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第180話 大内上洛阻止戦 その1 播磨団結

全編三人称です。

 播磨国 置塩おきしお


 播磨国は特殊な場所だ。

 西は備前・美作みまさかに、北は因幡・但馬に。東は丹波・摂津に接する。

 海の向こうで讃岐と接するのも含めれば7つの国と隣接している。これは近江や信濃などの国と並ぶ特徴だが、信濃のように国境に道がない国があるわけではなくそれぞれの国と街道で結ばれている。


 豊かな播磨は寺社によって多数の荘園が築かれ、その豊かさから度々周辺からの侵攻に晒されてきた場所である。南北朝期前後の頃は悪党の台頭や南朝の新田氏、北朝の赤松氏で争われ、領国内は1つの勢力でまとまってこなかった。室町幕府成立以後は赤松氏が領国の安定化を図ってきたが、嘉吉かきつの乱で6代将軍足利義教を赤松満祐が殺害し、赤松氏はその後討伐をうけて没落した。代わって守護となった山名氏も応仁の乱後衰退し、現在は赤松氏が守護となっている。しかしこの長い間の争乱が播磨を一枚岩でなくしてしまった。本家といえる赤松氏の他に、龍野たつのの赤松氏、佐用の赤松氏、赤松から別家を立てた別所氏、河野氏の一族とされる三木氏、赤松家臣から台頭した小寺氏や宇野氏、浦上氏が小領主として各地で小競り合いを続けていた。


 そこに目を付けたのが尼子氏だった。尼子晴久は度々播磨へ侵攻し、赤松氏などの各氏は協力してこれを阻止した。現赤松本家当主の晴政は一度は尼子氏によって摂津に逃げなければならなくなるまで追い詰められたが、なんとか播磨に帰ってきている。三好氏とも対立したことがあり、内では争いつつ外には一致して抵抗するのが常態化していた。


 しかしこの状況が変わったのが浦上氏による尼子方への転身だった。備前の浦上政宗が尼子との協力姿勢を見せたため、赤松は動揺した。そして赤松の動揺と浦上の内部対立を利用して宇喜多直家が備前で台頭し、大内氏が備前を拠点として上洛を目指すようになったのが現状である。



 赤松晴政は播磨や周辺の各領主を居城の置塩城に呼んでいた。いずれも反尼子を明確にした者たち。龍野の赤松政秀、佐用の赤松政元、小寺政職(まさもと)、別所就治、美作の後藤勝国、そして但馬を尼子に奪われた山名祐豊(すけとよ)垣屋かきや続成つぐなりと共に同席した。

 赤松晴政が口を開く。


「備中の上野氏は厳しいか?」

「奉公衆の御一門といえども容赦する気は無い様子。大内は安芸の水軍を使い常山城に移った上野氏を包囲して居るそうで御座います。」

「備前では宇喜多なる者が各地の反尼子の領主を討って居るとか。松田氏も協力して居る様で、西を松田が東を宇喜多が奪う算段とか。」


 晴政は赤松政元と小寺政職から報告を受ける。場には誰ともなしに漏れ出たため息が響く。


「三木は石山の本願寺と和同したか」

「不戦、但し水軍の支配地域に入る者は許さず、という姿勢か。安芸の本願寺と手を結ばれず済んで良かったと思わねばな。」

「で、会わせたい相手とは、三好の者かな?」


 別所就治が胡乱気に晴政を見る。彼からすれば尼子と戦うから赤松とも小寺とも手を組んでいるだけで、本質的にはこの場の人間を信用も信頼もしていないからだ。三好とも争う機会が多い彼に、この場で積極的になるのは厳しいものがあった。


「皆が良ければ入って貰おうと思うが?」

「此の期に及んで味方が増えるのを嫌がる者は居りませぬよ」


 小寺政職のその言葉に、晴政は少しほっとした様子で小姓を呼ぶ。心得た様子で場を後にした小姓は、ほどなく1人の男を連れてきた。三好筑前守長慶、本人である。予想外だったのか、別所就治も一瞬息をのむ。


「驚いたな。まさか筑前守直々とは」

「其れ程に、重大事であると考えて居るので」


 別所就治とは何度も戦っていながら、含むところを一切見せず笑いかけた筑前守長慶の姿に一同が目を見張る。

 そのまま赤松晴政の隣――即ち上座に彼が座るのを、彼等は風格に圧倒されて止められなかった。


「改めまして、筑前守長慶に御座る。我等三好、皆々様と共に大内と戦いたく馳せ参じ申した。」


 中央で、京で揉まれ続けた男に、小領主たちが雰囲気にのまれるのはある意味当然であった。赤松を中心とした播磨の国衆は15000に及ぶ軍勢を集められるものの、阿波・淡路などから18000を動員する三好の指揮下に入ることを余儀なくされた。しかも、彼らに不満を言わせずにである。京での経験がここでも生きていた。


