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第148話 室町幕府崩壊(下)

ちょっと長いです。

 山城国 大山崎


 松永弾正は直接事態を説明・把握するために摂津に向かった。

 俺は急遽畿内で活動している忍びを服部半蔵保長に集めさせ、情報を各地から集めることにした。


「で、如何だ?」

「酷い物で御座います。何がしか動いて居た形跡が有るのは武田・筒井・浅井・安見やすみ・遊佐・朝倉・伊勢北畠・丹波内藤など、枚挙に暇が御座いません。」

「では今回の動きは誰かが原因という事では無い、か。」


 あれから、若狭武田は武田信虎が越前に派遣され、遊佐長教は筒井を非難しつつ兵を集めていた。

 面倒なのが筒井順昭で、彼は管領代六角定頼に「遊佐と安見に反逆の動きあり。これを誅伐する」という書状を送っていたことがわかっているのだ。そして面倒なことに筒井と連動したのが畠山高政という男だ。今は亡き畠山稙長(たねなが)の弟の嫡男であり、能登畠山との統一のため当主になれなかった男である。

 彼は遊佐と安見の簒奪を謳って筒井順昭と連動。自身が河内畠山氏の当主となるべく高屋城を奪ったのだ。一応は大義名分が立っているだけに手が出しにくい状況となっているわけだ。


「武田信虎の動きも気になる。美濃に戻らねば成らないかもしれんな。」

「浅井も動員を開始して居ります。京極も此れに対抗すべく動員を開始して居りますので……」

「帰り道を塞がれる事は無かろうが、面倒なのは間違いないな。」

「京極様は協力を申し出てくれて居ります。しかし長野工藤氏と伊勢北畠氏が数日前に水利権で揉めたそうで。耳役殿から報告が。」

「四方八方で一斉に揉め始めたな。元々幕府が安定していた為に表に出て来なかった対立が出て来たか。」


 頭が痛くなりそうだ。


 そして、報告を聞き俺お手製の日本地図上にそれを碁石で再現していると六角左京大夫様が俺の滞在する屋敷にやって来た。


 こちらの把握している状況と六角が集めた情報を照らし合わせるのにちょうどいいかとそのまま出迎える。十兵衛光秀と半蔵保長はあまり良い顔をしなかったが、そこまで詳細じゃない方の地図だから別に良いと押し通した。

 部屋に入ると、まぁ予想通りの反応が見られた。


「此れは……見事な地図で御座いますな。」

「いえいえ。此れは我が家でも精度が微妙な物ですので。」

「こ、此れでも、ですか。流石は美濃守殿ですな。」

「其れより、如何ですか、情勢は?」

「丹後の一色と丹波の塩見・赤井が不穏ですな。特に一色殿は以前若狭武田に奪われた領地を取り戻そうと動員をかけています。」


 大内義隆の娘が一色義道に嫁いでからうちと一色は仲が良い。家臣の中には一色氏の家老の娘を嫁にもらった人間もいるので、朝倉の動きに対してもこちらに味方すると真っ先に表明している。


 今回の動きは武田信虎が越前に入るので手薄になると考えたのだろう。一色氏は旧領を奪回しつつうちに恩が売れるわけだ。

 そして波多野晴通はどうやら丹波をうまく纏められていないらしい。赤井氏や塩見氏、そして大槻氏は波多野稙通様の時は従っていたそうだが、最近は好き勝手に行動しているそうだ。で、それを武威を示して従えようというのが波多野晴通殿の狙いらしい。


「誰かに乗せられましたかな?」

「筒井か、朝倉か、内藤か。筑前守が裏で手を回した可能性も有りますな。」

「疑い始めたらキリが御座いませんが。」

「間違いありませぬな。」


 笑えない笑い話で軽く和んだ後、六角左京大夫様は真面目な表情に戻る。


仁木にっき殿も伊賀の衆が命に従わぬと困って居るそうだ。町井らが尽力しているそうだが、服部党無き仁木は最早纏まるまい。」

「服部一族は我が家で畿内の情報を集めてくれていますな。得難い衆です。」

「ま、彼の家が逃げ出すのも道理よ。叱責だけでは誇りを保てぬ。で、京極と浅井が睨み合いを始めた故我等は近江に戻らざるをえぬ。」

「我等も朝倉の動き次第では美濃に戻る事に成るやもしれませぬ。」

「何れにせよ、我等の兵が動くのは最後だ。我が家と斎藤殿こそ公方様の下に在る最後の砦に成らねばならぬのだからな。」


 今回は管領の動かせる兵力を持った諸将が軒並み動いてしまっている。三好筑前守長慶・三好宗三入道・波多野晴通。幕府が幕府として実力を行使できるかは最早俺と六角氏に託されているのだ。(織田は現状公方様に協力的だが畿内には遠すぎるのだ)



