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第193話 虎と蝮の両睨み

 美濃国 稲葉山城


 緊急の使者を北近江と伊勢に送る。と同時に、京に戻っている持明院宗永様にも使いを出した。軍勢のうち10000を残し越前兵にも即応できるよう準備をさせてから慌てて稲葉山に戻った。

 美濃に戻ると、一足先に北近江にいたはずの近江介信秀殿が来ていた。


「お、近江におらずとも宜しいので?」

「問題無い。別に我等と六角が戦を始めた訳では無い」


 彼はとても落ち着いていた。だが、心底面倒くさそうだった。


「やれやれ。ようやっと家中で愚息に反抗する者がいなくなったと思ったら。あのまま左京大夫(義賢)が我等の下に入る事を受け容れていれば余計な戦をせずとも済んだものを。」

「尾張には戻らないので?」

「今は未だ時では無い。折角産まれた嫡男だが。会いたいが。会いたいが。会いたいが!」


 血涙でも流し始めそうな苦渋の決断といった表情に、まぁそうなるだろうなとも思った。次の次の跡継ぎも産まれたとなれば織田は盤石なのだ。その顔を一目見たい、確かめたいのも無理はない。


「其れに、今は儂が居らぬ方が良い。警戒されて虫が隠れると困るのでな」

「虫?」

「五月蝿い虫だ。犬姫の側で飛び回っておる」


 あぁ、土田御前に誰かが接触しているのか。


「侍女は既に彼の女に愛想を尽かしておってな。全て此方に話が届く様になっておる。筒井の様だな」

「筒井」


 種痘をした時以降俺に良い方向に筒井順昭が動いてくれた試しがないな。


「しかし、雇われているのが誰かが分からぬ。気付かぬうちに懇意になったというし、恐ろしい物よ」


 信長共々尾張に居なかった隙に接触を許したらしい。だとすると相当厄介な相手だろう。


「まぁ、本命はどうせ斯波だろう。室として動かせる人間が最早皆無なのに、頼りにするのは不自然よ」

「陽動、ですか。そう考えると御前殿も不憫ですね」

「利用される方が愚かなだけよ」


 と言いつつ、半幽閉状態にしても定期的に彼女のもとに通う程度には織田信秀という人は情の深い人でもある。


「其方も気を付けよ。管領が動いているならば、恐らく土岐の子も狙われるであろう。如何いった手を使うかは分からぬが、な」

「ええ。気を付けます」


 あの子も気付けば数えで11歳だ。


「六角は京に乗りこんだだけ。未だ管領につくか明確にはしておらぬ。其処がちと厄介だな」


 本当に面倒な、と呟く姿は、危機意識より孫に会えないフラストレーションを感じさせるものだった。


 ♢


 稲葉山に戻った3日後、大桑おおがにいる父道三がふらりと稲葉山にやって来た。


「新しい孫に会いに行きたい」

「黙って美濃を守っていてくれ。其れに孫なら此処にも沢山居るだろう」

「儂を見ても泣かない孫に会いに行くのだ。夢で見た蝶の子は泣かなかった!」

「其れこそゆめまぼろしの如くだよ」

「いや、きっと彼れこそ正夢!」

「起きろ爺」

「最近言うようになったな」


 これでも色々な人間と戦い、様々な経験を積んできたつもりだ。少なくとも、ここまで全孫に泣かれてきた父に怯む理由はない。


「まぁ、一先ずは従ってやろう。一先ずは」


 孫には甘い我が父である。いや、娘にも甘い。ついでに言えば家督を継がない弟にも甘い。あれ?厳しいのは俺にだけか?


