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第213話 勇躍する者

囲碁の専門用語が多く出てきます。ご理解のほどお願い致します。

 美濃国 大垣城


 せっかく碁を打ちたいと来てくれたので先手番を譲る。仙也という少年はややうつむきながら席に座る。用意した厚みのある綿の座布団に一瞬驚いた顔をするが、いざ座るととたんに凄まじい気迫が顔を出した。左拳をぎゅっと握りしめ、目線は碁盤を貫かんばかりだ。


「仙也殿、失礼ですが御歳は?」

「二十四に御座います」


 おいおい、童顔小柄か。意外と歳いっているぞ。

 そんな驚きは初手を相手が打った瞬間に吹き飛んだ。初手左下隅高目(たかもく)。明らかに中央を志向し、隅に俺が入り込むのも止む無しという一手。


 これまでの俺は星を押さえてあえて三々に相手を誘い、圧迫しつつ中央への厚みを作って中央に大きな地を獲得して小さく分断した相手に勝つ戦法を多用してきた。

 この時代の碁打ちの主流は隅で地を稼ぐため三々か小目に打つのが基本だ。昔流行った某囲碁漫画でも、藤原某という名の最強幽霊さんは「右上隅小目」を初手に多用していた。これは隅で確実に自分の支配地域を確保し、それを徐々に広げていくことで勝ちに行くという戦法だ。亜種として自分の支配地域を最低限確保してから相手に攻め込んだり、最低限を固めきる前に場を荒らしたりする戦い方もある。だが基本は隅から辺、辺から中央へ、という戦い方となる。誰かに見せる囲碁の場合、今度は積極的に相手に仕掛けて四隅自体を戦場にしていくこともある。


 一方、俺が対外向けに多くやる星を押さえて辺や中央をとる戦い方は派手好みな人には面白みが少ない。桶狭間で劇的勝利!とか長篠で大勝利!が好きな人には詰碁のようにじわじわと確実に相手を敗北へ追い込むやり方は好まれないのと一緒だ。

 だが、じわじわと相手を少しずつ押し込みながら強固な壁を作り、その壁を並べて誰も侵入できない聖域を作るこのスタイルが俺は好きだ。


 戦場での俺も一発逆転を狙うような危うい戦い方はできない。あくまで戦場に立つ前に勝てる状況をつくれるように色々な準備を積み重ね、それらを前世で知っている有能な武将たちに適切に運用してもらうことで勝っている。


 やや思案したが、俺が選択したのは対角の小目。乱戦になるなら隅である程度自分の地を確保しておいた方がいいと思ったからだ。攻められにくい手で自分の勢力を固めていく。

 対する仙也の一手は高目の手に近い位置へ星。高目星だ。この場合、高目にカカリと呼ばれる攻めを打つと星の側に仙也が展開するかカカリの石を隅に押し込んで厚みをつくるのが良くある定石だ。だがこの形は幸との対局では見せたことがあるものの、棋譜が出回る対局では見せていないはず。

 あえて隅を打たないのもイマイチなので最後の星に俺の2手目。小目と星というオーソドックスな形だ。5手目(相手の3手目)は間髪容れずに来た。小目への一間ガカリ。攻めて来た。前世でも読み合いでは上段者相手だと分が悪かった。乱戦は避けたい。

 素直にケイマに受ける。最初の小目の石にツケてくる。ハネて定石通り。ツケ引き。トビ。形を整えてあっさりと定石通りに進んだ。


 少し拍子抜けしつつ辺の星に広げると、そこから狭いスペースに突っ込んできた。状況次第では小目に攻め込んだ石にも隙があるといえる状況だが、先手のまま俺を崩しにいく姿勢を見せてくる。やや形が悪い程度ならば先手確保を優先した局地戦を展開してくる仙也。分が悪いとは言えないが常に後手後手に回る気持ち悪さ。高目のせいでシチョウで分が悪い形になる。2か所の中途半端な攻防戦が少しずつ連動させられる。飛躍的に想定しなければならないパターンが増えてくる。


 負けたこと自体は今までにも普通にある。前世でもアマチュアでしかなかったのだから実力の差がある相手には仕方がない。だが今回の対局は大きく違う。

 主導権が握られっぱなしなのだ。多少の損を覚悟で先手を取ることを重視してくるので相手の動きが読みにくい。相手の動きを読もうと時間をかけて考えるので最近導入した砂時計の時間制限があっという間になくなっていく。


「宮内大輔様、残り砂時計四回に御座います」


 砂時計の砂が落ちきると小姓がカウントする。お互いに与えられた考慮時間は砂時計10回分。このあたりは某公共放送のタイトルカップに合わせている。砂時計が落ちきる前に打てばカウントされないのだが、俺は既に6回砂時計が落ちきるまで長考をしているのだ。ある程度自分有利な盤面とはいえ、俺のペースでは一切進んでいない。どこかでミスをすれば危うい相手に、徐々に時間を奪われる予測の難しい打ち筋。


「宮内大輔様、残り砂時計三回に御座います」

「仙也様、残り砂時計八回に御座います」


 先手がとりたいがとらせてくれない。そして俺の長考の間は相手も考えられる。焦るな。強引な打ち筋で先手を取ろうとしたら俺がミスする。

 あえて変化しても後手がほぼ確定となる方向に打つ。仙也の手が止まった。今まで先手を取りに行こうと俺が誘導したい考えが透けて見えている打ち方だったと少し落ち着くと気づいた。だからあえて後手でも確実に有利な盤面に向かえる手を打った。恐らく予想していなかったのだろう、長考に入ってくれた。大きく息を吐く。手汗までかいていた。


