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第169話 小谷決戦(中)

遅くなりました。後半♢♢から三人称になります。

 近江国 小谷城


 兆候はあった。

 武田信虎が越前からの最後の連絡では長崎城に見られないと情報は入っていたし、彼ほどの将がこの状況で決戦の場を間違えるわけがない。

 とはいえ、東部の開発が進んでいない場所からとはいえ、騎馬で攻めようというのは無謀としかいえない。


「先ずは大膳の火縄隊で撃ち掛けよ!」


 谷大膳衛好の火縄銃隊が近づく敵の前に隊列を整える。

 ロケット花火は大きすぎて運びにくい。取り扱いも難しいのでこういう時に運びにくいのが難点だ。

 今回連れてきた火縄銃は2000。越前に1500美濃に500がいるので、全体の半分だ。


 それでも畿内で展開する規模では史上最大規模である。最近はぼちぼち織田軍にも売っている。硝石はうちから買うから継続的な商いなのでうちはウハウハである。

 そうこうしているうちに武田信虎の部隊が火縄の射程に入る。


「撃て!」の号令と共に赤旗が振られ、斉射が行われる。

 しかし、予想以上に騎馬の倒れる数が少ない。


「何だ?」

「馬鎧を付けて居りますが、やや重そうですな。」


 馬の速度が武田の騎馬隊の割には遅い。馬にまで鎧を着せたためだろう。しかし、鎧だけで防げるものなのか?


「彼の騎乗して居る者、少し不思議な胴を着けて居りますな。」

「我等が使っている南蛮風とも違うな」


 ジョルジェ・デ・ファリアに頼んで仕入れた物の1つにプレート・アーマーがあった。全金属の鎧がほぼないこの戦国時代に鉄砲にある程度耐えられる金属鎧が欲しかったからだ。前世で見た某公共放送歴史ドラマの信長の鎧風のものを作りたかったのもある。

 実際に今俺が使っているのがそれだが、プルシアンブルーをベースに色付けしているので青い。信長のは銀色に輝いていたイメージだが、錆びると黒ずんだり加工が面倒だったりするのでやめた。あくまで火縄銃への対処用なのだが、デザイン面も重視したい。


 で、肝心な武田の兵の身に着けている鎧だが、南蛮風とは違うものの鉄板を利用したものだ。胸元の装飾などがなく、肩元の大袖もない。肩元が自由になった分胴体の厚みがあるようだ。


「肩や足が撃たれるのは覚悟の上、か。其れで勢いが止まらぬのか。」

「胴を撃たれても守れれば、我等に肉薄出来れば何とか出来るという考えでしょう。」

「火縄銃が手に入らず、手に入れても少数でしかないならこうもなるか。」

「守る事を重視するのは以前の本願寺と同じですな。」


 あの時は盾を使っていた。今回は鎧を強化している。相手も必死な証だろう。


「とは言え、其の程度で負ける我等では在りませぬ」

「近付けば火縄の威力はより強く当たる事に為る。其れに耐えられるかな?」


 2度目、3度目の斉射で徐々に崩れていく。しかし武田信虎本人が率いるだけあって大きくは崩れない。


「殿、火縄を退きます」

「うむ、長槍隊前!」


 そこで準備していた日根野兄弟の長槍隊が武田の接近した騎馬隊を受け止めた。本来であれば強力無比な武田の騎馬隊突撃だったが、新型鎧の重さのためか速度が本来のものではなかった。日根野兄弟の部隊を僅かに押し込んだだけで彼らの勢いは止まり、一気に乱戦となる。そして、乱戦となれば数の少ない武田軍が徐々に不利になる。


 開戦から1刻半(約3時間)が経った頃、正面の立て直した浅井軍も側面の武田軍もほぼ同時に人数不足と疲弊によってじわじわとその勢いを失っていく。特に戦い続けていた浅井の兵はこれが顕著で、海北かいほう綱親本人が最前線で戦わないと士気が維持できない状況となっていた。

 当然この報告を受けた十兵衛は更に手を打つ。


「長井様の軍勢を前に出しましょう。一気に浅井を追い込みます。」

「従弟の頼次達か。良し、任せよう」


 元主家筋の長井氏の家督を継いだ長井長弘様遺児の長井道勝と叔父の嫡男頼次の部隊が前に出る。これまで合戦に参加していなかったフレッシュな戦力の投入は、全員でいっぱいいっぱいになっていた浅井軍にとって致命的な崩壊をもたらした。無理矢理徴兵された兵を中心に、後ろの味方を掻き分けながら一部の兵が逃げ出す。そういった逃げる兵を押し留めようと後ろに気を取られた海北綱親に、大久保忠世が渾身の一矢を放った。


