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第190話 白山噴火

 山城国 京


 公家の方々との会談の数日後。俺は尼子義久を訪ねた。

 尼子の当主(と言っても名ばかりだが)として京に屋敷を用意した彼は、馬廻りと一部の家臣と共に約束通り日々を過ごしていた。


 たまに書状が出雲との間で行き交っているそうだが、あまり多くはなく基本は尼子晴久がそのまま領地を治めているらしい。むしろ義久は朝廷の公家衆や商人たちと頻繁に会い、交友関係を広げているそうだ。

 尼子義久という人物は、年齢以上に幼さを感じさせる人物だった。名目上とはいえ出雲・隠岐・伯耆・石見の4国で守護に任じられているのに、政争などとは無縁で過ごしてきたのが俺でもわかるような立ち居振る舞いだった。


「ようこそお出で下さいました。実は京に来て此れまで親しき方も居らず、家臣も父上に命じられた仕事をする為の者が多かったので話し相手に飢えておりました。」

「御隠居殿は息災に御座いますか?」

「父上なら先日も手紙を下さいました。御読みになられますか?」


 いやいや、無理にきまっているでしょう。側にいる家臣が目を見開いているぞ。


「他家の者が気軽に見て良いものでは御座いますまい」

「ふむ、残念でなりませぬ」


 どんな教育をしてきたんだ尼子晴久は。


「本当は出雲の御社を勧請したかったのですが、先ずは此処に来るのを優先せよと父上が仰せだったので。今向こうでは忙しくやらねばならぬ事が多いからと。」

「やらねばならぬ事?」

「父上は当主に力を集める為と仰ってました。新宮党を何とかしたいと。あ、此れは父上に誰にも言うなと命じられた物でした。」


 やってしまいました、と呟く義久に、側の家臣が天を仰ぐ。しかし、悪気はなさそうである。政治的な駆け引きの臭いも、全くと言っていいほどない。


「新宮党を何とかしたい、とは?」

「細かい事は教えて頂けぬので。但し、常日頃から父上は新宮党が独自の兵を持ち時に独自の判断を行う事を厭うておられました。」


 つまり、何らかの枷をはめようとする可能性は高い、か。


「先日、母上が御亡くなりになったのですが、葬儀より此方で人との縁を繋ぐ事を大事とせよ、との仰せで」

「御愁傷様に御座います」

「此方に来る際には既に床より起き上がれぬ身となっておられたので、今生の別れは済ませましたが……。辛う御座います」


 教えてもらえればとも思うが、信頼関係のない状況では相手も診させてくれないだろうし、うちの家臣も行くのは止めただろう。出来る事から少しずつ進めて、徐々に手を広げるほかない。育てている医師たちが全国統一後に日本全土に行き届けば俺の願いは叶うのだ。


「最近は茶の湯を覚えました。京や堺の者が来て伝授してくれるので」

「茶道具も御立派で」


 見せてもらった茶器の良さは俺にはよく分からない。が、質の悪い物を売る人間はそうそう近付けないだろう。


「藪宗把なる御方に教わっています。御子息が武野紹鷗殿に師事しているとか」

「武野紹鷗殿という事は、我が義兄でもある宗易殿とも縁があるやも」

「宗易殿は京でも評判に御座いますね」


 まだ千利休とは名乗っていないようだが、我が義兄の1人は若き茶道界のニューリーダー的な立ち位置らしい。最近体調が芳しくない武野紹鷗殿の次の時代をつくるだろう的な注目をされているのだとか。あの変人が、ねぇ。


 ♢


 越前国 府中城


 京で春を迎えた後、加賀討伐のため越前入りをした。本願寺(とはもう呼べない。俺にも証如から破門したことを知らせる手紙が届いたのだ)一派も10万近い人数で越前国境に人を集めているそうだ。金沢方面は逆に3万ほどしかいないらしい。能登の畠山氏と連絡を取り合いながら南北同時攻めの予定だ。

 そして、加賀攻めに際して先日正三位権中納言中院通為(なかのいんみちため)様から紹介したい人間がいると言われた。一足先に越前入りした中納言(黄門)様は、俺が府中に到着するなり1人の人物を連れてきた。挨拶もそこそこに、中納言様はその人物を紹介してくれた。


「黄門様、其方の方が?」

「うむ。加賀守護家の現当主、富樫とがし泰俊殿よ」


 俺に頭を下げたのは加賀で代々守護を務めてきた富樫氏の当主だった。挨拶をされるが、何とも消え入りそうな小さい声だった。お満も声は小さいが、あれは色気があって脳に響く。富樫泰俊の声は本当に消えそうな、自信のない印象を受ける声だった。


