第149話 姉川の戦い(上)
遅くなって申し訳ありませんでした。
近江国 上平寺城
不破関を越え、京極領に入った。
越前方面は叔父道利を総大将とし、東部の国人から6500の兵を集めて一乗谷に送り込んだ。物資輸送は京に着く前に大野までいざという時のために雪解け頃から行なっていたので数ヶ月は問題ない。
稲葉山には父道三が入り、12歳となった弟の勘九郎(鷲巣に養子入りしている)が大桑に入った。再来年あたりには元服予定だ。
俺の率いる斎藤の兵は7000。弾正忠信秀殿率いる織田の軍勢は14000で打ち合わせ通りである。いつもと違い日根野兄弟も大沢次郎左衛門もいないが、先陣を不破光治と安藤守就が務め、稲葉と氏家も参加した西美濃衆にとって久しぶりの遠征となっている。
「此度は愚息を置いて来た。恐らく相手は朝倉宗滴。然るに彼奴では相手にもなるまい。」
「えっと、我が身も未熟なれば……」
「美濃守殿はもう二十を過ぎて居るではないか。もう一角の大名であろう。」
少なくとも、戦に関しては十兵衛頼りなのだけれど。実際彼の判断にGOサイン出しているだけだし。
この時代では20過ぎたら立派な大人だ。大学も大学院も一般的ではないし、そもそも成人が早いのがこの辺りの認識の違いにも出ている。
「とは言っても主力は我等だ。無理に矢面に立たせる気は無い故、御安心召されよ。」
「朝倉攻めの時は此方からも攻め込みたい故、協力は惜しみませぬよ。」
「其方と違い、我等は未だ畿内では余り名を知られて居らぬ。故に戦で其の名を知らしめねばならぬ。」
現代の感覚で言えば近江と尾張の距離感覚は日本と朝鮮半島くらいか。割とすぐ行けるし誰がその地域の首脳かくらいは知っている。けれどその首脳の為人までは細かく知らない、的な。
弾正忠家としてはまず自分たちが領主に相応しい強さがあることを示したいわけだ。しかも飛び地の領地になるので、圧倒的な強さでも見せないと領民に侮られる。場合によっては破落戸の溜まり場になってしまう。それを防ぐためには自分たちの力で浅井を滅ぼしたいのだろう。
「敵の浅井軍は我等が兵を出立すると自城に兵を戻して居るそうだな。宗滴が来る前に先手を打ちたい所だ。」
「ですね。京極殿と先ずは合流しますか。」
「うむ。先触れが戻り次第動くとしよう。」
お互いに軍勢を動かす準備のため一旦別れる。主力を率いる弾正忠信秀殿は指示を的確に出しているのだろうが兵数が多いため動きが鈍くなる。そのためうちの軍も含め先回りして準備をしていたわけだが、そこに先触れと耳役が血相を変えて飛び込んできた。
「如何した?」
「あ、浅井の兵が突如反転し敵領内に侵入していた京極様の軍勢を襲った模様!」
「……真か?」
「浅井の兵は既に撤退を始めて居りますが、余り急いでいる様子は御座いませぬ。」
先触れと耳役、双方から情報を仕入れる。
「織田軍が主故、此処では決められぬが、攻める事は無かろうな。例え其れが大法螺を吹いているので在っても、な。」
そんなことを言っていると、しばらくして織田軍から連絡があった。やはり急がずに京極の兵と合流するようだ。
十兵衛は表情に出さないが呆れた様子だった。まぁ京極は俺たちなしで浅井に勝てるところを見せたかったのだろう。今回の件で戦後の主導権を彼らが握ることはなくなったといえる。
「北近江守護という立場にしがみ付きたかったのでしょうね。」
「まぁ、此れからも守護は出来るであろうさ。大名とは到底名乗れぬだろうけれど。」
室町幕府の草創期を支えた守護大名で今も力を失っていないのはあまり多くない。京極も元は守護を務めた名門だ。だが戦国の世に彼らは適応できなかった。今回の敗戦もそれを象徴している気がした。
♢
近江国 姉川
