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第155話 地縁が欠かせない推薦

来週以降はまた木曜・日曜更新に戻ります。

 美濃国 稲葉山城


 1550(天文19)年になった。


 ザビエルは一応津島預かりのままだが、尾張の中ならば外出も許可されたらしい。

 那古野の病院を視察し、孤児院を視察し、年明けに始まった下級武士向けの学校も見学したそうだ。


 で、うちの孤児院併設の学校でも年明けに卒業式が行われた。毎年入学と卒業は時機が合えば俺も出席しているのだが、優秀な卒業生は様々な分野で活躍しているので楽しみにしている。

 今年の卒業生もそのリストをもらい、進路を見る。すると、そこには目を見張る名前が。慌てて名誉校長的なポジションの幸に名前を確認する。彼女は卒業者の名簿を開く。


「こ、此の木下というのは……」

「尾張中村の子。織田様から預かった。とても優秀。でも字が殿と変わらない位汚い。らしい。」


 やはりだ。木下の日吉。秀吉だ。

 実は尾張で学校を創るためにうちのノウハウを知るためという名目で尾張から留学生的なポジションで足軽から土豪くらいの身分の子供を預かっていた。織田では希望者から抽選的な形で(本人に聞いたらピンと来た的な名前の者を選んだだけらしい)選ばれた人間がうちに来て、将来の医者・教師となるべく学んでいたわけだ。

 しかしまずい。秀吉(仮)に教師なんかで終わってもらっては困る。光秀の分は俺が頑張るからお前はきちんと信長の側近になってくれ。


 ♢


 尾張国 那古野城


 というわけで卒業式の後、尾張まで秀吉(仮)を連れてやって来た。主目的は蝶姫の健康診断だが、ある意味同じくらい重要なことである。


「如何した義兄上。態々来てくれるのは有難いが、蝶に会うのが先であろう。」

「いや、女子の肌を見る訳にはいかぬよ。例え妹であってもな。そういう作業は豊に任せるに限る。」

「豊殿も先日女子を産んだばかりであろうに。忙しい事よな。」


 生理関係で蝶の相談に乗ったこともあり、豊は蝶と信頼関係がある。

 体調面で問診や触診をするなら2人きりの方が良い。精神面なら俺が相談に乗れる部分も多いだろうから、そこは役割分担だ。現状日本最高の女医といっていい豊に任せて心配はない。


「で、実は今年の学校の卒業生なのだがな。」

「何か問題でも在ったか、その逆かな。」

「逆の方だ。尾張中村から来た日吉という男。かなりの切れ者だ。学校で使うには惜しいぞ。」

「義兄上が欲しいのなら構わんが。」

「いや、是非其方の側で使って欲しい。知恵も働くし文字は汚いが優秀だ。」

「ふむ。ならば馬番でもさせるか。義兄上が其処まで言うなら何をさせても光ろうよ。」


 そんなわけで、何とか秀吉(仮)は信長の家臣になった。後で聞いた話では、父親から寺で文字を習うよう言われたところで学校への募集があったそうで。見事選ばれた彼はそのまま学校で優秀な成績を修めたわけだ。


 幸を通じてこのことを伝えた所、秀吉(仮)は涙を流して喜んでいたそうだ。せっかくなので名前も「優秀で運が良い(吉)男」という理由で秀吉と名乗らせることにした。木下秀吉誕生だ。あっという間に(仮)じゃなくなったので俺としては完璧な対処だった。


 ちなみに蝶姫は精神的に不安定になりやすい(しかもそれを周囲に見せないよう取り繕う)ところがあるので、当分甘えられる信長には側を離れないようお願いした。食事は斎藤領内では鉄板化した酸味のある物。体に良い物をきちんと摂れるようにしつつ、本人の気分で食べたい物を適宜食べさせるように台所の係にも伝えた。


