第154話 信長 ミーツ 異邦人
『』の会話が一応日本語以外での会話という形です。分かりにくかったら申し訳ありません。
尾張国 津島
那古野に異国の人間がやって来た。
そんな一報が送られて来たのは義兄殿を助けるべく京に何人かを送った後だった。既に美濃の山間部では小雪がちらつき、戦も終わりが近い。
「十兵衛、異国とは何処だ?」
「ゴア?なる地から来たと申して居りまする。」
「ならばインドか。ポルトガル人の都市に成って居た筈だな。」
「良く御存知で。何処で御調べに成ったのですか?」
「小西に調べさせて居るのよ」
まぁ、嘘ではない。細かい部分は世界史の授業では習わなかった。だから概要以上の情報は堺の薬種商人の小西に明との交易の中で仕入れさせている。
「で、来た者の名は?」
「何やら長く言いにくい名前でしたな。ふらし……ザベ?」
「フランシスコ・ザビエルか?」
「良く其れだけで分かりましたな。」
日本史の授業でザビエルは必ず出てくるインパクト抜群の人物だからな。ペリーとザビエルは小学6年生でも知っているぞ。
「ポルトガル人の名前には特徴が在る。フランシスコはキリスト教に於ける有名人だ。詳しくは知らんが鑑真和上の様に活躍した人なのだろう。」
「成る程。此の日ノ本に戒壇を授けた鑑真和上の様な偉い方に肖った名前を名乗って居るのだろう、と。」
ちなみに、俺の知る限りキリスト教については主だった家臣や親しくしている真宗高田派の尭慧殿、そして天台宗の主だった僧には伝えてある。ルターの95か条の論題について、「信仰とは何処で在っても腐敗するのですね」と十兵衛は言っていた。尭慧殿は「親鸞上人の御考えに近いですな。ミュンツァア?とやらは本願寺派で、ルタアは我等高田派ですな」と面白い意見を言っていた。
「で、織田の若様は嫌う程では無いものの、家来衆が激怒して津島に幽閉されて居る、と。何が在ったので?」
「滞在は大橋殿の屋敷だそうで。彼に聞くと致しましょう。」
というわけで俺は津島に来る事にしたのだ。今年は温泉はキャンセルだ。悔しいが仕方ない。
津島では大橋重長殿が俺を待っていた。彼らも寒天・菜種の栽培と石鹸に漢方薬の売買など、様々な分野で関わっているので会うたびに満面の笑顔だ。最近は弾正忠家が長島も手に入れたので、本願寺と仲の良かった商人が追放された隙間に入り込んで長島でも儲けているらしい。
「美濃守様には何時も格別に御世話に為って居ります。弾正忠様が御造りの菱垣船を御貸し頂き東海道では御世話に為り放しに御座います。」
「菱垣廻船は順調か?」
「今は伊豆・駿府と那古野、そして九鬼の治める志摩の鳥羽湊や紀伊の安宅湊等を通って堺と商いをして居ります。」
東海道の安定化と近江・越前の不安定化により、現在東国からの物流は東海道が担っている。信長は遠江の今切と呼ばれている街道の難所(浜名湖によって陸路が途絶えている部分だ)を何とかしようと考えているらしい。そのへんの知恵がないかというのもあってザビエルの来訪に直々に会う事にしたのだとか。
「ですが、彼のざべる?なる男、殿に会うというのに見窄らしい服の儘で在ったそうで。留守居で只でさえ戦に出れぬと不満の在った諸将が猛反発されたそうで。」
あぁ、なるほど。風習の違いに加えタイミングが悪かったと。
「で、若様は碌に話も出来なかったので蝶姫様の御部屋に籠ってしまったそうで。」
「ザビエル達の信仰をキリスト教と言うのだが、彼れは『清貧』という思想が在ってな。奢侈で無く民草と同じ生活の中で神に祈るのを大事として居るのだ。」
「はぁ。何とも奇異な」
「其れでいて民草から金を集め、巨大で華美な教会と呼ばれる寺の様な物を造る事も在るのだ。不思議よの。」
まぁ結局のところキリスト教でも末端の人間は真面目に修行だ布教だを頑張っている場合が多いものの、上層部には腐敗した連中がいるから宗教改革なんて動きが生まれるわけだ。このへんは仏教もキリスト教も変わらない。
「さて、では俺が会うとするか。向こうの習俗に詳しい人間の方が互いに話しやすかろう。」
「美濃守様がそう仰るなら此方としては手配致しますが……」
心配しすぎだろう。ザビエル自身は布教第一だったらしいし。頭でっかちなタイプだったら日本で布教を進めるなんて無理だっただろうから。
♢
通訳にと同席したヤジロウなる男と、服装ではどちらが偉いのか分からないくらいボロボロの服を着て彼はそこに座っていた。
予め用意させた椅子に座っている。ヤジロウは地面に擦り付ける様に頭を下げた日本人スタイルだ。
上座にも用意させた椅子に座る。面を上げよって言うのも変な気がした。まぁいい。先手を取るぞ。
『初めましてザビエル。私がヨシタツ・テンヤクノカミ・ミノノカミ・サイトウだ。』
『!……そ、それはザクセンの言葉ですか!』
ドイツ語。医者なら必修とされる第二外国語の片方だ。ザビエルはスペイン出身だから、ハプスブルク家のカルロス1世との関わりからドイツ語も多少わかるだろうと思っていた。
