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第198話 繋がるセカイ

全編三人称です。

 薩摩国 坊津ぼうのつ


 大寧寺の変以後、日明間で行われていた勘合貿易は停止された。

 理由はシンプルで、変によって大内義隆が死去した後を陶晴賢では受け継ぐことを許されなかったということである。しかも宣教師殺害の影響でポルトガルも反陶・大友で動いていたため、ポルトガル経由で日朝貿易にも影響が出ていた。このため対馬の宗氏は尼子に接触し、長門侵攻を進めていた尼子家臣として幕府との結びつきをアピールすることで辛うじて日朝貿易を繋いでいる状態だった。


 当然だが九州北部の交易は下火となり、逆に琉球を通じた交易と倭寇の活発化がみられるようになった。

 琉球からの船は種子島を経由して島津領ではまず薩摩の坊津か山川に向かうため、坊津は島津氏の保護もあって空前の隆盛を迎えつつあった。


 その坊津で、2人の男がやって来た船の接岸を今か今かと待っていた。鳥原掃部助(かもんのすけ)と渡辺三郎五郎という、坊津の若き豪商である。


「三郎五郎、此度の船は確か南蛮の品も載せていたな?」

「一番多いのは明銭ぞ。上方(畿内)では今銭が足らぬと堺が騒いでおるからな」


 渡辺三郎五郎は笑いが止まらぬという顔で鳥原掃部助に答える。船が接岸すると、人夫が続々と荷物を運び出す。指示役らしき身なりの良い男が、それはあちらこれはこちらと指示を出している。


「硝石も良く売れるが、やはり明銭か。南蛮の品とは何れだ?」

「其処の箱に入った瓜と、唐黍とうきび?なる物だそうだ」

「瓜なら我が国にもあろうに、何故持ち込んだのだ?」

「さぁ?典薬頭……今は宮内大輔様の考える事は良く分からぬ」

「だが、今迄彼の御方が目を付けて間違った事も無い。漢方は一部我等も作れる様になって堺に売れているが、此れも同じ物を作ってみるべきであろう」


 彼らは最近の上客である斎藤・織田・三好の欲しがるものを常に気にしている。特に斎藤はこちらから他国に向けて売りに出すガラスなどの品を作っている相手でもある。日明・日朝貿易が下火になりつつある中でも1枚鏡や扇は売れているし、三好勢力圏の海部氏がつくる刀剣も欠かせない商品である。


「しかし、斎藤と織田は硝石を買う量が明らかに少ないのが気になる所だ」


 鳥原掃部助が思案気に腕を組む。斎藤の家は硝石の購入額で言えば大口の取引先だが、戦場での派手な鉄砲・大砲の使用を考えると少々購入量が少ないと彼は考えていた。そして渡辺三郎五郎も同意する。


「美濃では硝石が少量採掘されるのではという噂がある。大垣など一部の山には忍びや警固の武士が常駐しているという」

「硝石は明では採掘されるのだったな。となると日ノ本でも採れる場所があっても可笑しくない、か」


 実際は明でも硝石が採掘されているのは乾燥地帯であり、日本では採掘されないのだが、彼らはそれを知らない。そのため美濃で採掘が出来ているのではと考えていた。


「或いは余り採掘せず多めに買っていざという時も硝石が切れない様にしているのやもしれぬ」

「有り得るな。まぁ、我等は只管売るのみよ」

「そうだな。売れる時に売れば良い。いざとなれば島津の殿様に少し安くして売れば良いのだ」


 彼らにとって硝石は商品でしかなく、それがどれだけ戦禍を拡大するかは関係ない話だ。坊津は島津の領内でも他家の領地から遠く安全な場所だからこそこうして繁栄しているので、彼らもそういう意味では呑気な面があった。


「さて、此方は何時も通り土佐経由で運びますか」

「村上水軍が朝敵で幕敵故瀬戸の内海が使い難いのは困り物よな」

「毛利がようやく陶を裏切って陶と戦い始めた故、もうすぐ其れも終わりとなろう」

「だが、豊後は通せぬ故、法華津ほけつに頼る事になろうな」

宿毛すくもや浦戸も随分儲けている様だな」

「中村の一条氏と浦戸の本山氏が津料で儲け、其の儲けで三好と戦っているとは何とも皮肉の効いた話よ」


 村上水軍が陶と毛利に協力した関係で堺が物資を買うために瀬戸内海を大っぴらに使えないため、結果として薩摩→大隅→日向→伊予→土佐というルートが発展しつつあった。その結果反三好派の本山氏と、伊予の西園寺氏と戦をしている一条氏が利益を得て、西園寺は法華津の水軍に頼らないと勢力が維持できない状況になりつつある。本山氏は貿易が盛んになるほど阿波に侵攻する頻度を増やしているため、少なからず三好へ影響を与えていた。


