第253話 表裏比興 VS 国盗り蝮 (上)
能登国 輪島
小屋湊と呼ばれる能登半島の有力港がある輪島に上陸する。そのまま現時点での報告を十兵衛から受ける。
「敵の砦は?」
「砦というより石の壁、で御座いますな。よくぞ短期間で彼れだけの物を造ったな、と」
石垣は言うに及ばず、石垣の上の構造物も土と石を合わせて造った物らしい。魚津の周辺で早月石なる石が採れるらしく、それが使われたのだろうと神保長職殿は言っていた。
「で、倶利伽羅峠の寺社は如何だ?」
「小白神社は我等に味方すると。恐らく峠や山道で我等に助力してくれるのは彼の社のみでしょうな」
「白山の再建を手伝った甲斐があったかな」
「正しく」
倶利伽羅峠方面にある小白神社。決して大きい神社ではない上、真言宗系の不動寺と長楽寺の影響下にある。それでも味方してきたのは、寺からの独立を狙っているのか、それともうちの軍勢の多さに驚いたか。白山再建のおかげで倶利伽羅峠周辺の民衆からは支持を得ているので、それも影響した可能性は高い。一方で、真言宗総本山の高野山と俺達が武装解除の問題で微妙な関係にあるからか、倶利伽羅峠の大寺院である不動寺と長楽寺はこちらに好意的ではない。源氏との関係も深い寺院らしいので、俺達が幕府再興をする気がないのも好意的でない理由かもしれない。
「で、十兵衛は不動寺と長楽寺を如何する心算だ?」
「燃やしましょう」
過激だな。
「警告せずにか?」
「織田との約定が御座います。早々に越中に攻め入りたいので二日以上は待てませぬ」
「では、1日だけ猶予を。何も反応が無ければ、だな」
「高野山にも我等の本気を示す良い機会かと」
根来寺が8割方武装解除を終えたのに、高野山は高野聖や僧兵に対し何も行っていない。還俗して織田兵となった彼らを高野山に送る準備は信長の代行として佐久間大学が動いているにもかかわらず、だ。一部に悪行が見られる高野聖は既に伊賀忍にマークされており、いつでも彼らの取締りに動き出せる状況である。盛んに毛利領へと高野聖が出入りしているのも把握済みだ。
倶利伽羅峠にある本願寺派の寺は一昨年長尾上杉勢によって燃やされてしまい、跡地は谷間となっているため椎名兵によって砦が造られている。ここの寺が今も残っていれば攻めやすかったのだが、戦で負けた後の話だったのでどうしようもなかった。
関所のように谷間にいくつかの砦が築かれており、突破には時間がかかりそうだ。
「まぁ、越中への道で険しくない道が抑無い訳だが」
「海路に期待ですな。相手は椎名と長尾の水軍になりますが」
「大砲を積んだ安宅船が負けるとは思わないぞ。勝てるとも思わぬが」
「海は潮の流れを知る者に微笑みます故」
「神保の水軍は居らんのか?」
「寧ろ畠山の水軍が頼りになるかと。長対馬守(続連)が志願して船と兵を出しておりますので」
「となると、御手並み拝見か」
うちの水軍は実戦経験がほぼ皆無だからな。定期的に一色や若狭織田水軍と訓練はしてきたが、どこまで通用するかはわからない。
水軍を担当する原頼房や旧朝倉家臣は安宅船を戦場で運用する練習をしていると思えばいい。とにかく相手にプレッシャーをかけて皆で生きて帰って来いと命じている。とはいえ彼らの火力支援込みなら長連龍が活躍できるかもしれない。そういう意味では期待したい。
♢
2日後。
急報が入った。
「飛騨に敵が?」
「はっ。凡そ三千と」
「雪解けの甘い時期に、無謀な」
「率いるのは海野の将で長尾に近習している真田なる者とか」
「真田」
真田と聞くと俺は真田昌幸しか知らないが、もしあの真田昌幸なら厄介だ。
十兵衛以外の重臣との緊急の会議をしようかと思ったところで、やめた。
「飛騨は険しい。三木殿が我等の味方であることを考えれば、敵軍勢が飛騨を越える前に我が軍勢の越中入りは可能だろう」
