第181話 大内上洛阻止戦 その2 但馬神速
活動報告に書きましたが現在繁忙期により投稿が遅くなり申し訳ありません。来週も時間がずれるかもしれません。
丹後国 建部山城
4月。雪解けと共に、各地が動き出した。
織田軍は信長を大将として20000を動員。一方で織田家長男の信広は志摩の九鬼氏を支援する役目が任されたそうだ。
北畠氏は陸上で九鬼を抑えようとしているらしいが、九鬼の拠点が織田から貸し出された火縄銃で武装していて攻めあぐねているらしい。
三好は阿波の防衛を固めた上で淡路の水軍と共に摂津・和泉など各地から兵を捻出。大和の筒井と和睦したことで相当量の兵を播磨に向けた。赤松ら播磨国人は防衛のため全力で兵を集め、播磨には35000近い兵が集まっている。
うちとて例外ではない。加賀の本願寺に対応すべく弟の鷲巣孫四郎龍光が越前の三国湊に入り、叔父と長井道勝・井上頼次が補佐する形で侵攻を防げる環境を整えた。その上で美濃の兵9000を俺が率いて若狭から丹後に合流。さらに尾張から海路で播磨へ芳賀兄弟と3000を送り、三好の義兄への助けとした。
一方の大内。陶晴賢(当主となった大内晴英から1字もらったらしい)は江良房栄・弘中隆包らと共に22000、毛利元就は吉川元春・小早川隆景と共に12000、三村家親・庄為資ら備中国人が5000を動員したらしい。これに備前の宇喜多や浦上が加わる可能性がある。
尼子は単独で28000近くを動員しているそうだ。大内と総勢で50000。毛利などを合わせれば70000を超えるだろう。上洛阻止の連合軍も織田・三好・赤松・斎藤・一色などを合わせれば65000を超える兵が参加する予定だ。これは各地からの情報をまとめた概数なので、実際はもう少し互いに前後すると思うが。
実際に敵の本隊が播磨までくるのは秋になるだろう。それまでに播磨勢は唯一敵方についた浦上氏の室山城を落とそうとし、丹後勢は但馬に攻め込んで戦場をできれば但馬にしようとしていた。
「要は、皆自領で戦いたくないと。当然であるな!」
「身も蓋もないな、信長」
自分たちの所領で戦えば荒れる。俺だって二郎サマとの戦いの後は苦労した。だから誰もが出来れば自分たちの領地以外で戦いたいのだ。
「特に播磨の佐用を治める赤松は積極的に室山攻めに加わっているらしいな!」
「室山が落ちれば後顧の憂いなく備前を戦場に出来るからな」
「で我等は豊岡か」
「但馬の豊岡は大軍が展開しやすい。相手も大軍だが但馬に我等が攻め込めば元山名の国人も動揺するだろうからな。」
豊岡は但馬・丹後では数少ない盆地だ。川を挟んで敵と対陣すれば大砲や火縄銃を生かして戦える。逆に丹後に攻め込まれれば山間の拠点に小勢で籠ることになり、連携も難しくなるし補給も不安定になる。連合軍であるこちらは小勢で分散すればお互いの動きが読めずに各個撃破されかねない。視認できる距離で動ける平原でぶつかる方が良いのだ。
「一色殿は俺に人質として弟を預けた。守る為にも戦い易い場所が欲しいのは事実だ。」
「信長よ、尼子も其れは分かって居るだろう。但馬の防衛は新宮党の尼子敬久が担って居る。戦上手と評判だぞ。」
「新宮党か。尼子の精鋭軍団」
信長が言う通り、尼子の新宮党といえばこの時代有名な精鋭集団だ。尼子の中でも兵の質・量を兼ね備え、大内・尼子・赤松などの諸氏を相手に一歩も退かず多くの勝利をおさめてきた。中国地方では最精鋭と思われる集団だ。尼子一族でもあり、尼子の先鋒を常に任されるため但馬にも多くの新宮党が配置されている。
「だが、我が織田も精鋭を送り込む予定だ。柴田や佐々の勢いはそうそう負けぬ。」
「此方も大久保兄弟と日根野兄弟を連れて行く」
大沢や竹腰は越前防衛に残すが、大久保兄弟と日根野兄弟はうちの突進力ナンバーワンだ。こういう天下分け目の合戦では欠かせない。
「大砲とやらも期待して良いか?」
「未だ渡さんぞ」
「何れ手に入るなら構わぬ。義兄上が活躍して困る事は無い」
技術が確立しない物を渡すのは不安でもあるし、俺のアドバンテージを失う事にもなる。天下は織田で良いのだが、これだけ家臣も領民も抱えると柵も増えるので仕方ない。
「では、支度に掛かるとしよう。一色からも案内に先導すると申し出があったからな。」
「奈佐の水軍から連絡は?」
但馬水軍は奈佐・塩冶らを中心に構成されている。彼らは尼子氏の但馬侵攻で大打撃を受け、但馬・丹後で潜伏中なので一色から連絡をとってもらっていた。
「問題無し。旧領復帰を条件に全面協力させる。日本之助の跡継ぎである高政を預かった。」
「では先ずは鶴城か」
温泉で有名な城崎にある鶴城が最初の標的となる。奈佐の本拠も近いので支援が得やすい。城主は田結庄是義。山名氏から尼子の大軍に対し真っ先に寝返り、垣屋氏の所領を与えられた男だ。
