第271話 年初会合
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山城国 京
1562(弘治8)年に入った。帝は不運続きの世相に改元を考えているそうだが、改元するなら俺と信長、義兄上と相談すべき、と周囲に話しているようだ。
京に戻った信長と義兄上と状況を整理する。傍には俺の嫡男である典薬頭龍和と義兄の嫡男筑前守義興、そしてとりあえず連れてこられた信長の嫡男・吉法師である。当然だがまだ子供の吉法師は着させられた服が窮屈らしく、すごく嫌そうにしながら部屋の端に控える伊達の嫡男や尼子九郎兵衛尉龍久に遊んでもらっている状態だが。
「越後を俺が落とせ無かった故だが、北も西も南も落ち着かぬな」
「我等の担当する西国が特に酷い。浅井も筒井も朝敵として誅伐してしまう可き相手だ」
「義兄上に陸奥守(毛利元就)は何と申しておりますか?」
「筒井を匿った件は与り知らぬ故、真なら浅井討伐に異論は無し、と」
「面倒な」
毛利元就の名代として当初京にいた北就勝が亡くなり、後任として京に来た二宮就辰なる若者の言葉だ。噂では彼は毛利元就の子ということだが、噂の流し方に恣意的なものがあるとは耳役からの報告だ。真実ならある意味中央への人質となるし、シラを切ろうと思えば切れるという厄介な使者である。
そして、浅井の遺児に偏諱まで与えておきながら筒井の件をもって自分たちの責任を放棄してくるあたりますます厄介だ。
「義龍は伊達と最上の支援か?」
「大宝寺へは我等が佐渡から兵を送るかな、と」
「義兄上の兵が一番休んでおるからな。信濃の村上は越後に逃げて海野は降ってきたのであろう?」
「信濃は武田にとっては面白くない終わり方になっただろうがな」
村上義清は屋代正国がこちらに寝返ったことで防衛線が崩壊し、居城の葛尾城が丸裸になりかけた。無理やり失った支城を奪還した頃には周辺の小領主が軒並みうちの味方になるかうちの軍勢に領地をおわれていた。どうしようもなくなった村上義清だったが、持ち前の武勇で自身が出てくる戦場だけ立て直して昨年をなんとか乗り切ったわけだ。とはいえ支城も結局ほぼ失った彼らに一発逆転の芽はない。高梨氏も織田が越後方面の城を落としたことで身動きがとれなくなっているし、越後・信濃は今年の内に確実に終わるだろう。
「武田は日和見過ぎた。もう少し早く動いていれば、な」
「信玄殿が動いていれば、信長と俺は信濃兵を相手にせずに済んだからな」
「飢饉を言い訳に動かぬならば、其の分与える物も無し。米なら十分甲斐に届けておる」
正直、曖昧だった武田氏より潔く降伏した海野氏の方がイメージが良い。そんな彼らの処遇がその後話し合われたが、海野氏は娘と三男を差し出した上、重臣の真田氏・望月氏・大井氏も娘や息子を差し出してきた。
「海野の信濃での名声は高い。諏訪も村上も仁科も小笠原も失墜した今、海野まで国替えとなると武田に要らぬ隙を見せる事になりかねん」
「三好家中でも、其の点を懸念する者がいた。小笠原は三好の家の祖でもあるが、此処迄零落れては如何にもなるまい」
「多少海野氏の領地は削るにせよ、本領は残した方が良いでしょうね」
海野氏が武田に抵抗してきた実績と、何より俺から言わせれば一族の真田氏と言えば優秀というイメージがある。武田と組まれると厄介だ。
「で、武田からは典厩(信繁)殿が京に来ているとか」
「抗議かな」
「いや。信玄が嫡子に家督を譲る、と伝えに来た」
信長の言葉に、義兄の口から「成程」という言葉がこぼれた。出家した武田信玄だから家督を嫡男に譲るのはおかしいことではない。しかし、今までのマイナスイメージのリセットを図るなら良い一手だ。
「嫡子は太郎(義信)殿か。信長の妹が嫁いだのだったか」
「佐久間の娘を、と言って来た故な。跡継ぎに家老の娘もあるまいと思ってな。佐久間の娘は信玄の弟の右衛門大夫(一条信龍)に嫁がせた。信玄と瓜二つらしいから、見分けがつく様に、な」
そういえば、前世の武田信玄は死んだ後甲斐に戻るまで死を隠したんだったか。そういう手を使われないようにするのは大事だろう。
