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第199話 東氏の暴れん坊

 美濃国 稲葉山城


 年が明けた。年明けから改元が行われ、弘治と改められる事となった。1555(弘治元)年である。

 理由には白山噴火・全国的不作・戦乱の悪化があげられた。言外に六角氏の行動を非難したものと俺は見ている。実際、京の市街は文官の不足で治安の悪化が見られているらしく、持明院宗栄様は御子息の大蔵卿持明院基孝様に京の諸々を任せてしまっている。新九郎の元服以来美濃にずっと留まっており、他にも数名の公家の方々が美濃や尾張、そして堺に逃げ込んでいる状況だ。


 加賀では小規模な噴火が定期的に発生している。調べた限りマグマが出ているらしく周辺は誰も立ち入らなくなっているそうだ。タイミングがタイミングだったので一部では加賀の一揆衆が俺に逆らったことを白山の薬師如来様が怒ったとかなんかすごい噂が相変わらず流れている。俺=メシア説がさらに強くなっているとかで美濃と加賀で天台宗の勢力が強くなっているらしい。と同時に六角氏の内部で比叡山の御膝元である坂本を焼いたことで何か祟りがあるのではないかと畏れだす者もでているらしい。それについては今更ではあるが、情報の伝播にズレがあるとこういうこともおこるのだな、としか言えない。


 そんな加賀の情勢には関わらないが、越前と美濃を結ぶ重要な地域の領主である東氏の内部で面倒なことが起こっていた。

 俺の目の前では、1人の男がしきりに横に並ぶ男に向かって唾を吐き散らしながら叫んでいる。


「此れは明らかな簒奪!天が許しても我が正道が許さじ!」


 男の名はとう常堯つねたか。美濃と飛騨、そして越前への道の1つを結ぶ要衝である東殿山城の城主東常慶(つねよし)の嫡男である。

 そして隣で目を閉じ、黙ってこちらの言葉を待っているのが東氏重臣である遠藤氏の一族である遠藤盛数だ。盛数は遠藤氏当主遠藤胤縁の弟で、一族随一の知恵者と呼ばれている。そして東常堯の方は東氏の暴れん坊と揶揄やゆされている。


「で、俺に何を求める?」

「美濃守様の命で、我が家督相続を認めて頂きたく!」


 とにかく声が大きい東常堯。この不快さは宇喜多直家や亡き二郎サマのそれとは別のベクトルだ。純粋にデシベルで示す数値がひたすら高い感じ。俺のいる場所からでも耳がキーンとなるのだから、隣にいる遠藤盛数はどれほど辛いことか。


「で、遠藤の方は?」

「平穏でありたい、そう願いまする」


 隣をジト目で見つつそう言った姿には真実味しかなかった。しかし、それだけではないことも次の瞬間に気づかされる。


「但し、兄の影だけに生きる心算もありませぬ」

「ふむ」


 噂では聞いていた。東常堯は『自己流の正義』を振りかざす男だと。自分の中でこれが正義と思えばたとえ家臣がどれだけ止めてもやる。逆に、自分の判断で悪でないと思えば犯罪者でもあっさりと許す。本人的には一本筋が通っているそうだが、現当主の東常慶からすれば謎すぎて理解できないらしい。そのため、ここに来た遠藤盛数を養子にして跡を継がせるつもりらしい。盛数は従弟の子、いわゆる従甥にあたるそうだ。

 はっきり言えば今後法治主義を根付かせたい俺にとって害悪でしかない。罪か否かは法が決め、裁判官が裁くのが正しい形なのだ。そのために今男女70人の学校卒業生で優秀な孤児に法律の原案を覚えさせているのだから。


「七郎(常堯)よ。其方加賀に行く気はあるか?」


 ただでさえ管領細川晴元に見せたくない弱みなので適当な加賀の僻地で飼い殺しでいいかと思ったのだが、これがこの男の逆鱗にふれた。常堯の正室は親浄土真宗だった内ヶ島氏理の娘だ。自分の嫁が信仰する宗派潰した場所で領主やろうぜという提案になっていたわけだ。いくら今まで興味がなかったからとはいえちょっと無神経だった。