「しかし、良く御無事で」

「あ、其の、弟は捕えられて討たれましたが、昔の家臣に助けられまして」


 富樫氏の当主は本願寺との関係無しで語れない。高校日本史の教科書に唯一名前が載っている富樫政親は加賀一向一揆に滅ぼされた人物だ。事前に加賀について調べた時聞いた話では、その叔父か大叔父にあたる人物がその後名目上の富樫当主として一向一揆に祭り上げられていたらしい。


 だが、加賀一向一揆の支配下から独立しようと画策する中で対織田・斎藤のため一時的に朝倉と加賀が和睦し、不要とされた弟の富樫晴貞は殺された。越前の金津にいた父の富樫稙泰(たねやす)と彼は加賀からの援軍を受けるため邪魔になり、寝返る直前の朝倉景鏡の手勢に襲撃を受けたそうだ。彼を逃がすため父稙泰は戦って討死。山中に逃げ込んだ後俺が支配する地域へ逃げ込み、炊き出しを受けて辛うじて命を繋いだらしい。


「美濃守様が九頭竜上流まで攻め入らなければ、此の身は今頃(むくろ)となっていたでしょう。何と御礼を言えば良いか。」

「偶然とはいえ、其れは何よりです」

「幸い、加賀の地理には明るう御座います。何なりと御命じ下さいませ」


 彼は禄はひとまず要らないので恩を返させてほしいと言ってきた。部下も既に3人しかいない彼は有用さを示さなければ普通の武士としてすら扱われるか怪しい存在だ。俺だって中納言様の紹介でなければ信じたか分からない。


「では、道案内を頼みます。活躍頂ければ、嘗ての所領の一部を御渡し致しましょう」

「勿体無き御言葉。最早富樫の名を名乗るも恥ずかしき身にて、必要ならば一門の名を名乗らせて頂きますので」


 とにかく消えそうな声と存在感に、道案内中に見失わないように気をつけないといけないと俺は思った。


 ♢


 着々と準備が進んでいた5月。九頭竜川支流である竹田川の向こうでは食料不足で膨れ上がった過激派一揆が15万ほど確認されるようになった。誰の荘園かも関係なく荒らしまわったそれらは最早イナゴの群れに等しい。


 高炉製の試射済み鋳造大砲、大量の雨対策済み火縄銃などを揃え、越前国境の九頭竜川と竹田川の合流地点そばに拠点を造り、食料などを運び込ませていたある日、突然一帯に轟音が響き、足元が揺れた。一瞬驚いたが、前世で地震を映像やら体験車やらも含めて経験した俺にとってはそこまで大きい揺れに感じなかった。なので大声で周囲を落ち着かせるべく動くことにした。


「落ち着け!歩けぬ程で無い!近くに倒れそうな物があれば離れよ!」


 イマイチ響かないがあるだけましなメガホンを手に取り、建設中の櫓の方角に目一杯大声で「離れろ!」と叫ぶ。土台がしっかりしていたため壊れなかったが、地震の経験が意外と少ないのを感じた。

 揺れが収まったところですぐに各自に人員の被害がないか確認を命じる。物資の被害状況は人の確認が終わった後だ。中途半端にあれもこれもとやらせては結局被害の全体が把握できなくなる。


「明智隊、井上隊、日根野隊、芳賀隊、何れも怪我人ありません!」

「良し、続いて物資の確認!」


 と、指示を出したところで北東の異変に気付いた。地震だと思って確認していなかったが、明らかに黒い何かがモクモクと空の一部を覆おうとしていた。


「火山噴火、か?」

「彼の方角は白山に御座いますな」

「白山か」


 以前にも小規模に白山が噴火した事がある。その時は飛騨で被害が出ただけでなく、加賀の米が大凶作になって加賀の一揆が暴走するきっかけとなった。眉間に皺が寄るのを自分でも感じた。


「此処からではどれ程の規模の噴火か詳細が分からないな。物資の確認が終わり次第だが、侵攻計画を遅らせても良しとする。なので先ず噴火の規模と被害を耳役と服部らに調べさせよ!」

「御意」


 大きな被害が出ていなければ良いのだけれど。なにせ一番被害を受けるのは、間違いなく加賀にいる一揆に加わっていない農民や白山の関係者なのだから。


ホットスポット(噴火的な意味で)


新宮党については粛清しようと晴久が動いていますが、義久を京に送ったのは朝廷やら商人やらとのコネ作りと一連の粛清に万一失敗しても義久はなんとか生かすためのものでもあったりします。義久くんはある意味純粋培養な世間知らずです。少々話しすぎてしまうのも織り込み済みで晴久は彼と接していますので本当の重要情報は洩れないということになっています。


富樫さんも地味に歴史改変の中で一族が史実より早く殺されている不遇枠。でも中院との加賀での繋がりでギリギリ生き残る道が繋がりました。


白山噴火の詳細はネタバレにもなるので一区切りついてからにします。

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