第228話 龍虎会談
♢♢から3人称です。
美濃国 稲葉山城
春も間近。今年は更に寒さに強い品種を加賀に植える計画だ。既に本願寺の強硬派は越中に逃げ込み、上杉と絶望的な戦をしているらしい。
上杉は椎名氏と山本寺定長・北条高広らを派遣し本願寺派は根切りする勢いだ。神保残党も抵抗はしているがどうにもならないらしい。
白山神社の復興に俺は大規模な資金を投入することを決めた。白山周辺で半年以上噴火がないのは3年ぶりで、そろそろ噴火もおさまったのではないかと見ている。人々には神社の復興を始めることで神々の怒りが収まるだろうという思いもあるようだし。なので雪が融けたら俺は加賀出張である。十兵衛光秀も「そろそろ一度御越し頂きたく」と言っているし。
母の深芳野の体調は芳しくない。やはり年齢からくる衰えには敵わないのか。それで言うと親族最年長の父道三は元気すぎる気はするが。でも最近は少しずつ外に出る回数を減らしているから、やはり衰えはあるのかもしれない。
母に元気になってもらおうと何か作ろうかと悩んでいると、幸助が部屋に2枚並べられた畳の上に着物を広げてその周りをぐるぐる回っていた。
「幸助、何をしているのだ?」
「父上!此れ、美しゅう御座いませぬか?」
「まぁ、綺麗な模様だな」
うちで最近ある程度のクオリティになった絹の着物である。下野や京の職人を集めた甲斐あってなかなか良いものが出来ている。外向けにお満に着てもらえるレベルだ。
「此れをぐるぐる回っていると更に美しいのです」
そういって畳の周りをぐるぐる回りだした。そして案の定4周ほどして腰くだけになって転げながら「色が、ぐるぐる」とかつぶやいていた。ふむ、模様が回転する、か。ちょうどいいか。
「数日待っておれ。面白い物を作れるやもしれんぞ」
「お、父上が又何か作るので?」
「ま、期待はするな。構造まで細かく知っているわけではないのでな」
万華鏡の仕組みなんて、内部に鏡が三角形だか四角形に付けられていることと、奥にビーズのような鏡に映るカラフルな物が入っていることしか知らない。再現は多分難しくないが綺麗なものになるとは限らない。
で、4日ほど細かい調整をした上でさらに8日ほど色々と試行錯誤した結果、なんとなくそれっぽいものが完成した。正方形の鏡の方が組み合わせとしては綺麗な気がする。三角形の方が難しいだけかもしれないが。
幸助は実物を覗き込むと「おー!」と叫びながら部屋中をぐるぐる回っていた。いや、回らなくても見えるだろうに。幸助も楽しめたようなので母の深芳野にも見せた。少しやせた。というより細くなったか。指が骨ばって見える。
「奇妙というか、目が回りますね」
「筒を回すと模様が変わりまする」
「あら、あらら。何とも面妖な」
筒を回した後で首をひねる母。なんでこの時代の人は万華鏡と一緒に動こうとするのだろう。むしろそっちの方が不思議だ。
「面妖な。面妖な」
でも、楽しそうなので良かった。自分から少し動いたおかげか、今日の夕食はいつもよりしっかり食べてくれたらしいし。
次の各方面への贈り物も万華鏡で決まりだな。
♢
翌週。俺が信長に贈った万華鏡を大いに自慢されたらしく、ザビエルが信長の許可を得て俺のもとに面会を希望してきた。
「アレ、何者、デショカ?」
「日本語上手くなったな」
「アレ、何者、デショカ?」
「万華鏡……カレイドスコープと言っても伝わらんか。ドイツ語で何というかまでは知らんぞ」
英語は紙の辞書で勉強したから記憶で丸覚えしているのだが、ドイツ語の勉強をしていた頃には電子辞書の時代になっていたので調べたことのない単語はわからない。
鏡を組み合わせて作ると伝えたが、ひたすら不思議としか言われなかった。アウクスブルクの聖堂のステンドグラスのようだと言われた。なるほど、ステンドグラス。そういえばあれも綺麗だな。こっちで作れば高く売れないかな。あまり宗教で儲けるのもあれだが。
ちなみに、先日から少しずつ電磁石の準備は進めている。今は別のメンバーに銅線作りも並行してやらせている。溶かした銅を細い穴に垂らして、穴から冷水に銅が落ちて銅線になるわけだ。そしてその銅線にグッタペルカを巻くことで完成、となるのだが。あまり大量に手元にないグッタペルカを節約して巻くのが難しい。まぁ電磁石が完成するよりもひとまず欲しいだけの銅線を用意する方が先にはなるだろうが。
量産には鏡と筒を別に作る必要がある。そのため火縄銃を作るのと同様に工場を造り、ガラス工場に隣接した鏡工場に小さな小屋を付随させてそこで用意する形にした。鏡製造と内部の製造を別の施設に分けることで技術漏洩を防ぐのも目的だが、最近は石鹸の質では他の地域も変わらなくなっているので時間の問題だろう。流石にハッカは守れているので、発祥の付加価値もあって各地の有力者には売れている。ただし、四国や中国、北陸に行けば普通に輸送費が上乗せされる分価格競争で勝てない石鹸が売られている。油の流通では油座に頼れるだけの力がもうないので、自由競争状態だ。それでも、外部に売っていた石鹸は美濃の生活が安定化した人々に買われているので販路には困らない。内需が成長し購買力が高まったと思えば問題はない。
