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第235話 大寧寺の『終わりと始まり』

後半3人称です。

 山城国 京


 冬に入った。平年以上に東北や関東での凶作は深刻で、かつ東海地方も台風の影響でやや不作となった。

 畿内ではデフレが進行していたこととうちの領内からの安定的な食糧供給もあり、結果的に米価は安定している。京の民には織田が主導する公家や俺たち武家の屋敷造営で賃金的な形で金が回り、それを使って食料が供給されている。だが東北は食糧不足から酷い状況らしい。

 この影響で蘆名による那須の下野復帰作戦は中止になったそうだ。上杉包囲網(と勝手に俺は呼んでいる)の一角が動けないのは痛い話だ。


 加賀と能登の防衛状況がほぼ完成した一方、播磨では別所攻めが来年初頭にずれこんでいた。台風による湊の復旧に時間がかかり、三好の兵が集まりきれなかったためだ。四国兵が集まれないのでは三好の本隊が不足する。今回は別所を圧倒したいという三好の考えもあるので仕方ないだろう。


 俺は加賀の状況確認などをすませると京に戻った。元々冬は京で慶事が続く予定で、その出席のためだった。

 お満を連れて京に入り、目当ての施設に向かった。出迎えてくれたのは正五位下大宮主殿頭国雄殿。大寧寺の変で父を亡くしたが、自らは助かっていた小槻家の跡取りである。


「出迎え、忝い」

「此れ迄に頂いた数々の援助に比べれば、大した事では御座いませぬ」


 今回、ここ主殿寮の敷地に造られたのが初斎院だ。今年から承久の乱以来途絶えていた斎宮(斎王)を復活させることになったのだ。そのために帝の9歳になる御息女に斎宮として務めて頂くため、潔斎と呼ばれる一種の禊ぎ(と俺は解釈した)を行う建物が再建された。本来は元々ある建物から選ぶのだが、焼失した建物も多かったので卜定で出た場所の建物を再建して準備したわけだ。

 ちなみにこの帝の御息女、母親が飛鳥井雅綱の娘である目々典侍様だ。つまりお満の義理の姉ということになる。更に言えば、目々典侍様の母は丹波親康様の娘である。これは典薬頭を代々継いできた丹波家なので、俺との縁も深いというわけだ。


「信長、良いのか。俺との縁が強過ぎる気がするが」

「朝廷との関係は義兄上の方が大事だ。俺も或る程度関わるが、此度の件は此れで良い」


 今回の件が決まったのは3年前に会った清順尼の活動によるものだ。彼女は伊勢神宮の遷宮費用を集め、そして朝廷との折衝もしていた。伊勢神宮が久し振りに遷宮できたことから、彼女は更なる一手として斎宮の復活を狙った。斎宮が復活すれば皇族と伊勢神宮の繋がりが復活し、吉田家に対抗できる状況が作れる。信長としても伊勢との関係は良好で困る事はないし、政治に介入する色が強い吉田家が神道を牛耳るのは本意ではないそうだ。


「其れに、此方に掛り切りになれぬ故な」

「あぁ、婚約の儀を済ませねばならぬのか」

「蝶が詩姫を気に入っていたから良かった。吉法師が一度熱を出した時は側を離れなかったからな」


 蝶姫と信長の嫡男である吉法師(俺や蝶、信秀殿が全力で説得して信長の幼名を継がせた)と、元公方の足利義晴の娘・詩姫の婚約が決まっていた。吉法師は数えで4歳だが、1回だけ風邪をひいた以外は健康に育っている。その1回で蝶は一時かなり過保護になってしまったわけだが。


「詩姫側は大丈夫なのか?」

「今は弟を世話する様に吉法師と共に遊んでいるからな。後で詩姫に頭が上がらなくなるやもしれんが、一族はいない姫故幕臣さえ取り込んでおけば構わん」

「まぁ、其方がそう言うなら」


 5人も側室を迎えなければならなかった信長はさっさと後継者を固めたいというのも考えにあるようだ。現に側室に娘が2人既に生まれている。男は生まれていないからまだ問題はないが、生まれれば少なからず動きを見せる人間もいるはずだ。未然に防ぐ意味でも信長はこの段階から動いたのだろう。


