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第232話 交戦(下)

♢♢以降は3人称です。

 越中国 棚懸城


 大砲といっても現代のように着弾と同時に爆発するような代物ではない。だがインパクトは十分だし、着弾の音は軍神の声を一時的に兵に届かなくしてくれる。それでも訓練された敵兵は今までの経験則に従って動くが、経験の浅い兵の動きにはためらいが見られる。そして、そこを見逃すほどうちの兵の経験値は低くない。谷大膳衛好がここぞとばかりに前に出て、乱れた部隊に突撃をかける。さらに3発の砲弾が長尾(上杉)の密集している地点に落ちる。普段ならこうなると一気に情勢はこちらに傾くのだが。


「彼れは、弥太郎か!」


 猛然と大膳の前に飛び出したのは、小柄な軽装の武者。とっさに身構えた大膳だったが、その剛力に体勢を保ちきれず、転がるように距離をとる。カバーに入った兵が一振りで文字通り真っ二つにされた。なんだあの腕力、まともに相手をしていたら犠牲が増えるだけじゃないか。


「殿、狙います」

「頼む十兵衛」


 十兵衛が火縄銃を構えて小島弥太郎(仮)を狙う。しかし動き続ける弥太郎に狙いが定まらない。こちらが高所で射線が通らないわけではないが、動く上に乱戦の中で動くので狙いにくい。


「くっ」


 発射した1発は敵兵に当たったが弥太郎には当たらず。これ以上指揮を離れられない十兵衛は仕方なく銃を手放した。これで警戒してくれればいいのだが、並の胆力ではないから意味ないか。大膳1人では無理と見たのか、うちの猛者が数名がかりで止めるべく弥太郎の相手をする。しかし人が集まっていると見た弥太郎はその場を離脱してしまった。その間に軍神の声が戦場に響いたらしく、敵全体が落ち着きを取り戻していた。残念ながら到着した大砲は4つのみ。それ以上は急行するのに準備が出来ていなかったとのことだ。間隔が開くと相手も落ち着く。とはいえ初見ならば音と衝撃でパニックがおこるのだが、軍神の部隊はそれが限りなく抑えられてしまっている。


「崩れませぬな」

「乱戦の中で上空を見る余裕は無い筈。運頼みか」

「恐らく」


 わざと援軍部隊に大砲を断続的に撃たせて指示が届かないようにしてはいるが、慣れた敵は結局前の状態に戻りつつある。援軍が出るスペースもないし、敵のように疲れていない戦力と前線を入れ替えるのがスムーズなわけでもないので徐々に劣勢に追い込まれている気がする。

 こちらの被害がじわりじわりと増えていく。十兵衛の顔を見ると、今までにない焦りの色が無表情な中にも感じ取れた。小声で周囲に聞こえないように話しかける。


「不味いか?」

「大筒は落ちた場所に運悪く居た者を死に至らしめる物。逆に言えば余程近くに落ちねば無事という事。此れを知る者が居たのでしょう。恐れはしても逃げませぬ。寧ろ此れで勝ち進んできた兵が崩れぬ敵に困惑しております」

「致命的な被害が出る前に兵を退く事も考えるか?」

「既に疲れの見えた部隊は戦場から離れております。大筒で暫し敵を乱して退くのは問題無いかと」


 主な将に被害は出ていないが、定期的に弥太郎が現れる場所では家臣の一門などに死者が出ている。これ以上は厳しいか。


「半蔵、いるか?」

「はっ」


 周辺警戒にでていた服部半蔵を呼び出す。


「敵の増援は?」

「現状見当たりませぬ」

「守りを突破される前に砦を放棄する事も考えている」

「畠山も此処で守る事は考えていたとは思えませぬからな」


 棚懸の砦はほぼ放置されていたものだ。遊佐氏も俺たちがここに来た時ほとんど使っていなかった。上杉も使う事はないだろう。


「十兵衛、大砲を大八車に戻せ。退く準備を」

「宜しいので?」

「隘路を無理に此方に攻めて来るなら補給に無理が出よう。其処を叩けば良い」

「はっ」


 ここまでの道もここからの道も狭い山道が続く。忍びの協力があれば相手の補給を断って相手を封じることは可能だ。

 だから、今もほとんど使っていない砦を利用して撤退することにした。事前に研究を進めておいた発煙する比率の硝石や硫黄の混ぜ物を砦にまく。忍者の煙玉みたいなものを作りたいのだが、現状そこまで完成度が高くない。砦のようにある程度密閉性のある施設でないといい具合に煙が視認できないのだ。