「真宗の同胞を討って手柄とせよと仰るのですか?御無体な!」

「いや、加賀の一部を治めてくれれば其れで良いのだが」

「真宗を保護して下さるというなら考えましょう。ですが真宗を潰した地を与えられても喜べませぬ!」


 浄土真宗自体は保護しているぞ。高田派だけだけれど。とは言わないでおく。言っても聞かないだろうし。

 しかし、現内ヶ島当主の内ヶ島氏理本人は最近加賀・越中の一揆衆とは距離をとりつつあるのに、娘は熱心というのも皮肉な話だ。その情報のギャップで面倒なことになっている。


「其れに!抑々(そもそも)某が東一族を継ぐのが正道に御座いまする!」

「しかし、現当主から当主の地位を譲らないと言われただろうに」

「ですから、宮内大輔様から父を翻意させて頂きたく!」


 耳元で叫んでいるわけでもないのになぜこんなにも声が大きいのか。新九郎がさり気なく俺に耳栓を渡してきた。グッジョブ。盛数の話を聞く時だけ耳栓を外すとしよう。


「其方達が俺の直臣としても、家を継ぐ者には軽々に口は出せぬ」

「では兵を御貸し下され!逆賊遠藤一族を必ずや討ち滅ぼして御覧にいれましょう!」


 そういうの求めてないから。


「此れを相手に如何平穏に過ごす心算だ?」


 耳栓を外して遠藤盛数に聞く。


「御任せ頂ければ此方でけりをつけまする。御助力も不要にて」


 その物言いは、血を流すことも厭わないという覚悟を感じるものだ。淡々と、しかし自分が負けるはずがないという自信をもって言っていた。


「血が流れるのは出来る限り避けて欲しいのだが」

「市井の者でも悪と断じれば容赦なく切り捨てる御仁に、血を流すなと?」

「最小限で留まらぬか?」


 そう俺が言うと、


「ならば、果たし合うが最上かと」

「か、家臣の癖に某に刀を向ける心算か!」

「義父殿の甘さが全ての元凶。義息たる我が手で不手際を速やかに終わらせるが道理」

「数多の悪を討ちし我が刀の錆にしてくれる!」


 ということで、近くの東氏の屋敷で俺が見届ける中で決闘が行われることとなった。何でそうなった?


 ♢


 東氏の館では仰々しい準備がされた。東常堯側は家臣から選りすぐった10人。それも槍を持ち2人は甲冑まで着込んでいた。遠藤盛数側は連れてきた4人の側仕えで2人が弓を持つ以外は刀脇差のみ。勝負は目に見えていると思った。


 だが、決闘が始まるとすぐに常堯側の家臣3人が他の家臣に切りかかった。槍で目の前の敵に気を取られていた3人があっという間に斬り伏せられる。そして盛数側の2人が矢を放って裏切った家臣に目を向けていた2人の肩に深手を負わせると、その2人を盛数残りの2人の家臣が斬った。


 あっという間に10人いたはずの常堯側の家臣が半分になり、しかも盛数側の家臣は7人に増えた。おまけに常堯側は前後に挟まれる形となっていた。


「こ、此れは無効に御座います!斯様な遣り方、聞いた事が無い!正道にもとる!」

「伝兵衛の息子は川で遊んでいた所を貴方様に魚を獲っていると疑われ、腕を折られて兵法を継ぐ道を断たれた」


 遠藤盛数は一歩一歩前に出て、常堯に近付いていく。


「兵庫助の妹が嫁いだ家は蓄財ばかりに感けると貴方様に叱責され、禄を削られた為妹は今も足袋作りで家を支えている」


 盛数の刀を抜く姿は、無駄な動作があまりない鍛錬を積んだ者の動き。


「太郎四郎の母は病で倒れた時、宮内大輔様の薬を買う為書状を以って御役目を休ませて欲しいと願ったにも拘わらず、貴方様は許さなかった」


 盛数がじりじりと、姿勢を崩さず間合いに向かっていく。


「次郎兵衛の姉は太郎四郎の母を救う為無断で戦の前の御役目を休んだ太郎四郎の許嫁。貴方様が罰として城下から追放した女性。此れでも未だ御分かりにならぬか!」


 盛数から綺麗な太刀筋で振り下ろされた刀は、達人とはとても言えないものの鮮やかに常堯の左腕を両断した。


 あれだけ騒がしかった男が、悲鳴は声にならず響かなかった。

 残りの家臣は戦意を喪失したらしく、そのまま槍を投げ捨て後方に下がった。


「只己の正道だけしか見ぬから、人心は安んじず民は貴方様を見れば怯えたのだ。此れでも分からぬなら、南無阿弥陀仏とでも唱えて極楽浄土にでも行かれるが良い!」


 東常堯は落とした刀も切れた左手もそのまま、出血した左腕を右手で押さえながら走って逃げていった。あれ?俺いる意味あった?


