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第219話 二色の入京

木曜は多忙により投稿できず申し訳ありませんでした。

 近江国 三井寺


 包囲した三井寺から数名の僧がやって来た。降伏交渉ということだろう。

 三井寺は敵対したとはいえ、現在の三井寺のトップ(長吏)である道増どうぞう門跡は近衛尚通の子だ。熊野三山にも指導力を持ち、妹が足利義晴の正室(つまり亡き公方義輝様の母親)でもあった。彼は義輝様の伯父にあたるわけだ。そしてそんな道増門跡は一連の動きに関してほぼ関与していないのが既にわかっている。しかし、今回は流石に責任なしとはいかない。


「道増様、此度の件は如何される心算か?」

「織田の若当主。迷惑をかけ申した」


 道増門跡が膝をつき頭を下げた。流石に予想していなかったのか、信長が少し焦る。


「ど、道増様?」

「門跡として導く可き拙僧が、聖護院で世俗に関わるを厭うたが故の始末。責は拙僧が負う故、穏便に願いたい」


 困ったというより苦手といった表情の信長。面倒なのが、ここで強硬手段に出れば摂関家を敵に回しかねないところ。現状でも織田と近衛は仲が良いわけではないが、だからといって対立して良い相手ではない。俺は三条・二条などの摂関家とのコネクションがあるが、重ねて言うが近衛を敵に回していい理由にはならない。五摂家は侮ってはいけない相手だ。


「道増様、一連の僧兵を率いた御仁は何方かな?」

「おお、宮内大輔殿。実に申し上げにくいが、其の者なら既に逃げ出しておる」

「其れは困りますな。責を負う可き人がおらぬのでは」

「故に、拙僧が、」


 とはいえ、今回は道増様が責を負うという重みで実質罰を軽くするという手には乗ってやらない。畿内で僧兵の維持はもう許されないのだから。それは信長の未来に必要ないものだ。


「いえ、徳を積まれている御門跡の日々に雑念は不要。自戒と自責は御仏に寄り添う為にある可きかと」

「な、何と」


 俺は後ろにいる僧の中で最も痩せた細長い男をわざと睨むように見つめる。


「貴殿が僧兵の将の1人か」


 細長い男は頭を下げたままだが、俺の後ろに控える奥田七郎五郎利直が会談の最初からこの男相手に一切気を抜く素振りを見せていない。俺自身も感じる不気味な雰囲気を隠そうともせず、男はじっと押し黙っていた。


「名は?」

秋風しゅうふう道人と名乗っておりまする」


 声に抑揚が感じられない。耳に声色が残らない。背筋がぞわぞわした。


「其方、只の僧とは思えぬ何かを感じる」

「拙僧人を殺めた事は御座いませぬぞ。此の曇り無き鏡に誓って」


 差し出してくるのは懐に隠していたであろう鏡。うちで作った物ではない。


「とはいえ、公方様が亡くなったのを少し喜んでしまったのも事実に御座るが」

「何故だ?」

「源氏の血は親兄弟で争う血。日ノ本を統べるには向かぬかと」


 僅かに顔を上げた秋風道人のその顔立ちは肌の肌理に若さを感じるのに、なぜか深い皺が刻まれているものだった。


「足利も絶えたならば、此度の我等が寺の責、拙僧が咎を受けるのも一興ですな」


 そう呟くと、秋風道人は懐の小刀で自らの腹を斬ってみせた。俺からでは距離がありすぎて止めようがない位置。道増様からも死角の位置だった。

 隣にいた僧が慌てて駆け寄る。俺の側にいた医師も治療しようとするが、彼は小刀を医師と僧に向け、流れる血を任せるままにした。一瞬の硬直の後、秋風道人が大量の吐血と共に倒れるとようやく僧と医師が彼に近づき、そして脈をとった医師が首を振った。


「もう」

「無理か」

「心の臓が止まりました」

「そうか。御苦労」


 半ば放心状態の道増様に信長が近づく。冷めた目で一連の様子を見ていた信長は、「僧兵など匿う意味も無し。抱える意味も無し」と道増様に呟いてその場を去った。


 500人ほど残っていた三井寺の僧兵が自ら解散を宣言し、信長に降ったのはその3日後だった。その日までに僧兵が解体されなければ焼き討ちもやむなしといった状況だった織田軍の、タイムリミットぎりぎりの降伏だった。

 秋風道人は僧兵の将たちと定期的に会う仲だったらしい。真相は闇の中だが、彼が三井寺僧兵の暴走に何らかの形で関与していた可能性は高いだろう。


 ♢


 山城国 京


 京周辺での筒井の抵抗はなかった。むしろ降伏の使者が来ていた。以前から織田と接触していた家老の松倉政秀が、筒井順昭の2人の男子を連れて筒井本領から京まで来ていたのだ。信長は入京に関わる準備で忙しかったのもあり、その場で2番目に重要なポジションにいる俺が対応することになった。


「順昭は如何した?」

「行方知れずに御座います」


 幼い子供たちを連れてわざわざ来たのはここしか生き残れる可能性のあるタイミングがないと判断したからだろう。ただ敵対しただけなら六角のように生き残ることは可能だが、筒井氏には『将軍殺し』と『興福寺焼き討ち』の汚名が分厚く塗り込まれている。


