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第221話 三頭政治

最後の♢♢からは三人称です。

 山城国 京


 三好入京から3日後。

 斯波の武衛屋敷に、三好の義兄・筑前守長慶が来ていた。足利義維は体調を崩したらしい。久しぶりの長旅に疲れが出たようだ。うちから派遣した曲直瀬道三がそう診断していた。堺から来た千宗易が点てる茶を貰いながらの会談となる。


「織田による幕府、という考えは?」

「無い」


 話し始めて早々、義兄の言葉に信長はきっぱりと答えた。


「清盛を目指すのか?」

「違う。公家になれば武士を押さえられん」


 腕を組む義兄殿。じっと彼から目をそらさない信長。俺を介して義兄弟の3人だけの部屋に、同じく義兄弟の千宗易が茶を点てる音だけが時折場に静寂を許さない。

 5分か、10分か。誰も口を開かなかった。ただ、俺の前にだけ茶が運ばれ、俺はそれを一口飲んだだけだ。


 口を開いたのは、義兄・長慶だった。


「始めから、我等は織田と手を組む以外出来る事は無かった、か」

「で、あるか」

「此処に来た時点で、我等の道は一つだった。抗うなら、此処には来ずに何者かと手を組むしか無かった。そういう、事だな」

「うむ」


 三好だけの天下を狙うなら、最初から公方を立てて幕府再興を高らかに謳いながら誰かを味方にして京を奪うしかなかっただろう。それか足利義維の将軍職継承を宣言した上で来るべきだった。中途半端に織田・三好・斎藤による幕府の掌握を狙い、前面に足利・細川を出さないようしたのが義兄殿の誤算だったといえる。


「少し早めに伝えて貰えれば……否、此れ程の大事を文や使いで済ますは其れこそ不実か」

「昨日に御伺いして真意を伝えた、其れが誠意であるな」


 信長は昨日三好の滞在する屋敷に行っている。一昨日は俺が義兄殿と話した。3人で話すこの場が開かれた時点で、既に俺たちの協力体制構築は決定している。


「平島様(足利義維)には体調不良を理由に堺に入って頂く。堺は間違っても我等の敵には回らぬ。回れぬ」

「玻璃・薬・硫黄の取引に加え、米や紙もうちや斎藤に頼らねば入らぬ。綿も琉球からの船では足りぬ分が三河木綿で賄われている」

「信長の言う通り、平島様を預かるなら堺が適当でしょうね。阿波(細川持隆)様も?」

「義弟殿の申す通りだ。其れが一番安心出来る」


 そこに、彼らを預かるという千利休も口を開く。


「阿波様は話し合いの場には茶が良いと摂津で御耳に入れ申したので、今は茶器集まる某の茶室に興味津々で御座います」


 どうも細川持隆様は木沢長政とは別ベクトルで平和主義者らしく、話し合いで世の中のすべては解決すると思っているらしい。茶の湯を気に入るわけだ。


 その後の話し合いで決まったことは、ひとまず京周辺が落ち着くまでは織田・斎藤・三好による共同体制をとることと、三者連名での弾正台からの『惣無事令』を畿内に発する事だった。そして各地の紛争においては訴状をもって弾正台へ訴えるように命じることだった。


「義兄上と筑前守と手を取り合えば、必ずや勝てる」

「先ずは波多野と細川晴元。寺社も殆どが武力を失っている今こそが好機だ」

「しかし良く考えたものだ。此れで我等、大義には困らぬな」

「義兄上からの提案でな。弾正台の長は親王様。令旨に逆らうのは大事おおごとぞ」


 なにせこの世界では朝敵となった陶は酷い目にあっている。既に居城の周防若山城以外は尼子と毛利に奪われ、大友義鎮の弟で大内の家督を簒奪した当主もその城で絶望的な籠城戦を行っているらしい。豊前の杉氏は尼子に対抗して秋月・宗像・毛利氏と手を組み、大友義鎮は既に弟を見捨て(名目上大寧寺の変の段階で義絶していたわけだが)尼子と手を組んで杉氏ら九州勢と戦っている。味方のいない陶氏は毛利の正当性主張のためにも族滅に追い込まれるだろうとは京で唯一のアンタッチャブルだった尼子義久殿からの情報だ。

 だから、令旨の無視はなかなか難しいのだ。畿内周辺での合戦もあったとはいえ、朝敵となった西国の雄が滅亡に向かっているというのは分かりやすい効果がある。自分がこの惣無事令を破って周辺諸大名に狙われ、国人に背かれたらという心理は多少なりと働く筈だ。


 しかし、これ古代ローマの三頭政治そのままだな。信長がカエサルで俺がクラッスス、義兄殿がポンペイウスか。だが俺たちは妥協で結ばれたわけじゃない。賢者は歴史に学ぶのだ。俺はこの世界の誰よりも先々までの歴史を知っているんだ。油断せず生かしてみせねばなるまい。


