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第272話 軍神の最期(上)

一部3人称になります。投稿遅くなり申し訳ありません。

 越中国 富山


 春。

 越後最後の攻防が予定通りなら始まっている頃だ。俺はその後に向けてここで準備をしていた。

 今回は勉強もかねて竹中半兵衛をお守りに豊の長男・惣三郎豊成を連れてきている。ちなみに十兵衛は、日頃から嫡男の龍和と鍋島や蜂須賀相手に集中勉強会を開いて仕込んでいる。


「山本寺は城を焼いたか」

「一族郎党と一部の従う者のみで春日山に向かったと」

「念の為、城一帯は押さえておけ」

「はっ」


 各地の国人領主は抵抗したり降伏したり色々らしいが、土地に固執する者は春日山で最期の抵抗、といった状況らしい。信長も無理はせず、春日山に敵を集めて包囲している。無理攻めはしないということだろう。


「親不知を越えるぞ。船を出せ」


 竹中半兵衛や日根野兄弟が先行して越後に向かう。佐渡にいる稲葉・安藤と連携した動きだ。もはや詰碁と一緒。世に聞こえた軍神も終わりだろう。


 ♢


 越後国 糸魚川


 3日後。山本寺の領内に入ったところで、本来佐渡島沿岸を警戒しているはずの熱気球がこちらに向かって飛んでくるのが見えた。トラブルか、と思ったが、明確にこちらに向かって飛んできていた。船に牽引されているように見える。


「彼れは何故此方に飛んできている?此の儘では後四半刻で落ちてしまうぞ」


 燃料不足で高度が落ち始めている気がする。そこまでしてこちらに飛んでくる意味は何だ。

 慌てて双眼鏡で物見役が確認する。熱気球は俺が作ったメッセージボードの1つを掲げていた。解読用に紙に写すと、「敵接近」「長尾」の文字が書かれていることがわかった。


「まさか、此方に敵が来ている?しかも当主自ら?」


 ありえない。城を開けたらこの状況だ。もう城には戻れないだろうに。


「散り際に、戦を求めたのでは?」


 傍にやってきた半兵衛が恐れながら、と前置きしてそう言った。


「戦を?」

「最期に殿と直接干戈を交えたい、と思ったのやも知れませぬ」

「此処には1万の兵が居るのだぞ。春日山に残っていた兵は2000がやっとであろう」

「戦狂いなれば、殿の本気と一度も戦わずに死ねぬので御座いましょうね」

「戦の好きそうな其方がそう申すなら、そうなのかもな」


 迷惑極まりない。この分だと春日山はもう落ちていてもおかしくないぞ。


「致し方あるまい。戦狂いに、送り火を見せてやるとしよう」


 敵軍は、まだ寺山と呼ばれる1本東の川の付近にいるらしい。春日山から西は山岳地帯なのでどう抜けてきたかわからないが、こちらは本来より数倍早く敵の接近を知ることができたのだ。不幸中の幸いと言っていいだろう。


「大砲を準備せよ。船に積む準備をした物も全て展開する」

「宜しいので?」

「今から海に逃げられる訳も無し。今も越中から物資は運ばれているのだ」

「では其の通りに」


 半兵衛が俺の大まかな指示を元に部隊を配備していく。途中で回収された熱気球は直江津沖合から長尾上杉の兵の動きを発見したらしい。


「船だけで見ていたならば分からぬ動き。熱気球が上空から見ていたからこそ分かった事、か」

「立体的に人の動きを捉える事が何れ程戦を楽にするか、思い知らされましたね」


 半兵衛は地図の上に、恐らく長尾上杉の本隊と見られる部隊の動きをなぞる。稜線を用いて海側からは完全に死角になるように動いている。だが、それは紙の地図ではわからない。等高線の入った全国地図が欲しくなる。俺が見ていた地図は学校の教科書なので、等高線が書けるほどの精度ではない。


「織田は見逃したのでは無く欺かれたかな」

「気球の兵が、気球が落ちる前に直江津に織田兵が雪崩れ込むのが見えたと申しておりました」

「とすると、既に春日山は落ちたか」


 最後まで春日山に残っていたのは、情報によると当主の平三政実とその兄・晴景や山本寺や古志長尾・上田長尾といった一門衆。家臣では柿崎・宇佐美・直江・甘粕・本庄実乃・斎藤朝信くらいだ。それ以外は討死したか降伏している。


「小島弥太郎も行方知れず、と聞いたが、居るだろうな」

「敢えて潜伏しているのかもしれませぬな」

「山本寺も地の利に詳しい。居るだろう」

「念の為、海以外の各方角に物見を送っております」

「我等の知らぬ道もあるやもしれない。気を抜くな」


 ♢♢


 数が少なすぎた。俺から見て長尾上杉の兵は500を超える数になるかならないかだ。途中で逃げ出した兵もいるだろう。城に残った兵もいるだろう。そもそも、食料不足で命を落とした者もいるだろう。

