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第176話 上洛への号令、あきより

全編三人称です。

 因幡国 賀露かろ


 11月始め。

 因幡国、天神山城のそばにある賀露湊に尼子晴久の姿があった。

 彼が待っているのは、畿内から来る一隻の船だ。


「未だか?」

「武田殿は若狭故問題在りませんでしたが、何せ彼等が丹波経由でしたので。」

「父親も討たれ、文字通り着の身着のままでは止む無し、か。」


 部下にそう答える晴久に焦りはない。彼にとって現状は決して悪くない状況だ。支援をしていた朝倉が浅井とほぼ同時期に滅んだのは想定外だったが、但馬を押さえたおかげで尼子氏は生野の銀山を手に入れた。生野はかなり銀の産出量が期待できる。


「来年は織田と戦う事に為ろう。丹後の一色は斎藤と血縁。其の斎藤と織田は血縁。しかも一色の嫡男の正室は珠光様だ。」

「大内義隆の血を只一人継ぐ女子。既に子も出来たとか。」

「陶からも珠光を捕えて欲しいと頼まれて居る。大事な同盟相手だからな。願いは叶えてやらねば。」


 晴久は笑う。決して陶を盟友とは考えていないであろうどこか小馬鹿にしたような表情で。


 そうしていると、数隻の船が湾内に入って来る。

 風にはためくのは隠岐水軍の花輪違いの紋。武田信豊らを迎えに行った船である。

 湾内に入るとそのうちの1隻が海岸まで近づき、迎えに出た小舟と横並びとなる。数人を乗せると、小舟はこちらに向かってやって来た。


「先頭に居るのは隠岐守だな」


 晴久がそう呟くと、船にいる隠岐隠岐守豊清は日焼けした顔で笑顔を見せた。


「殿!武田様と浅井様、無事御届け致した!」

「上々だ。奈佐等の嫌がらせも受けたであろう」

「彼れだけ痛めつけられたなら当分は大きく動けますまい。我等の隻数を見て手を出して来なんだですわ。」


 笑う隠岐水軍の頭領を見つつ、彼は船に乗る人々を見る。本命が無事やって来た事を、彼はやや芝居がかった様子で喜んだ。


「良く来てくれた武田殿。此処までくればもう大丈夫だ!」

「不甲斐無い。織田の大軍と一色が国境に兵を出しただけで粟屋と熊谷が反乱を起こすとは。」


 織田軍が若狭から18000で攻め込んだ時、武田信豊は一色氏の軍勢と睨み合っており援軍を派遣する余裕がなかった。そのため越前国境の領主粟屋氏が早々に降伏し、最前線を突破された武田氏は一気に瓦解した。実子義統が自害し、生後幼い孫が織田の手に落ちた。織田は名目上孫を当主として若狭を支配し、抵抗した逸見氏は東西から挟まれて信豊と共にここに逃げてきている。


「仕方在るまい。帝と公方様の側を押さえて専横(ほしいまま)の奴等を倒さねば今の状況は変わらぬからな。」

「うむ、尼子の皆々様には世話に成る」

「御安心を。此処を我が家と御思い下され」


 晴久はその建前を淀みなく、しかも本心とは真逆の本気で憂うような表情で語る。その表情を見た武田信豊は少し安堵したように「先に休ませて頂く。失礼」と言って今日の宿へ向かっていった。


 そして、晴久が会いたかった女性とその親類が残る。

 尼子の名を共に名乗りながら、主家が分かれたために袂を分かった家同士が再会した。

 彼女は横にいる女性を労るように晴久の前にやってきた。女性の腕の中には、長旅で疲れたのか規則正しい寝息を立てながら眠る幼い少年の姿があった。


「其の子が浅井の?」

「はい。浅井の名を継ぐ者、猿夜叉に御座います」


 幼くも目元の涼やかな、美男子の片鱗を見せる姿に、晴久は息子より才覚があるかもしれないと僅かに嫉妬を覚えた。しかし父を失った彼を利用することを考えればむしろ憐れむべきかと晴久は考え直した。


「歓迎致そう。同族だからというだけでなく、同じ境遇に生きる者として。」

「同じ境遇、ですか?」

「あぁ」


 晴久は少し溜めをつくりつつ言った。


「偉大な先代に押し潰された親を持つ者同士として、な」


 ♢♢


 出雲国 月山富田城


 尼子晴久は前線を一族の新宮党に任せ、陶との会談のため出雲に帰還した。出雲で彼は真っ先に毛利の動きを気にした。


「蜂屋、毛利は如何している?」

「目立った動きは見られませぬな。殿と陶から依頼された通り、吉見を攻めておりまする。」

 奥の間で1人休んでいた晴久に隣の部屋から答えたのは蜂屋党の男。尼子に仕える忍びである。

「元就は?」

「吉田郡山に居りますな。吉見攻めは吉川と小早川が」

「上出来だ。だが監視と警戒は続けよ」

「此方の監視は見抜いて居るかと」

「其れで良い。監視していると伝えるのが目的だ」


 備後で怪しい動きがあったが、事前に陶と共謀した尼子晴久は長門で反抗する吉見氏討伐に援軍を出すよう要請した。毛利は備後出兵を諦め吉見氏討伐へ出兵し、今他の場所に兵を出す余裕はない。