「お、降りて来ましたな」

「Ola!カピタンガマ!」


 船から岸に降り立った数人のポルトガル人がにこやかに掃部助と三郎五郎の側までやってくる。通訳らしき日本人もシンクロするように身振り手振りつきでやってくる。

 彼らは南蛮から琉球を経て日本に交易に来ているポルトガル商人たちである。名をドゥアルテ・ダ・ガマといい、白人ながら日焼けで肌が真っ赤になった壮年の筋骨隆々とした男である。


「此度も宜しく、と」

「うむうむ。我等もカピタン達を歓迎しますぞ」


 ドゥアルテ・ダ・ガマは尾張に滞在するフランシスコ・ザビエルの旧友であり、その縁から薩摩までの物資運搬を助けていた。


「で、其方の御方は?」

「えっと、ディエゴ・デ・アラガン様で御座います」


 宣教師ディエゴ・デ・アラガンは情報伝達もままならないザビエルに代わって日本の情報を得るために坊津に送りこまれて来た。彼はある意味でザビエル以上に敬虔なカトリック教徒だが、布教に関してはそこまで熱心でもない。ただ己と神の対話を重視する性格のため、祈りを捧げる場所を選ばない性格からここに派遣されて来た。祈りの日々の中でえた日本の情報をポルトガルに伝えることが彼の使命である。布教は軋轢を生みやすいため、彼の派遣は現状の日本に対しては最適と言える選択だった。


「ザビエル様が帰る日まで、此処で世話になりたいと」

「ほうほう、此の壺の中の明銭は南蛮から。いやいや、歓迎致しますぞ!」


 目の前の明銭を見た渡辺三郎五郎は目の色を変えて全身で歓迎の意を表した。そんな彼の様子に、鳥原掃部助はわずかに呆れつつも頭の中で利益の計算を忘れないのだった。


 ♢♢


 イタリア ローマ


 イエズス会の本部で、イグナチオ・デ・ロヨラとイエズス会の主要メンバー、そして神聖ローマ皇帝でスペイン国王のカールの名代、ホアン・デ・ヴェガは緊張した面持ちで会談を行っていた。


「モスクワのイヴァンが大軍を東へ送ったのは如何なった?」

「30万とも称す大軍はハーンの国を滅ぼし、更に東へ勢力を拡大したとか」

「恐ろしい。やはりモスクワは東へ向かっているのか」

「ジパングとの結び付きは未だ分からぬのか?」

「分かりませぬ。ただ、昨年のイヴァンの大病を治した者の中に、肌の黄色い者が幾人もいたという話が」

「まさか、サイトーテンヤック伯爵の手の者か?」

「タタールの者とは思われますが、可能性はあります。タタールと断定するのは早計かと」


 全員の眉間にシワが寄る。皇帝の使者であるホアンが口を開く。


「ひとまず、この事は陛下にお伝えします。もしモスクワが明やジパングと手を結べば、神の教えを東方に伝えるのにルーテル教会だけでなく東方教会とも争わねばならなくなる」


 ロヨラが言葉を繋ぐ。


「好戦伯が国外追放になって、パッサウでの条約通りルーテル教会の存続は認められることになるでしょうな」

「残念ながら、オスマンのスルタンに勝つためには諸侯の力が必要。同じイエスの下に集う者を認める方がマシという陛下の判断です」

「スレイマンはバグダードを制したそうですし、ハプスブルク家の御力を借りねば悪の軍勢を押し留められませんからな」


 彼らの中で、オスマン帝国の次に厄介な敵としてモスクワ・ロシアの名が刻まれつつあった。

史実より朝敵・幕敵の影響で土佐航路が活発になっていたり、平戸・豊後より坊津が栄えているのを書いておく必要があったのでこのタイミングでいれました。

結果として土佐の国人が三好領に攻め込む資金源になっているという皮肉。


ロシア関連などは世界は繋がっている、世界は小さな変化で影響を受ける、というのを示しつつ、本作の最後は世界レベルで変化があるよというのをお伝えする為の伏線(?)です。

ルーテル教会=ルター派です。

この話は後にアウクスブルクの和議、フェリペ2世即位からオランダ独立戦争に繋がります。

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