 六角左京大夫様が帰るべく屋敷を出ると、入れ替わりに公方様からの使者がやって来た。

 彼は室内に通すや否や熱弁をふるい、どれだけ将軍家の威光が大事かをこちらが頼んでもいないのに語り続け、夜になるとうちで最近試作している菜種油の天ぷらを食べて帰っていった。


「十兵衛、公方様は彼の男の言う程将軍家の再興を願っては居ない様だったが?」

「殿、公方様が如何御考えかは最早関係無いのではないかと。」

「如何いう事だ?」

「既に足利の幕府が出来て二百年が経とうとして居ります。公方様の傍には幕府在ってこそ職務が在り、見栄が張れる立場の者が多く居ります。」

「幕府の威光が衰えては困る者が周囲に大量に居る、と。」

「仮に公方様が何と仰っても、彼等は自らの為に其れを認めませぬ。もう幕府は足利の為の物に非ず。幕府が在るから己が保てる者の為に幕府は在るのです。」


 応仁の乱以降、足利将軍家の命令に忠実に従うものは激減した。各地に群雄が割拠し、将軍家とは名ばかりで各地の権威づけのために利用される存在になっている部分もある。

 だからこそ、領地も何もかも失った人々は最後のプライドを守るべく公方様の下に集まっている。彼等がいる限り、公方様の意思は関係なく幕府存続へ動かなければならないだろう。


「既に幕府は形を失いつつ在るがな。」

「其れでも、一欠けらでも幕府が在る限り、彼の者達は幕府を信じ幕府にしがみ付くでしょうな。」

「公方様在る限り、か。」

「左様に御座いましょうな。」


 数回会っただけだが、その時の公方様の諦観の顔つきには、そういうものも含まれているのかな、とも思った。


 ♢


 山城国 太秦 柳原坊


 浄土真宗高田派の京都における拠点は飛鳥井の屋敷とこの柳原坊だ。基本的に堯慧ぎょうえ殿もここか伊勢の本山、そして稲葉山にいる。

 そんな堯慧殿と越前方面の情報交換をしていた。


「といった状況ですな。やはり真智殿が討たれた為高田派の門徒は此方に逃げ込む者が多い。」

「彼等から生の声が手に入るのは大きいです。助かりますよ。」

「なんの。義弟殿の為ですからな。」


 ギシギシと武士らしい荒々しい足音が廊下から部屋まで響く。堯慧殿が不審な顔つきになると、傍に控えていた茶坊主が部屋を出る。

 部屋の傍で足音が止まり、二言三言話し声がぼそぼそと聞こえた後部屋の襖が開いた。


「美濃守様、服部党の源兵衛殿が火急の用件との事。」

「源兵衛……半蔵の息子か。入れ。」

「はっ!」


 入って来たのは服部半蔵保長の次男源兵衛保正だ。年齢的には俺の3つ下で、二十歳前で若頭を務めている。


「其方は摂津に居た筈だな。何が在った?」

「波多野の軍勢が落葉山城の近くを通過時、城主の有馬村秀が此れを夜襲。波多野勢は大敗して丹波に撤退しました!」

「……は?」


 流石に意味が分からない。


「其れが……波多野は筑前守様には連絡して居たそうですが、摂津の国人達には何も伝えていなかったそうで。」

「で、攻め込んで来たと勘違いした有馬殿が夜襲を仕掛けて成功させてしまった、と。」

「其の様に御座います」


 何をやっているんだ波多野は。


「波多野の御当主も負傷したそうで、管領への敵対行動を【筑前守様が】取ったと非難して居る様で。」

「おいおい……」


 話を聞いていた堯慧殿もこれには唖然としている。自分の落ち度だろうにそのような物言いをすればかえってこじれるに決まっている。

 筑前守長慶は当然これに抗議するだろう。波多野晴通・宗三入道と筑前守長慶の対立だ。これに筒井・遊佐安見の対立が加われば。


「此の儘では応仁の乱の再来に成り兼ねませぬな。」


 堯慧殿の言う通り。畿内は戦乱の時代へ逆戻りだ。

 信長経由で弾正忠家の軍勢も呼んで一気に現状の戦乱を鎮める事も考えていたところ、坂本で公方様の避難場所を準備していた六角左京大夫義賢様が早馬で寺に駈け込んで来た。部屋まで来ると立ったままで話し始めた。