「吉見は毛利に文を何度か出して居た。或いは共謀して陶に襲い掛かるかと思ったが、流石に其処まで短慮では無いな、元就は。」

「安芸と備後の差配は陶殿より任されて居りますからな。軽挙に出れば我等と同時に攻められると理解しているかと。」


 陶と毛利の約束では安芸・備後は毛利、長門・周防・石見は陶が支配するとなっている。ただしこの約束には尼子が絡んだため、尼子配下の国人は除かれている。結果として尼子と大内の間を蝙蝠のように態度を変えていた山内・三吉らは毛利の従属下にまとまったが、宮氏らは尼子氏の下に残った。毛利は吉見氏と秘かに連絡をとっていたが、危ない橋を渡れないと感じた元就は吉見氏一族の九州逃亡を秘かに手助けする代わりに全力で部隊を派遣し陶の討伐を支援していた。


「元就が直接動けば分かる程度の警戒をし続ける事が大事よ。此方の方が手駒も手札も多い。奴自身が暴れぬ様にすれば、尼子は負けぬ。」

「随分と買っておいでで」

「御前は彼の男の『目』を見た事が在るまい」

「遠目で見た限り、好々爺と言った人物でしたが?」

「違うな。間違っているぞ」


 晴久は眉間に皺を寄せる。


「彼奴は頭を下げている時こそ『目』を開くのだ。狡猾こうかつで、獰猛どうもうで、暴虐な、な。まぁ分からずとも良い。」


 蜂屋がはっ、と頭を下げると、晴久は立ち上がる。


「上洛は来年の秋だ。雨森あめのもりら浅井家臣も兵を与える故出て貰おう。」

「使えるので?」

「知らん。だが、腕が在るなら代わりに為るな」


 尼子晴久は不敵に笑いつつ部屋を後にした。


 ♢♢


 丹波国 八木城


 細川晴元は内藤氏が滅んだことで幕府によって管理されていた八木城に身を寄せていた。新しい郭を造り、日々生活する郭を変えながら毎日毎日三好長慶に怯える日々を過ごしていた。

 しかし、彼は最近怯える様子が少なくなっていた。それは冬が近づき戦が遠のきつつあるからであり、三好にとって大きな敵となりうる大内・尼子連合軍が接近しているからであり、筒井氏の牽制もあって自身が攻められる状況が来そうになかったからだった。


「怖いのぅ。一歩間違えば此の首と胴は繋がって居らなかったぞ。怖いのぅ。」

「大内殿とは手を組むので?」

「何と怖い事を申すのだ。大内は我が父を京から追い出した事も在る家。出て行けば必ずや命を取られようぞ。」

「そう仰りつつ、浅井の忘れ形見を逃がすのは協力されましたな」

「何時か役に立つ日が来るやもしれぬからのぅ」

「直接浅井を助けては居りませぬが」

「其の様な事をして織田にでも目を付けられては敵わぬからのぅ」


 怖いのぅと呟く姿に、茨城長隆はいつも通り無表情のまま「そうですな」と適当な相槌を打つ。


「では、暫くは此の儘で」

「そうそう。安心して寝られる内に寝るとしようぞ」

「管領代殿も亡くなった様ですしね」


 細川晴元は独自の情報網で管領代六角弾正定頼の死を知った。管領代の死は六角の勢力が弱まることを意味するので、これまた晴元の心を安心させた。たとえ今味方でも、敵になれば自らを脅かす者を晴元は許容できない。


「波多野のうつけは上手く騙せて居るし、後は大内と尼子と織田と三好が潰し合い、加賀と斎藤が潰し合えば最高よな。」

「筒井は宜しいので?」

「そろそろ興福寺が動く。動く様手は打って居る。六角も、下手に一方に味方せぬ様手は打って居るぞ。」


 彼はどこまでも他人を引っ掻き回せる。自分の命が安全になるならば。たとえそれで多くの犠牲者が出ても。


「しかし怖いのぅ。早く安心して寝られる世の中が来て欲しいのぅ。」


 戦乱が続くことを嘆く事と戦乱を自分が助長している矛盾は彼の中で矛盾しない。だからこそ、彼はこの戦国時代の中でも異質で恐れられる存在で居続けられるのだ。

尼子晴久は謀略の手駒を8割方対毛利に使っています。国力の違いで元就を封じている感じだと思って下さい。


着々と進む上洛計画。反発している吉見氏も厳しい状況です。尼子視点では諸々の準備が来秋あたりに整う予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 細川晴元の気色悪さが天元突破してますなぁ…。
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