第196話 二つの三国同盟
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美濃国 稲葉山城
家中のまとまった俺と信長だったが、収穫の季節に入りかつ直後に白山が小規模に噴煙を吹いたという情報がもたらされた。さらに越中の神保氏が戦で一揆衆に敗れたとの報が入ったこともあって、軍事行動は年内は限定的になることが確実になった。
せっかくなので加賀の状況を逐一報告を受ける様にしつつ、内部の体制固めやら家族との時間やら研究の確認などに専念することにした。
喜太郎改め新九郎龍和は誰の子かに関わらず分け隔てなく接する子に育っていた。今日も今日とて2~5歳の子たち相手に絵本の読み聞かせをしていた。
「こうして嘘をつき続けた狼少年は鼻が長くなり過ぎ、ついに歩くのも儘ならない為寝床に籠る様になりました」
おい誰だピノ○オとオオカミ少年を混ぜたのは。
「寝たきりの狼少年を赤ずきんが訪ねると知った狼は、此れは好機と狼少年を丸のみにして布団に隠れました」
「ちょっと待て」
「おや父上。如何されました?」
「誰だ其の謎の絵本を創ったのは」
想像力も創造力も豊かそうだな、と思ったら豊の数え5歳の娘・依茶が答えてくれた。
「幸六にいさまでござーます」
「幸六か。成程」
幸六は現在数えで10歳の豊の最初の男子(龍頼入れて三男、)だ。幸が名付けに関わったので幸の一字が入っている。同様に幸の最初の男子である豊助は豊が名付けている。やはり仲が格別に良いな、2人は。良き哉良き哉。
しかし面白い才能だ。10歳でそういう頭が働く子はなかなかいないだろう。
「文才と言うやつか。得難い物だが、其れを本物と思われても困るのだが」
「申し訳ありませぬ。つい」
いや、確かに物語展開としては絶妙だったけれどね。しかしこの後って……えっ、赤ずきんがレンガでできた狼少年の家を吹き飛ばすの?狼が丸呑みに?あれぇ?
「10歳になるまで幸六の絵本は禁止な」
「はい」
もう1冊の方は桃から産まれた金太郎が海岸でいじめられていた亀を助けて雀のお宿に招待され、小さい葛籠に入ったガラスの靴を貰ってお嫁さんを迎える話だった。もう原作の原型留めてないだろう、これ。
♢
尾張国 那古野城
秋にしては珍しく汗ばむ気温のある日。犬山の平定を終えた信長との会談のため那古野に来た。
用件は今後の話し合いだが、それと同時に信長の側室についても話題となった。
「流石に嫡男が産まれたとなると突き上げが多くてな」
「信長も柵には勝てない、か。相手は?」
「井伊の娘と吉良の娘、其れに甲斐武田の娘だ」
「多いな」
「ずっと待たせておったからな。あと、妹が正式に北条の跡取りと婚儀を行える」
「三好の嫡男の孫次郎殿と其方の妹もそろそろか」
「うむ。此れで我等三国の同盟が二つ出来上がりよ」
北条からうちへ於春が、うちから織田へ蝶姫が、織田から北条へ今回姫が嫁ぐ。これで濃尾相三国同盟(1つ目)。
そして三好からうちへお満が、うちから織田へ蝶姫が、織田から三好へ姫が嫁ぐのが先年決まっている。これで濃尾阿三国同盟(2つ目)。
核となるのは織田とうちの関係、即ち信長と蝶姫である。
しかし武田の娘か。どういった風の吹き回しか。
「武田の娘は何故に?」
「村上に苦戦している様でな。甲州金の支払いが二度、滞ったので遠江の兵を一度脅しに動かしたのよ」
現在の武田氏は村上・海野・小笠原連合軍との戦が続いている。海野氏配下の真田一族や芦田一族、そして望月氏に村上義清さらに小笠原氏と敵が多すぎて、塩尻峠や千曲川を越えられないらしい。諏訪氏を下して南信濃を手に入れ、食料供給が織田から安定している分家臣団からは信頼されているようだが、逆に言えば織田に首根っこを掴まれている状態でもあるわけで。
「で、本気になったら斎藤に助力願うぞと伝えたら娘を側室に、と」
「人質か」
「弟の庶子も一人送ってきた。北条と我等が強固に結びついている以上、武田は後背を我等同盟に晒し続けているからな」
正面の信濃に敵が多すぎて、武田は甲斐と南信濃にほぼ備えをおけないくらい余裕がない状況だそうだ。うちと対立すれば木曽氏も裏切る事が目に見えているわけで。
甲斐の虎、相当苦しい状況だな。
「まぁ、其れでも戦には勝ち続けているのだから才覚は十分なのだろうよ」
「成程」
「という訳で、不本意だが受け容れてくれ。どの家も義兄上が反対したら諦めると言質はとってある」
「まぁ、跡継ぎは蝶の子。此れだけは絶対だ」
「無論だ。家臣にも度々言い含めているぞ」
うちでも於春の子を当主に、とか言い出す人間がいないよう警戒しているが、今川一族の堀越氏延が子を産んだばかりの於春とその娘を守ってくれているので心配はしていない。堀越自身、「身の丈に合わぬ身代を求めて全てを失うのはもう懲り懲りに御座います」と言って和歌の指南役などしかしていない。
「蝶が笑顔で居続ける事。俺は其れしか望まぬよ」
「義兄上らしいな」
お互い少しの間特に話さず笑っていた。茶の湯が最近好きという俺の祐筆・武井夕庵の点てた茶を飲みつつ、信長が最近お気に入りの冷凍みかんを食べる。相模で獲れたみかんを凍らせたものだが、これに麦芽でつくった水飴をかけて信長は食べる。
「んー、此の頭に響く甘さと冷たさが贅の極みよ。美濃の氷室で作った此れが一番美味い!」
「水飴をかけると甘過ぎな気がするが、好きだな信長」
「我が家の氷室でも北条から貰った蜜柑を冷やしたのだが、如何にもベチャベチャになって上手くいかぬのよな。秘訣でもあるのか?」
「教えん。此れは妹と娘の御機嫌取りにも重要なのだ」
「うちでも蝶の御機嫌取りに欠かせぬからな」
これ、冷やして水につけてを繰り返して作るから手間もかかる。しかも5個に1つくらい失敗する。夏の超高級スイーツ的な扱いなのだ。
今年で大分職人たちも慣れたのか出来が良い物が増えつつある。今度帝にも献上しよう。
シャリシャリという音とともに口に入れた冷凍ミカンを食べる信長に、事前にさわりだけ聞いていた話題をふる。
「で、北畠で何かあった話は?」
「北畠具教の側室が伊勢を追い出された」
「は?」
痴情のもつれ?昼ドラか?
