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第164話 一手先を目指す者達

前回と合わせて区切りの悪いこと。今回は逆にすごく長いです。

 美濃国 稲葉山城


 京極の状況が近江から届くのと、大寧寺の変について情報が届くのは同時だった。

 北近江では4万を動員した織田が上平寺城と鎌刃城を同時に包囲し、更に小谷城も攻勢に出る構えを見せたところで京極高慶が降伏した。佐和山城の磯野という城主が早期に織田方につき、鎌刃の包囲に加わったのもダメ押しになったようだ。

 京極高慶は出家して尾張預かりとなり、子がない高慶の養子として信長の弟が入ることになった。弾正忠信秀殿の四男はまだ数え9歳だが、養子入りして京極三十郎長高と名乗るそうだ。

 浅井と京極の和睦の証として嫁いだばかりの浅井の娘は、まだ幼児といっていい年齢だったため織田家が預かる形となった。浅井へ送り返そうとしたが拒否されたらしい。弾正忠信秀殿は「別に今更何も要求はせんのにな」と呆れていた。


 小谷城攻めは北近江安定化のため中途半端に終わったが、後背に危うい土地もなくなり、上平寺城は京極長高、鎌刃城は本多忠豊が入り、息子の忘れ形見たる鍋之助を支えることとなった。一旦横山城に入った松平広忠は小谷城を落としたら小谷城主となる予定とのことだ。



 で、肝心の大寧寺の変――すなわち大内義隆の殺害を含む一連のクーデターだが、史実との違いは分からない部分も多い。ただし大内義隆や冷泉隆豊、そして公家の二条尹房(ただふさ)様、三条公頼様、大宮伊治様らが討たれ、争乱の中で恨みを買ったコスメ・デ・トルレスや信徒も殺されたそうだ。相良武任殿は逃走中らしい。


 持明院基規様は二条様のこともあってショックを受けた様で、しばらく離れで1人で過ごすと仰って籠ってしまった。二条様の御子息の良豊様も山口に下向予定だったが、その前に一色領に出向いたことで襲撃に巻き込まれず、備前から慌てて引き返したそうだ。


「陶は此度の一件を正当化しようと動くでしょうな。」


 緊急で集まったいつものメンバー(叔父道利は遠征中)で平井宮内卿が開口一番そう言った。


「一番可能性が高いのは公方様に取り入る事。大内の当主を立て、偏諱を頂くべく大金を献金して正当な当主としようとするでしょう。」

「公家は……二条様に三条様迄手を掛けたのだ。工作をする事は無いだろうな。」

「左様で」


 父の道三も同意見のようで、


「わしならば大友の、以前養子となっていた者が居るであろう。彼の男を担ぐな。確か前公方様に偏諱を頂いて居た筈。」

「しかし、其の時の偏諱が正当性の担保には為りますまい、父上。」

「無論。だから進物を奮発して来よう。」

「ですが、現状の幕府は義兄殿の影響下。弾正忠家と協力して阻止すれば……」

「大友が其れでも陶と組むなら、担がれるだろうよ。だが、幕敵と朝敵が重なれば如何なるかな。」


 にやりと笑う父。相変わらず黒いな。


「先ず、朝廷に協力を願いましょう。譲位の費用を用立てつつ三好殿に恩を売ります。」

「弾正忠にも文を出しておけ。近江の処遇で大義名分が欲しいであろうからな。六角を刺激せぬ様連絡し近江介でも欲すれば良い。」


 織田としても京極の件は尾を引きかねないか。近江介なら近江守より格が低く、それでいて支配の正当性を主張できる良い官位だろう。


「そして、『朝敵陶に対抗する為』幕府にも献金を行う。」

「其れ、結局は義兄殿の支援なのでは?」

「知らんな。あくまで陶の横暴を許さぬ為の献金だ。だが、其れを三好が如何使うかは別の話だ。」


 悪い顔だ。三好を支援するのに大手を振って可能な手段を提示してきたわけだ。


「大友にも豊前守護職でもちらつかせれば協力しないやも知れぬぞ。此度の件で手薄な豊前あたりを狙うやもしれぬしな。」

「其処まで上手くいきましょうか?」

「厳しいだろうな。だが、朝敵と幕敵の味方という評判は大友にとって宜しくは無かろう。」


 歯止めにはなるかもな、と父は呟いた。まぁ、やれるだけやるとしよう。


「で、父上の越前で出した文に応じた領主は居たので?」


 父は最近大量の手紙を越前の領主たちに蒔いた。凄まじい量だった。報告された時はこういう地道な活動がマムシの所以かと感心したくらいだ。


「本命が釣れたぞ」


 そう言って笑った父の持っていた書状には、『橘屋三郎五郎』の文字が記されていた。え、誰?