 蝶に絵本を渡しつつ悩みなどないか話をした。蝶の側で彼女を世話している面々もかなり信長が厳選したようだ。環境は悪くない。


「蝶、御前が無理をしては成らぬぞ。子の為と其方が無理をすれば其方と子の双方に良くない。存分に信長に甘えよ。困った事が在れば何時でも信長を頼れ。必要なら信長から俺を頼れ。」

「家を出て尚兄上に心遣い頂ける事、何と心強い事か。」

「嫁いだと言えど其方は血の繋がった家族。嫁いだ家を第一と思うは当然だが、俺と信長は共に歩み続ける。何か在れば信長に相談し、俺を頼ると良い。」

「其の御言葉だけでも心が軽く成りまする。」


 昨年から共に過ごす時間も増え、生理の周期も安定していたと報告は受けていた。夜になると2人で碁を打ったり、折り紙をしたり、絵本を読んだりしていたそうだ。俺が作らせた大きめの枕で2人寄り添って寝る日々の中で、男女としても睦まじく関係を育んでいたらしい。

 体を冷やさぬ様にと蝶にも信長にも言い聞かせて那古野を後にした。


 弾正忠信秀殿には土産にと大量の干し魚を貰った。美濃は内陸だから川魚は食べられるが、新鮮な海の魚が食べられない。那古野や津島に行くたび魚を食べるので最近はこういうお土産が多い。

 美濃で食べられる肉はバリエーションが少ない。畿内から逃げてきた人間が増えて肉食忌避が若干強い風土になりつつある。食べてもいい肉の普及は急務だ。穢れ思想は生病死については認識を正しくすべく動いているが(特に産みの穢れは大分畿内でも改善していると思う)、鮮度の問題もあって難しい。食肉用の病気を持たない生き物と野生に生きる病気持ちの可能性がある生き物では食べる事の危険度が大きく違う。



 帰り道、街道が太く整備されつつあるのを確認した。行きは余裕がなかったので気づかなかったが、この太さでは互いに攻め込むのも容易だろう。逆に言えば、俺も弾正忠殿も敵対しないと認識し、商人もそう思っているという証といえた。雨期以外常時行われるようになった浚渫しゅんせつ事業で深くなった川にかけられた橋も頑丈に造り直され、益々流通が活発になっているのが見てとれた。行き交う船も多い。治安が良いからか、あまり護衛らしき人間を多く連れていない商人も道を通っているようだ。

 様子を見ていた俺に、新七郎が話しかけてきた。


「大和守家が滅んでから、殿と織田家を結ぶ此の道の周辺だけで無く東海道一帯で野盗狩りなどが徹底されたそうで。紙作り含め仕事も多く人が足らぬ程であったので今や此の道は日ノ本一安心して通れる道と評判に御座います。」

「何れは六角殿が進める楽市や関の廃止まで行ければ良いな。」

「関の廃止は難しいでしょうが、楽市は紙で試せないか文官に指示して居りましたな。」

「ああ。何とか東海道を中心に更に発展させ、人々の暮らしを豊かにしたい物よ。」

「殿なら出来ましょう。北条も、織田も、其れを望んで居りましょう。」


 六角氏は先年楽市令というものを出した。美濃和紙が安価で大量に供給されているのに一部商人が独占しているため、観音寺周辺で紙の値が下がらないのを知った管領代六角定頼様が命じたのだ。おかげで長島経由で紙を買いに来る商人が一時期激増した。消費量も増えており、こちらとしては大儲けのチャンスだったのだが、北近江の戦乱もあって少し下火になりつつある。現在は美濃側も楽市にして販売数の増加を狙っている。


 畿内情勢は雪解けと共に動き出すだろう。朝倉・浅井との戦もそうだ。やらなければならない事も多いが、少しずつだが戦乱のない地域を増やし、人々の生活が安定すれば人の死を減らせるだろう。家族も含め俺自身も結果的には長生きできるはずだ。