 ♢


 当面の方針などを共有して終わったその翌日、俺たち3人に真っ先に接触してきたのは興福寺だった。わざわざ書状に『藤原朝臣信長殿』と書いてくるあたり、狙いが明け透けである。信長と共に3人で上座に座り、斯波武衛屋敷に迎えた。


「興福寺の、何といったか」

「英俊に御座います。宮内大輔様に御助け頂いた十市の末席に名を連ねさせて頂いております」


 興福寺の多聞院で院主を務める人物らしい。十市氏の一族出身ということもあり、藤原氏の氏寺という立場もあり。まさに俺たちと交渉をするにはうってつけの人物という事だろう。


「筒井の仕置きの件、別当の覚誉様も大層御喜びで御座いました」

「覚誉様。近衛家か」

「其の様な意味では決して」


 近年の興福寺は近衛家からトップを迎えるか皇族を迎えるかだ。門跡寺院はその背後にある力も大きくなって当然ということになる。だがあからさまにしないのは三井寺の一件があるからだろう。


「英俊殿。我等も京を漸く逆賊から取り戻したばかり。迂遠な話をしている余裕は無い」

「宮内大輔様」

「興福寺再建にならば我等も勧進させて頂くのを惜しむ気は無い故安心召されよ」

「いえ、其れは御仏に適う事に御座いますが、其れでは無く」


 正直、今は1分1秒が惜しいのだが。


「其の、当寺の衆徒しゅとの事で」

「惣無事、という物が此れから親王様より発される」


 僧兵のことだった。だから俺は間髪容れずに言った。そして、続けた。僧兵はもう、許さないと。


「さすれば畿内で争乱起こす者は許されなくなり、興福寺が焼かれる事も無くなるであろう」

「衆徒は、もう不要と?」

「学問を修め、修行に励み、仏陀の教えに近づくのが皆々様の御務め。我等武士は其の御務めが俗世に害されぬ様親王様の下団結する所存」

「大和を、誰が守るので?」

「少なくとも、御坊様方ではありませぬな」


 この件は俺が対応すると決めていた。信長では藤原朝臣を名乗る関係上あまり強く出るわけにはいかない。三好の義兄殿では今後交渉する本願寺が態度を硬化する危険がある。だから俺が対応すると決めていた。僧兵は廃止だ。例外を作る気はない。


「僧の武具は全て鋳溶かして新しい仏像にすれば宜しい」

「し、しかし」

「既に御一族の十市に加え、佐々殿や滝川殿といった織田家臣が続々と大和に入っている筈。直ぐは厳しいと此方も理解しておりますが、惣無事に何時迄も応じる気配無し、となれば強い態度で臨まねばならなくなりますぞ」


 ここで俺たちの武に疑問をはさむほど英俊は愚かではない。疑問をはさめば弾正台、ひいては親王と天皇家に疑問を示すのと同じになってしまう。


「3年。3年で御願い致す。若し戦場に身を置きたい者が居れば此方で雇いましょう」

「……畏まりました。覚誉様にも確と御伝え致しまする」


 一度焼かれた興福寺にとって武士は自分たちを焼く事がある脅威だ。しかも俺は比叡山からはメシア騒動以来救世主として持ち上げられている。俺を仏敵とでも呼べば比叡山とも全面戦争になりかねない。再建は手伝うのだからこの程度は呑み込んでもらわないと困る。京周辺に武力をもっていいのは織田と三好と俺だけ。これを徹底したいのだから。


 信長・俺・義兄殿の名で合計4000貫を浄財する旨を約束した書状を受け取った英俊は興福寺に帰って行った。その一部は僧兵の説得材料で消えるだろうが、金で火種が1つ消えるなら安いものだ。ちなみに三好の分は義兄殿の先日手に入れた茶器を担保に俺が貸した。頑張って返さないと亡き将軍から譲られたという茶器、もらってしまうからな。


 ♢♢


 河内国 若江城


 亡き遊佐長教の中継ぎ後継者・遊佐太藤(たかひさ)の元を、長教の弟根来寺松坊が訪れていた。


「松、何用だ?」

「久しいな、等と申している余裕は無いのだ。三好と織田、斎藤と会いたい。仲介を頼む」

「京にか?」


 そのおっとりした様子に、根来寺松坊は苛立ちを隠さない。この大人しさがために遊佐一族の当主にはなれないと言われ、長教の遺児が幼子でも次期当主になることに異論が出なかった理由である。


「早めに会って我等の血の気の多い者共を雇って頂かねばならぬのだ。今なら三井寺と扱いで差が出る」


 松坊のその顔は「ピンチは最大のチャンス」という言葉をこれほど正しく理解しているものもいないだろうという表情を浮かべていた。

三頭政治と表現しておりますが、実際の古代ローマで行われた三頭政治も2回とも政治的な力関係は対等ではなかったと言えます。ですので今の体制を表現するのに良いかなと思った次第。


惣無事令自体は色々と議論がありますが、私が以前教わった某先生の説を支持し法令として解釈し登場させております。


僧兵の解体を進めていますが、そのあたりの意図をいち早く理解した根来寺は京との距離も利用して軟着陸を目指し始めます。

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