「知らぬか。甘いな新九郎。手の長さが足りぬぞ。」

「父上と俺では出来る事が違います故」


 息を吸うようにはかりごとをしている父と俺の出来る事は違う。だから謀略は方針だけ共有して父と十兵衛に任せているのだ。


「で、誰なのです?」

「北ノ庄を拠点としている商人だ。海運も扱って居る。だが偽薬の流通に反発して景鏡に干された男だ。」

「ほう。其れは」

「冷遇されていたが今の朝倉は誰の力でも借りたい状況故再び流通に関与して居る。此奴を味方にすれば一気に越前の物の流れを掌握出来るぞ。」

「……諸将に文をばらまきながら、其の実本命は領主でも武将でも無かった、と。」

「宗滴が健在な内に将は裏切らぬ。分かって居る事よ。ならば別の者を崩すのが定石よ。」


 兵站の強化を進めたうちに対し九頭竜川を失った朝倉の流通を更に潰そうというわけだ。恐ろしい事を。


「最も必要な時機を見て奴は裏切る。上手く使え。」


 マムシは隠居しても健在だ。随分前に出家したのに一体どのあたりが慎ましくなったのかさっぱりわからない。出家後にも子供を作っているし、煩悩も殺生もお構いなしだ。俗物の塊じゃないか。


「御仏は寛容故わしの行い程度なら全部許して下さる度量を御持ちよ。問題ないわ。」


 度量があっても周りに害悪があれば許されないと俺は思うんだけれど。これぞ正に『憎まれっ子世に憚る』だろう。


 ♢


 尾張国 津島


 秋。収穫の季節。

 失意の様子でザビエルが尾張に戻ってきたという報せを受けた。山口の情報も持ち帰ったようだ。

 なので俺は織田と来年行う大攻勢の話し合いも兼ねて尾張津島に向かった。持明院基規様も二条様・三条様たちの最期を聞きたいと同行された。


 津島で待っていた一時帰国していた弾正忠信秀殿と信長本人の出迎えを受ける。


「久しいな美濃守。順調に越前も追い詰めていて何よりだ。」

「弾正忠殿が小谷で宗滴を釘付けにして下さっている御蔭ですよ。」

「いやいや、義兄上の夜明け城在ってこそよ!」

「夜明け城?」

「義兄上は其の名を知らんのか?尾張や京では義兄上が夜明け迄に砦を築いてしまうから夜明け城と呼ばれて居るのだぞ。」


 何だそれ聞いてない。しかも尾鰭おひれつきすぎ。


「其れは其れとして。先にザビエルとやらの話を聞くとしよう。堺や摂津の様子も同行した日本人なら分かる筈だ。」

「ですね。大内義隆の最期と、陶の動きも知りたいところです。」


 ということでザビエルが呼ばれた。今までは質素な服装か丈夫そうだが華美ではない綿の服装だったが、今日は全身黒で統一した服装だった。いわゆる喪服なのだろう。まずは弾正忠信秀殿が口を開く。通訳は日本人のヤジロウだ。


「此度の件、残念だったな、ザビエルよ。」

「仕方ありません。祖国を離れた時、皆異教の地で死ぬのは覚悟していました。」

「で、大内義隆と其方の仲間の死は如何いった様子だったのだ?」

「陶が毛利と手を組んで兵を集めました。義隆様は守り難い山口の館を捨てて寺に逃げ込みました。兵を集めようとしましたが大軍の陶を恐れて皆逃げました。忠義の兵だけでは勝てず義隆様は山口から逃げました。」