「可能ならば長尾攻めが終わったら将も兵も休ませたい。草津に良い湯が湧くと北条の者共が申していた故」
「草津か。良いのでは無いか?」
「其の場合、代わりの兵を出すのは義兄上ぞ」
「まぁ、伊達に頼られている以上仕方あるまい。最上と其方を繋いだのも俺だ」
「流石に誰も出さぬ訳にもいかぬ。義兄上に従う様夏には送るとしよう」
「佐渡からでは碌に兵が動かせぬ。此方は越中に兵を集める故、早めに春日山を落としてくれ」
「任せろ」
実際、長尾上杉との決着は早ければ早いほど良い。
「織田兵が畿内に戻り次第、三好全軍で四国を先ず平定し、播磨でも上月城を落とす」
織田勢が畿内に戻る事で、三好兵が畿内の治安維持のため動かせない、という現状を変化させられるのだから。本来の動員力を発揮できない三好は、結果的に制海権の確保を第一にせざるをえなくなっている。安宅水軍や正式にこちらの味方になった能島の村上武吉は備後沿岸までを掌握しているので、圧倒的に有利ではある。しかし、伊予西部からフリーで大友の援軍が上陸できる限りあまり意味がない。
「毛利の出方次第だが、恐らく大きく対立しては来ないであろう」
「此方に重臣を遣いに出しているし、な」
「面倒なのは浅井や筒井の残党。なまじ我等と敵対してきただけに降伏もせぬだろう」
「興福寺は仏敵として今も筒井を恨んでおる様子。摂関家も、奴等は許すまじ、と頑なだ」
興福寺は藤原家の氏寺だ。徹底抗戦した浅井もそうだが、彼らは恨みを買いすぎている。
「しかし、戦は終わらぬな。北条から草津で休まぬかと誘われたが」
「最近出ずっぱりの者を休ませては如何だ?」
「丹羽は先日義兄上に貰った薬で臓腑の具合が良くなったと申しておったから平気であろう」
「あぁ、シナヨモギと海人草か」
丹羽長秀が最近腹痛に悩んでいるというので、冬にこちらに戻ってきた時に診察をした。糞便の検査をした結果回虫(おおざっぱに言えば小腸で暴れる寄生虫だ)が原因とわかったので、4年前に讃岐での栽培に成功したクラムヨモギ(アクバルハーンの国、多分ムガル帝国から商人によって運ばれてきた)とシナヨモギ(これは明が中央アジアから漢方として輸入しているが、一般にはクラムヨモギもシナヨモギと呼んでいる)と海人草(地中海やインド洋の海藻、ポルトガル商人から買っている)を使って作った薬を飲ませていた。元気になったなら何よりだが、肥料用の糞便に乾燥処理をしても回虫の卵は死なないという問題がある。莫大な量を必要とする肥料を加熱処理するというのも厳しいので、現状はとにかく野菜類は加熱処理をして食べるのが良い、と啓蒙するしかない(回虫の卵は漬物の塩分にも耐えてしまうのだ)。前世では問題にならなかった衛生面の問題は、一朝一夕で何とかなるものではないのがよくわかる。この薬の原料の品々の輸入のおかげで海外との貿易収支が一応釣り合う様になったのは皮肉な話だが。
「讃岐で産する物が増えて来た故、彼れは更に大量に栽培したいところだ」
「シナヨモギは何れ日ノ本中で必要となるでしょうからね」
クラムヨモギは乾燥地帯原産で、前世で聞いた話では香川県で栽培していたと聞いていた。そのため三好とお満の母親の実家・三谷氏で栽培をしてもらっている。三好は海運と藍、そしてクラムヨモギで儲けているわけだ。
「では、各々連絡は密にな」
「今年から市井に紙幣を流す事になる。商人とも密に連携し、少しずつ認知を高めていきましょう」
「で、あるな」
やることは山ほどある。体を大事にしつつ、俺に出来ることをやっていこう。
来週も木曜投稿はできません。次回は日曜になります。申し訳ありません。
回虫については人糞の処理を正しくしても残るリスクなので難しい部分です。現在の日本は化学肥料で賄う部分が大きいので問題ないですが、数十年前までこのリスクは常に隣り合わせでした。
とはいえそこまで高圧力に耐えられる容器や配管を造る技術はないわけで。高炉と転炉からそれを使って良質な鉄製品を造ろうと頑張っている最中です。現状出来るのは治療できる体制作り、となります。
予備戦力を常に用意する関係上、三好側になかなか手が回らないジレンマ。天下統一も楽じゃありませんね。




