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第231話 交戦(中)

途中一部3人称になります。

 越中国 棚懸城


 一揆衆が峠を越えたおよそ10分後、長尾(上杉)の先頭部隊が視認できるようになった。

 大砲を持った増援は当然だがまだ到着していない。こちらの兵は俺の3000弱と遊佐兵800だけになりそうだ。

 一方の長尾の兵も3000程に見えると服部党から報告があったが、狭い山道なのでお互い兵力を展開する場所がない。火縄銃の力でなんとかできそうではある。しかし相手は軍神だ。油断はできない。


「十兵衛、お前が此の場所で敵なら何が出来る?」

「山道を外れて来るには険しい上、笹藪の中では此方から丸見えになりましょう。正面からしか来る手は無いと思われますが」


 山道以外は笹藪が群生しているが、背丈は高くない。それを考えれば確かにそうなのだが、相手は軍神だからな。それとも軍神の謂れはそういうことではないのか。


「殿、火縄隊の支度、整いました」

「良し、30間(約50m)程で撃ち始めよ」

「はっ」


 個人的な見立てだが、50m以上開くと火縄銃の命中率は極端に下がる。撃ち始めとしてはこのくらいからが良いのだ。


 十兵衛が発射の合図を準備した。その時、相手が山道に広く展開して弓を構えた。射程距離には少し遠い。笹藪を物ともしない弓武者の射撃だ。

 高低差に加えて山頂から吹き下ろす風で不利な立場の相手が弓を使うのは予想外だった。しかも相手の矢がこちらの陣に届くのだ。並の鍛え方ではない。


「まるで坂東武者の様ですな。個々が剛勇にして壮健」

「見事だと言っている場合ではないからな。如何する?」

「矢盾で暫し防ぐにせよ、弓矢の支度はしておかねば」


 大雨の時などのために、専門で弓を鍛えた部隊もいるのでそちらと火縄部隊の位置を入れ替える。当然だが少しの間前線が疎かになってしまう。

 そして、その瞬間を軍神は見逃してはくれなかった。


「殿、笹薮の中を何者かが!」


 見ると、大体1mくらいの笹薮の中を男性の全力疾走に近い速度で駆ける何かが俺にも視認できた。小柄なこの時代の人間の中でももっと小柄な、子供のような身長で更に前傾姿勢にならなければこの笹薮には隠れられない。

 矢と火縄銃で撃ちかけるが、時折斜めに横にと動くため当たらない。そして20秒とかからずに柵に達し、姿を見せぬまま槍で最前線にいた弓兵の1人を切り裂いた。慌てて兵が藪の中に槍を突き刺すが、その頃には藪の中の何者かはジグザグに走ってその場を離れている。


「小柄、走り続ける。小島弥太郎か」


 小島弥太郎。鬼小島。俺も某戦国ゲームで強い敵だったくらいしか覚えていない。北条からの情報曰く、小柄で走り続ける身軽で軽装の猛将。体格からは考えられない剛力の持ち主。

 敵の弓兵の前で藪を蠢く何者かは止まり、立ち上がった。小柄だ。この時代の人の中でも小柄。しかし望遠鏡から見えた肉体は、軽装のおかげで肩の盛り上がりと右上腕の腰くらいあろうかという太さが目立つものだった。


「凄まじい鍛え方で御座いますな、彼の者」

「十兵衛も見えたか」

「腕力だけなら奥山殿と張り合えましょう」


 鎧が裂かれた弓兵の傷は、腕力で無理やり鎧を押し切ったような断面だと説明された。当の本人は腹の皮1枚ですんだから冷静だったが、だからこそ実感として脅威をその場の皆が共有する。


「下手に火縄を撃つべく複数が盾から顔を出せば敵の弓に狙われましょう」

「弓矢と撃ち合うには相手が離れすぎか」

「敵の弓は長く鍛錬を重ねた物。狙い撃たれかねませぬ」


 火縄銃に関しては狙う事よりも早込め早撃ちを重点的に鍛えてきたのがここにきて仇となった。命中率より弾幕を張って数で制圧を狙うのが現状のスタイルなのだ。


 こちらが対応策を決めかねていると、小島弥太郎らしき人物だけでなく数人が同じように笹薮に入り、動き出す。動きが弥太郎(仮)ほど素早くないが、狙い撃てるものではない。まずい、対応が後手後手だ。


「十兵衛!」

「火でも放ちますか?」

「風が強過ぎる。山ごと丸焼きにしかねん」

「では火縄を前に出して藪を撃ちましょう。こちらも矢傷は受けましょうが大きくは崩されずにすみましょう」

「仕方なし、か」


 命じて火縄隊を前に出し、藪を撃たせる。当然だが敵の矢の弾幕は密度を高めており、こちらに少なからず被害が出るが、敵の2、3人が藪の中で身動きをとらなくなって弥太郎(仮)も藪から敵陣へ戻って行った。


「殿、此処で火縄隊を戻せば又敵が来ましょう」

「盾の改良が必要だな」


 ガラスの覗き窓付きの盾を開発中だが、火縄銃を撃つ穴の開いた盾とかも必要なのか?こちらの新兵器が実戦で使われるとしばらくして敵が何かしらの対処をしてくるわけで、こちらも新しい武器を造り続けないと優位が保ちにくくなる。


 戦場は膠着した。こちらにとっては悪くないが、被害は明確にこちらの方が多い。火縄部隊は盾の後ろで敵が藪に来ると前に出られるようじっと耐える。弓兵は相手に負けじと矢を打ち返す。しかし相手の弓兵の方が質は高い。風下と高低差のおかげで互角になる程度だが、数が相手の方が多いのでやや劣勢だ。