 歴史の教科書では大内義隆が殺された、くらいしか載っていない。某戦国ゲームでも殺された事や公家なども多く巻き込まれた事、息子も殺された事くらいしか出てこない。だが大内義隆は抵抗しようとしたらしい。


「海から吉見氏を頼ろうとしましたが途中で逃げ切れなくなり、最期は大寧寺という寺で腹を切ったそうです。忠義の家臣も皆其処で討死したと。相良という家臣も、筑前で討たれたと。」

「大内の御子息は如何なったか聞いて居るか?」

「見つかって殺された子と、今も逃げ隠れている子が居るそうです。斎藤様が助けた子は……殺された、と。」

「そう、ですか」

「無念だな、美濃守」


 この時代は病気であっさりと子供が死ぬ。戦乱に巻き込まれることもある。だが、家臣の都合で殺される子供などという存在がいても良いのだろうか。


「彼の子供の様な不幸を出さぬ様、俺は戦っている心算です。」

「で、あるか」


 少しだけ、全員が声を出さない時間が生じた。俺は目を閉じて、数秒あの赤ん坊時代しか知らぬ子に黙祷をささげた。


「で、トルレスとやらは如何して殺されたのだ?」

「実は、トルレスは大内様に気に入られる為、斎藤様が以前渡したという鏡と似たスペインで装飾された鏡を献上したのです。」

「成程。其れで気に入られたか?」

「山口での布教の許可を得たそうで。其の後も彼の御方と仲良くすべく色々な物を見せたそうです。大内様は日ノ本の外に大いに関心を持たれ、政務をされなくなったと。」

「で、狙われたか」

「はい。共にいた盲目の琵琶法師が身を挺して守ろうとしたそうですが、諸共斬られた、と。」


 彼らの滞在した屋敷の使用人などを金で集め情報を得たらしいが、噂としてもかなり色々と流れているそうだ。それだけショッキングな事件だったともいえる。


 それまで黙っていた持明院基規様が、口を開いた。


「二条殿は……何故殺されたのだ?」

「畏れ多い事ですが、大内様が毎週歌会を開く為金がかさみ、政務が滞るのを陶は怒っていたそうです。」

「何と……大内程の御仁ならば雅を知らねば舐められよう。其れが分からなんだか。」


 山口に行った時に会った陶隆房という男は濃い顔の人といったイメージしかない。だが苦労していそうな人相ではあった。

 軍事を任されていると一言で言っても軍を率いる時に大将格を務めるというだけで、彼が好きに敵を決め攻める事が出来るわけではなかったはずだ。色々な思いをしてきていたのかもしれない。そのせいで文化というものの重要性を理解する余裕がなかったのかもしれない。しかしだからといって、公家の方々を討って良い理由にはならない。



 失意の宗栄こと持明院様を一旦別室にお連れし、少し話してから合流することにした。


「せめて山口にて丁重に葬られている事を願うばかりよの。」

「宗栄様、葬儀の費用なら此方で僅かばかりですが用立てますと、二条様や三条様に御伝え願えますか?」

「其方には迷惑ばかり掛けるの。済まぬが、頼らせてたもれ。」


 二条尹房様は一度美濃に来ているし、三条公頼様も三条西家経由で資金援助をしていた。三条西家は稲葉良通殿の正室の家で、稲葉良通殿は俺の叔父にあたる。ようするに俺と近い縁を持った人物だった。その三条西家の本流が正親町三条家で、正親町三条家の本流が三条家だったのだ。俺の京滞在時に色々と便宜を図り京の近況を伝えてくれる代わりに資金援助を受けていた公家の1人だったわけだ。


「しかし、困ったのは嫁ぎ先の決まって居らなんだ御息女の事よの。本願寺との話は破談と為った故。」

「確か、御生まれに為る前に約束をされて居たものの、当時の本願寺が酷い状況で生活の支援も出来ぬという事で取り止めに為ったのでしたな。」

「しかりしかり。其の頃には其方の支援もあって無理せずという話に為って居たのよ。」


 本当は現当主本願寺証如の嫡男に嫁ぐ予定だったのだが、義兄殿がしかけた本願寺分裂騒動もあって白紙となった。まだ数え8歳ということもあって長旅も厳しいので三条西家が預かっていたらしい。大内からの支援も多かったそうで、三条公頼様の定期的な下向は欠かせなかったようだ。


