第270話 勝者の決意
前半3人称です。
伊予国 金子城
金子氏の本拠である金子城をめぐる攻防は、三好の本気によって一気に状況が変化した。摂津近海を野口冬長に任せ、淡路水軍のトップである安宅冬康が伊予に乗り込んだ。能島の村上武吉はこの進軍を黙認する形で義理を通しつつ来島の村上通康に連絡をした。しかし連絡を受けた程度では対応できるわけのない来島水軍は、大友の水軍が到着する間もなく、安宅船からの青銅製の模倣大砲による攻撃を受けて本拠地・来島城が陥落。伊予東部の沿岸部の制海権を確保した三好は一気に金子城を東西から攻め立てた。
大友義鎮はこの報を受けて河野氏の本拠地・湯築城への戦力集中を決定。斎藤鎮実・一萬田鑑実・佐田隆居・角隈石宗ら計9000を送りこんだ。援軍を期待していた金子城主金子元成はこの報を受けて降伏。元成は嫡男を人質に差し出す事と自身の切腹と引き換えに一族の助命を嘆願し、許されることとなった。
動揺する河野氏を見て三好筑前守義興は、三好勢による陸海攻撃に加えて土佐から伊予南部への再攻撃で一気に決着をつけようと画策し、無傷の長宗我部氏に対し一条氏に代わっての出陣を要請した。しかし要請から3週間後、金子城を落としてから10日後に義興の下を訪れた長宗我部氏の使者は沈鬱表情で訃報を伝えた。
「宮内少輔が亡くなった、だと?」
「はっ、二月前の事に御座います」
長宗我部宮内少輔国親、享年数えで63。昨年に罹った病の峠を越えたと思われていた頃の死であった。元々この急病を隠していた長宗我部の事情を三好も一条も知らなかった。そのための悲劇だった。
「今土佐が動くのは無理か」
「中村御所様(一条兼定)が我等と安芸の備後守(安芸国虎)との揉め事に口を出しておりまして」
「勝手に戦を仕掛けて敗れるのみならず味方の揉め事をややこしくしてくるとは」
「御所様は備後守に妹様が嫁いでおりまして」
長宗我部の独立を警戒した一条氏の先代は土佐東部を支配する国人領主・安芸備後守国虎に娘を嫁がせていた。その安芸国虎が長宗我部氏と揉めた地域があり、紛争地帯となったその場所に今回長宗我部国親の死を知った安芸国虎がちょっかいをかけてきたことになる。国親によって滅ぼされた本山の残党も安芸国虎に合流しているらしい。結果的に、土佐は味方同士での内紛に陥ったわけだ。
「御所様は大友と戦いたく無い御様子。その代わりに我等を叩く事で、此度の失った威信を戻したいのでしょう」
「権中納言(一条内基)様に御伺いを立てるか」
「御所様の本家に、で御座いますか」
「長宗我部家が一条家の荘園を侵さぬ、と誓えれば、管理を暴走する身内に任せずとも良くなるかもしれぬ」
「殿ならば必ずや。戻って誓紙なり何なり用意して頂けるかと」
「頼むぞ」
長宗我部の使者が帰ると、義興は大きくため息をついた。結局、これ以後は伊予を三好勢だけで攻めることになりそうだという事実に、そして信頼できる味方が西国にはいないということに対して。
「天下の差配とは、何と難しき事か」
♢♢
美濃国 稲葉山城
冬。厳しい気候の中でも、台風に遭っても平年並の収穫で終えることができた。
あと1月で今年が終わる。体調に異常はない。急性の病気か暗殺でもなければ大丈夫だろう。だからこそ、警戒は怠らないようにしている。
越後方面から大久保兄弟と兵が帰還した。大久保忠世から状況の報告を受ける。
「長尾は船を出しませぬ」
「海は捨てたか」
「大筒で沖に出た船を撃った後は、船を陸に上げる程で」
「我等が上陸してこないという読みか」
まぁ、織田の手伝い戦だからな。うちが手に入れるのは日本海航路だ。
「気球で敵情は見られたか?」
「はい、春日山は終始慌ただしゅう御座いました。何より、食糧が足りぬ様子で」
「青苧は売れぬ、米は運べぬ。抑越後は米が豊かに実る地では無いからな」
「田植えも満足に出来ておりませなんだ。漁も出来ぬとなれば冬を越せぬ者も出るかと」
100%食糧不足になっている越後は恐らく来年までもたないだろう。越後上野国境を越えた織田は越後の支配地域で大規模に米を配布し始めている。前々から誘いに呼応した国人も合わせると、北条・大熊などが織田に降伏した。かなり強い抵抗はあったらしいが、長尾上杉は来年中に終わりだろう。山内上杉氏当主だった上杉憲政も坂戸城陥落の際捕えられた。上野の長野一族もこの城で全滅したそうだ。