「宮内大輔様、御願いしたき議が」

「な、何だ?」

「此の儘では内ヶ島と揉める事になりかねませぬ。其処で北に領を接する三木の御嫡男と宮内大輔様の妹である稲姫様の御婚約をなされるのは如何でしょうか?」


 つまり三木氏とはある程度良好な関係だが、これを機にさらに関係を強化してはどうか、ということか。


「此の儘宮内大輔様が加賀を制すれば、行く行くは越中も視野に入る事でしょう。飛騨からも越中に攻め込めれば、戦は容易になる筈」

「ふむ、一理あるな」

「是非御一考願いまする」


 まぁ、流石に内ヶ島氏が攻めて来る事はないだろうが。前世岐阜県民で多少戦国に興味がある人間なら白川郷と帰雲城のことは知っている。この時代の白川郷はまさに陸の孤島なので、白川郷に行くのも簡単ではない。しかも帰雲城は26年後に大地震で土砂崩れに巻き込まれて跡形もなく潰れてしまうのだ。その前後で関与できさえすれば問題はないだろう。だが三木氏との連携は今後に生かせる。考えておく必要があるだろう。



 結局、東常慶は今回の顛末を聞いて隠居し、稲葉山城下の東氏屋敷に移り住んだ。学校で古今和歌集の基礎の基礎を教えてくれており、流石古今伝授の家柄である。有望な生徒がいたら伝授までさせたいと言われた。伝授までは遠藤盛数に渡さないのは、せめてもの意地だろうか。

 遠藤盛数はそのまま東氏当主の城である東殿山城に入り、領主となった。家臣化の証として嫡男を預けてくるあたり、やはり嗅覚に優れている。少なくとも敵に回さないように気をつける必要はありそうだ。


 ♢♢


 加賀国 白山南方


 荒い息を吐きながら、2人の男が寒空の下、禿山を上っていた。

 男の内1人は左の手がなく、時々バランスを崩しながらも足元はしっかりとした足取りだった。

 斜面の足がかかりやすい地面で、彼は歩みを止める。


「こ、此処迄は、誰も、追って来れまい」


 唯一ついてきた家臣とともに、東常堯は加賀への道を歩んでいた。そこまでいけば一揆の同朋に合流できるためである。

 適切な処置をしていないにも拘わらず、運よく化膿もせず塞がった傷口を見つつ、常堯は自分はまだ運に見放されていないと確信していた。

 本来ならば死んでもおかしくない傷ももう塞がっている。まだ阿弥陀如来は自分を見捨てていない。そう疲れて俯きつつも口元に笑みを浮かべた。その時だった。


 ゴゴゴゴ……という低い音と共に地面が揺れ出した。辛うじて地面の出っ張りが多いため2人揃ってそこにしがみ付くが、揺れは上下に収まる気配を見せない。

 まさか、と最悪の予想が彼らの脳裏をよぎった瞬間、極めて至近距離で爆発音が響いた

 白山の断続噴火、そのうちの1回が、始まったのである。


 慌てて逃げ出そうとするが、岩肌から手を放した瞬間に常堯はバランスを崩して尻もちをついてしまう。

 更に山肌の上から小石がいくつも斜面を転がり、2人の方へ速度を上げつつ向かってきた。

 家臣諸共、2人は石が体中に当たることになる。徐々に体勢を崩し、揺れに対しても踏ん張りがきかなくなった2人は、ついに斜面を転がり落ちた。


 途中で当たった石に額を切られながら、2人はもつれ合う様に落ちていく。

 そして木々の生えている場所まで落ちた2人は、噴火による2度目の地震で発生した地滑りに巻き込まれて命を落とした。



 運の尽き、と表現するしかない最期だった。

飛騨の話は今まであまり触れていませんでしたが、北陸方面へ話が進んできたのと東氏の家督継承問題があって今回から飛騨の人々が登場です。

加賀情勢と飛騨情勢は次話含め今後出てくる機会が増えてきます。


ちなみに、東常堯は史実では帰雲城崩壊に巻き込まれて死んだと言われています。この世界でも天災には勝てなかった、というお話。

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