受け継がれるもの。 土岐氏は実質絶えましたが、その技術は確かに受け継がれています。

一方、代々の官職が受け継げず困る者もいたり、父親を失い父祖代々の地を失っている者もいます。伊達氏は米沢移住が晴宗からなので、父祖の地は出羽ではなく陸奥。こちらに向かうのは来年になるでしょう。


次回は高野山問題の話し合いです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] つい流して読んでしまいましたが、ミゲル・デ・セルバンテス「ドン・キホーテ・デ・ラマンチャ前篇」の出版は1605年です……。
[一言] 史実伊達輝宗は、この後よほどバカをやらん限りは問題ないでしょうね。バックに斎藤、引いては織田や北条からも援助可能な訳ですから東北では最上と共に一勢力を築く事も可能でしょう 元々、奥州探題と出…
[一言] 出羽陸奥は交通の便が非常に悪いことも盆地ごとの割拠で統一勢力が出なかったり商業が停滞する理由の一つですからね……。一度飢饉が起これば米を輸送できずにバタバタ人が死んでさらに生産力が落ちて地域…
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