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第195話 問うべき覚悟

誤字脱字報告をいつもありがとうございます。とても助かっていますがIDしか表示されないのでここで御礼を申し上げます。

いつもより長いです。書きたい物を簡潔に過不足なく書ける能力が欲しいですね。

 美濃国 稲葉山城


 心底面倒くさい「招かれざる客」が来ていた。

 客の名前は米田こめだ某。正直名前を覚える気にもならない。彼は所詮管領派の使い走りにされた若手の幕臣(俺より年上らしいけれど)というだけなのだ。

 米田某は現在大垣城に滞在し、蓮根料理で時間稼ぎをしていた。俺がある準備を整えるまでの時間稼ぎだ。相手の用件は言われずとも分かっている。俺の保護している土岐頼芸様の遺児・太郎法師丸を守護に任じ、俺を討てと命じるものだ。

 越前と美濃を往復している十兵衛光秀にこれも任せると大変なので、十兵衛にも適宜連絡しつつ新七郎武輔に足止め役を任せていた。


「立場で物を考える御方でなく良う御座いました」


 気疲れした様子の新七郎に、俺は「すまんな」と伝える。


「元土岐の家臣や事情が分かっている家臣でないと此度の件は務まりませぬし、仕方ありませぬ」

「苦労をかける」

「身命を賭すよりは楽な仕事ですよ」


 新七郎は時々2人だけの時、少しだけ砕けた口調になる。俺の幼かった頃のお願いを、ほんの少しだけ叶えてくれる瞬間だ。

 新七郎は時には毒見も含め文字通り俺を命を盾に守ってもらっている。十兵衛とは別の意味でかけがえのない部下だ。


「では、支度が整いましたので」

「ああ、今日だ」


 俺が「最後の土岐」と決別する時だ。


 ♢


 太郎法師丸のいる郭への渡り廊下の途中に、喜太郎がいた。俺とお満の間に産まれた嫡男。数えで12歳になり、少しずつ背も大きくなってきている。牛乳のおかげか俺の遺伝か5尺2寸(約156cm)まで伸びている。俺はこのくらいになったのが数えで10歳の時なので俺の方が高いが、最近は昔の俺以上に良く食べ良く寝て良く動いているから伸び率は互角だ。将来が楽しみである。

