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第223話 死を呼ぶ選択

最初の♢♢までだけ三人称視点です。

 近江国 朽木山城


 前管領細川晴元は朽木の山を見上げる。


「遂に、此処迄追い込まれたか」


 山城平定に意識を持って行かれた状況で、筒井の残党捜索に必死な織田軍ならば大津に打撃を与えられるか、という晴元の一か八かの賭けは失敗した。口車に乗った波多野晴通が丹波から山城に兵を動かしてはいるが、信長は山城を佐久間信盛に任せて朽木を攻める選択をしたのだ。それだけ、前管領を嫌悪し、恐れている証でもあった。

 晴元は数少なくなった家臣に尋ねる。


「三井寺の残党等は?」

「多くは大津にて討死致しました」

「筒井の残党等は?」

「大和にて討たれるか、降伏して一族を残す道を選んでおりますな」


 畿内で晴元に従うのはもはや波多野くらいである。その波多野も、芦田光遠や足立基則らが離反して織田に従うと騒ぎ出しているのでその討伐で小勢しか援軍は出せていない。


「朽木も終わり。何処へ行くかな、式部(景鏡)」


 隣にいたのは朝倉景鏡。一向宗が噴火で弱体化する中、隙を見て加賀から流民に扮して近江西部に逃げこんでいた。その顔は噴火に遭ったことを偽装すべく、左半分が火傷で爛れている。元々の特徴だった深い隈はほとんどわからない。おそらく、彼が自分をそうだと名乗らなければ、誰も彼を朝倉景鏡だとは思わないだろう。


「上杉を目指しまする。波多野は嫌な物を感じまする故」

「織田の計略に掛かるか。波多野は時を稼いでもらう他あるまい。怖いのぅ」

「問題は我等を受け容れる男か。上杉の龍」

「織田と斎藤の龍に敵うかのぅ」


 怖いのぅ怖いのぅと呟く晴元。景鏡は彼に隠していることがある。


(貴殿の体からも、嫌な物が漂っておりまするぞ)


 朝倉景鏡はいつ晴元と自然に別れるか、最悪強引に別れねばなるまいと考えていた。


 そこに、朽木谷の麓で蠢く兵が彼らの視界に入る。


「いよいよか。さて、そろそろ動くとせねばな」

「左様で御座いますな。此処では何れ追い付かれましょう」


 晴元と景鏡は2つ隣の山から朽木谷を眺めるのをやめ、下山を始めた。


 ♢♢


「逃げられたぁ?」

「申し訳御座いませぬ!」


 朽木谷の領主・朽木晴綱は信長に五体投地せんばかりの土下座を見せていた。諸将の前でこれは本来最大限の屈辱だが、彼には四の五の言っている場合ではない事情があった。それは、前管領細川晴元が逃げて来たところを生け捕りにするという条件での降伏を認める密約があったからだ。しかし、晴元は朽木谷に戻ったと思ったら晴綱が捕まえる前に逃げていたのだ。本来の降伏条件を満たせなかった晴綱は、今やまな板の鯉である。


「何卒!何卒御許しを!」


 若狭方面は既に街道を封鎖。近江方面も俺たちの軍勢が塞いだ時点で、いかに堅牢で知られる朽木谷でも半年はもたない。本気になればいつでも潰せる、朽木谷は今やそんな場所になっていた。本気で力攻めをするにはかなり労力が必要になるというだけの存在なのだ。物流も既に敦賀から琵琶湖を使うルートが確保できている。生かしておく理由がないことを朽木晴綱も理解しているからこそ、この姿勢となるわけだ。


「しかし、約定では其方が晴元を捕らえれば、となっておったではないか」

「わ、我が子に家督を譲って弾正忠様の申される室を娶るでも、我が子を弾正忠様の下に奉公させるでも、御家臣に未だ二歳ですが産まれた娘を嫁がせるでも、何でも致します故」


 続く言葉は領地の安堵を、だ。とにかく父祖の地である朽木谷からは離れたくないのだろう。


「筒井は領地半減に加え子を全員差し出した上、順昭を探し続けておる。伊勢の北畠は我が弟を養子に迎えた。三井寺は兵を手放した。……他の者と比べ差し出す物を如何思う?」

「こ、此れよりもとなると、我等も出来る事が!」

「其の様な事は言わぬ。先程己で申した事を全て遣れ」

「全て」


 絶句する朽木晴綱。かなり重い条件になるから、無理もない。


「な、何とか一つだけ、其の、娘だけは」

「ならぬ。もう日和見はさせぬ」


 これまで高島七頭と呼ばれたこの地域の国人は、状況次第で風見鶏のように従う勢力を変えてきた。だからこそ、今回でそれを終わらせるべくその一角の朽木を絡め取るのだ。


「家督を譲り、子を俺に近侍させよ。そして其方の娘は磯野の息子に嫁ぐ様に。烏帽子親には佐渡(林秀貞)を遣わそう」


 近江国人で恐らく信長が一番信用している磯野員昌の嫡男が4歳なので、そういう縁組をしたのだろう。琵琶湖東岸の重臣と近江北西国人なので家格的にも悪くない。また、六角の遺児は信長自身が烏帽子親となったのと差をつけるため、自身の家老である林佐渡守秀貞を向かわせるようだ。