「新宮党が結集する前に動こう。斎藤も我等も全軍が集結する前の今なら奇襲になる。」
「今の段階では織田が8000、うちは5000だけだぞ」
「一色も加えれば一万五千。十分だ。何より尼子の但馬支配を固めたくない故な!」
信長の『速さ』を意識した戦いは前世で聞いた話以上だ。『兵は神速を尊ぶ』なんて絵本で教えたからではないかと言われればその通りなのだが。
「新宮党で但馬に居るのが分かっているだけで6000か。何とかなるか?」
「何とかするのだよ、義兄上」
そう言う信長は、少し悪戯をしかけようとする子供のような笑顔を浮かべた。
♢
但馬国 城崎
城崎郡は水軍拠点のある奈佐や鶴城のある田結など5つの郡に分かれている。田結庄是義は奈佐や垣屋を追い出し、これら5郡や香住などの但馬西部にも支配の手を広げていた。香住って前世のふるさと納税でカニが特産品だった覚えがあるな。
で、俺達は奈佐日本之助の助けを得て城崎に上陸した。温泉のあるこの地域までは円山川のおかげで水軍で容易に進むことができる。ただし補給も厳しくなるが。
「1度の往復で運べる人数は4000が限界か」
「奈佐等も少なからず船を失っている。若狭と越前で船を急ぎ造っていると言っても厳しい部分があって当然。」
信長は真っ先に城崎に上陸した。俺は第2便で到着。これで8000弱の兵が揃ったことになる。
「良し、では鶴城へ向かうぞ!」
「待て、15000で攻めるのでは無かったのか?」
「この様子では次が来るのは夜半か明朝。其れまで待つのは愚かよ」
周辺の城を俺が来る前に力攻めしていたはずなのだが、信長の馬廻りや柴田は疲れた様子がない。歴戦の将兵揃いだからか、それとも信長の大和守家・吉良などとの戦からずっとこういう戦を続けてきたからか。
「一気に円山川を上る。川船は多くない故大砲を運ぶのに使おう。頼むぞ義兄上」
「待つ間に温泉でゆっくり出来ると思ったのだがなぁ」
「但馬が安定したら奥方も蝶も連れて来ようぞ」
これからも(俺が歴史を変えるべく動き続けない限り)戦乱が続くのを知っている身としてはいつ終わるかわからない口約束ほど悲しいものはないのだが。仕方あるまい。
円山川を上り、簸磯城などの小城を信長の部隊に任せてどんどん南下していく。豊岡盆地の北端にある鶴城には夕方到着した。
相手はこちらがまさかこのタイミングで動くと思っていなかったらしい。慌てて動員したらしき兵は700ほどしかいなかった。恐らく盆地北部周辺からしか集まっていないのだろう。
「行けるぞ、攻め時!」
信長は長時間の騎乗にも全く辛さを見せず、自ら先陣を切る勢いで攻めかかった。斎藤の兵はゆっくりと鶴城を囲むため展開させる。柴田権六が慌てて信長より前に出て敵と戦い始めた。それを分かっていたのか信長はさっと退き、俺の上陸した大砲部隊の側にやってきた。
「此れが大筒か。以前の物とまた少し違うか?」
「ようやっと鋳造が形になって来たのでな。試作で動いた物を用意したのよ」
堺経由でヨーロッパの大砲?(カルヴァリンだかカルヴァーだか)が今度の往復で届くらしい。それも試作するには鋳造技術が必要だろう。今回の試作成功は大きい。
鶴城に向けて盛大に1発撃たせる。轟音と共に城の郭に穴が開いたのが見えた。と、同時に柴田隊が逃げ回る敵兵を追いかけ始めたのも確認できた。あっという間だ。相手が対応しきれなかったとはいえ、ここまで鮮やかに周辺を制圧するとは。
陽が落ち切る前に鶴城は降伏し、城内の人間が退去する代わりにほぼ無傷で城が明け渡された。大砲の轟音で城にいた田結庄是義の正室や幼い嫡男たちが恐慌状態になったらしい。見逃す代わりに本城を捨てたわけで、田結庄是義が合戦で逃亡していたからこそ正室を無視できなかったのだろう。
食糧なども屋敷などから補給して防衛体制を整え、その日を終えた。攻め込んで実質1日で豊岡北部を押さえたのは大きい。ここを起点に一気に戦場を但馬に固定できれば何よりだ。
そんなことを思っていた翌朝。豊岡盆地の西側、円山川の対岸に尼子の旗が現れた。
「新宮党……来たか!」
尼子新宮党の1人、尼子敬久の率いる5000の軍勢が、垣屋から奪った轟城などから急行してきたのだった。
よく数万対数万とは言いますが、一度に移動できるわけでもないし一か所に留まれるわけでもない日本の地形。大軍の展開できる場所とか自分が有利な場所、そして自分の領地が荒れない場所で戦いたがるのは必然かなと思います。
その意味では地の利のある奈佐や垣屋、一色の援護で戦える今回は、尼子も支配を始めたばかりなので条件が五分なのかなと思っています。新宮党が織田の動きを察知するのが遅れているあたりにも地味に毛利警戒の影響が出ていたり晴久の思惑が絡んでいたりします。但馬入りした新宮党が全員来られていないのも同様です。




