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第248話 真綿で絞める如し(上)

最後♢♢から三人称です。投稿遅くなり申し訳ありません。

 加賀国 小松


 富樫泰俊を送りこんだおかげで安定した小松の視察にやって来た。春になったので能登の情勢がまた動き出すことが予想されるためだ。金沢だけでなく、小松や大聖寺の安定も必須だ。大聖寺には和議に基づいて顕如の腹心の1人が本願寺再興のためやって来た。加賀制圧のあたりから顕如との和議の流れもあったので、義兄の堯慧殿には加賀の旧本願寺寺院の接収はやめてもらっておいたのだ。その分、今年の秋に堯慧殿に門跡号の勅許が下りる様手配をしている。明確に本願寺派より格が上となる門跡号(しかも歴代の本願寺派は門跡号を欲しがってきたそうだ)と引き換えなので堯慧殿も笑顔で受け入れてくれた。


 小松の館はそれほど大きくはない。少し離れた場所に安宅の関があり、その管理が目的の地だ。金沢に不審者が出入りしないための措置で、関銭などはとっていない。そのため実務はこちらで行い、富樫泰俊には元守護家の格で上に立っていてもらっている。泰俊自身もまともな数の家臣が残っていないので、現状に特に不満はなさそうだ。


 泰俊と囲碁の対局中(彼がうちの家臣になってから囲碁を始めたのだが、結構はまっているようだ)のことだ。これまた中院通為なかのいんみちため様の保護を受けてから始めた茶の湯を2人で味わっていると、能登の前線から連絡が入った。


「何事か」

「長尾の軍勢が能登に参りました。兵数は少なくとも万を超えております」

「万か。多いな」


 今年の甲斐国で起きたという雪崩被害で武田が動けないからか、こちらに送る兵が多くなっている。うちは昨年同様玄蕃龍定が総大将だ。今回の副将は谷大膳衛好。大久保兄弟と芳賀兄弟が脇を固め、不破・氏家ら西美濃国人が続く。兵数的には昨年より多く2万弱。13000(畠山の兵4000がこれに加わる)で七尾を包囲しつつ、輪島周辺を確実に制圧するのが狙いだ。


「敵将で確認されたのが村上左馬頭(義清)、仁科修理亮(盛康)、小笠原右馬助(長隆)。後、高梨一門の旗印に御座います」

「村上左馬頭、遂に出て来たか」


 前世で戦国時代の名将、といえば上杉謙信と武田信玄の名前は必ずと言って良いほどあがる名前だ。そのうちの武田信玄に複数回苦汁をなめさせた人物がいる。村上義清。残念ながら某戦国ゲームのイベントでしか知らなかったが、この世界でも度々武田の勢力拡大を阻んでいる名将だ。小笠原氏も海野氏も当初は敵対していた村上義清に頼りながら信濃の領地を守っている。武田信玄(もう出家したという話は聞いている)が動けないのが確定的だからこちらにわざわざ出張ってきたのだろう。


「玄蕃様では厳しゅう御座いますか」

「兵数は十分だが、七尾と連携されれば厄介かな」


 泰俊も詳細は知らないのだろうが、村上左馬頭の武名は北信越に鳴り響いている。多少なりとも話は聞いているのだろう。


「後詰に佐藤紀伊守と鍋島孫四郎を向かわせる。孫四郎」

「はっ」


 今回の遠征には鍋島孫四郎和茂(うちの龍和の一字を偏諱で与えた)を連れて来た。若手のホープだ。


「初陣が左馬頭だ。如何思う?」

「身震い致します」


 そう言う顔はやや緊張しながらも笑みが見える。大物になれそうだ。そして佐藤紀伊守忠能は俺より年上の小姓出身。加治田衆を率いて常日頃美濃と稲葉山を守ってくれている。今回は稲葉や安藤らを美濃に残した代わりに加賀に来てもらっていた。


「紀伊守、孫四郎を頼む」

「若様の周りでも随一の知略を発揮していると伺っております。此方こそ頼りに致しましょう」


 冷静さと強かさを併せ持つ彼ならば、村上左馬頭にも遅れはとらないだろう。第一目標は七尾城ではない。七尾を攻め続けられる状況の維持ができればそれでよいのだ。


 ♢


 加賀国 金沢城


 輪島攻めは順調らしい。輪島に残っていた温井の一門は完全に屋敷に籠城し、もはや一族全滅の様相だ。そして彼らに助けは来ない。七尾城は包囲してあるし、長尾(上杉)の軍勢は七尾城の東にある石動山天平寺に滞在している。距離的には遠くないが山道が多いので大軍勢は動きにくく、監視と警戒をしておけば脅威にはならない。


