第157話 十二の死(中)
越前国 亥山城
夏。修復の終わった近江の横山城から織田軍が小谷城へ進軍を開始。これに呼応する形で一乗谷に俺の軍勢が向かっていた。
今回は東氏や北部諸将を率いて、更に鷲巣に養子入りした弟が元服し、鷲巣孫四郎龍光と名乗って初陣を迎えるのである。数えで14歳まできちんと待った俺は偉いと思う。父の様なパワハラ環境を弟には絶対に押し付けたくないのだ。
「兄上が初陣を手伝って下さるなら勝利間違いなしですね!」
「油断しては為らぬ。敵は朝倉宗滴入道率いる朝倉軍だぞ。」
「其れを言うなら朝倉延景では?」
「御飾りの当主なぞ気にしなくて良い。出てくるのはどうせ宗滴入道か一族の景隆か景良だろう。」
朝倉氏で一軍を率いることができる人間は既に多くない。朝倉景連の死、朝倉景紀の死。これで一族でも従軍経験の多い将は朝倉景隆くらい。家格でいえばこれに景良という織田庄(織田家発祥の地らしいのでそのうち蝶姫名義の化粧料と呼ばれる土地にでもしようかと思っている)を治めていた一門の人物が加わる程度だ。実戦経験でいえば山崎吉家もだが、彼は宗滴軍の先陣を務める割合が高いので考えなくていい。
「若狭武田は六角殿の交渉の御蔭でもう兵を出せん。浅井が此れ以上負ける訳にいかない以上、宗滴は近江だ。であろう、十兵衛?」
「ええ。此処で此方に居るなら我等は無理せず退けば良い。一乗谷の守りは固く成って居ります故。」
「近江が落ちれば宗滴の本拠で大軍を養う為に必須な敦賀も危険に成る。宗滴は浅井を助けざるを得ない。」
俺としては割と楽しているのだが、万一加賀本願寺が越前へ攻め込んでいる最中に攻めてきたら嫌なので兵数はかなり多い。美濃兵総勢10000。これに東氏2000と越前常駐の兵を加えて15000である。
一乗谷の途上、大野郡の亥山城で兵を休ませる。一乗谷と共に手にしたこの城だったが、前世の時代には日本酒の名産地なので名前だけは知っていた。各地から湧き水(清水と言うらしい。通販で買ったパンフレットに書いてあった)が出ているため良い水が手に入るらしい。
ただこの時代はパンフレットで知られた湧き水がなかったので各地を探させていたところ、先日城の西南西で大掛かりな湧き水が見つかったそうだ。典薬清水とか呼んでいるらしい。まぁ補給面でも水が多く出るのはありがたい。夏場で水分補給は大事だし。そのうち城下整備の時にでも人々にいきわたる様になればいい。
♢
越前国 長崎城南東
朝倉方の最前線にあたる槇山城や成願寺城は連携して守るシステムが出来ている。しかし北の九頭竜川沿いの長崎城は加賀本願寺との防衛拠点も兼ねている。という状況なので普通は連携が構築されているとはいえ平野で本願寺とかち合わない一乗谷側から攻める事になる。長崎城と加賀方面の最前線である金津城は近い。万一が怖ければ長崎は攻めないのだ。
「だが、今回は敢えて長崎城を攻める。」
「其の為に態々弟君は槇山に火縄を撃ち掛けさせ、陽動兼安全な初陣をさせたわけですな。」
「本命はあくまで此方だ。しかし槇山を放置すれば援軍が来る。だから此れで良い。」
弟は傍で戦いたがっていたが、長崎城を取れば連携して背後から崩して槇山城の強固な防衛ラインも壊せるのだ。
「其れに、危ない時も一乗谷が近い故逃げやすい。」
「殿は弟君に優しいですな」
「家族だからな。当然心配するし、初陣は確実に成功せねばなるまい。」
城を落とせと初陣という名の談合現場に連れて行かれた上、終わった後父にパワハラ地獄で置いていかれた恨みを俺は忘れていない。だから弟にはそんな目に遭わないよう考えておいたのだ。
俺の本隊は九頭竜川を下り、物資を九頭竜川で運びつつ一気に平野部まで進軍。そのまま開けた地点に物資集積の拠点を確保したところで、気付いた。
物見に出した兵が血相を変えて帰還しているのを。片目望遠鏡で見つけてしまったのだ。
♢
「な、長崎城東に本願寺門徒多数!凡そ二万以上!目視では正確に分かりませぬ!」
「本願寺門徒が攻めて来ていた、のか?」
「分かりませぬ。しかし、朝倉兵は此方に背を向ける形で布陣して居りました!」
こちらに気付いていない?