「でしょうね。山々を越えた上で味方無き地で城を攻めるは困難」
「遠藤に助力を願っておけば問題あるまい」
関ヶ原では徳川秀忠が時間稼ぎさせられたとか違うとか色々聞いた事があるが、今回に関してはこちらが時間稼ぎをする側だ。しかも険峻な飛騨の山々はこちらの味方。仮にあの真田昌幸でも簡単にはいかないはず。
そして3日後。越中攻撃開始が目前に迫ったタイミングで、耳を疑う情報が次々と入った。
「東下野守(常慶)様、東七郎(常堯)の遺児を名乗る者共に討たれました!」
「は?」
「さ、更に、内ヶ島と江馬が真田兵と合流。四千五百を超す兵で三木領に向かっていると」
東常堯、腕を落とされ行方不明のままだったが、ここに来て再び名前を聞く事になるとは。
「遠藤は何と?」
「仔細は分かりませぬが、城に籠って居られる様子」
「という事は、少なくない者が遠藤から寝返ったか」
正直、東常堯の遺児というのは眉唾物だと思う。常堯は5年前に遠藤盛数に1対1で戦った時、未だ子供がいなかった。正室の実家である内ヶ島に向かったと推測されていたが、若しその後子が産まれていたとしても数えで4,5歳だ。間違いなく自分の意思でこの動きをしたわけではないだろう。しかも遺児を名乗るという事は東常堯は既に死んでいるわけだ。どう見ても傀儡だ。
そして、翌日にも情報が入る。
「和田仁兵衛なる者と幾人かの領主が敵になった様で。遠藤殿は今は家臣の石神・池戸等と街道周辺を何とか守っている様子」
「不味いな。三木殿が孤立したか」
東常堯、死してなお俺を悩ませるか。
そして翌日。攻撃開始は明日、という状況で1人の耳役が美濃から俺の下にやって来た。特徴がなさすぎる顔つき。2,3回見たことがある。少し首に皺が目立つようになっているのは年齢のためか。
「大殿より御伝言が」
「蝮の父上か。申せ」
「任せよ、とだけ」
そうか。動くか。
「分かった。我等は越中を攻める」
「御立派に、なられましたな」
感慨深そうに、特徴のない男が言った。
「あぁ、天下を泰平に導かねばならぬからな」
任せたぞ、父上。
♢♢
美濃国 大桑城
長井道利が大桑の館の一室に入った。そこは斎藤道三入道が足の療養のため籠っている部屋。医者と数名の家臣しか入れない部屋だ。
「支度は整ったか」
「其方は兄をもう少し敬う態度を見せよ」
「無理だな」
あっさりと言う道利に、しかし道三は笑顔だ。
「兵は?」
「妻木殿の兵と、大桑の者、そして殿に昔から付き従ってきた老兵達だ」
「何だ、姥捨て山には行かぬぞ」
「未だ死ぬ気が無い者ばかりでな。閻魔大王も手を焼きそうな者共だ」
「悪いが地獄の国盗りをしに行く気は無いぞ」
そう言った道三は機敏な動作で立ち上がった。全身には往時の甲冑を身にまとい、痩せたように見えたその体は引き締まったものだった。
「儂が獲るのは何時も敵の首と土地だけよ」
「どうやら、敵は我等の事を知らぬ若造の様子だぞ」
「戦場には老いも若きも無し。屍になる者か、屍の上に立つ者かのみよ」
そして道三は屋敷を1年ぶりに出た。全てはこういった事態に対応するため。室である深芳野の葬儀にさえ出ず、不穏分子をじっと探りながら牙を研ぎ続けていた。
「行くぞ、儂の最後の戦場だ。遅れる者は置いていく!」
「兄上こそ、輿に乗らずに出たことを後悔するなよ!」
斎藤道三率いる4000が動き出したのは、奇しくも義龍らが越中攻めを開始する4月25日であった。
IF物でもなかなか見られないであろう真田昌幸VS斎藤道三。とはいえ真田昌幸はほぼ実戦経験のない状況。どうなるかは次回。ちなみに全軍を率いているのは昌幸ではありません。参加はしています。
東常堯については199話~200話あたりで出て来て即退場しています。遺児は史実では発見できていませんが、本作では遺児に仕立て上げられた子がいる設定です。