「其方、此れから如何する心算だ?」

「三好を助けまする」

「公方を敵に回して、か?」

「ええ」


 自分でも驚くほどすんなりと頷いた。少し父が呆気にとられる。


「幕府を敵に回しても、か?」

「ええ」


 父がくっくっと声を出して笑う。


「良いな。幕府なぞ何とも思っていないか。いや、其れがお前だったな」

「出来れば幕府は維持したかったですが」

「まるで幕府を潰す気の様だ」

「必要ならば」


 室町幕府だけが日本をまとめる体制ではない。それは前世で俺が幕府はいつか滅ぶものと思っていることもあっての考え方だ。だが、だからこそ父は面白そうだった。


「蝮の子は化け物だと言われよう」

「俺は只人を救いたいだけです」

「そうだな。何せ其方は『めしあ』だからな」


 もう父の耳にまでその話入っていたのか。誰だ話したのは。絶対にからかって来るから情報封鎖していたのに。


 ♢


 父は俺の息子・娘と適当に遊び(遊ばれ?)、3日後に大桑に戻って行った。その間に、噴火以来情報の途絶えていた能登畠山氏の情報が入って来た。


「内紛?」

「河内と紀伊に兵を送りたい遊佐と能登から一揆討伐で加賀に領地を増やしたい温井の対立が激しくなっていたようで」


 情報をまとめていた十兵衛が越前から戻ってきて報告書とともに説明してくれる。遊佐は河内に一族もいるので尊氏公の時代から能登・河内・紀伊・越中という畠山の復権を狙っている。一方の温井は最近台頭した家臣で、過去の伝統より目先の能登・越中・加賀をまとめたいと常々考えていたようだ。


「噴火に伴い、温井氏は好機であるとして加賀侵攻を強硬に提案したそうで。此れに三宅・長といった有力国人が賛同したとか」

「で、混乱する加賀に深入りしても危険と遊佐は主張した、と」


 報告書の書く通りなら、やや優勢なのが温井側。ただし、遊佐はうちとの交渉役でかつ神保氏が支持していてどうなるかは不透明のようだ。


「神保は越中に畠山が来て欲しくないか」

「恐らく。其の為両陣営は兵を動員したものの睨み合いを続けているだけで動けないそうで」


 結局のところうちの支持がないと加賀に攻めこんでも対立したら意味がないし、うちと対立したら河内との連絡手段もなくなるからだそうだ。


「で、うちの使者は只管足止めを食らって接待を受けさせられた、と」

「其の様で」

「双方ともうちは敵に回したくないか」


 代わりばんこに接待を受け、断ると敵方についたと勘違いされかねない状況だったそうだ。


「で、結局金沢御坊から逃散した一部の農民や都市民が能登に流れ込んで有耶無耶に、か」

「一部の職人は此方に戻る船で受け容れたそうですが、荘園や集落から逃げただけの農村の人間は能登でも持て余すでしょうな」


 手に職があればまだ生きていけるが、この時代の農民は難しい。人が足りない場所では戦争で売られる人々が奴隷として売買されるし、人が足りている場所では真っ先に農民の生きていく手段がなくなる。おまけに一度自分の土地を捨てた人間だ。信用の面でも難しくなる。


「当主の左衛門佐(義続)殿も何方にも肩入れ出来ず、能登は機能不全だな」

「小松の安定には今暫く時間が掛かりましょう。噴火も完全に収まってはいない様子」

「引き続き大聖寺と小松を慰撫し、一揆の南下を警戒せよ。場合によっては、俺が尾張か近江に行く事になろう」

「御意。然らば加賀は芳賀と日根野に任せましょう」

「一揆が暴徒化して攻めてきても日根野が居れば安心だからな」

「其れに、神保は越中の一揆勢を攻めております。南下より先ずは越中に食い詰め者を送るでしょう」


 全ては京次第、か。しかし受け身すぎると俺の求める平和な日本はやってこないだろう。だから、


「十兵衛、義弟を支援出来る様支度を頼む」

「では、動員の触れを出しましょう。六角にも伝わる様に」


 俺は俺の望む未来へ、十兵衛と共に歩いていくのだ。


両(方が孫を可愛がるつもりで)睨み(泣かせる)


遊佐と温井は史実では畠山七人衆という組織で動いているはずの時期ですが、主人公の影響で辛うじて当主が統制できていました。しかし白山噴火の影響もあって内紛を開始。地味に劣勢の遊佐側に越中国人の神保が肩入れしてグダグダです。


とはいえ主人公、ここで着実に加賀を支配下に置くことを優先。苦しむ人の多い地域を見逃せない性分なので、睨み合っているだけの能登には現状手を出すつもりはありません。


次話は三好の動きと管領の動きの話になります。

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