 大宮主殿頭が先導する中、施設の前まで行く。中に俺たちは入れない。儀式の関係上、内部を穢れに晒さないためだ。帝の御息女はここで来年夏までの1年弱を過ごす。その後、次に野宮ののみやと呼ばれる嵯峨野に建造中の建物で1年を過ごすことになる。それが終われば伊勢へ旅立ち、これも建設中の斎宮で過ごすことになる。多くの公家がこれに同行する予定だ。


「主殿寮も再建出来、多くの御親類も此度の儀で職務を仰せつかりました。皆様の尊王の御心に、多大なる感謝を」

「主殿頭様には今後も帝や公家の皆様方の橋渡しに御尽力頂きたい」

「当然。宮内大輔殿と弾正忠殿は院でも大層評判が宜しいですので、此度の件で昇叙は間違い御座いませぬ」


 ちなみに、この場だと俺と大宮殿が正五位下で同格、信長が従五位下なので信長は大宮殿に様づけになる。面倒な話だが、医局の上下関係みたいなものなので仕方ない。ちなみに年明けに大宮殿は正五位上になるのが決まっている。殿で呼べるのも今年いっぱいだ。


「御父上の亡骸が戻って来るとか」

「宮内大輔様、有り難い事に右馬頭(毛利元就)殿が仇である陶を討ち取って下さいまして」


 今年の夏。ついに陶晴賢が討死した。陶氏の本拠である周防国若山城に最期まで一族で籠城していたそうだが、毛利元就の調略で一族に離反者が出たため城門が突破され、離反者共々皆殺しにされたらしい。これで朝敵の討伐は完了した。元就はこの功績をもって完全に許されることになるだろう。

 中国地方は長門・石見・出雲・伯耆・隠岐・美作・因幡・備中の半分を領有する尼子と安芸・周防・備後・備中の一部を有する毛利に分かれた。勢力的に尼子が圧倒的有利だろうが、毛利元就がこの程度で終わるわけがない。惣無事は尼子と毛利にまで行き届かせていない。播磨を俺たちの勢力下に置かずに惣無事を宣言しても絵に描いた餅だからだ。


「一緒に姉の光厳院も京に戻る予定で御座います。もう、誰も山口には近寄らぬでしょう」

「悲劇の小京都、になってしまいましたな」


 大寧寺の変を止める方法はなかったのか、と思う事は今もないわけじゃない。だが、俺はこの後に起こる悲劇を防ぐことしかできない。歴史の流れが分からないからこそ、多くの人の手を借りながら争いを、悲劇を止めていかなければならない。


 ♢♢


 豊後国 府内城


 府内。大友氏の本拠にして明の商人が行き交う城下町。

 その地に、2人の戦国の雄が揃っていた。

 大友氏当主・大友義鎮。

 毛利氏隠居・毛利元就。

 元就の後ろには現当主の息子毛利隆元がおり、その子幸鶴丸もいた。

 義鎮の脇には大友を支える重鎮の角隈石宗つのくませきそうと志賀親守が控える。

 両者は明確に上座の大友と下座の毛利と分かれていた。老齢ながら生気溢れる声で元就が口を開く。


「此度の会談、受けて頂き忝い」

「構わぬ。博多が今の儘で困るのは御互い様だ」


 元就は頭を下げる。


そうと杉、秋月と原田、加えて宗像と筑紫に少弐まで。此奴等弱者が尼子と手を結び、博多を我が物にせんと蠢いている」

「我等としましても、村上水軍が宇賀島より得た島々に手を出されるのを見過ごす訳には参りませぬ」

「九州は我が島。尼子を許す道理は無い」

「なれば、我等が長門へ、太守様が豊前へ」

「目障りな弱者共は此方で捻り潰してやる。励めよ」

「では、盟約の証に此の子に名を頂きたく」

「ふむ、我が鎮の一字、授けよう」

「恐悦至極」


 傍の隆元の子幸鶴丸は幼いながらこの瞬間元服した。毛利鎮元。幼き次期当主の誕生だった。そして両者の同盟が成立した瞬間でもあった。



 府内から出る船の上で、元就と隆元は向かい合って話していた。波の揺れなど気にもとめず、元就は手紙を書きながらである。


「宜しいので?他国の者から見れば我等は大友に従属したも同然に御座いますが」

「子の名が気に入らぬか?」

「いえ、そういう訳では」

「名などまた変えれば良いものだ。人質を取られずに済むのだから構わぬ」


 そう語る元就に、隆元は背筋を汗が伝う感触を強くした。自分では決して思いつかない手を打ち、ただひたすらに毛利を強くする怪物。それが隆元から見た毛利元就という男だった。


