表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

192/376

第192話 伊勢が要に御座候

最初♢♢まで三人称です。

 尾張国 清洲城


 織田信長の妹、犬姫の婚姻相手が決まった。九鬼水軍頭領の九鬼定隆の嫡孫である弥五郎である。当然だが両者共に若年なので婚約までで輿入れはまだという状況だった。しかし海賊同然の相手ということもあり、母親である土田御前は猛反対した。なにより自分の精神安定を担っている娘を手放したくなかったという事だろう。

 近江介信秀も土田御前が落ち着くまで待つという方針から、正式な婚儀は7年後という形に落ち着いた。しかし、土田御前の中では火種となる感情が渦巻いていた。


 そこに、伊勢の信長と近江の信秀の不在を突いて1人の人物が現れていた。不思議な顔立ちで、ほくろが4つ顔の上下左右にある縦長の頭の男。


「何用ぞ?」


 土田御前は犬姫から離されたことに不満をあらわにしつつ問いかける。


「以前御話した件の誓書を、我が主より預かりました」

「遅かったの。日和見か?」

「いえいえ。只、予定外の事情に手を煩わされておりました故」


 不機嫌さを隠さない土田御前は、それでも彼からの書状を侍女から渡される。


「やっと動くか。既に北畠は風前の灯火であろう。鬼の子が但馬にいる間に動けば良かったものを」

「我が主は其れでは勝てども勝てずと」

「ふん。男衆の考えなぞ如何でも良い。我が子を取り戻せるなら!我が子が織田の当主と成れるなら!其れこそが殿の為になる唯一の道!」

「左様で」


 声色を変えず、男は用件が済むと部屋を去った。屋敷を出ると、彼は付けていたほくろを全て剥がして服を裏返す。色の違う裏地の服に変わって少し歩くと、舗装された道の交差地点にさしかかる。そして、そこに座って休む老人の隣にどっかと座る。お互いの間で視線は交錯しない。


「上手く行ったか?」

「ああ。彼の室が上手くやるかは知らんがね」

「本命は斯波と犬山。此処まで三年かかったが、やっと手が届きそうだ」

「未だ油断するなよ。饗談の目が細川様と尼子に向けられていたからやっと手が出せたのだ」

「無論。然れど重長翁、此れで何とか殿も堺へ全力を出せそうだな」

「そう成る様、我等が態々伊賀から出てきているのだ」


 2人はそのまま別々の道へと歩き始める。端から見ていれば旅の最中に2人の男が休みやすそうな場所で少し腰を落ち着けただけ。だが、着実に筒井順昭は織田封じに向けて手を打とうとしていた。


 ♢♢


 越前国 府中城


 加賀の一揆衆が動けない間に、俺に尋ね人が来た。さすがに災害の最前線では迎える場所がないので越前へ戻って会う事になった。その人物の名は清順という尼僧。慶光院という臨済宗の寺の住持を務める女性だ。


「御目にかかれて光栄に御座います。御活躍は私の様な世捨て人にも伝わっております」

「いやいや。伊勢の復興に御尽力されている貴女様に御会い出来て光栄です」


 そう。この女性は伊勢神宮の遷宮を行うべく各地を周って勧進かんじん(寄付)を集めている女傑だ。もともと慶光院が最後の斎王である祥子内親王様の建立とされ、現在も帝から上人号を代々頂く由緒正しきお寺だ。彼女も後奈良院から上人号をうけ、紫衣をまとって各地を周り伊勢神宮領内にかかる宇治橋を再建している。ちなみにこの宇治橋再建に近江介信秀殿が結構な額を寄進している。浅井攻めの最中に彼女が現れたらしく、彼女の実家である近江山本氏の協力を得る為だったとか。


「此度は伊勢の内宮・外宮の遷宮の勧進を願いたく」

「だけで御座いますか?」

「私からも織田様には御願い致しますが、宮内大輔様からも御口添え頂きたく」


 補任されたばかりの宮内大輔と呼ばれるとむず痒さを感じるのはさておき。直接のコネクションがあるとはいえ、今回は高度な政治的な問題をはらんでいる。伊勢北畠攻めを仕掛けている織田と伊勢神宮の仲介をしてほしい、ということだ。伊勢北畠氏と伊勢神宮は地理的に深い繋がりがある。伊勢神宮を北畠氏は積極的に保護してきたし、大湊の発展は伊勢神宮と深いかかわりがある。その大湊と北畠氏がそろって織田と敵対するのだ。伊勢神宮は戦に巻き込まず無事という保証が欲しくなるのも当然といえる。勧進は言ってしまえば口実だ。


「此方としては織田と北畠を仲介する気はありません」

「無論。現世の争いには内宮も外宮も関わる気は御座いません。故に巻き込まぬという証を頂ければ、勧進を此れまで通り多くの方に求めるだけに御座いましょう。」

「ならば、勧進も含め出来る限りはさせて頂きます」

「突然御尋ねしたにも拘わらず格別の対応を頂きました。御礼と言っては些細ですが、此方を」


 そう言って渡してきたのは1通の書状。中身を開けていいか聞き開くと、そこには従三位吉田兼右(かねみぎ)様から妹福姫と嫡男兼和(かねかず)様の縁談を願うという内容が記されていた。