 側近を失いながら最前線に立ち続けていた海北はこれを防げず、落馬したのを見た斎藤の兵が雪崩れ込む中水田で揉みくちゃにされた彼は起き上がれぬまま溺死したそうだ。彼が落馬した瞬間に張り詰めた糸が切れたように水田地帯の兵は組織的な抵抗力を失ったらしく、赤尾・雨森あめのもりの残った両将は撤退を決断したらしい。遠藤直経を殿しんがりに浅井左兵衛尉久政を半ば引きずるようにしながら撤退していった。


 そして、この段階で皮1枚で耐えていた朝倉軍もこの様子を見て戦線が崩壊したらしく、一気に小谷城南西の戦いはこちらの勝利を決定づけた。信長隊が迂回した兵を押し込み始める中で孤立した武田信虎は損耗する中で日根野兄弟の近習と切り結び、そしてボロボロになっていた。


 ♢♢


 折れた槍を手放し、武田信虎は叫んだ。


「武川衆、誰ぞ居るか!」


 しかし、答える者はいない。


「土屋も、柳沢も、もう死んだか」


 信虎の周りで戦っている中に追放当初から付き従った残党はもういない。

 彼の傍にいるのは若狭武田氏から借りた兵のみだ。気付けば周囲には名馬と呼ばれた木曽馬などの甲信地方で名の通った名馬の遺体ばかりであった。


「無念よな。子に国を奪われ、駿河を追われ、そしてその元凶たる男の顔を見る事も無く死を迎えようとは。」


 若狭武田の兵が崩れ、逃げ出し始めた。もう最前線で命を賭けて戦う甲斐武田の兵はいないのだろう。

 つまり、命を捨ててでもという雰囲気は戦場から失われたということだ。そうなれば負け戦濃厚となった戦に付き合ってくれる将兵は限りなく少なくなってしまう。

 信虎は馬廻りとして最後まで従った兵を既に前線に送ってしまっていた。彼を守ろうという兵はもういない。


「逆に言えば、既に一軍の将とは言えぬ状況、か」


 信虎は周囲に落ちていた兜を、馬から降りて手に取る。武田の菱が泥にまみれていた。

 徐々に包囲されていく中、彼はその泥を小手で拭うと、兜の主が持っていた槍を握る。


「貴様等に我が首は勿体無い。美濃守を連れて参れ!」


 振り回した槍で、遠目に囲む兵が間合いから遠ざかる。

 無理して首を狙って来ない様子に、命を無駄にせず訓練された兵であると信虎は感じた。兵の質も量も既に敵う状況ではなかったかと思わず笑ってしまったその顔で、逆に周囲の兵たちは警戒を強め無理攻めをしていかない。



 そして数分の睨み合いの後、日根野兄弟が揃ってその場に現れた。既に武田の兵は潰走し周囲にはおらず、だからこそ信虎が生き残っているのは異常としか言い様がなかった。


「武田陸奥守殿と御見受け致す。某斎藤美濃守様が家臣、日根野備前守と申す!」

「同じく、日根野常陸介に御座る!」

「噂の日根野兄弟か。良かろう、特別に相手を許そう。」


 信虎は馬から降りている身ながら高所から見下ろす様に悠然と槍を構える。2人は礼儀とばかりに馬から降り、そして二手に分かれて左右から同時に槍を突きだした。


「……見事!」


 信虎が突きだした弟常陸介盛就への一撃はかわされ、逆に2人の槍は深々と信虎の腹部に突き刺さった。2対1の状況に持ち込んだことは『武士道』ならば非難されたかもしれない。しかしここは戦場。信虎もその2本の槍を受けた瞬間に敗北を認めた。信虎は察する。彼らの主君の考え方を。


「金吾(宗滴)と同じか。其方等の主も、勝つ事が本という事か。」

「殿よりは負けて死ぬより、勝って生きて恥をかけと」

「良き主君に出会えたな。此れも巡り合い、か」


 信虎の手から槍が滑り落ちる。槍が引かれ、槍に支えられていた信虎は倒れ込んだ。

 彼は倒れる直前、その場に近付く頭2つ程背が高い男を視認した。


 仇の顔すら見れずに、しかしその姿だけはうすぼんやりと脳裏に焼きつけて、武田信虎はその生涯を終えた。


敵は無能ではありません。少しずつですが、主人公の手に対抗すべく動いています。ただし、主人公はその動きすら置き去りにするほどの速度で技術を進めてしまうわけですが。そんなわけで当世具足の原形的な何かが出てきました。史実より対鉄砲を意識するのが早くなっています。完成はまだ先ですが。


武田信虎、退場。浅井も壊滅し、海北綱親も戦死しました。次話で小谷城編は終わりとなります。

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