「仙也様、残り砂時計七回に御座います」


 鋭い手筋だが、予想の範囲。慌てず次を考える。後手でこの局地戦を終わらないと綺麗に次にいけない。先手を俺がとったなら打ちたい場所を考えておく必要がある。

 砂時計ギリギリで次を打つ。眼形を整えつつ他の石とも繋がる手。俺も相手も予想できる予定調和のような終わり。そして先手の仙也が打つ一手にほぼ間髪を容れずに打ち返す。地を考えればその手はある程度予想できた。逆に驚かれる。やっとペースを乱せた。


「仙也様、残り砂時計六回に御座います」


 だが、ここからの仙也の攻勢が激しかった。踏み込みすぎじゃないかというくらい強気な一手を打っては俺の安全地帯を削って来た。一手強気に返したのだが、絶妙に孤立させられて無駄にさせられた。

 守りに入るには盤面はまだ弱みもある。何より、このまま押し込まれると相手の初期に置いた石の周辺に攻め込むことさえできない。


 ちょっと強引に相手の石を分断しにいく。だがこれが失敗だった。仙也が長考1回を使って返してきた一手は俺が必死に固めた壁のような石の繋がりに穴を開けかねない一手。慌てて防ごうと動く間に強引に打った石とそれをサポートできる位置の石が相手の石の群れに呑み込まれた。これを機に俺は盤面の優勢を失った。後手後手が続くのはやはり辛かった。徐々に袋小路に追い込まれるように敗北への道を進まされる。

 何とかしようと足掻くが定石を使った打ち合いが終わると読みの深い方が強い。そして時折打ち回しで一時的な挽回に成功はするが、大きな流れを奪われた状態が続いた。


「此れ以上は、厳しいか。ありません」


 184手。ヨセと呼ばれる終盤戦の大まかな形も決まり、劣勢を覆せる見込みがなくなった。負けだ。


「正直申せば」

「ん?」


 仙也が少し顔を上げる。


「宮内大輔様は大名としての日々も御座います。棋譜の読み方を覚えてから其の全てを覚え、力にし、そして其れに勝てる様修練を積みました」


 前世の囲碁知識でこの時代にもたらした棋譜という文化は彼の力になったようだ。


「勝てると。終始攻め続けて優位に勝てると。思うておりました。しかし、目の前で打たせて頂いた宮内大輔様は強かった。今までで一番、勝てぬかもと思える一局で御座いました」


 彼が開いた左手の掌は汗でふやけていた。まだ春先とは思えぬほどに。


「何度も此れは新手では無いかと疑念を抱きながら必死に打ち、次は何処かと恐怖しながらの一局で御座いました」


 俺が思っている以上に仙也は疲労困憊だった。一礼し合うと同時に、腰が抜けたようにへたれながら「御無礼御許しを」と小さな声で呟いた。良く見れば肩で息をしている。


「其れでも、其方の勝ちだ。俺は負けた」


 じっと見続けていた日玄殿がそこで俺の言葉に頷きつつも言葉を発した。


「宮内大輔様、仙也は底知れぬ程新しい形を知る師を棋譜という形で得て益々碁にのめり込んでおりました」

「俺が師?」

「左様に御座いまする。宮内大輔様に直に挑む今日を、仙也は恐れながら待ち望んでおりました」


 俺という未知の恐怖に、それでも挑んだ仙也。その挑む姿にこめられた思いは、相手をしていた俺が一番よくわかる。凄まじい気迫、勝つという意志。


 ふと、飛び杼のことが脳裏にうかんだ。失業者を出すこと含め、慎重に俺はそのマイナス面を考えて進めている。だが、畿内を信長が支配するようになれば戦乱で失った衣服を求める人間が多数俺と信長の領内にあふれ始めるだろう。今動かなければ、救えない命がでる事になるのは想像できていた。


「恐れながら挑む、か。其れも又必要な事か」

「何か?」

「いや、何でも無い。稲葉山にはなかなか良い碁打ちがいる。稲葉山でゆるりと為さるが良い」


 勿論、対策をせねばならない事は山ほどある。だが、試作したままで結果救えぬ人が出るより、勇気を出して技術を飛躍させるのも良いかもしれない。大事なのは不幸になる人を出さない事だ。


「良い物だな、碁は」


 知識がある。今までだって歴史は変え続けている。本来出来ないはずの「歴史に学ぶ」ことの出来る状態で新しい技術に手を出せるのだ。怖がってばかりではダメだ。


 今年の戦が終わる頃に、いくつかの機械を実用化できるよう準備を進めることを俺は決意するのだった。

 

囲碁の対局を文章にするという今回の私なりのチャレンジ。

不評覚悟でこういうものにも挑戦しないと文章力が上がらないので、ご容赦いただきたい。


仙也は初代本因坊である本因坊算砂の師とされています。年齢的には義龍よりちょっと下くらいかな?と思われるのでこういう話に。算砂の三コウ棋譜を見るに、この時代は隅に打ったら間髪入れずにカカリを入れていくことが多かったようで。ただ、これは信長に見せる碁だったので派手な打ち筋を意図して打っていたのかな、とも思っています。


仙也の恐れを抱きながら尚挑戦する気持ちは今後の主人公にも少なからず影響を与えていきます。


次話からいよいよ織田と斎藤の軍が動き出します。

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