第255話 越中マジノ・ライン (上) ベネルクス不動寺
年末まで13連勤中で書く時間がとれず遅くなりました。申し訳ありません。
最後♢♢から三人称です。
能登国 輪島
水軍は長氏の拠点である穴水に移った。越後と越中の水軍は富山の岩瀬湊に集まっているそうだ。こちらは安宅船に大砲を搭載して準備。ただし商船も造る都合上小船はあまり用意する時間的・人員的な余裕がなかったため少数だ。一方の長氏は小船が多数。いい感じに役割分担はしているが、小船の数が少し足りない。
一方の長尾上杉の水軍は小船とやや大型の船が中心らしい。安宅船はまだこちらに来ていないようだ。というか日本海でも富山湾内だから今回はいいが、場所によっては安宅船では適さない地域もあるかもしれないな。ちょっと考えないとならないか。
「越中との国境はやはり堅牢か」
「石造りの城壁を備えた砦からあまり顔を出さずとにかく矢を数撃ちしてきておる様で」
火縄銃も大砲も相手方は理解した様で、顔を出す兵は本当に僅かのみだ。そのため敵の射撃は狙いの定まったものではないのだが、とにかく数を撃ってくる。大砲ではどうしても数は撃てないので、そこが突破の最大の障壁となっていた。
「大砲で敵は怖気づくと思ったが、上手くはいかぬな」
「人は長きに亘り知恵を積み重ねより良い生き残る術を磨いてきたのです。大砲にも恐れず戦わんとする者がいることこそ、人が人である証かと」
十兵衛の言葉に考えさせられる。相手もバカではない。こちらの新しい技術に対抗すべく知恵を働かせる。ある意味当たり前の話ではあるのだが、だからこそ意識しないと忘れてしまうことだ。
「まぁ、此度は石造りの城塞は本命では無い。最後通牒、如何であった?」
「余り深刻な様子は御座いませんでした」
「不動寺は此方の本気を理解していないか」
倶利伽羅峠にある寺院、それが不動寺だ。倶利伽羅峠といえば木曾義仲。そして木曾義仲の家臣は海野氏である。因縁や験担ぎという意味ではこちらに真田兵が来るのかと思っていた。来なかったが。
十兵衛には源氏の繋がりはあるでしょうと言われた。不動寺は源頼朝と縁が深い。倶利伽羅峠の戦いで荒廃したこの寺を頼朝が再興したらしい。なるほどと言えるが、残念ながら棟梁たる源氏は足利も絶えたから君たちを守ってはくれないぞ。
「不動寺は相変わらず禁制要求か。乱暴狼藉の禁止、寺内立ち入り禁止。椎名の兵が逃げ込んでも追えぬではないか」
「匿う心算で御座いましょうね。間違いなく」
寺内の立ち入り禁止はいわゆる不入権にあたる。寺の中に仮に誰かが逃げ込んでも、俺たちが捜索できなくなる。敵将が逃げ込めば面倒なことになるわけだ。しかもこの禁制を出すために不動寺が払うと言っている矢銭、これが安い。交渉である程度は積み増せるだろうが、うちの経済力からすれば大した額ではない。正直言ってこちらを甘く見過ぎだ。山奥だしうちの影響が小さいからか。
「では、例の日程で攻めると伝えよ」
「はっ」
政治に宗教が関わる時代はもう終わりだ。
♢
夜中中ずっと現地の陣に寺の坊主が交渉の再開を求めて来ていたらしいが、現地の兵を指揮する越前衆の真柄兄弟は「自分達の決められる事では無い」と一蹴。本願寺との長年の戦いもあり、越前衆は寺社に過度な幻想を抱いていなかった。
「で?」
「朝には寺領の前に坊主が数人座り込んでいたとの事で、武具は無かった為捕縛し其の儘寺内に兵を入れ燃やしたとの事」
「燃やしたのは伽藍以外だな」