「北畠具教の正室北の方は亡き六角弾正の娘。即ち左京大夫(義賢)の妹でな」
「現当主の妹なら立場も固いな」
「しかも嫡男も既に八つまで育っている。だが北の方は気位の高い人物でな。側室を日頃から忌避していたのだ」
そして、織田の本格侵攻を受けた北畠家中で尾張含む他国出身者の排除が始まったそうだ。そこでその影響を受けたのが側室の松という女性だったそうだ。
「彼女は尾張丹羽郡出身の三輪という家臣の娘でな。男児を産んだばかりというのもあって真っ先に北の方に目を付けられた訳だ」
「成程。其れは今後も続きそうなのか?」
「分からぬ。但し、此度の件で幾つかの新参家臣が此方に使者を送って来た」
家臣曰く、自分の立場が危うくなっている、ということらしい。皮肉な話だ。家中の引き締めにと動いた結果、家中の動揺がより大きくなっているのだから。
「今夏は色々と膿み出しも必要で大規模に攻められなんだが、収穫が終わり次第兵を動かす。既に長野と神戸は支度相調っておる!」
「油断はするなよ。六角が如何出るか分からん」
「無論。関一族や梅戸への備えもしてある」
北伊勢の国人梅戸氏の当主は亡き弾正定頼の弟だ。警戒が十分に必要な相手といえる。
「後危険なのは伊賀だが、此方には田丸氏と角屋が既に味方に付いている。沿岸部から少しずつ、確実に攻めるのみよ」
田丸城の田丸具忠、大湊の角屋七郎次郎らが織田についている。他の会合衆の中にも織田方についた者が出ており、会合衆トップの太田家や援軍として大湊に入っている鳥屋尾が苦しい状況にあるそうだ。
「で、側室は血縁を頼って織田に助けを求めた故な。其の儘坂井に嫁にやったわ」
「坂井。あぁ、うちに居た」
「森には林の娘を宛がって取り込んだ故な。坂井も義兄上からの紹介だった故、家中に取り込まねばと思っておったのよ」
坂井右近将監政尚は森一族や各務氏と共に尾張に渡った土岐家臣だ。坂井姓は織田家臣に多いらしく、彼はその伝手もあって頼芸様亡き後は信長に仕えている。
「彼等が其方と良い関係を築けているなら何よりだ」
「うむ。此方としても城主を務められる信の置ける家臣は今も貴重で助かっているぞ」
「で、伊勢の者達は?」
「何とも言えぬ。田丸は一度寝返った以上逆らわぬだろうが、最近此方に呼応した者は油断ならぬ」
「遠江も落ち着いたであろうし、柴田の様に信の置ける将は伊勢平定後伊勢に移してみては如何だ?」
「成程。大和と近江を考えれば権六は近い方が良いな。代わりに不審な伊勢の者を動かすか」
大大名になった織田に簡単に逆らえる国人はもうほとんどいない。役割の大きい佐久間や水野くらいだが、彼らはそもそも織田に逆らわない。今回の犬山の信清があっという間に制圧されたこともある。
「二年以内に伊勢は完全に片が付く。だが、其れを六角が黙って見ているとも思えぬ」
「此方は加賀南部の平定に時間を掛ける。だが一揆共は越中の神保との戦で此方に余り大きく動けぬだろう。多少なら兵を貸せるぞ」
「忝い。義兄上には助けられてばかりよ」
「其の分、必要な時は存分に助けて貰うぞ」
「任せろ」
胸をドンと叩く信長に頼もしさを感じる様になった。彼が成長してきた証しだろう。
だが信長よ、袖が茶碗に引っかかって残っていた茶が畳にこぼれているぞ。もうちょっと手元足元に気を配れ。
北畠と武田の事情。北畠は九鬼を潰せなかったのがかなり響いています。
武田は後背を北条・織田に握られ半従属を強いられ続けています。信濃でも真田幸隆・村上義清・小笠原長時の三位一体の攻撃に撃退が精一杯です。勢力で言えば史実1550年当時の勢力すら確保していません。
そして急拡大する織田家中では美濃系家臣もしっかり根付いています。斎藤と織田を管領細川晴元でも崩せなかった理由がわかりますね。