 確かに現れ始めた成果を目に焼き付けつつ、俺は尾張を後にした。


 ザビエルに会うのを忘れていたことに気付いたのは、稲葉山に戻って書類仕事を始めようとしたその時だった。まぁ良いか。急ぎではないし。


 ♢


 美濃国 稲葉山城


 尾張から帰国後、定期的に美濃に滞在する持明院基規様が、戦乱と豪雪で延期していた帰京をしたいと伝えてきた。


「此処最近は美濃に世話に成る事も多いからの。久し振りに2年程山口に行こうかと思うてな。」


 今回の朝倉・浅井討伐に当たって昨年の秋に信長の従六位上昇叙を、春には俺の越前守の任官が出来る様工作を進めてくれたのも持明院様だ。朝廷の窓口としてかなり精力的に活動してくれたので、俺としては感謝してもしきれない。


「山口ですか」

「ほほほ。其方に世話に成る事も多いが、山口も京都と変わらぬ繁栄を見せて居るは此の前共に行って見たであろう?」


 大内氏との橋渡しもこの人が関わっている。俺の人脈の中でもかなりの重要人物だ。

 しかし大内か。戦国ゲームでの一大イベント、大寧寺の変は来年ではなかったか。2年もいたら巻き込まれかねないが、一度行けば2年はいてしまうだろう。


「其の山口行き、延期して此方に居て頂く事は出来ませぬか?」

「む?確かに未だ大内には文を出しては居らぬ故、如何様にも出来るが。」


 大事なコネを失いたくはない。大寧寺の変自体を阻止したいところだったが、残念ながら文で忠告しても大内義隆という人は疑おうとしている様子がない。恐らく畿内がこの状況では止めようがないだろう。ならば犠牲者予備軍は減らすに限る。


「浅井や朝倉との戦も此れからですし、帝や朝廷の方々には御力を御借りしたいので。」

「ふむ。ならば京に戻ったら畿内の猿楽を観たいと思って居ったのでな。代わりを呼んでくれぬか?」

「其れだけで宜しいのですか?」


 なんか色々便宜を図ってくれとか言われるかと思っていた。


「最近『醤油』の料理に凝って居ての!彼れは其方の作った物の中でも格別よ。暫くは彼れを使った料理と清酒が在れば十分。だが猿楽は観たいでの。其れだけは頼むぞえ。」

「畏まりました。畿内一帯から呼び寄せましょう。」


 というわけで醤油パワーで持明院様は美濃に残ってくれるわけだが、当然のごとく猿楽とのコネなんてない。

 ザビエルの件より重要度高めで、三好の義兄殿のコネを頼りに猿楽を呼ぶしかないだろう。


 後日、ザビエルの件は難しいとの返事と共に播磨の猿楽大蔵流なる一座を海路でこちらに向かわせると返事があった。京での仕事が戦乱の悪化で減っているらしく、逆に治安が安定している東海道で仕事を探そうということらしい。

 代表者は大蔵信安という名前らしいが持明院様は知らない名前らしい。「態々畿内を出ても良いという者は余り居らぬであろうからの」と呼べただけ良しといった雰囲気だった。まぁ仕事がなければ定期的にうちで公演させるとするか。部下たちは本場の猿楽が来ると大喜びだし。

ザビエルは尾張各地を見て回っています。彼の活動が一段落するまで会う機会はないと思います。


秀吉初登場。時間かかりましたね。開始年代が年代なので仕方ありません。

史実と違い実父が戦場で死んでいない(織田が勝ちまくっているので)のもあって順当な人生を歩んでいます。本作では弟小一郎は同父説をとるので小一郎もそのうち出てくるかも?です。


稲葉山~那古野~岡崎あたりまでの街道整備はかなり進んできています。北条側も箱根越えルートの整備を進めていますので、東海道は陸路も流通が盛んなのを目で見る機会になりました。前回などは主人公に余裕がなかったので、少し余裕ができてそういう部分が見えたよ、という話。


大蔵信安……一体誰の父親なんだ(白々しい)

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