 結果的に、大砲はあまり意味がなかった。密集がないから相手に当たっても地面にめりこみ、馬を驚かせる以上の効果がない。その馬もそもそもほとんどいない。結果として、弓兵による射撃が実質的な最初の攻撃になった。


 その弓でこちらより圧倒的に長い射程から撃ち込んできたのは片目に眼帯をつけた男。斎藤朝信だろう。


「片目でも正確に此方を狙ってきますな」

「向こうが斜面の上とは言え、見事だ」


 ただ、こちらは千単位で矢の雨を降らせる。斎藤朝信がいくら強弓でも、先頭の柿崎隊は既にうちの弓隊と鉄砲隊の射程内だ。散り散りで前に来るので狙いが定まりにくいが、その分弾幕の厚みを増して断続的に攻撃を続ける。


「近付けるな。敵兵が諦めるくらい厚く、厚く攻めよ」

「撃てっ!」


 轟音とともに火縄銃が火を噴く。先頭の兵が直撃を受けてたお……れない。

 震えながら立ち続ける先頭の男。しかし、後続の方には倒れた兵が幾人も出ている。


「柿崎和泉守(景家)!倒れるならば、宮内大輔様の御前でと決めていて候!」


 柿崎景家。三発は間違いなく銃弾を受けながら、ゆらゆらと左右に体を揺らしながらこちらに歩いてくる。


「構わん!撃てっ!」


 半兵衛が意にも介さず連続で火縄銃を撃ち込む。15秒ほどの間隔があって、後方で準備されていた2発目の斉射が柿崎景家を襲った。


 倒れる。が、後ろにいた男がそのまま突っ込んできた。若いが風貌が景家に似ている。


「柿崎左衛門太夫(晴家)!父と同じく、宮内大輔様に御目通り願う!」


 走り出した柿崎晴家。火縄銃の準備はギリギリで間に合った。至近距離で10発近くの銃撃を受けた晴家は口から血をにじませる。しかし倒れない。膝をつきながら、槍を杖にこちらを見ている。後ろで死んだと思った柿崎景家がわずかに這いながらこちらに近づこうとしているのが見えた。何だ。何だこれ。


「怯むな!敵は既に満身創痍であるぞ!」


 頭が一瞬フリーズしかけたところで、半兵衛の声が意識を取り戻させてくれる。彼らの後ろからも数名の兵がやってくる。その時、日根野兄弟の率いる長槍隊が火縄銃の部隊の前に飛び出た。弟の日根野常陸介盛就は柿崎晴家を槍で一突きすると叫んだ。


「敵将、討ち取った!残る敵も首級取り放題ぞ!」


 日根野の部隊は大声を張り上げながらボロボロの敵先陣に群がるように襲いかかる。斎藤朝信も弓を捨て、槍を持って日根野兄弟の兄備中守弘就のいる隊と戦い始めるのが見えた。恐らく100人ほどのうちの兵に供回りと4人ほどで呑みこまれていった。助かることはあるまい。


「敵大将の首級を取れ!恩賞第一とする!」


 俺の声に歓声があがる。もう終わりだろうが、軍神の命をとらなければ終わらない。逃すわけにはいかないのだ。


 半刻(1時間)が経った頃、歓声が遠くで上がった。長尾兵が1人、軍神の首級を手土産に降伏したそうだ。終わりか。だが首級を見るまで安心はできない。


 ♢♢


 既に生き残った長尾上杉の兵は自分とまだ隠れている小島弥太郎のみ。それを彼はしっかりと理解していた。

 上杉平三政実は自身の身代わりとなった甘粕景持の、いつもの自分と同じ頭巾を被って布にくるまれている首級を胸に抱き、その良く通る声で叫んだ。


「長尾の当主の首級を斎藤様に御見せしたい!御目通り願う!」


 最期の渇きを満たすため、彼は一目見えることを願った男のもとへ向かおうとしていた。

糸魚川周辺は山岳地帯ですが、春日山城一帯から西へ逃げるとたどり着く場所になります。

次話で語られますが城から逃げ出す兵に紛れて一部の将が、そして織田の突撃前にドサクサに紛れて謙信が脱出しました。城と最期を共にしたのが兄の長尾晴景やその妹婿長尾政景です。長尾政景は史実と違って兄の生存で忠誠心を維持しています。

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― 新着の感想 ―
武田と真田を身近に置く家出身故、この下りはぐっと来るものが有りますね。 ホントにこの作品は何度読んでも味わい深いですが、越後の猛将・智将が挙って義龍の下へ馳せ参らんとする光景は…正直義龍にとっては「何…
[一言] まぁ、逃亡せずに最後の最後まで春日山に残っていた越後兵なのに今更謙信の首を手土産に一人だけ降伏というのは如何にも怪しいですしね。這ってでも近づこうとした柿崎親子以下の長尾重臣たちが印象に残っ…
[気になる点] 大砲を運用してる場面で何時も思うのですが、葡萄弾を使わないのは何故でしょうか?
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