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第178話 ねむれよい子よ

内政話。年越しまたいでいきます。

 美濃国 稲葉山城


 1553(天文22)年、年初に帝の譲位に関わる儀礼が行われた。夏ごろには践祚せんそが行われるらしい。というか、譲位の後すぐに即位されるのかと思っていたら違うのか。昔からのしきたりらしいが。

 新しい帝は先帝の子である親王様。種痘の時も会ったが聡明な方だ。朝廷も今回仙洞御所が再建されたこともあって上機嫌で、春には三好の義兄殿が従四位下に叙されるそうだ。そして俺に対しては、


「北面の武士の再編、で御座いますか」

「ほほほ。其方の室の一人、豊殿の功績でもおじゃるな」


 持明院様にはそう言われた。豊が養子に入った三上氏が仙洞御所を守る北面の武士の要職に就いたそうだ。


抑々(そもそも)、白河院の時代は美濃源氏も北面で活躍して居った。そして美濃源氏から土岐が生じた。つまり、」

「俺が育てている頼芸様の子を、其処に据えよ、と?」

「今の儘では互いに立場が難しかろう。形だけでも豊殿の子を彼の臣とし、上北面の長として育てれば良い。」


 その言葉に、俺はどう答えるか悩んだ。あの子は今土岐の鷹を練習している。俺が太守頼芸様から教わった画法を教えながら、だ。

 本人は「二人の父上から教われる」と喜んでいる。土岐の遺児を丁重に扱ったから今も俺に従っているという人間もある程度いる。それに俺にはもうあの子を他人とは見られない。江の方(本人を目の前で呼ぶ時は本名の篠と呼ばないと拗ねるようになって困っている)も昨年の秋に身籠ったため、彼女の子という意味でも手元から離したくはないのだ。妹か弟かと無邪気に喜んでいるし、誰かに利用されるのも避けたい。


「やはり、親子の情が生まれたか?」

「はい、そう、ですね」

「ほほほ。ならば自分で確と育てよ」

「宜しいので?」

「元々、其方が持て余して居れば、程度の話よ。現時点で北面の武士には三好や斎藤と縁の在る者が多く就く予定。飾りの棟梁に如何かと思っただけだからの。」


 確かに前の京なら安全に暮らせたかもしれない。だが今は大内の存在で不安定化している。万一大内に奪われ、旗頭にでもされては困る。


「其の顔、覚悟は出来て居る様でおじゃるな」

「ええ。守ります。彼の笑顔も、未来も。だって、俺は義父ちちですから。」


 持明院様は少し眩しそうに、そして満足気に俺の顔を見ていた。


 ♢


 美濃国 苗木城


 雪が小康状態となり、弱い日差しでほんのりとぽかぽかしたある日。


 俺は最近本格的に動き出した新設の牧場にやってきた。この牧場はおそらく日本でも初といえる生き物を育てていた。

 担当者は孤児院出身の夫婦だ。同い年で孤児院を出た後2人で働きたいというのでそのままここを任せることにした。生き物好きで生物系の理科が得意だったので最適だろうというのも狙いとしてあった。


「殿、本日は態々御越し頂きまして」

「良い良い。其れで、羊の様子は?」

「此処は比較的空気が乾いて居ります故、毛も不快には為らない様で御座います。」


 羊は寒さには強い。ただしじめじめした場所では毛に水分が溜まって病気に罹ることがあるらしく、乾燥した場所を好む。正直今の日本はやや寒くてじめじめしている場所が多い。育てるのは厳しいかと思ったが、前世でこの中津川一帯には牧場があったのを思い出したので試験的に育て始めた。ちょうど遠山氏の紛争もあって場所は借りられたので試験的に始めたわけだが、きちんと輸入した羊が育っているのでそのまま本格運用となった。


「春に毛は刈るのか?」

「ザビエル殿の供の者が申すには、雪解けが完全に終わる頃には、と。あまり早いと寒さで羊が弱りますし、遅いと暑さで弱ります。」

「繊細な生き物なのだな」


 羊なんて育てたことがないわけだが、宣教師たち一行の中に知識のある人間が結構いた。彼ら曰く「イエスは善き羊飼い。我等が羊を知る事は道理」だそうだ。イエスの誕生を祝福した羊飼いもいるとかで、聖書には羊飼いがよく出てくるらしい。特にスペインでは牧羊業が盛んらしく、国王が牧羊の組合を保護しているらしい。