「朝倉の大将は?」
「余り近く迄近寄れない故確信は御座いませんが、朝倉景良かと。」
「一族とはいえ余り重要でない人物だな。」
そんな人間で本願寺を抑えられるのか?
「十兵衛、如何見る?」
「朝倉の兵数は四千程、でしたな。間違いなく突破されましょう。」
「となると、此処で守りを固めるか?」
「いえ、後一刻(2時間)程経ってから乱戦の中で朝倉を突き、勢いの儘本願寺を打ち破りましょう。」
「卑怯と言われぬか?」
「朝倉の兵の数と大将を見るに、一刻は保ちませぬ。敗走する朝倉兵を叩き、疲弊した本願寺を倒すだけの事。其れに、戦では負ける方が悪いのです。」
「まぁ、其れも間違っていない、か。」
というわけで、2時間を兵の休息と準備にあて、万全の状態で戦場へ向かった。物見は弓矢の飛び交う状況を報告していて、両陣営が徐々に接近しているという情報が入っていた。近接での戦となれば朝倉は本願寺の物量に敵わないだろうと俺も十兵衛も考えていたので、出発した後も意外な粘りを朝倉が見せているとしか思わなかった。
しかし、一定距離まで近付いた頃、戦場を確認すべく放った忍びから信じられない報告を受けた。
「殿、朝倉と本願寺の戦が終わって居ります。」
「如何いう事だ?」
「南に引っ張られていた本願寺門徒が我が軍を迎え撃つ陣形と成って待ち構えて居ります。朝倉兵は一部が西に距離を置いて布陣。一部が我が軍に近付いて居ります。」
うちの軍勢に気付いた?にしては動きが極端に変だ。本願寺はそのまま朝倉を倒して俺を待ち構えるという選択肢もあったはずだし、何より変なのは朝倉の兵が目の前にいて戦っていないということだ。
「此方に向かって来る敵は?」
「朝倉景良。大将の部隊で数は五百に御座います。」
これで逃げたら笑い者か。大将が逃げているとすればおかしいし、まさか大将自ら俺達を誘因する罠か?
「だが真面に戦ってやる道理も無いな。一定の距離まで近付いて来たら火縄銃で潰す。陣を布け。」
別になんと言われようと勝てば良いのだ。宗滴がいない間に勝つ事が重要と考えれば、ここで朝倉軍の大将を破り、浮足立つ朝倉を尻目に本願寺を倒せばいい。
案の定何の策も見られずに突っ込んできた朝倉景良は思った以上に呆気なく全滅した。そう、全滅。火縄銃にしっかりと突撃して、そして1500丁の砲火と弓で全滅した。
大将の首を確保し、申し訳ないと思いつつも彼の首を先頭に掲げて前進する。こちらは死者どころか負傷者すら出ていない。
前線基地と長崎城の中間あたりにある白山神社側まで北上した時、敵がこちらに接近しているのが見えた。
「大将の首を掲げているのに、進軍が止まりませぬな。如何致しますか、殿。」
「十兵衛、本願寺門徒は止まらぬだろう。朝倉が止まらぬのは分からんが。」
そろそろ彼らも大将の首を視認しても良いはずだ。それなのに何故か動揺すらしない。
嫌な予感がする。俺と十兵衛が、何かを見落としている、そんな勘の様な何か。
背筋に汗が滴る。十兵衛と共に朝倉軍を望遠鏡で覗き見る。そして、気付いた。
「誰だ、彼処に居る男は」
明らかに大将らしき悠然とした構えで、周囲に真っ赤に鎧を染めた兵が数人。
「そうか。そういう、事でしたか。」
十兵衛が無表情を必死に保ちつつも、声の震えを抑えきれずに呟く。
「十兵衛、誰だ?」
俺のその言葉に、十兵衛は絞り出すように答えた。
「武田、信虎……!」
そうだ。いたのだ。本願寺とのパイプがあり、本願寺と朝倉の共闘を一時的にだけなら収められる男が。
それは、和睦で離脱した若狭武田を飛び出し、残った側近だけを率いて朝倉の客将に収まった(と後で知った)甲斐の虎の父・武田信虎その人だった。
朝倉景良、初登場で即死。ごめんなさい、そういう役回りなのです。
武田信虎は以前若狭武田・加賀本願寺・能登畠山連合軍でも活躍した人物。先に逃げたのでその時参加した人間には良く思われていませんが、双方に顔が利く唯一の人物となります。そして主人公にとって、直接戦う相手としては今までで一番優秀な武将。兵数は本願寺門徒とはいえ劣勢なのも初。
という状況で木曜までお待たせするのは申し訳ないのですが、次回本願寺+武田信虎との戦です。