「幕府も終わった。変わる事を恐れていては生き残れぬぞ」

「……殿の仰せの通りに」


 翌日以降、信長は朽木以外の高島七頭にもほぼ同様の条件をつきつけた。関所の権利放棄に従わなかった高島越中守は会談翌日に信長自身が8000の兵で高島郡を強襲。圧倒的な力で一族をことごとく討ち取った。西近江平定はこうして終わり、残るは細川晴元を捕まえる、その一点となった。朽木晴綱曰く晴元には朝倉景鏡が同行していたらしい。ついでにあの男も討てれば良いのだが。


 ♢


 山城国 京


 ここ数十年、京で勢力を拡大する商家が茶屋であり、その2代目当主が中島四郎次郎清延だ。茶屋の名は亡くなった公方足利義輝様が京に居た間、政務から逃げる為によく足を運んで茶を飲んだことに由来する。

 そんな茶屋だが、そもそもを辿れば信濃の小笠原氏の家臣であった中島四郎左衛門という男が、武士を廃業して京で呉服商を始めたのが祖である。彼は小笠原氏と結びつきが切れたかというとそういうことはなく、信濃守護家である小笠原氏の京都窓口も務めていることがわかっている。俺が高校時代に習った知識と某戦国ゲームの知識を合わせると、本能寺の変後に小笠原氏が徳川家康の家臣になったのに茶屋四郎次郎が関わっているのは間違いないだろう。

 で、そんな茶屋と結びついている小笠原氏だが、現在の織田政権とは敵対関係にある。武田と戦っているのだから当然といえば当然なのだが、そのためにかなり以前から服部党による監視が行われていた。京からの情報の一部は、この服部党からのものだったわけだ。


「で、源兵衛。間違い無いな」

「間違い無く。前管領は茶屋に使いを出し、茶屋の手配した屋敷の何れかに居りまする」


 服部半蔵保長の次男源兵衛保正がもたらした情報は恐るべきものだった。細川晴元は朽木谷を脱出した後、大胆にも京に来たらしい。そして堺へ向かう荷と共に堺へ向かい、そこから海路・陸路で高野山を目指すというのだ。


「逗留は明後日迄。然れど正しいかは不明にて」

「念のため、今宵動くぞ。信長が動くと目立つ。うちだけでやる。連絡だけは済ませておく」

「御意」


 そして、茶屋が手配した8か所の屋敷を同時にうちの軍勢で強襲した。うち4つは空。3つは激しい抵抗があり、1つは火が放たれて何者かが逃げ出したところだった。俺が向かったのはちょうどその火が放たれた屋敷だった。


「逃げた者を追え!其れと、燃える屋敷の包囲を解くな!」

「はっ!」


 谷大膳衛好率いる騎馬が夜闇の京を松明片手に走り回る。騒ぎに気付いた信長の兵も動き出した。連絡がいっていたらしく、合流した池田恒興は周辺の野次馬をうまく散らしてくれた。火の勢いが強い上に火の周りも早く、四半刻(30分)もするとあっという間に鎮火した。


 翌朝になり、鎮火した屋敷のがれきの中から1人の男が出てきた。


「万策、尽きたか」


 細川晴元、その人だった。見れば、かなり大きな地下空間が屋敷にはあった。壁面は石造りとなっており、漢字のつくりで乚に近い不思議な構造で火災で発生する有毒ガスから1人だけ逃げられる構造なのが見えた。晴元は、そこに逃げ込んでいた。火の回りが早く、隙間から空気が大量に供給されたために不完全燃焼があまり発生しなかったのも彼が助かった一因だろう。


「火に気を取られてくれれば逃げられたのだがのぅ。逃げ時を失って、死ななんだは良かったのかのぅ」

「捕えよ」


 俺は彼と会話する気がなかったので即座に捕縛を命じた。気づけば信長もやって来ていた。義兄殿も。


「義弟殿、連れて行くのは、我が家臣に任せてはくれまいか」

「そうですね。其の方が宜しいかと」


 元主従。色々と思う事はあるだろうが、任せる方が良いと思えた。


「行きますよ」

「此れも世の無常か。怖いのぅ怖いのぅ」


 細川と三好。その因縁が、まさに決着した瞬間だった。


 だが、どれだけ探しても、朝倉景鏡の姿を見つけることは出来なかった。茶屋四郎次郎も昼頃から姿が見えなかったと部下から報告され、初めて気づいたところに俺の部下によって屋敷を包囲されたとしか証言をしなかった。

 また紙一重の所で、あの男は命を長らえたのだった。

絶対に生き延びるマン2人の共謀が生存条件だったわけですが、朝倉景鏡が細川晴元を見限ったために晴元は捕まることになりました。


現代で火災の時に地下に逃げるのはやめましょう。本作では①建物が木造で構造的に甘いため空気が建物内に入りやすく、不完全燃焼による一酸化炭素の発生が少なかった②同様に燃焼時間が短く済んだために地下空間の酸素が尽きなかった③鎮火後も石の構造が地下室を守った④鎮火が早かったのでがれきが朝には冷めていた、などの条件があったからこその偶然です。火災発生時は速やかに建物から離れましょう。


朽木は街道をほぼ全て押さえられていたのでどうしようもありませんでした。土下座は誠意でしかないので信長には通じません。

高野山は茶屋向けの嘘です。晴元は和歌山湊から海路で桑名に出てから信濃へ出て上杉を頼る気でした。

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― 新着の感想 ―
朽木氏も飛鳥井繋がりで主人公の親戚だからうまく生き延びたのかな?朝倉や浅井が滅びてるのも関係してそう。娘まで生まれてるし(*´ω`*)
[一言] あっ史実では50年に亡くなっている晴綱さん 六角が先に潰れたので北近江の揉め事が無くなったかな
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