「美濃守殿。事情は聞いて居るか?」

「ええ。此れから織田弾正忠に連絡を入れようかと。」

「兵は出さないで欲しい」


 左京大夫様はまだ息が荒い中でそう言った。


「何故でしょう?」

「其処まですれば京は終わりだ。施餓鬼せがきも、種痘とやらも、全て泡沫うたかたの夢と成るぞ。」


 彼はこちらを真っ直ぐ見据えている。


「今ならまだ、勝った方を正しかったとして収める事が出来るやもしれぬ。だが斎藤の家が兵を出せば戦火に京は沈むぞ。」

「管領様との縁は、切れませぬか?」

「切れぬ。義兄弟ぞ。其方が筑前守を切れぬのと同じ道理よ。」


 管領の現在の正室は管領代六角定頼の娘。つまり左京大夫様の妹である。


「俺とも義兄弟ですぞ。」

「だからこそ、此処で話が出来ている。此の縁を保ち、此の儘管領の家臣の内輪揉めで終わらせる。終わらせなければならぬ。」


 まるで、割れた皿の欠片が足りない部分に無理矢理接着剤で別の皿の欠片を足すような。心肺停止状態が1時間続き、瞳孔も開いている患者に心臓マッサージを続けるような。


「其の分、其方等には相応の物を用意する。だから畿内に兵を出すな。其方が動かぬ限り、我が家も動かぬ。」


 そんなあまりにも無謀な延命措置を、彼は続けていた。


「此れが其の対価だ」


 それは、慌てて手に入れてきたと見られる書状だった。僅かにだが強く握った跡がある。公方様からの御内書ごないしょらしい。


「此れは?」

「朝倉・浅井討伐を公方様から命じて頂いた。」


 つまり、公方様は朝倉を見捨てるという事か。


「若狭の武田は縁戚から援軍を出して居るだけ故、許してやって欲しい。」

「公方様の妹御が、昨年嫁いだのでしたな。」

「左様。一色との和睦も我等で何とかする。北近江は京極と弾正忠家に、越前は美濃守に。此れで納得して欲しい。」


 六角としては何が何でも俺に動いて欲しくないらしい。


「名目上とはいえ守護職を其方は持っていない。正式な守護に成れるのだ、此れで受けて欲しい。」

「かしこまりました。戦乱が大きく成るのは本意では御座いませんしね。」

「有難い。我等も軽はずみに兵は出さぬ事を誓おう。先ずは筒井と遊佐からだ。此方の無用な戦は止めさせねば。」


 俺が御内書を受け取ると、彼は挨拶もそこそこに大急ぎで屋敷を出て再び馬に乗ってどこかへ向かっていった。



 左京大夫義賢様がいなくなった後、堯慧殿の屋敷からの帰路に十兵衛と話していた。


「六角殿の手で此度の動きは収まるだろうか。」

「無理で御座いましょう。元々殿と三人で話し合いの場を設けねば成らぬ程の溝が在ります。筑前守様と宗三入道は何方かが滅びねば終わりませぬ。」

「であろうな」


 お互いに不信感が強すぎるし、積年の恨みが互いを和解できなくしている。


「然らば、殿は出来る事を為すべきでしょうな。」

「浅井・朝倉討伐か」

「左様。六角様は此れから北畠を抑え、仁木殿を抑え、筒井を抑えねば成りませぬ。北近江迄手が回らぬという事。」

「何故北近江が弾正忠家なのだろうな?」

「彼の地まで殿が治めれば、六角を超える大勢力が生まれる故に管領様が危惧されたのでは?」

「成程。俺が怖いのかな?」

「怖いでしょうな。きっと某でも、新七郎でも怖いでしょう。」


 そういう御方ですよ、と立場的に管領を1度しか見ていない十兵衛が断言できるほどにあの人は分かりやすい。


「幕府は如何成る事か」


 俺はぽつりと呟く。十兵衛はわざとらしく口元だけにっこり笑って答えた。


「御安心下さい。既に幕府などという幻は崩れて居ります故。」


 その言葉を、俺も、周りにいる家臣も誰1人否定する事が出来なかった。


諸勢力が複雑に絡み合いながら作ってしまった状況。だからこそ誰かが解せるものではありません。

筒井は筒井の、朝倉は朝倉の、本願寺は本願寺の思惑で動くのです。


有馬村秀は幕府奉公衆の1人。史実でも勇猛で知られた人物です。三好長慶の家臣ではないわけですが、そのあたりを失念するのが波多野晴通クオリティ。結果的に引き金を引いてしまったので、全面対決は避けられぬ状況です。


これに加わるのをパワーバランスが崩れるのを嫌う管領と六角が阻止。その分朝倉さんは犠牲になるのです。朝倉と公家との縁が大分切れてきているのがここでも生きています(美濃和紙・錦小路家関係など)。


幕府の存続を望むのは幕府がないと困る人。足利義輝本人が本当に一番幕府に拘っていたのか?という部分への自分なりの答えです。

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