小谷城に向かう途中に横山城という支城がある。支城は基本的に周辺地域の主となる城のサポートを受けたり、逆に城攻めを妨害したりするためにある。
進軍した俺たち織田斎藤京極連合軍は、まずこの横山城を攻略することを決めていた。
「横山城の北に在る川の名は何というのだ?」
ふと視界に入った川の名前を聞いた。俺達は不破関の西にある上平寺城から北西に進み、横山城の東に布陣した。予定では琵琶湖沿岸(つまり横山城の西側)から来る京極軍とこの近辺で合流する手筈だったが、暴走した京極軍が浅井の兵に敗れたので、急遽織田軍の半分が一回琵琶湖沿岸に回りこみ、京極軍と合流してから来ることになった。そちらの軍は弾正忠信秀殿の弟の信光殿が率いている。
「姉川に御座います」
「此れがあの姉川か……」
姉川の戦い。日本史の教科書にも名前が出てくる。某戦国ゲームでもイベントで出てきた。浅井・朝倉連合と織田・徳川連合が戦った激戦地。それが姉川。
若干縁起が良い場所だと思っていると、織田軍が大急ぎで川を渡り始めた。伝令がやって来て聞いたところ、朝倉宗滴が援軍を率いて越前から近江に入ったそうだ。
「早い。本願寺とも敵対して居るであろうし叔父上の軍勢が牽制もして居るであろうに。」
「勝負所を見誤らぬのが宗滴という人物なのでしょう。我等も急ぎましょう。」
十兵衛光秀も先程までのやや弛緩した空気を一瞬で張り詰めさせて指示を出し始める。
やはり朝倉宗滴という人物は恐ろしい。彼1人で状況が楽観できなくなるのだから。
弾正忠信秀殿は宗滴がやって来る前に横山城の北部へ自軍を動かした。斥候によると浅井本隊が6000、宗滴が6000を率いているらしい。
現状織田軍は7000しかいないので単独では厳しい。しかし弾正忠殿は俺に横山城を落としてほしいと言った。
「迂回して居る兵も直に戦場の西部に現れましょう。然らば今必要なのは敵の戦意を挫く事。貴殿の持って来た其れこそが鍵に御座ろう。」
「其処まで信頼頂ける程試し撃ちはして居りませぬが。」
「美濃守殿がわざわざ南蛮から取り寄せたのです。如何してもと仰るなら、鉄砲隊だけ此方に援護で頂ければ。」
そんな会話があって、俺達は敵に背を向ける様に横山城に布陣した。調べた限り城には700程しか兵はいない。伏兵の様子もないという。
ならば敵の目の前で城を落とすことで、宗滴という名将でも経験のないような状況を作るべきだろう。
鉄砲隊と護衛合わせて2000を派遣し、5000で城下を塞いだ。背中側では銃声が轟く。始まったのだろう。うちの鉄砲隊1000の火力でどこまで浅井・朝倉兵が怯んでくれるか。
それなりの高さの山城である横山城。出入口に100ほどの兵が門を固めて守っている。火縄銃も1,2丁見える。守りの武器として使うのだろう。
だがもうそれは時代遅れだ。大八車に近い大型の荷車に乗せられ、水に浸からないよう苦労して持って来たそれがついに姿を現す。
「フランキ砲、準備よーし!」
「正面の敵城門確認良し!火薬準備良し!」
砲兵部隊の確認作業が進む。弓でも火縄でもこの距離は狙おうとしない距離だ。ましてこちらはまだ盾で敵側からは見えないように隠している。
最後の合図は十兵衛の仕事だ。日本初のフランキ砲発射号令。任せたら恩賞を与える時より目を輝かせていた。
全ての準備が終わる。確認が行われ、暴発なども起こらないと最終確認も終わった。隠すように置かれていた盾が取り除かれる。
こちらを見る十兵衛に向かって頷く。さぁ、今再び、歴史を変えよう。
「撃てぇぇぇぇ!」
その瞬間、1つの大きな音の塊が、周囲に轟いた。
史実姉川の主戦場より東側に両軍の布陣がずれています。そして義龍は主戦場の南で横山城を攻略開始です。
合戦図は火曜日に次話を投稿するので、その時にアップさせていただきます。




