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第189話 君側の奸?

ギリギリになって申し訳ありません。


前回の内容で質問がありましたが、武田は現在北条に半従属な立ち位置なので斎藤から米が、その支払いに金が使われています。北条・織田・斎藤からの生活必需品を金で買っているのが現在の武田の状況です。

 美濃国 大垣城


 年が明けた。1554(天文23)年の始まりである。

 先帝こと後奈良院は尼子から朝廷に献上された資金で今年か来年あたりで改元をしたいらしい。戦乱続きだったのが落ち着いた段階で、という意向らしい。

 ただ、俺と信長が帰国した直後に丹波で管領細川晴元が動員を完了し、摂津で三好と小競り合い程度の戦があったらしい。大内や尼子に与する気はなかったとはいえ、弱った三好は狙いたかったのだろう。とはいえ、結果的に温存された摂津衆がやる気満々だったためすぐに丹波に撤兵したそうだが。


 そして、今年の春には筒井との不戦の約定が失効する。戦続きの中で食料を売ることで復興資金をつくった筒井は震災の影響から大分復帰したようだ。

 伊勢北畠も尼子・大内との戦のおかげで織田の手が緩んだ分、わずかに落ち着きを取り戻した様子だと耳役から情報が入っている。それでも攻められ続けてはいたので北畠から離反者もでていると信長は言っていた。



 年明けに金生山から連絡が入った。耐火煉瓦で組み立てた高炉が鉄を作り出したらしい。春になる前に要請があった上京の途中で寄ることにした。

 高炉は高さ7mほどだ。正直大きいとは言えないサイズだ。だがこれで十分だ。大き過ぎれば目立つし、稼働するのに燃料が大量に必要になる。現状木材燃料に頼っているので、美濃と越前の木材を河川も使いながら運んでいる。その必要量が増えれば、結果的に鉄を安価で大量供給するという当初の目的に沿わなくなるのだ。


 高炉の良いところは現状の鉄用の炉のように一回一回壊さなくても良いことにある。鉄もスラグも稼働状態で取り出せるので、一回一回火を止めないで動かし続けられる。壊して造ってを繰り返すのも時間がかかるが、それをしなくていい。

 実際に行ってみたら火入れをして動かしている状態だった。液体となった鉄が高炉から流れだしてくる。


「水車の状態は?」

「問題御座いませぬ。態々川を掘って勢いを付けた甲斐がありました」


 水車ふいごも順調なようだ。いよいよ大量生産の幕開けか、と思ったがまだまだらしい。


「石の不純物が一部融けきらず邪魔をする事がありまする。其れを何とかするのが石灰なのですが、多過ぎると逆に此れが塊になって鉄の出口を塞ぐので。」

「安定させるにはもう暫し時間が必要か」

「何時出来るとは軽々には」

「良い。無理せず、しかし確実に完成させれば良い」

「はっ」


 尼子との戦で一時出雲産の玉鋼の供給がストップしたが、尼子の朝敵解除で再び若狭に玉鋼が売られるようになった。当分は問題ない。しかし最終的に鉄を自分たちで供給できる体制はつくらないといけないからずっと準備をしてきたのだ。織田包囲網がつくられても、大砲と鉄砲の供給が滞らないために。


「では其方は高炉の安定化を引き続き進めよ。手の空いた人間がいれば転炉の試作を」

「はっ。火を使わず鋼を造る、壺の様な回転する炉を今色々と試作しております」


 しかし説明だけだとさっぱり完成形がわからないな。前世の記憶で情報これしかないのだけれど、本当に造れるのか?