「島一族も行方知れず故、彼の者が何処かへ連れだしたかと」


 島。島左近か。年齢的にはもう産まれているはず。当主の息子あたりにいるだろうか。厄介だな。


「島の縁者は?」

「今十市殿と探しておりますれば」

「縁者の下に逃げているならば引き渡す様命じろ。其れが其の子等が信長に許しを乞う為俺が出来る事だ」

「必ずや。引き摺ってでも連れて参りまする」


 既に松倉本人の降伏は受け容れられている。だが彼としても主君の家を潰したいわけではないのだろう。森なんとかという家老も同じく筒井・島の者たちを探しているそうだ。森なんとかは正室が筒井順昭の妹らしく、信長に許しを乞う為に特に懸命らしい。


 ♢


 信長の入京はある種のショーとして行われた。俺の率いる軍勢がプルシアンブルーの青色で統一された装備なので、信長もそれに見合った装備を揃えねば見栄えが悪いということで万の兵の装備を整えた。京都への入り方で京雀たちへの印象が決まる。過去のように誰かの軍勢のおまけ的な入り方ではないのだ。織田信長が畿内を支配することを人々に示すためのものなのだ。


 そこで信長は俺と同様、数年前から相当数準備していた赤い装備を全員分用意してこの上洛に臨んでいた。信長が赤で、俺が青。見栄えの良さでこれほど綺麗な対比はない。

 京雀たちも公家もこれには驚いたようだった。鞍まできちんと塗りあげる為に相当準備に金をかけた信長は「儲けを随分使わされた」と言っていたが、父親の信秀殿からかなり前々から準備をさせられていたようで今回に間に合った形だ。やはり信秀殿は今回の上洛をある程度見越していたのだろう。


 小学校時代の整列行進は残念ながら不完全だったので俺としてはもうちょっとだと思ったが、信長に言わせればかなり整っていたらしい。小姓たちには幼少期から仕込んでいた整列行進だったが、常備兵にも訓練で整列行進をさせているといっても前世の小学生のレベルにさえまだまだ追いつけない。小学生ってすごい。


 入京したら帝と院に御挨拶。信長も一応従五位下までは官位を賜っていたため昇殿を許された。本人は凄まじく面倒臭がったが礼服はきちんとした物を用意させた。儀礼関係を覚えるのを終始嫌がったが、本番になれば完璧にこなしていたあたり俺より本番に強いと感じた。俺は初めての時噛んだのに。



 信長はあえて公方様が討たれた斯波氏の屋敷に滞在した。公方様の御遺体を回収し、葬儀の準備に入っている。

 入京から10日目、俺と2人で話せる時間がようやくとれた。


「義兄上、三好が来る」

「本願寺は落ち着いたのか?」

「未だらしいが、脅威になる状況は脱したそうだ」


 武装を最小限に抑えていた石山本願寺で再武装を訴えた勢力は幼くも聡明な顕如殿に説得されたらしい。ただし、石山から山科への移動についてはまだ内部の意見がまとまっていないのだとか。


「畠山高政の首は紀伊に晒されている。大和も滝川隊が無事義兄上の家臣十市と合流したそうだ」

「其の内興福寺から使者が来るな」

「寺社は面倒だ。義兄上に相手して欲しいぞ」

「興福寺は藤原の氏寺。藤原の其方が逃げて如何する」

「うぐ」


 信長は朝廷向けには『藤原信長』を名乗っている。だから興福寺は早い段階で接触してくるだろう。相手すべきは信長だ。


「義兄上、青鬼にはなるなよ」


 突然、信長がそんなことを言ってきた。


「何だ、突然」

「此の前の京に入った時の我等の兵の様子を見て、つい、な」


 信長が赤。俺が青。『泣いた赤鬼』か。そう言えば昔贈った絵本にあったな。


「安心しろ。俺は其方の為に其処迄己を犠牲にする気は無い」

「いや、其処はずっと義兄上が側に居ると言う可き所であろう」


 良いんだよ、どうせずっと一緒にいるから。

 なんて、照れくさくて俺は口にはしないでおいた。お前も、蝶も、俺も、皆も笑って過ごせる未来のために頑張るのだから。

今話では浜田広介氏著作『泣いた赤鬼』を参考にさせていただいております。童話ですが著作権がまだありますので内容については浜田氏の著作をご覧ください。とても深い御話です。


青備えと赤備えの競演的な感じです。史実と違い武田氏の赤備えはそこまで有名じゃない(まだ信濃で村上・海野などと戦っている最中なので)のもあってこんな形になりました。


秋風道人こと残夢については創作要素が多めです。常陸坊海尊が三井寺の僧らしいという部分から膨らませているのですが、オカルトな話にしたいわけでもないので加減が難しかったり。


筒井は生き残りをかけて必死です。そして消えた島と順昭。このあたりはまた後ほど再登場予定です。

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[一言] 著作権は大事よね…うっかりすると主役が青い鳥に変わっちゃう(小学館のとある漫画を思い出しながら
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