「しかし、大内は最大で4万とも5万とも言われる兵が動員出来るのでは?」

「其の数は送れませぬ。大友とは協力関係に為ったものの、博多周辺には筑紫氏や原田氏の様な不満を持つ勢力が居ります。」


 赤松政秀の疑問に、長慶が答えた後いつの間にか最も下座にいた篠原長房が言葉を継ぐ。


「吉見は城を逐われましたが兵が居なければ安心出来ぬでしょうし、毛利も元々乗り気では御座いませぬ。最大でも二万五千。尼子の援軍が入っても三万が限界かと。」

「但馬から尼子が大軍を送る事は無いのか?」

「丹後に織田が二万の援軍を送るとの事。但馬の兵を尼子が減らせば、其方から攻めて貰うので大軍は来ないかと。」


 斎藤の援軍も来ますしね、と篠原長房が補足する。集まった人々は少しずつ見えてきた希望に顔を上げるが、長慶は釘をさすことを忘れない。


「無論、皆々様も我等も全力で戦う事が最低条件に御座います。そして、出来る限り早く宇野の城を囲む事。」

「うむ、宇野は何とかせねばなるまい」


 宇野政頼は尼子と長年懇意にしていた関係で、播磨衆では唯一と言っていい尼子方についた領主だった。但馬国内では田結庄是義・八木豊信・太田垣朝延といった山名氏の配下だった領主が寝返っている。守護代だった垣屋一族のみが山名氏と共に戦ったので但馬はどうにもならなかったが、播磨は宇野・浦上を除けば反尼子で固まっている。


「宇野を討てば因幡の国衆も動揺しましょう。因幡への道を守っているのが宇野の長水ちょうすい城。此処を押さえれば大内は備前からしか来られなくなりまする。」

「我等三好は讃岐で大内と呼応した塩飽の者と話し合いの最中で御座います。村上水軍が敵に回り、場所柄今は敵対して居りますが、機を見て動くとの事で。」


 瀬戸内海で活動する商人気質の塩飽水軍は今回の戦では特定勢力に大きく肩入れしない方針だったが、村上水軍が備中上野氏を攻めるべく押し寄せたために表面上は彼等に味方している。


「旗幟が分からぬ者はもう殆ど居りませぬな」

「伊予の河野は西園寺に動いて貰い邪魔をする予定で御座います」

「三好殿は戦い続きなのに資金が豊富で羨ましい限りよ」

「ははは……」


 筑前守長慶からわずかに乾いた笑いが漏れた。三好に資金はあまり残っていない。ただ、ここで負ければ自分が全てを失いかねないことを理解しており、証文の類を織田と斎藤が買い支えているからなんとかなっている状況だった。このまま長期的に出費がかさめば織田と斎藤に頭が上がらなくなりかねないほどに。


 ♢♢


 3月。赤松晴政を総大将とする播磨連合軍は宇野氏の長水城を攻撃した。

 三好から大型の火縄銃(堺の試作品)を借り受けた連合軍は、宇野氏が山奥の城に籠るのに対し轟音と大軍による心理的圧迫で攻め立て、尼子の援軍が到着する前に城から宇野氏を敗走させ陥落させた。これにより播磨連合軍は士気を上げ、三好の合流開始によって浦上氏を先制攻撃しようという意見が出始めるほどであった。


 一方、大内軍は同時期に各地へ動員の命令を出し、周防に集結し次第瀬戸内海から備前を目指そうとしていた。尼子晴久も出雲から進軍を開始し、織田の三河・遠江衆も尾張に集結を完了。


 それぞれが集めた兵の数は、総勢10万を超えなおも増え続けている。

各地が連動して動いているのでわかりにくい部分もあり申し訳ありません。

地図は余裕ができ次第追加いたします。


播磨は史実でも1つにまとまらなかった地です。それは赤松氏の没落でもあり、周辺諸国からの影響を受けやすいからでもあり、中国地方の争いにも畿内の争いにも離れていたために危機意識が薄かったからでもあり。難しい場所です。


本作では大内・尼子連合という強大な敵が現れた関係でまとまっていますが、史実でも尼子侵攻ではいがみ合っている勢力も協力しています。そういう意味では彼らは一揆的な要素も持っていたのかもしれません。


大型の火縄銃は大砲の存在を聞いた三好が堺の鍛冶に頼んで試作したものです。主人公が考えている運用と三好が思う使い方は当然違います。


【文章修正について】

いつもご指摘いただきありがとうございます。

今ちょっと忙しく(勤労感謝の日に感謝しながら勤労するレベル)修正が間に合わないので少し落ち着いてから修正いたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 無理だけはしないでくださいね?面白いお話は大歓迎だし大好物ですが、作者さんの身体には変えられないのですから。
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