「彼の娘は親族をほぼ失った事に。不憫よの」

「左様ですね。出来る事なら何かしてあげたいですが。」

「其の言葉、偽りは無いか?」


 知らない仲ではなかった。できることがあるというなら力になりたいのは当然だ。


「実は此の娘、其方の嫡男喜太郎と同い年でな」

「えっ、ちょっ、ま、まさか宗栄様?」

「不憫であろう?」


 待て、それは反則だ。


「此れ以上公家の皆様の窮乏に付け入る様な真似は反感を買いかねまする。」

「種痘の御蔭で京から痘瘡とうそうはほぼ消えた。余所者が流れてきて痘瘡を持って来ても誰にもうつる事無く終わる。薬は必要と在らば安く手に入る。全て其方の偉業であるぞ。表立って文句を言う者が居れば帝の命で討たれるか干されるでおじゃる。」


 そうかもしれないけれど、でも息子の結婚相手を親が早々に決めるというのもいかがなものか。


「如何しても駄目ならば其方に嫁がせるという手も「喜太郎でお願いします」


 もう嫁は十分です。すまんな、息子よ。


 ♢


 どっと疲れながらも、中座した弾正忠信秀殿と信長がザビエルと話している部屋に戻る。どうやら色々な情報を聞き出したらしい。


「詳細はまた話すが、此度の件を受けて天竺には西国の者は野蛮非道也と報告がされる様だ。」

「天竺の副王?とやらも本格的に日ノ本を調べ始めたそうだぞ、義兄上。」


 インド副王?ゴアの総督のことか?と思ったらドン・アルフォンソ・デ・ノローニャという人物らしい。ペドロ・デ・メネシェス侯爵の息子でポルトガル王フェルナンド1世の曾孫だそうで、ヨーロッパ全体でもかなり有力な貴族らしい。ビラレアルという昔の王様がレコンキスタの中で設立した地域の貴族で、そこのトップがかなりの権限を持ってゴアの代表となったそうだ。


「で、其の人物が日ノ本を調べるのも担当になった、と。」

「そして西国で宣教師が殺されたわけだ」

「怒って軍を送って来たりは?」

「天竺から船を出す事さえ厳しいのに、此処に兵を送るなど出来まい。」


 弾正忠信秀殿は一笑するが、未来的にはアジアはヨーロッパ諸国の植民地になるのだ。彼らと対抗できる力は欲しい。


「で、南蛮船は何か持って来たので?」

「幾つかのサイトー様に頼まれた植物の種を」


 で、ようやっと手に入ったのが除虫菊。あと玉ねぎ。特に除虫菊はずっと欲しくて探し続けていた。日本国内を探しても見つからないわけだ。ヨーロッパにあったのだから。ジョルジェに特徴を伝え、探し続け5年。やっと欧州で広がり始めたそれを見つけたのだから。ハプスブルク家の手が届く範囲が広かったのが幸いした。



 彼等との一通りの話を終えて、俺は織田の2人とだけで話をした。


「しかし、彼等は報復は望まず、ですか」

「死を覚悟した布教とは恐ろしいな。本願寺も、命を惜しまない。」

「信仰は恐ろしい。だからこそ、其の儘では受け入れられぬ。」

「美濃守が其処まで強く言うとはな」


 宗教は人を強くする。だからこそ、政治とは一線を画す必要がある。日本にも政教分離の原則があったし、信長も宗教の介入は許さなかったと言われている。秀吉の刀狩りは農民と宗教から武器を取り上げた、なんて歴史の先生は言っていた。



 だから、俺が目指す平和な未来に、そんな宗教いのちがけのしんこうはいらないのだ。

主人公の嫡男、無事三条の娘と婚約です。福姫より早いけれど背に腹は代えられないので仕方ないですね。史実では本願寺顕如の正室になる人です。史実との流れが変わりすぎてこのあたりの婚姻関係は各地で変わっていますが、必要な時だけ都度紹介する形にします。


大寧寺の詳細や欧州の動きと共に、越前の動向までセットなので盛りだくさんです。最初は前話とセットで1話だったので、これでも減ったのです。許してください。切れ目がないのが悪いのです。

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