「備中の三村と美作の後藤以外は此方につかぬか」

「周防の内藤は何とか。やはり石見の銀を派手にばら撒いて味方を増やしている様子」

「不作でも畿内から米を買うことが出来ている、か。やはり長門で争いつつ石見を押さえねば勝てぬな」

「しかし、尼子と此処迄大きく争っても良いのでしょうか。三好や織田が如何思うか」

「愚息よ、若し尼子と我等が其の儘彼奴等の府に残れば如何なる?」

「!大きな大名が多過ぎる、と?」

「其れも、博多や坊津に繋がる道を握る大名が、だ。儂なら其の儘なぞ怖すぎて残せぬ」

「尼子の銀山も凄まじいですが、織田も銀山は有している。内海(瀬戸内海)を制する我等こそ、彼等のこぶと為り得る」


 最初から元就は新政権に自分たち毛利の居場所はないと考えていた。あえて派遣したのは時間稼ぎであり、多少なりとも友好関係を築く事で生き残る芽をつくるためであり、外交窓口を用意して最悪でも降伏できるようにするためであった。尼子の日本海側と毛利の瀬戸内海側ではより安定した航路である瀬戸内海側のルートを直接支配することを普通は狙う。大勢力が多ければ多いほど織田や三好・斎藤の政権は不安定となる。自分たちは淘汰される側に回るだろうと元就は考えていた。


「では、戻り次第兵を動かすとしよう」

「大友が騙されてくれれば良いですが」

「騙されずとも良い。動かさねばならなくなるだけだ」


 ♢♢


 収穫が終わる頃、毛利は水軍を安芸に集結。兵の移動を開始した。

 これを確認した大友は尼子氏に味方する豊前の杉重輔に向けて一萬田鑑実・佐伯惟教・野津院衆らを動員。尼子との全面対決を開始した。

 しかし、大友の思惑と違い尼子は吉見・牛尾・松田といった諸将を九州に派遣した。当初は第二陣で戸次べっき鑑連・臼杵鑑速らを派遣する予定だった大友義鎮は、一気に豊前を落とせないと判断して先に秋月討伐にこの軍勢を向かわせることとなった。

 その後、毛利元就の軍勢は長門の勝間田城を攻撃し始め、ついに両者の対立が始まった。

 大友義鎮が調べると、毛利は安芸の元大内国人である阿曽沼氏と揉めており、尼子氏は当初毛利兵の集結をこの阿曽沼討伐と勘違いしていた。実際は阿曽沼氏は長門攻めにも参加しており、元就の謀略だった。

 阿曽沼に関する弁明の書状が届いた後、大友義鎮は一言だけ呟いたという。


「やはり只の弱者では無いな、右馬頭」


 そして、尼子の一部主力を九州に送り込みつつ主導権を握った元就は、次なる手として浦上氏の生き残りを備前に派遣して赤松の混乱を助長し三好らの仲介を阻害しつつ、石見銀山周辺へ吉川元春を派遣して銀山へ圧力をかけるのだった。


「謀とは人がやりたくても出来ぬと思う事を臆面なく出来る事よ。そして己が一番やられたくない事をやり、やられたくない事が相手にされぬ様動く事よ」

大宮国雄は本来病死していますが、今作では生き残っています。早い段階で主人公の保護下に入っていたのが大きいですね。

また、正親町天皇即位に毛利元就が献金をしていないので官位が右馬頭のままだったり(その分のお金が数年かかった陶討伐の軍資金に消えています)、伊勢神宮の斎宮が復活したりと細かな歴史の変化が見られています。


そして最大の変化が大友・毛利連合対尼子への情勢変化。

秋月・少弐・杉・宗像らを味方につけて博多支配を目論む尼子と、これに対抗すべく手を結ぶ大友と毛利。とはいえ大友も毛利も互いに本当の意味での仲間意識はないので、利用し合う関係です。ひとまずは分裂した内藤一族の領内で争いが続きます。

史実より早期に石見銀山を確保し、長門も領有して東に敵がいない尼子は強大です。

そのためあえて毛利元就は尼子の軍勢の一部を九州に上陸させています。

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[気になる点] > 姫と信長の嫡男である吉法師(俺や蝶、信秀殿が全力で説得して信長の幼名を継がせた) 娘の名前に犬をつけた(何かしら事情があったのかもしれませんが)信秀が全力で止めるって…信長は一体…
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