第200話 越中・飛騨三国志
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美濃国 稲葉山城
雪で北信越が閉ざされる中でも、四国では三好の軍勢が土佐からやって来る敵と戦っているらしい。ご苦労様としか言えない。冬は長期休暇の季節。温泉でも入ってゆったりするのが一番である。
そんな恒例となった温泉療養の最中、稲葉山に三木氏の当主が向かっていることを伝える使者がやって来た。泣く泣くお満や新九郎と共に稲葉山に帰り、出迎えることとなった。
三木氏の当主は昨年から三木良頼に代わった。一昨年からの病気で先代の三木直頼は現在体調がすぐれないため、隠居して良頼のサポートに徹している。その三木良頼は狩野一族の絵付けした美濃和紙の扇と関の刀工が鍛えた刀に、金糸の入った西陣織といった豪奢ないでたちで俺たちの前に現れた。前々からうちのお得意様なだけのことはある。
「昨年出た大内討伐記念の牡丹柄。優美さの中に広々とした野山を描き大内の大将、陶との戦を見事表現されておりましたな」
「お褒め頂き恐縮に御座います」
「五年前の姉川を雄大な雲で魅せた扇も大変良い物で御座いましたが、昨年の物も其れに勝るとも劣らない名品に御座いました」
いかにも『通』な物言いだが、別に彼は扇マニアなわけではない。京にいた公家の間でここ数年うちの扇がブームになっているので、彼らと仲良くしたいから扇を買い始めたというだけなのだ。
そう、この三木良頼、公家とのコネクション作りに心血を注ぐ男なのだ。
武井夕庵が茶の準備を始めると、これにも素早く食いついた。
「おお、流石宮内大輔様、良い茶碗を御持ちで!」
「義兄殿からの貰い物ですがね」
「義兄という事はとと屋の?然れば良い物に間違い御座いませぬよ」
それ、実はよく分かっていないと自白していないか。
と、そんな良頼殿だが婚姻については是非にという状態だった。
「最近、越中の食い詰め者が流れ込んで厄介でして。南の美濃とは仲良くしたいと常日頃から思っておりました」
越中は一揆衆と神保・椎名の三つ巴で、ある意味畿内より戦が激しくなってきている。戦乱から逃れようとする人は絶えない。
「本願寺を捨てた者なら未だしも、捨てずに石山を目指す者や江馬領・白川郷を目指す者が厄介でして」
「今の石山は不戦徹底、武力放棄を掲げる事で一連の畿内紛争に関わらぬ様にしておりますから」
白山の噴火で武力維持の過激派にも分裂の兆しが出ている。何より噴火の影響で食料不足になったのが大きい。これまでの報告にもあったが、最近では人望のある坊主ほど他者へ食べ物を分け与え、不衛生が原因の病に抵抗力が追いつかず死ぬ。これが加速しているらしく、疫病に女子供とまともな坊主が真っ先に死ぬ状況なのだ。
今では一部の一揆懐疑派が真宗高田派になった光教寺顕誓に接触を始めたらしい。更にかつての主君が保護されていると知った旧富樫家臣もこちらに連絡をとってきていると富樫家臣の本折治部少輔から連絡が入っている。内部崩壊はもうすぐだ。そのため白川郷の内ヶ島と江馬という親本願寺の勢力を頼る人は多い。そして道に迷った人は三木氏の領内にやってくる。
「一揆の崩壊は間近故迷惑をかけます。今後の加賀の復興の為にも木材がまだまだ必要。三木殿の領内の木材が頼みだ」
「いえいえ。米も塩も扇も硝子も、美濃から安く手に入りますれば此方としては有難い限り」
三木の領内で採れる飛騨杉は前世でも有名な家具や建築材料だった。植林ノウハウを渡した上でかなり大規模に取引している。こちらからは尾張からの塩やうちでつくっている米と薬が売れている。あとは良頼殿の趣味で扇やガラス製品である。
ひとしきり互いの現状と今後も仲良くしましょうという流れで、良頼殿は遠藤盛数経由で話した婚姻の話を切り出してきた。
「息子の件ですが」
「如何ですかね?」
「大変良い御話に御座います。寧ろ家格が釣り合わぬと申し訳無い程で」
「いやいや、家格など」
「そ、こ、で!」
御気になさらず、という言葉を俺は継げなかった。
「我等姉小路家の飛騨国司を継ぐ事で宮内大輔様に並ばずとも著しく劣らぬ程度の格を得たいと」