 ♢


 山城国 京


 後奈良院に新年の挨拶と体調の確認を受けていただく。朝廷のためと質素倹約を心がけた方だ。体にも負担は当然かけてきただろう。心音などに不自然さはないが、健康には気をつけてもらおうと京に来た時は診させていただいている。現帝も同じことをさせてもらっている。


 諸々が終わったところで京に先に戻っていた持明院宗栄様に呼ばれた。ちなみに最近俺は京にも屋敷を造った。近くで病院も運営しているがあまり大金は使えないのであくまで救急用だ。


「何用に御座いましょうか?」

「ほほほ。院の御体調は?」

「帝としての御勤めが無くなった分、少し元気になられたかと」

「重畳重畳」


 部屋には持明院様に加え3人の公家の方がおられた。1人は現宮内卿である従三位北小路俊定(きたこうじとしさだ)様。幸と豊を鍛えた乳母が元々仕えていた北小路俊永(としなが)様の御子息だ。そしてもう1人が正三位権中納言中院通為(なかのいんみちため)様。そして従二位権大納言広橋兼秀(ひろはしかねひで)様。

 最初に口を開いたのは北小路様だった。恐らく最初からそういう予定になっていたのだろう。


「美濃守、院は其方の献身を大変御喜びだが、同時に憂いておじゃる」

「憂う、とは?」

「其方が今迄になしてきた多くに、報いきれておらぬと仰せだ」


 いや、正直「帝御用達」という看板はこの時代でも最高クラスの看板だと思うのだけれど。薬でも儲かっているし、紙の販路もかなり強いし。最近ではガラス製品が余裕のある一部の公家・商家にも売れている。


「今の様な立ち位置を頂けているだけでも有り難いのですが」

「院の再建も斎藤の力無くしては出来なかった事。此度の件も改元の費用についても、何か与えるべきと仰せでおじゃる」


 と、北小路様が仰るや持明院様が耳元に近付いてきて小声で楽しそうに言われた。


「正五位下、宮内大輔。其処に其方を任じようという話よ」

「く、宮内大輔?」

「ほほほ。声が大きいぞ美濃守。とはいえ帝も院は其れ程其方を重んじているという事」


 北小路様が仰るには院別当・院蔵人などにつく公家が増え、収入的に苦しかった公家の方々が若干救われているそうだ。


「で、頼みたい事がある。持明院家と共に、大宮家を支えて欲しいのよ」

「大宮?と申されますと、官務家の?」

「左様。陶に討たれた伊治これはるの家ぞ」


 官務家は簡単に言えば朝廷の財政や地方との連絡・文書管理などの庶務を行う公家官僚でも随一の家柄だ。小槻家が代々担っているが、小槻の中で大宮・壬生という2つの家に分かれて代々争っていたらしい。それが戦国時代になると生活難などもあって大宮家の伊治殿は大内を頼りに山口へ下向。そこで気に入られた伊治の娘おさいの方が大内義隆の室になり、産んだ子が俺が出産に立ち会った亡き大内義尊殿ということになる。


「今彼の家の当主を務めるは国雄ぞ。然れど国雄は未だ十一になったばかり。親族も皆死に収入も不安定。当家が支援をしておるが職務も儘ならぬ。故に支えて欲しいのよ。」


 大宮国雄は現在従五位下算博士という亡き父の官位を継いでいる。しかし算道は数学的な学問や測量関係、そして朝廷の財務関係にも関与するため11歳では厳しい部分が大きい。本来なら跡継ぎも一族の人間に教わりながら職務を学ぶわけだが、大寧寺の変によってそういう頼れる存在もいない形だ。ちなみに壬生家には頼れない。あちらはあちらで余裕があるという程でもないし、頼ればそのまま呑まれるのは目に見えているからだそうだ。


「数学なら多少心得が御座います」

「出来れば其方の学校で学ぶ財務に明るい者を国雄につけて欲しいのう」

「では卒業生に呼び掛けましょう」


 ちょうど3月になれば卒業生がでる。進路に加えればいいだろう。分度器とコンパスと三角関数表は万全だ。


「では、宮内大輔の件、春に任ぜられるからな。」

「身に余る光栄に御座います」


 まぁ、朝廷で影響力が強まって悪いことはない。


「次は此方の話で良いかな?」

「黄門様」


 権中納言中院通為様。加賀の荘園に下向しているはずの人物だ。少なくとも3年前までそうだったのを確認している。ちなみに中納言の唐名が黄門というそうだ。これを聞いて前世観た水戸の御老公がでてくる時代劇の意味がわかった。