「はっ。坊主の住む建物と門等を燃やし、降伏させたと」
「良し、中に椎名方は居なかったな」
「文を何度か遣り取りしていた様ですが、此方は燃やされたとの事。宛名書きのみ残っておりました」
うちは各戦線に数千単位の兵を動員しており、椎名の兵だけで全ての戦線を守りきるのは難しいだろう。石造りの防壁も、倶利伽羅峠に関しては運び込むのが大変なのと商人の行き来もあった関係で不完全なのはわかっている。だから不動寺で時間稼ぎを考えたのだろう。
「中立を装う、暗に高野山の威光を笠に着る。戦に関わらぬならまだしも、此れで何もされぬと考えるは愚かだ」
「捕らえた坊主共は如何しますか?」
「高野山に送れ。我等に敵対するが如き所業を止めよ、という此方からの意思表示だ」
武装解除を渋る高野山への圧力となるだろう。
「で、他の戦線は?」
「何処も石積みの城砦が邪魔ですな」
「倶利伽羅峠以外はかなり丁寧に対策してきたか」
一乗寺城、棚懸城、安楽寺城、荒山砦、飛滝城、灘浦周辺の中田に新設の砦を造るなどの形で防衛線を構築していた。強固な防衛線だ。椎名の兵だけでなく長尾上杉氏からは宇佐美定満・大熊朝秀・下平吉長が来援しているのが確認されている。大熊はこちらの使者を丁重に断って来た。寝返る芽がある相手だが、宇佐美が総指揮を担当しているようなので簡単に寝返ることはないだろう。
「倶利伽羅峠の進軍を重視させる様金沢に伝えよ。其れと灘浦の砦は新造で海戦の様子が見える。海戦次第で士気を上げ、一気に攻め落とせる場所だ。此の2ヶ所を重点的に攻めよ」
隣にいる十兵衛が頷く。昨夜のうちに確認していた方針だ。倶利伽羅峠は金沢管轄の兵だから若手がうまく進めてくれるだろう。
今回の問題点はとにかく能登加賀と越中の国境線が長いことだ。だから輪島と金沢で能登方面・加賀方面の戦線管理を分担している。能登から攻め込むのは荒山峠と棚懸、飛滝、そして富山湾沿岸攻めだ。
「飛滝方面は顕如殿の助力で周辺に隠れ住む本願寺派の者が支援してくれる。無理はさせるな」
「彼等を活躍させると、本願寺が要らぬ力を付けます故、其れで宜しいかと」
周辺の寺を再建する以上の支援をせずにすませたいので、あえて飛滝方面は焦らない。
「棚懸は俺が敗れた地だ。だからこそ俺が執着すると思われよう。だから無理はしない」
俺は戦闘狂ではない。負けたことを恥とは思っていない。むしろ不敗神話とか兵の士気を上げる以外の用途はなかったのだ。今は負けた事がある相手という事実のおかげで、かえって兵の気が緩まなくなっている。縁起の悪い場所は無理をしないでいいのだ。
灘浦に日根野を、荒山に大久保を、飛滝に稲葉を、棚懸には不破を向かわせている。兵数が最も多いのが灘浦だ。
「後は各将の奮闘に期待だな」
「では、其の間に次の一手を支度致しましょう」
「任せる」
「はっ」
十兵衛が表情に出さずに答え、動き出す。潤沢な補給、十分な兵、大量の火縄銃、新しい兵器。全てを使って今回の作戦の大枠をつくりあげたのが十兵衛だ。楽しかっただろうな。そういう表情をしていた。
♢♢
富山湾 氷見北東地点
安宅船は決して速い船ではない。上部構造も多く、大砲も搭載しているためだ。一部には鉄板まで貼り付けている。近海で、内海で戦う想定の船であり、一種の海上要塞の役目を任されていた。
一方、長尾上杉や椎名、長氏の船は速度と小回りが重視される船だ。しかし、椎名の水軍は火縄銃という存在を意識して、船の各所に竹束をくくりつけていた。火縄銃の貫通力で船に穴が開くのを恐れたのである。