 そのまま半刻(約1時間)、微妙な時間が続いた。そろそろ一揆衆もある程度下山しただろうか。援軍はもう少しかかるか、という頃、相手に動きがあった。


 ♢♢


 上杉平三政実は歓喜していた。自分の動きに対し腰を据えて正面から受け止め、耐える敵はあまり多くない。相手の兵の動きは統率が取れ、指示が的確に伝わり連動している。これが斎藤宮内大輔義龍の指揮か彼の優秀な部下の指揮かはわからないが、相手とするには十分以上の相手であると考えていた。


「潤う。潤うな」

「其れは良う御座いました」


 隣にいた安田長秀は穏やかな顔で頷く。


「では、出ますか?」

「続けよ、安治(安田治部)」

「御身の意の儘に」


 顔が穏やかなまま、安田長秀は命令を出す。


「往け、往け、逝け。己の体を盾として、続く戦友ともを戦場へ誘え」

「「応ッ!」」


 そして、上杉本隊が動き出した。


 ♢♢


 その瞬間、俺でもわかるほど戦場の空気が変わった。

 3人ほどしか横並びになれないなだらかな坂道を竹束を持った武者2人が猛然と駆け上がり始めた。

 すぐさまうちの火縄部隊が2人に照準を定め、2人に集中砲火を浴びせる。普通ならば火縄の反動で動きが止まるが、2人は踏ん張り、なお歩みを止めない。

 2射目の準備にかかる火縄部隊に、好機と見たか笹薮を新手と見られる兵が数十人蠢き始める。そちらにも火縄が飛ぶ。こちらは竹束がないのか、数名が発射とともに倒れ込む。笹が倒れ、藪が薄くなるものの、敵兵は止まらずこちらに来る。


「矢も火縄も撃ち込め!敵を近づけるな!」


 十兵衛の怒声が飛ぶが、メガホンでも届かないほどに火縄銃の轟音が戦場に響き続けている。坂道を上っていた2人の武者が竹束を貫通した弾丸で倒れる。しかしその後ろにはまるで屍を越えてでも進まんという武者が続いていた。そして、


「不味い、肉薄されたか!」

「槍衾……間に合いませぬ!」


 指示が届かないが故に一手遅れた槍兵の展開によって、相手に懐に侵入を許す。敵の先頭の武者は槍にめった刺しにされたが、その後ろには既に兵が続いていた。


「彼れだけの胆力のある兵を犠牲にして接近するとは」

「走りに迷いが見られませぬ。上杉本隊に他なりませぬ」


 一気にこちらの陣にとりつく敵。火縄銃で相応に被害は出ているし、盾や柵を使ってかなり効果的に倒せているが、それでもなおへばりつくように敵兵が食いついてくる。頬を伝う汗が、心なしか粘つく。

 望遠鏡で前線を覗く。上杉の兵が3,4合打ち合うと右へ少しずつ動いていく。そして左から別の兵が現れる。上杉兵は常に動いているのか。詳しくは知らないがこれが車懸りというやつだろうか。普通に考えれば密集できていなければ陣形が崩せるのだがそういうこともない。常に等間隔で兵が動き続けることなどできるのだろうか。まるで一定のリズムで踊るように兵が動き続けている。

 少しして、かすかに声が聞こえるのに気付いた。「えいとう、えいとう」声に合わせて兵が動いている。俺の位置まで聞こえるだけではない。はっきりと、剣戟に負けない声が断続的に聞こえるのだ。

 直感的に上杉謙信こと平三政実だと思った。軍全体に響く声。普通に考えれば1000の兵を意のままに動かすだけでも困難なことなのに、彼は自らの声で多くの兵に指示を出せるのだろう。オペラ歌手か、演歌歌手にでもなれたであろう声量だ。


 押し込まれる。防衛ラインは高めに用意したとはいえ、徐々にこちらが劣勢になる。相手はあまり長く前で戦わないため、こちらの兵の方が目に見えて疲労が大きくなる。足がもつれて敵に討たれるものや、槍を落として一撃を受けるものが出る。決定的な破綻はまだないが、このままでは遅かれ早かれこちらが押し込まれるだろう。


「不味いぞ十兵衛」

「付け焼刃で奇策を講じても焼け石に水。耐えて、耐えて、耐えましょう」

「大筒が届くまで、か?」

「左様に御座います」


 十兵衛も異常な程汗をかきながら、口を真一文字に閉じてじっと待ちの姿勢である。各部隊をまとめる将は逆に大声を上げながら、必死に兵を鼓舞して戦線の維持を図っている。それでも、俺のところまでほんのわずかに聞こえてくる軍神の声。


 じっと耐える時間が1時間近く続いた気がしたが、後で聞いたところ実際には20分ほどだったらしい。耐えるというのは難しい。特に目の前で人が、自分の兵が傷付き死んでいくのを見ながらただじっと待つのは辛いとかそういう感情だけで処理できない色々な感覚をもつものだった。


 轟音と共に、上杉方の兵が蠢く地点に着弾が1つ。

 俺たちが待ち望んでいたものが、到着した。

来週まで忙しいですが、今週木曜に投稿できなかったのでなんとか投稿したいと考えています。

投稿がなかったら多忙すぎて書けなかったなと判断して頂けると幸いです。



上杉謙信という人物の強さとは何か、というのは多くの方が人物特性を推測し、車懸りもどのようなものか創作の世界で色々な形が出てきたと思います。

私の上杉謙信はこのような人物になります。響く声で戦場で鼓舞し、命令を飛ばし、手足のごとく動かすイメージです。

当然ですが超人というほどの声量ではありません。人間の範囲内ではあります。

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