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第184話 大内上洛阻止戦 その5 謀将乱舞

久し振りの木曜更新でお待たせいたしました。

 但馬国 豊岡


 妙楽寺城に籠った新宮党の尼子敬久と合流した新宮党本隊は轟城方面へ撤退を開始したらしい。妙楽寺城は特別守りの堅い城というわけではない。こちらの大砲を使えば守れないと判断したようだ。

 木製の建造物は焼かれていたので警戒部隊のみ派遣する形にして城は放置した。あくまで平地の有利を押さえることが優先だ。簡易式の橋も二ヶ所で設置を開始した。橋の周囲は濠も巡らせ柵を設置することでこちらだけが安全に渡れるようにした。川を確保したことで城崎の少し上流からの流通が安定化してきたのは嬉しい誤算だ。


 逆に、物流が完全に途絶えたことで苦しくなってきたのが八木や太田垣といった但馬南部の国人たちだ。収穫の時期を迎え、米が手に入ったこのタイミングで彼らに味方する商人は彼らの領内にほとんど来られないのだ。武具の調達もままならず、彼らの領内では塩の値段がじわじわと上がってきているらしい。信長の部隊が定期的に現れるのも一因だろう。

 そんな状態なので信長からの硬軟双方からの圧力に八木氏が音をあげつつある。太田垣氏は落城した田結庄たいのしょう一族を抱えていてそうもいかないらしい。


「義兄上、話し合いは上々だが降るのは尼子と一戦した後になろうよ」

「やはり、尼子は強いか?」

「一度とはいえ二万を上回る兵に攻め込まれた事が頭に在るのだろう。本隊と一戦して勝たねば降りたい家も降れなくなる。」


 兵を大量に、しかも1ヶ所に集められるのは強さの証だ。それも20000となればなかなか集められる数字ではない。戦国ゲームなら割となんとかなる数字だが、現実に20000を1つの戦線に単独で動員できる大名は織田・斎藤・六角・北条・三好・長尾上杉、そして大内と尼子くらいだ。大友は戦線が複数あって厳しいだろう。


「尼子本隊が来て破らなければ太田垣は降らぬなら、尼子を揺さぶるとするか。」


 信長は先手先手で動くために手を打っている。こちらとしても常に優位を保ちたいから動き続けなければならない。



 だが、ここで播磨側、というより瀬戸内海側で動きがあった。


「石山本願寺内部で過激派が暴れて追放?」

「如何やら安芸から逃げ出した者の中に過激派が紛れて居た様子」


 耳役の報告によれば、安芸国の本願寺は加賀の一向一揆と同様に過激化していたため、過激な考えについていけなくなった者たちがここ数年安芸を離れ英賀あがや石山に逃げ込んでいたらしい。当然今回の合戦もあるので英賀の三木氏はこの安芸から避難した人々に監視をつけ、万一にも騒ぎを起こさない様に見張っていた。

 ところが、総本山である石山に過激派のスパイ的な人間が入り込んでいた。彼らは一部の僧や寺内町に住む人々を煽り、大きくはないが騒動を起こしたそうだ。


「三好と共に播磨入りしていた摂津国人が騒ぎ出して居るそうで」

「そうか。摂津の国人からすれば不穏分子が復活したようなものか」

「堺でも商人が三好の証文を扱うのに難色を示す事が出てきたと。石山と堺も近う御座います故。」


 こんな手を使ったのは誰かなんて考えなくてもわかる。安芸という場所。真実は1つだ。


「毛利元就……此処で仕掛けて来たか」


 謀神が動き始めた。間違いない。


 ♢


 播磨側では室山城を逃げ出した浦上宗景が最後の拠点となる白旗城に逃げ込み、山奥で決死の籠城戦を展開しているらしい。その状況で宇喜多直家が動きを見せたと報告が入ったのが、石山の件について情報が入った3日後のことだった。


「宇喜多が美作に攻め込んだか」

「美作で此方の味方は後藤殿だけ。厳しいですな」


 十兵衛が地図を持って来て確認するが、美作は尼子の勢力が強い場所だ。そのため後藤氏は早い段階で戦場を備前にしたがっていた。今回の一連の戦いでも美作を牽制しつつ宇野・浦上との戦を支援している。全ては自領を守るためだ。


「援軍を出せる状況か?」

「浦上の残党が絶妙に各地に残っています。赤松一族はむしろ各地に展開せざるを得ない状況にて。」

「別所殿は?」

「因幡国境に尼子本隊の一部が到着しています。ほぼ間違いなく但馬に来ますが、万一を考えると動かせませぬな。」


 つまり、浦上の白旗城攻めに参加している小寺政職・赤松政秀は動かせず、室山などの残党狩りで佐用家も赤松本家も動けない。そして別所が因幡との国境を守っている。自由に動けるはずだった三好は石山本願寺の騒動で摂津国人が動揺し、四国衆は讃岐の戦線縮小が終わっていないため到着していない。絶妙に動ける部隊がいないな。芳賀兄弟以外。


「うちから送った芳賀兄弟を増援に向かわせよう。其れしか在るまい」

「殿がそう仰ると思いまして、文面を祐筆に準備させておきました」


 そこでそれが出せるなんてよく分かっているな、十兵衛。

 俺は大急ぎで書状の内容を確認し、花押サインを済ませて書状を十兵衛に渡した。


「相変わらず字が個性的に御座いますな」

「其処は素直に下手と言え」


 十兵衛が微かに笑った。


 ♢


 翌日。信長がうちの陣にやって来た。


「面倒な事になった」

「開口一番何があった?」

「義兄上、太田垣と波多野は領地が隣接している」

「……まさか」

「其のまさかよ。波多野が但馬領内に入って来た」


 太田垣配下の何者かが波多野の領内を荒らしたらしい。怒った波多野晴通は兵を出した。いつものことと言えばそうだが今回は状況的に最悪だ。


「流石に今の状況で深入りはせんと思うが、播磨の摂津勢は完全に帰国すると騒ぎ出すであろう」

「其れだけでは済まないな。一色も兵は動かせなくなる」


 更に面倒な事に、この時太田垣と織田の間で交わした密書が紛失したというのだ。


「間違いなく尼子の忍、鉢屋が絡んでおる」

「太田垣・八木に調略を掛けるのは当たり前。だが太田垣がかくまう田結庄の者達は如何するか分かりませぬ。」

「南部に兵を出したかったが、もう無理よな。八木も一戦終わるまでは全力で敵対する事になろう」


 結局、毛利元就・宇喜多直家・尼子晴久の一手で、攻め手を封じられた播磨と但馬双方は停滞したまま両軍の集結を終える形となった。

 美作は辛うじて芳賀兄弟の加勢で睨み合いに終始することになったが、逆に言えば播磨での決戦に兵が送れない状況へ誘導されたともいえる状況だった。




 そして、播磨と但馬――両国で決戦の火蓋が切られようとしていた。

 

相手陣営もこちら陣営も豪華。当然色々と飛び交うわけですが、ことここに至れば毛利元就も対尼子で策謀を行うより目の前の敵相手に手を使います。当然尼子はその分余裕ができるので面倒なことをしてくれました。

宇喜多直家も絶妙なタイミングで出兵し時間稼ぎに成功。結果として播磨戦線は浦上氏を完全に潰しきれずに終わりました。摂津国人も使えなくなり、兵力面で播磨は少々不利な情勢で決戦突入です。

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