『ザクセンかどうかは知らない。あなたと話したかっただけだ。』
『成程。ルターの事まで知っているとは聞いていましたが、思っている以上に我らの事は御調べになっているのですね。』
ヤジロウやその場にいた人間は全員右往左往するばかりだ。一緒にいる宣教師たちもドイツ語がわからない人間は戸惑っているのがわかる。ザビエルも片言しか分からないらしく、宣教師の1人を通訳にしはじめた。
『ならばお願いです。ジパングでキリスト教の布教を御許し下さい!』
『無理だな』
即答した。目が点になっている。
『な、な、何故』
『この国は天皇陛下……即ち皇帝の治める地だ。皇帝の許しを得ずに布教は出来ぬであろう?』
『テンノーはカエサルなのですね。ヤジロウの話より偉い方の様だ。』
『仏教も昔の天皇が許可して日ノ本に根付いた。ならばキリスト教も同じ事をせねばなるまいよ。』
『分かりました。カエサルの許しを得ることにします。』
その後の話で、彼は堺で乗ってきたジャンク船を置いて菱垣廻船でやって来たらしい。那古野湊は現状菱垣廻船用に港を改良しているので恐らくジャンク船なら来れたと言っていたので、すぐにこっちに持ってくるよう伝えた。中国の技術を取り入れるチャンスだ。
さらに、俺が豚を探させていたのを聞いて明から取り寄せるのも約束した。琉球あたりにいないかと博多商人に探させているが、最悪このルートを使おう。ジョルジェ・デ・ファリアには乳牛をお願いしているのも聞いていたそうで『インドの白牛を用意しましょう』と言われた。
彼としては帝に会う橋渡しをお願いしたいらしいが、とりあえず三好殿に「異国のキリスト教って宗教の僧が帝に会いたがってます」的な文を出すことだけ約束した。
当然のように会談の内容はその後十兵衛らにも伝えたが、「帝に謁見とか無理でしょう」という意見だった。まぁ官位がないと会えない相手だし。
公方様ならまだ可能性があるだろうが、今は京がてんやわんやだ。会う余裕がないだろう。帝の場合謁見には官位が必要で、官位をとるにはどんな人間か分からないとダメなわけだ。異国人が会えるとは思えない。
別に意地悪をしたいわけではないが、帝と幕府に忠実なる斎藤氏というイメージが出来つつある以上、変な許可とかは俺から与えるわけにはいかないのだ。浄土真宗高田派と天台宗比叡山、更に日蓮宗という俺に対して友好的な宗教があり、彼らだけでなく日本全体の宗教を政教分離しないと寺社がいつまでも兵を持つ世の中のままになる。それを防ぐ当て馬にはしたいが、それ以上は求めていないし。
♢
美濃国 稲葉山城
冬本番となった頃、琉球と対馬からほぼ同時に豚が届いた。早速用意していた豚小屋に豚を入れ、飼育を命じる。宣教師からヤジロウ経由で教わった豚の飼育方法を信用のおける孤児出身の衆が世話する。頭も良くないし体も頑丈ではないが真面目なメンバーらしい。
教師役をしていた幸曰く、
「殿に恩義を返したい気持ちが空回っている子達。仕事は真面目に遣る。」
とのことだったので、任せることにしている。乳牛も一部孫世代となり、ようやくまともに乳が出るようになったがまだまだ十分な量は確保できていない。食の改革は道半ばだ。
試しにと食べた豚は肉の身もそうだが脂が臭かった。燻製にしたらましだったので信長に贈ったら、「倍欲しい」と言われた。豚肉の味を信長が覚えてしまったようだ。一連の騒動の後豚の礼にと絹の服をザビエルに贈ったらそれを着て信長と会ったらしい。地球儀を見て「義兄上の地図より適当だな!」とか言っていたらしい。そりゃ俺の地図はチートだからな、許してやれよ。
病院やら孤児院やら色々な施設にも彼らは驚いていたらしい。とはいっても尾張の病院はうちの弟子が運営している支部でしかない。美濃に本部があると聞いて更に目を見開いていたそうだ。雪が解けたらザビエルが美濃に来るかもしれない。
そして、今年も終わろうかという頃、蝶姫が懐妊したという報せが届いた。
ザクセン語⇒ルターがドイツ語聖書で使った言葉なので、現在のドイツ語に近いということでこういう反応となりました。
ザビエルがザクセンの言葉を話せたかは分からなかったので、片言だけ分かったという事にしております。史実より規模の大きい宣教師一行だったので話せる人間がいた、という設定です。
豚や牛などの肉を求める主人公。魚だけではそろそろ限界みたいです。乳牛が欲しいのは栄養面など色々な理由があります。現状では来客と帝への献上分くらいしかないのです。
インドの白牛は吉宗の時代に酪農が始まった時輸入された牛です。ゴアで活動しているイエズス会なら思いつくかな、という感じです。
書籍化作業も少し始まっていて感想返しができず申し訳ありません。火曜投稿など本編を進めることでお返しの代わりとさせていただきたいと思います。感想は全て読ませて頂いております。