 徐々に砦を利用した布陣を下げていく。誘導していると悟られないよう十兵衛が丁寧に形を変える。だが、もう少しで砦に敵が乱入すると見て発火を指示したところで、前に出てきていた軍神の声がはっきりと俺にも聞こえた。


「退けええええええええええええっ!」


 ぴたりと前に進むのをやめた敵兵が一気に後方へ下がる。砦の発火はもう止められない。やられた。十兵衛の指揮でも軍神には違和感が感じ取られてしまったのだろう。恐ろしい人物だ。


 爆発音が響く。数秒後、砦から煙が漏れ出し、そして包んでいく。既に俺含め将兵は撤退を開始している。砦はついでに木の構造に火をつけてある。相手が再利用するのは難しいだろう。

 相手も撤退の号令で後方に動いていた。大きく動く軍を突然に方向転換できる程軍神の指揮も万能ではないようだ。


 馬を控えさせていた地点で谷大膳が追いついてきた。


「無事だったか、大膳」

「子が若殿の小姓に選ばれたばかりなのに、討たれる様な情け無い事は出来ませぬ」

「そうだな。しかし凄まじかったな、敵は」

「北条が苦労するのも分かった気が致します」


 手綱を握らない左腕を顔のあたりに上げて見せてくれたが、震えていた。しびれて何も持てないらしい。凄まじいパワーだな、弥太郎。


「しかし、負けたか」


 明確に負けたと言えるかはわからないが、負けたと俺は思っている。地形的に俺たちは有利だったし、装備も有利だった。それでも撤退に追い込まれた。これを負けと言わずして何と言うのか。


 追手は来ていないようだ。負けて逃げる時こそ被害が一番多くなると言われている。そういう意味では被害は最小限ですむはずだ。

 大砲もこれに先んじて離脱させている。火縄銃は少し失っただろうが、火薬がなければ問題ないだろう。


 ♢♢


 兵の避難を終えた上杉平三政実は、白煙がもくもくと吹き出す砦を眺めていた。


「てつはうか?」

「分かりませぬな。面妖な者としか」


 煙の正体もわからない上杉軍は砦の白煙を警戒して動けずにいた。もしこれが無害でただ煙が出ているだけで、伏兵でもいるならば挟み討ちにされかねない。もし有害な煙なら、側を通ること自体に危険があるかもしれない。何より、一瞬で大規模に噴き出した煙は彼らの理解の範疇にないものだったのだ。警戒して動けないのも無理はない。


伏齅ふせがき、行け」

「はっ」


 伏齅とよばれる上杉の忍びが1人、躊躇いもなく砦の中に入って行く。煙ですぐに見えなくなるが、しばらくして戻ってくる。


「如何だ?」

「恐らく火に硫黄が混ざっているかと。余り煙を吸わぬ方が宜しいかと」


 伏齅の言葉に、平三政実は獰猛な笑みを浮かべた。


「では戻るぞ」

「宜しいので?」

「大事なのは勝った事だ。常勝無敗の斎藤を破った。其れだけで十分」


 何より、彼にとってこれほどの難敵は初めてだった。今まで彼の中にあった渇きは、この戦の終わりで嘘のように治っていた。

 子飼いの精鋭を100人以上失いながら、それでも『斎藤の軍勢に初めて勝利した』という称号を得た上、自らの渇きが満たされたことを喜んでいた。


「さて、直江は上手く進めておるかな?」


 北を向きながら、平三政実は小姓が持ってきた酒を呷りはじめるのだった。


 ♢♢


 能登国 七尾城


 斎藤宮内大輔義龍が兵を金沢に撤退させた頃、七尾城郊外では1つの合戦の決着がついていた。

 温井氏は乱を起こした直後、七尾城を占拠して各地へ自分の味方に付くよう書状を送っていた。しかし斎藤の訪問と上杉の攻勢を知り、急遽遊佐氏側に和睦を提案。畠山当主と共に七尾城を脱出していた遊佐氏はこれに応じ、七尾城郊外に両軍は布陣して上杉と戦うことになった。