 そして喜太郎は、郭への廊下を塞ぐように立っていた。その後ろには弟の鷲巣掃部助(かもんのすけ)龍光たつあきがいた。


「如何した喜太郎。父に用か?」

「父上に、御願いしたき儀が」


 近付くと、今までに見たことがないくらい真剣な顔をしていた。


「申せ」

義弟おとうとを、如何なさるのでしょうか?」


 その質問だけで、何を言いたいか分かった。だが必死の形相で喜太郎は言葉を続ける。


「父上ならば殺めることは無いと分かっております。ですが!敵に利用されぬ様奥に匿うのではと思いました!」


 父親がろくに面倒も見てやれぬのに、良い子に育った。優しい子に育った。そして、何より、


「でも某は!彼奴を、陽の当たる場所で暮させとう御座います!」


 家族思いに、育った。だから、


「叔父上にも無理を言って助けて頂きました!罰は某が受けます!でも彼奴だけは!太郎法師丸だけは!」

「喜太郎」


 自分でも驚くほど、硬い声が出た。


「口だけでは何も守れぬぞ」

「……!」

「父は幾度も戦で勝ち、民を守ってきた。此の美濃を繁栄させてきた。力が無ければ、何も為す事は出来ぬのが乱世だ。悔しいがな」


 木沢長政の思いは一途で、純粋で、崇高だった。でも彼の思いに権力は伴わなかった。


「陽の当たる場所で『暮させたい』?甘いぞ。願望だけでは何も為せぬ」

「では、でも、今の某では!」


 まぁ、俺が喜太郎には心と体がある程度成長するまで初陣もさせないと決めていたから。俺の初陣は早すぎたし。


「覚悟はあるか?」

「覚悟?」

「父は、人を救うと決めた。其方の祖父・道三に其れを訴えたのは10の時だ」

「10……、私より2つ下」

「其れ以来、俺は覚悟を示し続けた。だから親爺は俺に好きにさせてくれた」


 まぁ、父道三は俺を千尋の谷に落とすタイプの育て方をしようとしていたからというのもあるが。妖怪呼ばわりされたのも影響はしているだろうし。言わないけれど。


「其方に覚悟はあるか?」

「覚悟」

「太郎法師丸を俺だけで守る事は出来ん。だから、其方も守る覚悟はあるか?」

「守る、覚悟」

「父は民を守る覚悟があったから民を受け容れてきた。ならば其方も、弟を守る覚悟あって俺の元に来たのか?」


 俺からの問いに、喜太郎は安易に答えなかった。


「分かりませぬ。其処まで考えて此処に居た訳でもありませぬ故」


 でも、良い瞳をして、まっすぐ俺の方を見つめてきた。


「ですが、父上の御言葉を聞いた時、守りたいと。そう、思いまして御座います!」

「ならば、其方の覚悟を、見せて貰うぞ」


 郭の白壁に、鷹が止まっていた。


 ♢


 太郎法師丸が待つ郭に行く。今度は俺1人だ。これからの準備のために喜太郎たちには先に会場へ向かわせた。迎えに行くのは俺だけでいい。

 郭に入ると、江の方が待っていた。脇にはまだ幼い太郎法師丸の3歳の妹、俺の子である清姫がいる。


「太郎法師丸は?」

「部屋で。何も話しておりませぬ故、直接、父である貴方様から御伝え下さいませ」

「話しておいてくれた方が此れからの支度が楽だったのだが」

「ああでもしなくては、彼の子も心のうちを其の儘話す事が余り無いので。偶には父として、聞いてあげて下さいまし」

「わかった」


 子供たちとは冬以外あまり過ごせないし、最近は他の子を慮ってか太郎法師丸が少し遠慮気味だった。そういうのも良いだろう。



 部屋の前に立ち襖を開けると、そこには白装束の太郎法師丸がいた。最後の土岐を継ぐ者。管領の出した命令。なんとなくだが、江の方が俺に託した意味が分かった。中に入った途端、呼ばれる。


「父上」


 それでもなお、この子が俺を父と呼ぶのは大きな意味がある。


「某を御討ち下さい、父上」


 だから俺は、答えた。


「阿呆な事を言うな」

「ですが!」

「此の世の何処に、我が子を己の立身出世に邪魔だからと討つ者が居るか」


 言った直後に、そう言えば居るな、と徳川家康と武田信玄が思い浮かんでしまった。


「其方は俺の子だ。俺は、何があっても家族を守ると。そう、決めているのだ」


 あの日。蝶姫の産まれた日、立派な兄になると誓った。そして父に刀を向けられた時、自分が救える人を救うと決めた。


「だから、其方は今日から『斎藤』となるのだ」

「え?」


 用意しておいた最高級の和紙。金箔を織り込んだそれに、名前が記されている。


『斎藤次郎龍頼(たつより)


「其方の名だ」

「あ、あ、あ、」

「其方は今日を以って土岐では無くなる。だから、管領の命など、関係無くなる」

「ちち、うえ」


 紙をそっと畳の上に置く。一歩、二歩と近付く。目の前に座る。

 ボロボロと涙が瞳から溢れる我が子を、そっと抱きしめた。


「ちち、うえ」

「うん」

「ちち、うえ」

「うん」


 しばらく、それだけをただ、呟き続けた。

 俺は、外からもれ聞こえる女性の嗚咽は聞かなかったことにした。


 ♢


 元服の儀。

 先に行うのは嫡男喜太郎。


 覚悟を形とするため、先に準備をすませた喜太郎が、烏帽子を被る。

 烏帽子親は急遽京からこちらに来てもらった従三位大蔵卿の持明院基孝様。持明院宗栄様の御子息だ。


「ほほほ。息子が宮内大輔が嫡子の烏帽子親とは」


 ご機嫌な宗栄様。まぁこれでうちと持明院の関係は次代も続くと内外に示せた形でもある。お満が猶子となった飛鳥井家の代理でもある尭慧ぎょうえ殿に加え、喜太郎の正室予定である三条家の縁で三条公頼様を継いだ従四位上左近衛中将三条実教様、大蔵卿の生母の実家・藤原北家の水無瀬家や先日から加賀で協力してもらっている正三位権中納言中院通為(なかのいんみちため)様も参加しており、うちが公家との関係を重視すると明確に示せるものだ。

 武家では織田から信長叔父の信光殿が、北条から次期当主の北条新九郎氏親殿が参加した。


「では、本日より斎藤新九郎龍和(たつかず)を名乗るが良い」


 喜太郎の名は俺の龍と和の一字。これは平和への願いと、立憲国家への願いをこめる。

 今の日本に近代憲法は当然だがない。でも将来的には近代憲法が必要になる。そんな憲法への思いを、国民国家への思いを現状ある17条の憲法にこめた。


「和は最も尊き物。其方も俺も其れは忘れてはならぬ」

「和。厩戸皇子ですね」


 家族の和、国家の和。それだけじゃない。和は和の国、大和、日本に通じる。さらに、17条の憲法の本来の意味では「和をもって尊しとなす」には身分の上下にとらわれず和の心で議論せよという意味がある。議会制への願いでもある。