「其れと、出羽から来た船は庄内からの船でしたが、出羽と陸奥も荒れている様子」
「最上には寒さに強い種籾を渡した筈だが」
「冷害はかなり過酷な様で。最上の若当主は取れた米を使って最上八楯の野辺沢氏と楯岡氏の一部を寝返らせ、東根氏などを誅伐したそうですが、最上八楯の盟主である天童が激怒して伊達の家臣・牧野氏に救援を求めたそうで」
最上八楯は簡単に言えば最上一族の小領主が協調して互助する国人組織だ。盟主である天童氏の当主天童頼貞は強かな人物と聞いている。最上氏は若当主である最上信光(前世で義光だった人物だろう)が上山氏・細川氏を討伐し、里見氏を味方にして八楯を自勢力に取り込みつつあった。今回は天童氏と結びつきの強い東根氏と楯岡氏を討ち、八楯二番目の勢力だった野辺沢氏を味方につけた。食糧難を逆手にとった見事な手腕だが、これが天童頼貞との決別となったらしい。天童頼貞は伊達氏をクーデターで掌握した牧野・中野親子に救援を求めたわけだ。
「此れが源五郎(最上信光)殿の御正室の実家・大崎氏にも飛び火した様で」
「伊達は北部に兵を?」
「いえ、伊達は味方にした揚北衆と共に蘆名に。葛西が大崎と、鮎貝・大宝寺・天童が最上と戦になっていると」
「西国も援軍を出せるなら出したいのだがな」
「源五郎殿は右大弁(信長)様の偏諱を受けている為、織田家中が助けぬ訳も無いでしょうが、四方を敵に囲われているのは事実」
「面倒だな。其々は大きく無い故、我等が兵を出せれば解決するだけに余計」
伊達のクーデター軍は天文の乱で滅ぼされた相馬氏の残党を味方につけ、戦力を整えて南下している。北条は里見・佐竹などの後始末を終えたようだが、援軍は岩城氏への支援にとどまっているそうだ。特に佐竹がボロボロらしく、内紛もあって北条一族を多数派遣して立て直しに必死だとか。
「織田家中も疲弊しておりますれば、場合によっては出羽は我等が、という事も」
「有るかもしれぬな。年が明けたら上洛するとしよう。伊達の嫡男も連れてな」
うちの軍勢は今年の休みで信濃・佐渡の部隊以外は元気だ。織田は40000以上の兵を3年近く動員しているので1年休ませた方がいいかもしれない。
「報告御苦労だった。確と休めよ」
「何の。若し来年も出陣なれば某も弟も是非と」
三河武士だなぁ。
♢
12月。最後の日。俺の様子を見て、そして俺が頼んで年越しの瞬間を嫁一同と過ごした。
夜も更けて、年が明けたと言える時間になって、俺は無意識に大きく息を吐いていた。
勝った。
俺は勝った。これは同時に、俺が確実に歴史を変えられている証でもある。桶狭間がどうとか、そういう次元ではなく。俺が俺の運命を自力で変えられた瞬間だった。
「もう、大丈夫でございますか」
耳に心地よい、お満の声。何も言っていないのに、年を越える時間帯に俺の右手を握り続けてくれていた。
「あぁ。天下を統一し、戦の無い日ノ本を築く。信長と、義兄上と、俺で」
ここからは俺の、俺だけの戦いの始まりだ。かなり前から俺の歴史知識は役に立っていないが、もう役に立たなくていい。
俺と信長と義兄上と、日本の全てとの全力勝負だ。
「皆に、戦の無い日ノ本を見せる。俺が、俺自身の手で」
三好は味方が味方になっていないです。西国は奇奇怪怪。
越後は雪で閉ざされなければ年内に完全崩壊を起こしていましたが、そもそも食糧難で来年早々に崩壊します。
むしろ面倒な状況に陥っているのは奥羽南部。このあたりは最上が戦国大名化を目指す動きや大崎・葛西の対立などの史実でもあった動きが原因なので仕方ないといえば仕方ないです。
そして、主人公はついに魔の1年を乗り越えました。ここからはいつ死ぬかわからない(でも本来の人間はそうですよね)中での「自分が目指す世界」への挑戦です。
物語としては次話からが終盤の開始となります。戦国物なのに1561年で終盤かよと言われるかもしれませんが、文章量的な部分なのでもうちょっとだけ続くんじゃ、ということで。