 しかし、遊佐温井両軍計6000が参加したこの戦いで、直江大和守景綱率いる上杉軍4500は遊佐側を執拗に攻撃し、温井側には牽制にとどめる戦い方を見せた。当初はそれでも奮戦した遊佐兵たちだったが、ある程度崩れた段階で「温井と上杉は裏で繋がっているのではないか」という疑念を持ってしまった。

 なにより問題だったのは、この戦にたとえ勝利しても、その後温井の被害の少ない軍勢には勝てない状況になってしまったことだった。このため遊佐兵は被害が拡大した段階で七尾城とは反対の南側へ撤退し、斎藤の兵と合流する道を選ぶこととなった。

 一方の温井兵も遊佐兵の総崩れを見て七尾城へ撤退したため、上杉は兵数に劣りながら圧勝と言って良い状況を作りだすことに成功した。

 当然だがこの流れは直江大和守による情報撹乱などが影響しているが、そのような様子はおくびにも出さず彼は七尾城へ進軍し、自ら使者として城内に赴くのだった。


「温井殿、御初に御目にかかる。直江大和守に御座る」

「言っておくが、殿が戻られる迄此の城が誰かの手に渡る事は有り得ぬと知れ」

「此れは手厳しい」

「只でさえ貴様等のせいで遊佐に、殿に疑われる状況だ。此処で一族討ち果ててでも守らねば我等が名折れ!」


 直江大和守に刀を抜かんばかりの勢いでまくし立てる温井氏当主の温井総貞。しかし直江大和守は余裕のある態度のまま話を続ける。


「畠山の御当主なら居るでは御座いませぬか。此方に」


 そう言うと、彼の付き人の如く後ろに控えていた男が顔を上げる。


「駿河様、生きて、おられたので」

「温井。上杉殿と儂と共に戦う可きだ。其方は既に、遊佐と袂を分かっているのだから」


 畠山駿河。現当主畠山義続の叔父にあたる。野心が強かったため監視がつけられ、それを嫌って落ち目の加賀ではなく越中へと逃げ込んでいた。


「いや、例え貴方様でも、畠山は継げませぬ」

「何故だ。上杉殿も椎名殿も儂こそが能登の主と申されておるぞ」

「畠山は河内と紀伊も継ぐ者。河内が認めぬ者は、畠山を継げませぬ」

「ぬ、ぬぅ」


 そう。統一畠山の当主を主張するには河内と紀伊で認められる必要がある。しかし、そのためには河内の実力者である河内の遊佐氏の協力が必要不可欠だ。能登であまり大きな所領を持たない遊佐が、能登の二大勢力となっているのもこれが理由である。

 両者が黙ったところで、直江大和守が口をはさむ。


「温井殿。今は能登だけでも良いではないか」

「し、しかし折角畠山が一つに戻れたのに」

「此れから我等上杉と共に何れ河内を目指せば宜しいかと」

「斎藤も織田も三好も討つと?無理だ、夢物語だ」

「能登を我等が得れば夢では無くなりましょう。其れに、」


 一拍ためる。


「今更遊佐と、手打ちに出来るので?」


 その言葉に、場にいた温井一門はうなだれる者、天を仰ぐ者、覚悟を決める者など反応は様々だった。

 明らかに温井兵と戦わなかった上杉兵。たとえ上杉が撤退していてもその後の戦いで温井が圧倒的優位になる戦況。ここまで露骨にやってしまうと逆に罠も疑える部分だが、実際の被害が多く出た遊佐の兵がそう考えるとは限らない。彼らに選択肢はない。そういう状況に、直江大和守という男が追い込んだためである。



 3日後、温井総貞は上杉との2年間の不戦を約束し、斎藤に対し遊佐との内部争いであり手出しは無用と連絡をした。

 当然だが能登半島は遊佐派・温井派に分かれることとなり、実質的に上杉側勢力についた温井を批判する声は大きくなった。


 これが能登内乱の始まりであった。

直江大和守景綱。長尾(上杉)方で数少ない知恵者です。今回は戦場での動き方で温井を無理矢理味方につけました。とはいえ不信もあるため上杉とは不戦の同盟です。外から見た場合は普通に上杉・温井の共同戦線ですが。


いわゆる煙玉ですが、義龍は忍者アイテムな何かを目指して研究しています。現状はそこまでたどりついていませんが、発煙能力で小規模な砦が煙充満することが出来る程度にはなっています。硝石を大量に消費するので誰も真似できませんが。

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