 だから、俺の後を継ぐ予定の新九郎は龍和なのだ。


「此れからどんどん俺の仕事を学んで貰う。其方に医術は殆ど教えん。だが、俺の政務は全て其方に継がせる。」

「はっ!」


 帝には来年官位をいただけるようお願いしよう。最初は低い方がいい。少しずつ、名実を揃えるのだ。

 そして、嫡男に続いて義弟の太郎法師丸の元服も行う。烏帽子親は祖父の道三が。お前は俺の家族だと、そう示すために。


「大殿様」

「太守様は……頼芸様は真に鷹の絵が御上手に御座った。其方の絵は、義龍より頼芸様に似ておる」

「そうですか。某はきちんと、父を継げたのですね」

「うむ。誇るが良い。2人の父に恵まれた其方は、何時か2人を超えるであろう」


 斎藤次郎龍頼。この子は「土岐の鷹」を継ぐことになる。だがこの子は俺の子だ。だからもう、「土岐」は誰も継がない。次郎と頼の字は太守様との繋がりを示すためのものであって、土岐のためのものではない。


「後、字も頼芸様に似たな。此ればかりは新九郎も父よりお満に似たし、良き事よ」

「黙れ爺」


 今も俺はあのミミズが苦手だ。学校では楷書体をメインで教え始めているから、いつかあれは撲滅してやるからな。


「では次郎、に恥じぬ男となれ」

「はい。必ず」


 甲高い、鷹の鳴き声が聞こえた気がした。


 ♢


 数日後、米田某を稲葉山城に招いた。江の方と共に迎え入れる。


「御会い出来て光栄に御座います。此度は土岐様の忘れ形見に御会いしたく」

「土岐の者に会いたいので?」

「ええ。管領様からの文を渡さねばならぬ故」


 取次の新七郎がにやりと笑う。


「申し訳ありませぬが、土岐の人間は我が領内に既に居りませぬ」

「……ふむ」


 考え込む米田某。


「宮内大輔様が領内から御子息同然に可愛がられている方を追放などする筈もなし」


 あれ、この米田某きちんと情報集めている?


「大垣での評判から見ても、他家に養子入りさせたか斎藤の家に入れたか」


 腹芸に慣れていない江の方がとっさに目をそらした。これは仕方ない。相手が有能だった。


「宮内大輔様、例え土岐の名を捨てても利用しようとする者は出ましょうぞ」

「其れでも、俺は家族を此の手で守ると決めているのだ。例え管領が敵に回ろうと、な」


 すると、米田某は表情を少し緩めた。


「羨ましゅう御座いますな。某は幕府というしがらみから抜け出せる気が致しませぬ。医術を修めながら、勘気を被りたくないが故に宮内大輔様の医術を敢えて学ばず。父が仕えている故、管領様の下を離れられず。」

「必要なのは覚悟だ。其方も覚悟を持てば、自ずと人はついてくる」

「成程。そうかもしれませぬな」


 だが、少し諦観したような様子が残っているのがなんとも気に入らなかった。


「其方、名は?」

「米田源三郎貞能に御座います」

「源三郎。管領に未来はあるか?」


 彼は言葉に詰まる。


「管領は生きる事に執着している。其れは自らの命だけだ。其方の一族までは守ってくれぬぞ」


 答えはない。


「管領は他者にも利害を示せる。利を見せて味方を増やしつつ、自らの命の為に味方を利用する。確かに管領に味方した者は利を得るが、最期まで利が与えられるとは限らぬ。決めるのが遅ければ、使い捨てにされるぞ。」

「実際に、他の方から言われますと堪えますな」

「そういう人間だ。だから人が従うが従い続けても良い事は無い」

「覚悟。覚悟ですか」


 米田某改め米田源三郎貞能は、少し考え込むようにした後、頭を下げた。


「御言葉胸に刻ませて頂きまする」


 そのまま、彼は次郎に会うことなく帰っていった。見送った帰り道で、稲葉山から1羽の大きな鳥が飛び立つのが見えた。


 ♢


 管領がこちらに喧嘩を売ってきたのと同様、織田の庇護下にいた斯波義銀にも同様の命令を出していた。斯波義銀は信光の尾張不在をついて犬山の織田信清の下に逃げ込んだが、僅かな供周りだけで急遽伊勢から帰国した信長が即座に尾張の兵をまとめあげて犬山へ攻め込んだ。

 斯波義銀は捕えられ、織田信清は落城前に逃亡した。信長は「伊賀忍に逃げられた」と悔しそうだったが、恐らく最後となるであろう尾張での反乱は、あまりに呆気なく終わりを告げた。ここまでされた以上、もう中立も何もない。信長からの書状にも、直筆では一文だけが記されていた。



「今こそ元凶討ち滅ぼさん」


起承転結の承で一番絶対に書こうと最初期のプロットから決めていた話です。


守ること・救うことを誰よりも強く願う主人公の気質はきちんと受け継がれていきます。

公家からなので加冠役の方が良いかなとも思いましたが、武士なので烏帽子親にしてあります。偏諱は武家→公家は結構ありますが、公家→武家は見当たらなかったのでなしにしています。

主人公が太郎法師丸の烏帽子親になると嫡男との序列が乱れかねないので隠居の道三にさせています。叔父道利は加賀にいて今回来ていません。

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