「エサは足りるか?」

「今の数ならば。用意した米糠と稲藁を良く食べますので問題はありませぬ。」

「ザビエルが驚いていたそうだな」

「草を食べる量が抑えられるので、教わった程土地が禿げずに済みそうに御座います。」


 羊は雑草を食べるが、雑草を根元まで食べる関係でその地を荒廃させるらしい。その点を彼ら夫婦は注意するよう言われたそうだが、現状では米糠と稲藁を食べるおかげでそこまで酷い荒れ方にならずにすんでいるそうだ。

 ちなみに、ザビエル自身は羊を育てたことがないそうだ。あれで貴族の出身らしい。貴族出身なのに泥だらけになるのもボロボロの服を着るのも嫌がらないとは不思議な人物だと思う。


「まぁ、今回世話になったし一度だけ民衆に説教を許しても良いかもな。」

「九州では真面まともな宣教師が皆陶に殺されたせいで、彼等の教えは邪教だと広められているとか。」


 九州で根拠地を失い、支持してくれる大名も失ったイエズス会は困っているらしい。ザビエルが俺の下にいる関係で博多は宣教師の立ち入りが禁止され、瀬戸内海での布教も出来ない状況だそうだ。唯一情報と物のやりとりが出来ているのが薩摩だ。薩摩から堺への積み荷に荷物と手紙だけは送れるため、彼らはその細い道で交流している。薩摩のルートが潰れないよう、布教はほとんどしていないそうだ。

 だから、1度だけ民衆の前でどのような布教をしようとしているか見せてもらうのはアリかなと思った。


「藁や糠の代わりに撒く肥料の準備は出来たので御座いますか?」

「あぁ。北条にいわしを頼んだ」


 干鰯ほしかは江戸時代には使われていた魚肥だ。俺の知る範囲で使っている場所がなかったので何度か試行をした結果完成した。鰯を乾燥させて肥料にするわけだが、北条領内で大量に獲る事ができるので手に入れるようになった。菱垣廻船の造船所を造る過程で迎え入れた瀬戸内の船大工を経由して地引網が織田から北条へと伝わり、現在は尾張那古野から相模の須賀すが湊へ薬品・紙・ガラス製品・綿布などを運び、帰りの須賀湊から那古野へ金と干鰯が運ばれている。特に織田領の綿花栽培と美濃の水田で一部利用し、収穫量を増やすのに活躍している。水車動力を利用して粉砕作業をするよう水車製造班を派遣して造った代わりに安価に干鰯が手に入りかなり助かっている。昨年伊豆大島で火山噴火した復興支援にもなっている。漁師が近海で金になる仕事だからだろう。


「春には羊毛布団が出来ます。御期待下さい」

「今年の冬は特に寒い。子等の為にも頼むぞ」

「御任せ下さいませ!」


 羊毛を集めようと思いついたのは寒冷化を感じたからだ。子供が生まれて寒い冬を一度越したことで不味いと思うようになったわけだ。今は綿の布団を優先的に回しているが、それだと俺が寒いのだ。明らかに前世の岐阜より寒い。地球温暖化は本当だったかなんて俺にはわからないが、少なくとも今があの頃より寒いのは確かだ。温度計もごくたまに氷点下を示すから恐ろしい。


 帰りがけに敦賀・小浜に尾張から派遣された船大工が到着し造船所の建造が始まったとの情報が入った。越前は俺が望んでいた海に面した領地だ。

 織田の造船技術を借りて船の整備を進めることになる。先ずは能登との連絡、そしてゆくゆくは蝦夷地こと北海道との交易だ。昆布が欲しいし確かニシンも大量に獲れる時代だったはず。ニシンも肥料になったはずだし農業拡大には狙いたいところだ。夢が広がるね。

 鮭も食べたいなんて思っていたら稲葉山に帰った日の夕食には鯖の干物が出た。まぁ今はこれでも十分美味しいか。海産物万歳だ。北条や織田で魚を好んで食べていたのを於春が覚えていたおかげで当分は海魚多めの食卓になりそうだ。

史実と違って後奈良天皇は生前で譲位がほぼ確定。院の復活に合わせて豊の養子入りした家が復活しつつあります。


羊。日本では散発的に飼われたようですが飼育は江戸後期から本格化。羊毛は輸入がメインだったとか。気候的に少し難しい部分もあるわけですが、中津川の牧場で飼っているので主人公はいけると判断しました。

意外にも羊のエサには糠が使えるそうで。藁も食べるので稲作との相性は悪くないのかもしれません。


干鰯の記録がどうにも戦国後期くらいまでしか私は遡れなかったので少し試行錯誤して導入開始。北条領内で大量に獲れるので輸出入が安定しました。船は生き帰りとも荷物を積んで行き来しています。

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