「此れは」

「吉田家は半家に御座いますが帝とも懇意にしており、何より日ノ本の神社を統轄する立場を担っています。賀茂も然り、大山崎も然り」

「油座、ですか」


 油座のある大山崎の離宮八幡宮とこれを元とする石清水八幡宮。ここにも少なからず干渉することができるのが吉田家だ。俺の立場的にあまり上の家格の公家と縁を結ぶのは危険だが、半家なら恨みも買いにくい。そして最大のポイントは、うちの福がそろそろ嫁ぎ遅れになりそうということだ。本人は「御兄様の側に居られるなら其れは其れで」とか言い出していてとても問題になってはいたのだ。


「しかし、吉田家と伊勢は不倶戴天の敵と伺いましたが」


 日本史の教科書でもお馴染み吉田家祖先の1人吉田兼倶は、伊勢神宮の御神体が吉田神社の境内に落ちてきたと帝に認めさせたので仲が悪いと美濃では聞いていたのだが。


「今も和解はしておりませんよ。但し、伊勢も勧進が大いに必要でして。其れに、此れは個人的な繋がりでありますので」


 なるほど、吉田神社側が勧進に協力することで伊勢も今は矛を収めている、と。根本的な部分では当分和解はなさそうな雰囲気ではあるが。


「私個人としては、織田様が伊勢を斎藤様が吉田を上手く仲介して事を荒立たせず収められれば良いのですが」

「しかし、吉田家の方針からすれば伊勢は受け容れられないのでは?」


 吉田家は日本全国全ての神社を自分たちが管理すべきと考えている。しかし賀茂であれ伊勢であれ天皇家と特別な関係をつくっている神社はそれを受け容れる理由がない。


「ですので、先ずは内宮外宮の遷宮に御座います。此れが出来ねば伊勢の威光に傷がつくばかりに御座いますので」


 本気で戦うのはその後ですね、と笑う彼女は確かに女傑そのものだ。風格があるな。しかし紫衣か。最近二硫化硫黄の製造に成功したし、そろそろフクシンに辿り着けるか試す時がきているのかもしれない。


 ♢


 数日後、義弟信長から書状が届いた。豊ら5人の医師団を派遣したおかげで、蝶姫の2人目の出産は無事成功したらしい。本人も1人目の時より安定しており、長い時間をかけずにすんだと感謝の言葉が並んでいた。何よりいよいよ嫡男の誕生である。織田はお祭り状態らしい。

 最初の女の子は信長が奇妙奇妙と呼んでいたので「妙姫」と名付けられた。何も言わないとそのまま奇妙姫になりそうだったらしく蝶姫が全力で阻止したらしい。今回はどのような名前になるのだろうか。返信がてら清順尼僧とのやりとりを伝える。伊勢神宮の保証はしても大湊まで守る気があるかは信秀殿と信長で話し合ってくれればいい。


 手紙に触れられていたが、北畠氏現当主の参議北畠晴具(はるとも)は50歳を超える(この時代的に)高齢ながら織田・九鬼氏との対立もあって戦場に立ち続けているらしい。義弟の諜報によれば体調を崩しがちらしいが、この状況で隠居などと呑気な事は言っていられないのだろう。


 信長は先遣隊として伊勢に詳しい滝川(一益のことらしい)という家臣を先導に山口・近藤といった家臣を伊勢に送り込んだそうだ。北畠内部では一族の田丸氏が離反し織田についたため大湊が孤立しつつあり、攻略は順調だそうだ。鳥屋尾とやのおという重臣が厄介だと書いてあった。某戦国ゲームで見たことのある武将と同一人物かもしれない。



 そして、少しずつ小松・大聖寺が落ち着きを取り戻す中、筒井氏が和議の約定の期間が終了したとして河内への攻勢を開始し。




 六角氏が10000を率いて京から三好勢を追い出したとの一報がもたらされた。


筒井順昭が震災から一定の復興によってフリーハンドになっています。そのため織田封じとか色々しかけています。


伊勢神宮関係は信長の遷宮が有名ですが、その前から活躍していたのが慶光院。当代の清順尼僧も上人号の持ち主であり、かなりの格をお持ちのこの時代の女傑です。大河ドラマにいかが?

伊勢神宮と吉田神社の和解は明治時代まで史実だと不可能でした。理由は色々あると思いますが、伊勢神宮の困窮で余裕がなかったのも背景にはあるのかな、と。勧進でお金を集める立場の清順さんは現実に対するある種のシビアさも持っておられたようなので、このような話の展開になっています。


信長待望の嫡男誕生。信忠好きの方には申し訳ないですが、本作では濃姫が出産できているのでこういう展開になります。道三ジッジの様子は次回にでも。


そしてついに動き出した六角氏。まだまだ畿内の戦乱は続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