 そんな安定した状況が一月ほど続いたある日、輪島の決着がつくかつかないかというところで、村上・椎名らの軍勢が動いた。目標は当たり前の七尾城。早速、十兵衛が地図をもって評定の準備を進める。金沢にいるのは日根野兄弟と十兵衛。兵は6000。能登は畠山の兵を除くと、弟の玄蕃龍定率いる13000がいる七尾城周辺と、輪島の氏家直元・不破光治の7000。そして佐藤紀伊守と鍋島孫四郎が4000で西谷内にしやちに詰める。


「物見の見立てでは村上左馬頭が五千、椎名宮千代が四千五百、高梨刑部(政頼)が二千、仁科修理亮が千五百。此れに石動天平寺の衆徒千五百が加わっているとか」

「多いな。厄介なのは僧兵か」


 特に多く感じるのが石動天平寺。朝廷に代々保護され、室町幕府の全盛期には4万石以上の寺領を有していたらしい。今もかなりの寺領を有するため、畠山氏にも簡単には従わない存在だ。温井氏との関係が多少深いため、今回は敵に回っている。


「黄門様(中院通為)は何か申しておられたか?」

「いえ、何も。帝に従わぬなら止む無し、と。只、和睦の際は使者に立つ、と」


 中院通為様の一族と同じ中院家(村上源氏とはいえ血筋は違うのだが)が南北朝期に天平寺と関係が深かったこともあり、最終的な交渉で助けてくれるそうだ。


「後は皆が奮闘するだけか」

「信じて任せるのも必要に御座いますから」


 十兵衛も俺とともに留守番だ。十兵衛も割と常に戦場の近くにいたからこれは試練だろう。しかし来年の計画を考えればこれに慣れておかなければならない。未知の要素がある味方(今回で言えば遊佐ら畠山)と自軍の兵に戦線を1つ任せる勇気。これが必要なのだ。


「人も物も数で勝る我等は相手に二正面作戦を強いることが出来る。だが、戦の経験が足りぬ部隊を作れば狙われるだけ」

「相手が如何にも出来ぬ形を作れねばならぬ、と」

「優柔不断な相手ならば、早く敵を降伏に追い込めるやもしれぬ」

「本来兵を分けるは愚策に御座いますが、此れが出来るだけの選択を我等が一方的に出来る証」

「ま、見せ札でも良し、別働隊でも良し」

「実際にやるか否かは別として、兵を動かせる方が多い方が我等はやり易う御座いますから」


 史実の信長も経済力で敵を圧倒した。俺がやっていることはそれのちょっと違うバージョンでしかない。だからうちの軍勢がいると俺がいるといった固定観念を許さないことも必要になる。万が一に賭けて本隊奇襲が定石になったら面倒だからだ。桶狭間はこの世界に必要ない。俺の本陣の位置を知られないためにも、大軍を率いるのは俺という構図は崩さなければならなかった。


「来年は其方にも出て貰う。龍和も初陣だ」

「派手な初陣になりましょう」


 少しだけ笑った十兵衛。斎藤は盤石なり、と見せつけるために。今年までは辛抱の時なのだ。


 ♢♢


 能登国 七尾城


 開戦は6月。七尾城南西の狭い平地。天気は小雨の中であった。

 斎藤方の兵は前面に2500の火縄銃を並べ、その後方に長槍を並べた。最後方には車輪つきの大砲が25門。大久保兄弟が両翼に展開し、大砲と後方を芳賀兄弟が守る。さらに西には、敵から見えない丘陵地帯に佐藤・鍋島の別働隊が布陣する。

 一方の長尾方は村上左馬頭義清の主力5000が最前線に並び、その後方を椎名宮千代と仁科盛康、天平寺僧兵の約7000が埋める。高梨政頼が最後方に2000である。

 温井兵が七尾城の包囲を継続する中、両軍合わせて30000を超える兵が集まるには手狭な場所で戦が始まった。


 先手をとろうと前進を開始したのは村上隊。もはやお馴染みとなった竹束を持った兵が先行し、その後ろに長槍兵が続く。斎藤の兵は火縄銃で一点集中で竹束を貫き、一部の長槍隊を丸裸にする戦い方を採用した。4,5発ならば耐える竹束も、10発喰らえば反動や束ねる紐の損傷などでダメになる。そして第二射で逃げ遅れた兵が集中砲火を浴び、崩れる。


「雨でも御構い無しか。だが儂は此処ぞ!」


 村上左馬頭はこの集中砲火を受けた場所ではない場所から接近。竹束兵を前に出し、自分はそのすぐ後ろから馬廻りと共に相変わらずの最前線から敵に向かっていた。

 話には聞いていたが、これだけの火縄銃が並んでいれば流石に同じ戦法は使わないだろうと考えていた。そのため、ある意味意表を突かれていた。

 こういった状況で素早く動けるのが左翼にいた大久保兄弟の兄・忠世である。中央に村上左馬頭がとりついたのを確認し、後続部隊を許さないよう即座に芳賀隊へ砲撃支援を要請した。