「美濃守よ、加賀の荘園を取り戻してほしい」

「本願寺ですか?」

「彼奴等は既に本願寺などでは無い。証如殿の書状を見せても我が領内に押し入って来た。危険すぎる故逃げて来たのだ」

「何と」


 いよいよ暴走が止まらないか。他にも多くの荘園を荒らして加賀本願寺は立て直しを図ったらしい。


「既に証如殿より破門された衆。我等も支援する故加賀へ誅伐を」

「畏まりました。其れと、暫し我等で権中納言様を支援させて頂きましょう」

「うむうむ。其方は真に忠義の臣よの。加賀を平定した暁には子息に加賀守を賜る様力になろう」


 うちの息子もぼちぼち官位がもらえそうらしい。まだ嫡男の喜太郎も12歳で元服ももう少し欲しいのだけれど。


「さても最後は当家よな」

「亜相様」


 大納言は亜相と呼ばれる。ちなみに本来の大納言・中納言には最近誰も任じられていないらしい。不思議な話だ。


「我が娘、保子の件は聞いたか?」

「確か、関白の一条様に嫁がれたと」

「其の一条が身罷った。つい先日だ」

「其れは……。初めて伺いました」

「将来を嘱望された男だったが、病には勝てぬ。半井なからいも手は尽くしてくれたが」


 稲葉山の甲医院から典薬助になった時に宮中に移って働いている半井兄弟の兄である寿琳じゅりんが診たそうだが、症状が出てからでは間に合わなかったそうだ。このへんは寿琳と会う前に会談となったのでどうしようもない。


「で、だ。保子は夫を亡くした訳だが未だ二十三だ。十分若い故、喪が明ければ嫁がせたいのが親というもの」

「はぁ」

「そう身構えるな。其方にという話では無い。一度嫁いだ者を正五位の者に嫁がせよう等許されぬよ」

 もう嫁さんは手一杯です。子供も15人いるんですよ。

「其方が昵懇じっこんにしている松永なる男が居よう」

「ワン……松永弾正に御座いましょうか?」


 危うくワンコって言いかけた。


「左様。彼の男、京の安寧の為と良く働いている。確か女房が亡くなっておったな」

「ええ。5年前に」


 近江で浅井・朝倉と戦っていた時期だ。そのため俺は助けに行く事も誰かを派遣することも出来なかった。やはり戦乱は早く終わらせなければならない。


「取り次いでくれぬか?喪が明ければ縁を結びたい」

「宜しいので?」

「筑前守(長慶)とは縁が無い。だが彼の男は才覚目覚ましい。大内も退けた今、三好との縁はあって損は無い」


 松永弾正久秀という男の才覚と同時に、義兄の三好筑前守とも良い関係を築きたいということか。少しずつ朝廷でも認知され始めているなら何よりだ。しかも相手は武家伝奏も務める広橋家。朝廷と武家の橋渡し役だ。実務で京を差配する松永にとって心強い味方となるだろう。


「そういう事なら後で会う時に話しておきましょう。きっと喜ぶかと」

「無論。此の縁は互いにとって良い物となろう」


 夫を亡くしたばかりの娘にはまだ話さないがな、と広橋様は呟いていた。一番は娘の心配なのだろう。いつの世も娘を思う親の気持ちは温かい。そう思いたいし思える一言だった。

高炉はこれから安定稼働に向けてもうちょっとだけ本格的な運用に時間をかけます。そして転炉。残念ながら主人公の知識ではもうちょっとかかりそうです。


京での活動。公家との話がメインになっています。松永久秀と広橋保子の仲人役になる予定。史実でも2人は結ばれています。

次話以降で中院との繋がりが早速生きてきます。一時的とはいえ平穏になった周辺ですが加賀はホットスポットです。

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