第20話 飲み会でいともたやすく行われるパワハラ
前話の画像を午前1時前に差し替えています。
美濃国 篠脇城
東氏の代官にその場を任せて篠脇城に戻った。父左近大夫利政のいた油坂峠では朝倉景高が1500ほどを動員して来たらしいが、池原城が落ちた報告を受けたらしく暫く留まった後兵を退いたそうだ。
元々半分以上捨てていた城だったが、本家の当主に疑われていた関係で動かないわけにはいかなかったらしい。
帰って来た父上は、
「それでも、城を失ったことで疑いは深まるだろうよ。人間はな、相手を疑っている時はどんな行動であっても悪い方悪い方に結びつけるものだ。」
と言っていた。さすがマムシの一言である。
兵が皆帰還したのを確認した父と城主の東常慶は酒蔵から酒を出してきた。
お酒が得意でない叔父の隼人佐道利に警戒を任せ、宴会の始まりである。
危険を感じた次の瞬間には、父に肩をがっちり掴まれ、
「まさか、主役が参加しないわけがあるまいな……?」
とすごまれては蛇に睨まれた蛙。否、マムシに睨まれたオタマジャクシ。どうすることもできず、強制参加となりました。飲み会の強制は前世ならパワハラ案件で弁護士を呼ぶところだ。
♢
さて、宴会が始まって半刻(1時間)もすると会場は当然のように酷いことになる。
「そこで若様は敵の前に仁王立ちして仰ったのです!『やぁやぁ我こそは斎藤新九郎利芸!貴様ら雑兵に用はない!道を開けろ!!』」
「いいぞ弥次右衛門!そこで一回転だ!」
特に未成年の飲酒は脳の神経細胞を破壊したり、ホルモンバランスを悪化させ男性機能を低下させる恐れがあり、前世では「飲まない、飲ませない」が社会通念として浸透していた。今思えば素晴らしい社会だったと言わざるを得ない。
「ぬ、新九郎殿!杯が空ですぞ!」
「これはいかん!誰ぞ酒を持ってこい!」
「では某に一杯注ぐ名誉を頂きたい!」
だがこの世界ではそんなことは通用しない。ついでに言えば急激な量のアルコールを摂取し血中アルコール濃度が0.2%を超えると年齢的に相当ヤバいのだが彼らはそんなことは全く気にしない。そこで踊るように事実を100倍に拡大解釈した初陣の様子を演じる日根野弥次右衛門盛就とか大丈夫か?足元が覚束ないから間違いなく酩酊状態になっているのに。あ、また一杯飲んだ。
「あ、ありがとうございます……。」
「いやいや!お話通りの勇猛果敢な戦働きをされていたのなら某も城攻めに志願すべきでしたな!」
「恐縮で御座います。」
そして主役だからとかなり上座に近い位置に座らされ酒を飲まされる10歳児。世が世なら児童相談所に通告待ったなしだ。警察でもいい。誰か俺を助けてほしい。
ちなみに、飲まないでいると父がものすごい眼力で睨んでくるので飲まない選択肢は与えられていない。なんとか初めてのお酒だからと理由をつけて飲むペースを遅らせるのが精一杯である。
「さて、そろそろ。」
「おや、左近大夫殿。もう下がられるか。」
父が立ち上がった。お、抜け出すチャンス到来か。
「これでももう40になりまして、深酒は辛くなってきておりまして。」
「以前は浴びるように酒を飲んだと聞く貴殿も歳をとったということか。確かに某も以前に比べ酒の量が減った。気持ちはわかる。」
東常慶も理解を示したので父は腰を上げて下がろうとする。こちらも胡坐を少し崩そうとして、
「後は若い新九郎に任せることにします。新九郎、頼んだぞ。」
「………かしこまりました。」
パワハラである。青少年健全育成条例の制定を願うぞ!強制参加だし夜間労働と変わらないじゃないか!労働三法を美濃に作らなければ!ブラック労働とパワハラ反対!休ませろ!!ストライキに参加する同志はどこにいる!?
翌日、頭が強烈にガンガンと響く中の帰路は馬上の揺れで気分が最悪だった。
「新九郎よ、鍛え方が足りんな。背筋を伸ばさんか。」
夜も早々に寝られた貴方にだけは言われたくないですよ父上。
♢
余りに(酒が)過酷だったので、結局満身創痍で数日を過ごし稲葉山城に戻ることになった。10歳の体にはまだ耐えられるレベルではなかったということだ。
母の深芳野は労ってくれたが、父上は休みを2日くれただけだった。
前世だったら5~6勤すればもらえた休みなんだ。そんなので許すと思わないで欲しい。休みはもらうけれど!
休みの間はだらだら幸と囲碁を打ったり、豊と縫合の練習に服の作り合いっこをしていた。
豊も幸も栄養状態が改善したからか細すぎるくらいだった腕や体つきが大分ましになっている。新七も毒味と称して俺と同じ物を食べているので最近肉つきが良い。
「若様はどんどん大きくなられるから、毎年新しい服が作れて嬉しいです。」
豊は嬉しそうだが、すぐに袖が短くて不恰好になるのは困るのだ。しかも二次性徴はこれからだ。苦労をかけてしまいそうだ。せめて2人に作った服は長持ちしますように。
普通は領主が自分で服を作ったりしませんが、色々新しい物を作っているので彼の場合は不審に思われないという理由があります。
お酒を人に強要して飲ませるのはやめましょう。ダメ、絶対。