しかし、これがこの海戦での大きなターニングポイントとなる。竹束をつけた船はそれだけ重くなり、竹が水を断面からわずかだが吸う事でさらに速度という優位性を失ったのである。
長氏は能登畠山氏の内紛で斎藤方につく初動が少しだが遅れた。そのため斎藤の影響力が増す今後、遊佐氏相手に不利な立場になるのを避けるべく今回の海戦で最前線を買って出た。一方、斎藤の水軍を想定した椎名の水軍は地の利を生かすべく長尾上杉の水軍を最前線で先導する形をとった。そして両者の開戦と同時に、安宅船から大砲が密集する海域に次々と撃ち込まれ始めたのである。
当然だが海戦で大砲を受けるのが初めての彼らは混乱した。重い大砲を運んでくるという想定外の状況に、陣形を保つ余裕を徐々に失う椎名・長尾上杉勢。そこに速度で勝る長氏の船が、次々と火矢を浴びせかけた。竹束のおかげで機動性を失った船は消火活動にかかりきりとなり、古式ゆかしい接舷突破をしかける長氏の兵に次々とおしこまれていった。長氏からすれば積極性のアピールだったはずの戦法が劇的な戦果をあげたのは、良い意味で予想を裏切ったものといえる。
「此れは、椎名の水軍が崩れたか?」
長続連は椎名兵の動きの悪さと、沈めた船の竹束を見て今が攻め時と判断した。
「敵は崩れた!椎名の船さえ沈めれば長尾の兵では潮の流れは読めぬ!勝てるぞ!」
彼の怒声にも似た激励に兵が呼応した。大砲で慌てふためく敵の船に殺到する長氏。安宅船は更に大花火も撃ち込むことで、長尾上杉の一部の船に小規模な火災を発生させる。花火は特に煙が多く出るため、後方が大規模に火に包まれたと椎名兵は錯覚した。方向転換して逃げ出す船や、乱戦の中で重い物を捨てて海に飛び込む水兵が続出した。そして、
「居たぞ!鈴木大和守だ!」
「轡田豊後守、奪われた岩瀬を取り戻す可く、御命頂戴仕る!」
長氏と共に参加していた神保氏に味方した岩瀬湊を治めていた領主・轡田豊後守によって魚津の水軍の将である鈴木大和守が討ち取られ、滑川の府久呂一族も多くが討死した。
また、大花火と大砲で混乱した長尾上杉の水軍も、立て直す前に椎名兵が壊滅したため、長氏の攻撃を受けて撤退を余儀なくされた。椎名は船の6割を失い、長尾上杉は2割の船を失うことになった。安宅船に彼らは近寄ることさえ出来なかったため、この地域における制海権は一戦にして斎藤方のものとなった。
不動寺関連は本文の通りです。この頃史実では本願寺の台頭で厳しい状況だったようですが、本作では越中本願寺の崩壊とともに椎名・長尾上杉の懐柔で再建が進んでいます。そのため斎藤との間で時間稼ぎを引き受けて失敗し宿坊など一部の建物が焼かれた、ということになります。
海戦関係の資料の少なさと越中水軍の情報の少なさで大分前から調べていたのですが推測混じりになっています。
轡田豊前守は確認できているのは東岩瀬の領主ということまでです。なので岩瀬湊との関係はあったはず、という推測から神保の水軍担当という扱いです。鈴木大和守は魚津の領主一族の名前と官途、府久路一族は滑川の領主です。どちらも湊があったので今作では椎名水軍の将としています。
今回の安宅船の運用はいわゆる水上固定砲台。とにかく敵を撹乱させ、一部まぐれ当たりで敵を沈めただけです。実際に頑張ったのは御家事情があって奮戦しなければならなかった人たちということになります。