 当然だが伝令・砲撃までのタイムラグはあり、その間に前線は一部村上隊が崩壊した場所もありながら接近戦に突入した。椎名隊はゆっくりとだが前の状況を見て前進を開始。仁科・高梨の部隊は動き始めるのが遅れた。


 そして、砲撃が開始された。轟音が七尾城まで響く。更に、これに合わせて巨大花火を芳賀兄弟が撃ち込んだことで、椎名隊に出遅れた仁科兵がまず花火の轟音と光で雑兵が散り散りに逃げ出した。さらに砲撃は高梨隊の騎馬武者を数人吹き飛ばした。轟音の直後に傍にいた武者が馬ごと吹き飛ばされているという状況に、パニックを起こした高梨兵が恐慌状態となり、勝手に戦列から逃げ出す。

 この状況にあって冷静だった長尾方は村上左馬頭だけであった。自ら乱戦に身を投じることで砲撃に遭うことも銃撃を受けることもない位置を確保し、ただ自分と馬廻りの純粋な武で前衛の戦況を有利に持ち込もうとしていた。


 そして、その村上左馬頭の狙いを本能的にではあるが理解していたのは大久保兄弟のみだった。そのため、彼らは自分たちが村上隊の正面を担当しなかった事を後悔した。


「まさか火縄銃にも躊躇いなく突っ込むとは。運が無ければ其の儘長尾兵が全面潰走もあり得たというに」

「恐ろしきは火縄に狙われぬ天運か、其れとも只一つの隊のみで互角の戦に持ち込む武勇か」


 そして、死を恐れぬ僧兵も崩れた村上隊の穴を埋めるように前線に加わる。十兵衛が指揮すれば数発撃ち込めた火縄銃も、距離感が経験や知識として足りないために本来の性能までは発揮しなかった。長槍同士の突き合いは、個人単位で見れば流石槍の名将村上隊が勝る。しかし前面に出る兵数で勝る斎藤の兵が徐々に疲れの出た兵を入れ替えることで疲弊した精鋭が少し削り取られる。じわじわとした戦の中で、決定打が打てない状態が続く。

 太陽が少しずつ西へ向かい始めた頃、斎藤の陣の後方から伝令が届く。温井兵が七尾城から打って出て、遊佐兵と交戦中。温井兵も形振り構っていられなくなり、連携すべく城から出て遊佐兵と戦い始めたのだ。


 この事態に、丘上に布陣していた鍋島孫四郎が動き出す。


「此度の戦、勝ちは七尾を獲る事に有り。然らば狙うは温井の首。佐藤様、今が動くべき時かと」

「難しいな。七尾攻めは名目上主体は畠山兵。彼方に向かうには温井の兵を押し退けねばならぬ」

しがらみに御座いますか。建前が枷になると」

「利口な其方なら分かろうが、此度の戦は主が畠山という事になっておる。七尾は温井の兵が落とせない時だけしか出られぬ。故に我等は此の戦に勝ち、砲撃で支援して落とさせねばならぬのよ」


 既に統一畠山氏の次代は再び分裂することが決まっている。能登畠山と紀伊畠山に再分裂し、能登畠山は現当主・畠山義続の三男である五郎義明が継ぐ。彼は前々から医学に興味を持っていて、現在半井驢庵の下で学んでいるので斎藤との縁も深い。将来的には義龍の妹義姫が嫁ぎ、斎藤の影響下に入る予定となっている。


「とは言え、猛将に掻き乱された儘では相手の思う壺。此処は動くべきかと」


 そう言って不敵に笑った鍋島孫四郎に、初陣らしい初々しさは欠片もなかった。

次回、鍋島直茂(史実とは名前違い)の活躍回です。猛将村上義清と年齢的に戦えるのはこの時期だけなので、この対決は創作でも初物なのでは、という気がします。


石動山はあまり注目されにくいですが、4万石相当の土地を治める能登・越中国境の寺社勢力でしたので今回登場。温井や長尾上杉氏との関係が深いので敵対しました。

戸石崩れなど、信玄も苦しんだ村上義清、足止めすら大久保兄弟くらいでないと出来ない相手になります。乱戦に持ち込んだのは見事ですね。

このあたりは十兵衛不在による影響もあります。本来ならば最適運用を行う十兵衛の指揮だと、火縄銃部隊はもう1回くらい斉射が出来ますが、指揮官の能力の差が出ています。


婚姻の話に出てきた畠山五郎は史実では閑嘯軒かんしょうけんと名乗った医師になった子です。本作では主人公の孫弟子になり、そのまま斎藤の家に取り込まれる予定。遊佐・長ら能登家臣からも、いい傀儡になると歓迎されています。

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[一言] 鍋島和茂・・・・字は違うが長〇一茂のパロディでしょうか?
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