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第163話 今、会いに来ました

キリが悪い関係で文字数が少なめです。ご理解いただけると幸いです。

 美濃国 稲葉山城


 夏の暑さが緩んだある日のこと。


 今日はめでたい日だ。

 少なくとも、外側から見ている限りめでたい日だ。


 幼かった北条氏康殿の娘、於春も今年で数え16歳。満年齢でも15歳。

 そう、準備が出来てしまったのだ。


 しかも、養父となる医家の錦小路盛直様が病で一時明日をも知れぬ病状となった。何とか寛解といった症状の落ち着きを見せているが、本人が「長くは保たない」と仰っている。この状況で「嫁入りを見届けたい」と言われて断れるわけがなかったのだ。


 細心の注意が払われた上で錦小路様は陸路を、そして於春は海路を使って美濃までやって来た。

 氷をふんだんに使った料理なども振る舞う形で宴は進み、式も華やかに行われた。とはいえ正室より華美では序列に支障を来たすため、そのあたりは配慮した形ではあったけれど。



 式を一通り終え、いわゆる初夜の時間。ずっと白無垢で表情もほとんど見ないまま来たので、顔を正面から見るのは久し振りだった。

 艶やかな絹の衣装から顔を出した彼女は、あの頃の華やかな面影を残しつつも半分大人になったような美しさも持っていた。


「大きくなったね。とても素敵な女性になった。」

「勿体無い御言葉です。此の日の為に日々精進して参りましたので。」


 2,3年前からは正室のお満とも文を交わしていたらしく、お満も素晴らしい女性になったと太鼓判を押していた。錦小路様は医術も彼女に授けており、豊が産婦人科医であれば彼女は内科医といった学び方をしてきたそうだ。


「しかし、殿の御好みの体には今一歩足りませぬ。」


 そう言いながら、於春は自分の胸を無念そうに眺めていた。そんな話まで誰に聞いたのかと思ったらお満だった。直前に尾張で会った時に聞いたそうだ。いやまぁ確かにそこが俺の大好物なのは否定しないが乳に貴賎はないぞ。


 言葉で否定しても納得してくれそうにはなかったので行動で示すことにした。近付いてぎゅっと抱きしめる。思えば俺も随分この時代に適応した気がする。前世なら確実に補導される年齢で結婚し、今も新しく迎えた女性はそういう年齢だ。とはいえこの時代ではこれから5年以上歳を重ねると嫁き遅れ扱いになるので、婚約状態ならばこのくらいの年齢で迎えないと相手に不信感を与えるのでこの初夜はこの時代的には問題ないといえる(理論武装)。



 一戦終えた後、艶ののった肌を堪能していると、腕の中の彼女が笑っていた。


「殿、有難う御座います」

「痛くは無いか?」

「正直少し。ですが、夢心地で其れどころでは御座いませぬ。」


 腕枕状態がお気に入りのようで、甘える様にひっついてくる。


「此れからは殿と何処までも一緒で御座いますよ。」

「無論」

「戦で亡くなったら後を追いますからね」

「ははっ、では絶対に死なぬ様にせねばな」

「そう。絶対に独りにはさせませぬから」


 そう呟く声は、昔の華やかさよりも少し怖さの混じった強い決意を感じるものだった。

 あれ?


 ♢


 尾張国 津島


 北条当主氏康殿の名代だった宗哲翁は以前伝えた伊豆金山の好調と上野で予想以上に上杉に苦戦していることを教えてくれて帰っていった。錦小路盛直様は病状も芳しくない為そのまま稲葉山に残り、治療を行うことになった。正直診た様子では長くないだろう。内臓が弱っているのを強く感じた。固形物はもうあまり食べられないだろうから、栄養の摂取も厳しく徐々に衰弱していく形だ。こればかりは俺にもどうしようもない。


 看護体制を整えた後津島に向かった。義弟信長からの手紙でザビエルがイエズス会の意向により中国での布教に担当が変わるため、最初に会って以来手紙以外の遣り取りがなかったので顔を出そうとなったわけだ。


 津島に逗留する時いつも世話になる大橋殿の屋敷に行くと、ザビエルが待っていた。


「オセワニ、ナリマシタ」


 おお、片言だが日本語だ。頑張ったらしい。

 ただ、そこからは普通に通訳を挟んでの会話だった。簡単に言えば「インドから情報が来ないので一回帰ってみる」というものだった。イエズス会は日本と中国での布教を目指してきたが、布教の進捗や本部の方針が届かなくなったので戻るということらしい。


「尾張と伊勢で出会った2人をインドに連れて行きます。次はミカドに御許しをもらえるよう色々持ってきます。」

「ワインは未だうちでは作っていないからな。織田では好評だったそうだな。」

「メガネはサイトー様が作った物の方が透明で良く見えていましたし、医術も我々の知らない物ばかりでした。本国で試してみようと思いますが、我々の献上する品で困るのは確かです。」


 酒にあまり興味のない俺はワインを作ろうとしていなかったが、ワインがなかったらイエズス会の献上品は大部分が「それ、美濃で作っているよ」状態だったからね。ガラスの水差しはうちにあった多色の品をジョルジェ・デ・ファリアが逆に欲しがったし。天文時計は面白かったので振り子時計とか作れないか考えるべきかな?稲葉山城には日時計を作ってあり、これと鐘で時報を今やっているのだが、雨の時に困っていたのは事実だ。小学校で習った簡単なやつを今度ザビエルが来るまでに用意しておくとしよう。本人はまた来ると言っているし。


「トルレスという宣教師がオーウチに御世話になっています。ハカタに船があるそうなので、彼らと合流するためサカイに行きます。後の事を彼に任せたいので。」

「達者でな。あまり話す事も出来なかったから、次会う時はもっとキリスト教について話をしよう。」

「サイトー様に認めてもらえるよう、頑張ります。」


 というような会話で和やかに彼らとは別れた。



 大寧寺の変で、大内義隆と懇意にしていたコスメ・デ・トルレス一行が陶隆房に殺されたとの報が入ったのは、その数日後。ザビエルたちが堺に向かった直後だった。

於春の嫁入り。正室ではないのであまり華美にしすぎない形。北条氏康は上杉の龍さんが大暴れしているので手が離せず。代わりに幻庵翁が来て話していますが登場人物増やしすぎないよう割愛しました。盛昌・綱成あたりも出ているので関東の人物は控えめで。


ザビエルは史実よりちょっと早めに帰国を考えて動きましたが、ザビエルの代わりに山口にいたトーレス(本編ではトルレスとしています)が犠牲に。史実でも大寧寺の変が起こる直前にザビエルは豊後に出発していますが、ザビエルの運はトーレスにはありませんでした。当然ですが信者の数も尾張に数人、山口に100人程度しかいない設定です。トーレスの死はかなり大きな影響を与えるでしょう。


この時代はまだない振り子時計を作る気マンマンの主人公。振り子時計の原理や構造は小学校5年生の理科教科書「ふりこ」の単元で見られます。


次話は大寧寺の顛末と越前の動向などなどです。

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