「飛騨国司を?」
聞けば、良頼殿の母親は古川姉小路家の出で、後柏原天皇(後奈良院の御父上)の掌侍であった高倉継子様にも一時期御仕えした人らしい。
「つまり、姉小路家の飛騨国司を継ぐに相応しい血筋なので御座います」
「御本家は何と?」
「本家など既に無いも同然に御座いますよ」
飛騨には現状2つの姉小路家がある。小島姉小路・古川姉小路という家だ。うち宗家筋の小島姉小路当主雅秀は三木氏の事実上家臣と化して生き延びており、古川姉小路は三木氏と敵対している。現在の古川姉小路当主は姉小路高綱で、元々向姉小路家を継いでいたが古川を継いだ兄の死で急遽古川家を継いだそうだ。それにともなって向姉小路家は断絶状態となっている。
「ですので、飛騨国司を継ぐべく京に御伺いを立てているところに御座いまして」
「京の伝手は?」
「高倉家を」
正二位権大納言高倉永家様。後柏原帝の傍らに仕えた高倉継子様の甥にあたる人物だ。公家とのコネクションは太く、持明院家より皇族に近い家柄だ。
高倉継子様の側仕えもした彼の母親経由で連絡をとっているのだろう。
「そして、高倉家と山科家の繋がりから山科様にも御助力を願っておりまする」
「そういえば、山科家の衣紋道は高倉家と繋がりが深いのでしたね」
高倉家も山科家も有職故実の中で『衣紋道』と呼ばれる衣装・装束関係の仕来りを受け継いでいる家柄だ。高倉家の方が家格は上ではあるが、内蔵頭山科言継様が活躍しているので今はそこまで強い上下はない。あの浅黒い日焼けのおっさんにわざわざ会いたくはないのだが。
「三木殿は我等に其の支援を願いたいと?」
「いえいえ。支援をして頂いては家格が釣り合わぬという恥を晒している様な物。但し、我等も贈り物の用意に手間取っておりまして」
「扇や玻璃の碗なら安く卸しますが?」
「適正価格で結構。数が欲しい故、其れを御用意頂きたく」
何が何でも自力でやりたいようだ。出来る限り従属したくないという意思を感じる。
「ですが、雪が融けたら出兵致す故、其の際国内を疎かに致すのを御許し頂きたく」
「攻める必要があるので?」
無意味な戦争は避けたいのだが。
「山科様の荘園は古川に代々横領され続けております。山科様の御為に御座います」
こういう話を聞くと、戦乱の世の中では争いの火種なんてそこら中にあっていつでも燃える可能性はあるのだろうなと感じる。恐らく俺だって信長だってこういった『知らぬ間に』という火種を抱えているのだろう。だが俺や信長の場合は燃え上がる事はそうそうない。それは俺も信長も客観的に見て強い存在だからだ。敵対しても良いことがないから争おうとする人間がいないだけなのだ。
戦乱の時代を終わらせるには強力な武力がまず第一に必要なのだ。人を殺したいわけではない。でも誰も敵対しようと思わない力を持たなければ、戦国の乱世は終わらないのだ。
そして、誰もが誰にも奪われない力を欲している。そういう意味では、誰もが同じ穴のムジナなのだろう。勿論、三木良頼という目の前の人物も、信長も俺もだ。
「此方からは何とも言えません。只、民の安寧が少しでも近付く事を願うばかりに御座います」
「問題御座いません。もう十分頂いております故」
様々な京の公家式の礼儀作法をぎこちなく模倣しながら、三木良頼殿は稲葉山を去っていった。
稲葉山が春になる頃、雪融けがようやく進み始めた高山一帯から婚約を受けたいという情報が入って来た。それと同時に三木氏の大規模な遠征軍が北部に出発。
古川の姉小路高綱は耐えきれないと判断したのか江馬氏を頼って落ち延びたそうだ。今後は江馬氏と三木氏の争いが中心となるのだろう。
前世で好きだった下呂温泉に安全に入れる日はいつ来るのか。加賀に向かう準備をしつつ、俺はそんなことを考えずにはいられなかった。
節目の200話で三木良頼登場。姉小路を名乗るのはこれからです。
高倉家との繋がりから山科言継に辿りつくあたり流石山科言継の一言。
正直三木氏の血縁とかは文献によって違う部分もあるので史料上の断片情報から好きなテイストにできるので楽しかったです。
次話からは春。三人称で六角と細川一門の動きが入ります。