工場といえば、火縄銃の分業体制のために前々から準備していた長さの単位整備にやっと目処がついた。なんとかこの時代からcm式の整備をしたかったのだが、何を目安にすればcmが割り出せるかが非常に難しかった。自然界にあって長さの変わらないものなどそうそうない。人体でいえば、江戸時代と明治以降で身長だけでなく座高から足の幅まで変わっているわけで、不変のものはほぼない。
そこで目をつけたのが文字通りの目。眼球。赤ちゃんだと17mm前後。成人は25mm前後。黒目の大きさは11〜12mm。これはほぼ同じ数字で不変なもの、と言えるだろう。実際に前世レベルの技術で測定したらどうなるかはわからないが。
とはいえこれが一番だと俺は考えた。なので色々な機会に亡くなった人の眼球を回収させ、それぞれをひたすら計測。データとして残し続けることで、成人の眼球の大きさの平均値を出した。これを25mmとして赤ちゃんの死体の眼球を測定し、その差を8mmとして8mmの等分を3回。これで1mmを仮に決定した。そしてこの1mmメモリを振った定規で黒目を測定。11mmになるのを確認したのだ。
あとはこれを使って1mの定規を作る。当然だが5人に同時に作らせたら1mになると誤差が出る。丁寧に何度も何度も繰り返し定規を作り、精確な定規を目指した。1つでもメモリの大きさがずれていれば意味がない。火縄銃の大工房を造ってから10年のプロジェクトとなった。
そして、精確な定規が5本誕生した。早速測った俺の身長は206cm。すごいな。前世より32cmも伸びたぜ。
あとはこれを量産したいのだが、難しい。完全な職人芸だ。しかも現状の定規は竹製。湿度の変化に弱いので、漆を塗って強化する。まぁ一品モノだ。軽々しく誰でも使えるものではない。だから精度のある程度以上必要なものを作る時用ということになった。ガラス・火縄銃・ゴム製品用にひとまず配備し、1つは予備として湿気の籠らない場所に保管することにした。
度量衡の整備、次は重さだ。重さが不変なものとは何だろうか。考えておかなければ。
♢♢
信濃国 松本 白骨温泉
武田大膳大夫晴信は小笠原から奪った塩尻峠の西、山奥の秘湯とされる白骨温泉に来ていた。
ある人物が来るという話に、半信半疑になりながらも兵を引き連れやって来たのだ。予め周辺には兵を忍ばせており、本当にその男が来るなら討ち取ることで信濃情勢も優位になると思ったからであった。男の名は上杉平三政実。今武田と北条を最も苦しめている男である。
晴信が温泉の湧いているという場に行くと、既に1人の男が全裸で湯に浸かっていた。事前情報の通りの男である。だが、それゆえに晴信は罠を疑った。
(此の様な危うい地に平三が来る筈がない。ならば影武者か)
晴信が思考しながら様子を窺っていると、政実らしき男が手にした御猪口を傾けて清酒をのみほした。
「何時迄其処で此方を見ておられる。大膳大夫(晴信)殿」
驚く晴信と家臣たち。
「望月より、とうに此処を兵が囲んでおると聞いている。臆せず姿を見せなされ」
そう言って明後日の方向を見る。言葉の最中に驚きながら姿を見せた晴信との間に、若干の気まずい空気が流れた。
「んん!さて、大膳大夫殿。此処に現れたからには話は出来るのだな?」
「話さずとも良いが、忍んでおる者が居るなら無理はせぬよ」
「別に望月の者が数名しかおらぬがな」
その言葉に、晴信は最悪逆包囲されているかもしれないと危機感を強めた。実際には政実の言う通りなのだが、警戒感の強い晴信はかえって警戒する言葉である。
「さて、大膳大夫殿。我等に付かぬか?」
その言葉に、晴信は袖に仕込んでいた小刀の準備をしつつ答えた。
「断る」
仕事が繁忙期に入っておりますので再来週まで週1更新とさせていただきます。
お待ちいただきながら申し訳ありません。
感想欄で書いていただいた方がおられましたが、電磁石は直流狙い(というか主人公は医学系なので電気分野は高等学校レベルにほんの少しだけプラスアルファがある程度の知識です)です。グッタペルカ自体の性能的にもまだまだこんなものです。
度量衡関係も少しずつ整備しています。こういったものは積み重ねの中で少しずつ生活に寄与するものですので、直ちに影響はありません。
ただし、こういった部分が次の飛躍を生むのも事実かな、と思っています。
【追記】
初期の白骨温泉は白船温泉と呼ばれていたそうなので白船と記載しております。間違いではありません。
次話は武田上杉会談の続きからになります。




