第147話 室町幕府崩壊(上)
少し遅くなりました。
山城国 将軍御所
1549(天文18)年になった。
2度目となった正月の挨拶も落ち着かない気分で過ごしたが、大名となると高度でプロフェッショナルな立場なために寝正月は許されず。
主だった新年の挨拶を友好大名家の重臣からも受けた後、京へ上ることとなった。
今回の上京の理由は先年から続く摂津での緊張状態の解消である。
摂津国人を守るという立場の義兄・三好筑前守長慶と、管領の勢力拡大を第一に願う三好宗三入道の対立が噴出した形だ。
で、現状両者はお互い譲れる状況にないため、彼らの対立解消を図るべく公方様から書状を貰ったのが俺こと斎藤美濃守義龍と六角左京大夫義賢殿、そして波多野晴通殿ということになる。
室町御所には距離的関係で一番遅くなったが、俺が公方様の御所に入った瞬間、怒号が周囲を突き刺す様に刺々しく響いた。
「ですから!代官はせめて我が主に近しい人間でなければ摂津の者共は納得致しませぬ!」
「其の様な事を言いながら摂津支配を進めようとする筑前守の魂胆は見え見えだ!我が殿の臣で無くばとても信用など出来ぬ!」
「我が主を侮辱するか!」
「黙れ北面程度の出自で偉そうに!」
「主の傍系で在りながら従わぬ癖に!」
うんざりしながら中に進むと、会話が聞こえなくなった。俺の到着が知らされたらしい。
通された一室には管領の家老格である香西元成を真ん中に置いて松永弾正久秀と三好宗三入道の嫡男である三好政勝が睨み合っていた。松永はイメージのせいか今にも噛みつきそうで、その表情を見ると見えない尻尾が逆立っているのを感じる。一方の三好政勝は若さが出たのか眉間に皺が寄っていかにも気に食わないという感情を露わにしている。
俺の顔を見てあからさまにほっとする香西殿。
「美濃守様、ようこそ御出で下さった。」
「御久しぶりに御座います。六角様と波多野殿は?」
「左京大夫様は公方様の所に一度戻られた。波多野殿は……少し御休み頂いて居る。」
波多野晴通殿について聞いたら少し言い淀んだ。この反応も仕方がないだろう。彼は建設的な提案が出来る能力はないが、とにかく場で存在感を出そうと身にならない提案はどんどんしてくるタイプだ。いるだけで話が余計こじれるだろう。
しかし、そんな彼だが丹波をほぼ支配する有力者だ。こういう場にはパワーバランス的に呼ばないわけにいかない困った立ち位置にいる。
「御三方も含めて、又明日話し合うというのは如何でしょうか?」
俺の言葉に睨み合っていた2人も頷く。弾正久秀は肯定的な雰囲気で、三好政勝は渋々といった雰囲気なのが両者の俺に対するイメージを想像させる。
散会となった後も香西殿は溜息をついていた。彼から言わせれば面倒この上ないということだろう。本来なら管領を補佐する茨木長隆殿がやるべき仕事だが、彼も摂津の領主なので中立とは言えない。そこで香西殿に調停役が任されているのだ。
翌日。
全員が揃うと六角左京大夫様が最も上座に座り、話が始まった。
「抑彼の地は以仁王の平家打倒に功在ってから頼朝公に認められた池田氏の土地。取り上げるのは性急が過ぎたのでは?」
弾正久秀は池田氏復活ではなく前の当主に戻しては、という話を始めた。前日までこの話はしていなかったというので、役者が揃うまでしていなかった方向だ。話題の主導権を握りたいのだろう。そして当然のように反対するのも三好政勝である。
「代官の選定に揉める位なら、いっそ其れを御検討頂けると有り難く。」
「反対です!管領様の腹心を守れなかった罰は与えねばなりますまい!」
「罰なら既に十分で御座ろう。城を失い、出家し、家臣も一部は離散しているとか。池田殿の名声は地に落とされた。此れ以上何を求めるというのか。」
2人で話をどんどんヒートアップさせる。六角左京大夫様を見るとやれやれといった表情をしている。この状況をまとめなければならない立場には同情しかない。代わる気はないが。
「二人とも落ち着かれよ。互いの言いたい事を言って居るだけでは何も上手く行かぬぞ。」
その言葉に、波多野殿が同調する。
「左様左様。此処は酒宴でも開きながら話しましょう!」
酒飲みながら真面目な話なんて出来るわけないだろう。
「酒が入っては重要な話など出来ませぬ。場を整えるにしても其の様な形では困ります!」
「然り然り!」
流石にこれには松永弾正も三好政勝も同意しない。むしろヒートアップを助長した感もある。本当この人は場を乱す人だ。
六角様もまた小さく溜息をついている。
「だが、互いに今の儘では熱くなり過ぎだ。数日、日を置いて落ち着く時間を作るのは悪く無い。」
「左京大夫様の仰る通り。今の状態では御二方共話し合いには成りませぬ。」
「美濃守もこう言うて居る。暫し互いの屋敷で話し合うと良い。」
俺と六角殿で、とりあえずクールダウンするよう話の流れをもっていく。2人とも流石に今のままでは何も解決しないのは分かっているのだろう。この提案には素直に応じた。
その場がお開きとなると、六角左京大夫様は俺の控え室にやってきた。
向かい合って座ると、彼はこの状況をまとめねばならないと提案をしてきた。
「筑前守側の落とし所を探って来て下され。此方は宗三入道の譲れぬ点を探る事とする。」
「我々で上手く話を纏め様と?」
「うむ。波多野殿は事態を悪化させかねん。互いの譲れぬ点を我等で聞き出し、其れを元に妥協点を見出す他在るまい。」
「確かに……面と向かうと互いに悪口を言い合って居るだけに成って居りますし。」
「ならば顔を合わせず落ち着いた状況で話を我等で聞くのが最善であろう。筑前守と貴殿は義兄弟。筑前守は頼んだぞ。」
「かしこまりました。御任せを。」
世の中こうして裏で物事が進むことが多いんだろうな、と俺は思った。
滞在中の屋敷へ帰る準備をしていると、公方様に呼ばれ部屋へ向かった。現公方足利義藤は胡坐で頬杖をつきながら俺を迎えた。
定型通りの挨拶をした後、帰りの挨拶をしようかと思ったところ、
「美濃守、聞きたい事が在る」
と言われた。
「何で御座いましょうか?」
「其方、死んだ者を生き返らせる事は出来るか?」
割と真剣な顔をしてそう言われた。
「人間は心の臓が止まると死にます。心の臓が動ける内に此方で動ける様支えれば或いは生き返るやもしれませぬが、完全に止まると医学では如何しようも在りませぬ。」
「つまり、死んだ者を生き返らせる事は出来ぬのだな?」
「はい」
「そうか。ならば、其方も覚悟しておけよ。」
「……如何いう意味で御座いましょうか?」
「既に手遅れという事よ」
現公方の言葉に俺は首をひねらざるをえなかった。
♢
山城国 三好長慶屋敷
3日程、弾正や三好長逸殿ら重臣たちと会合を続けた。
どうやら義兄殿は摂津に政長の勢力が入るのが一番嫌なのだそうで。長逸殿も同意見だった。
「最悪、管領の直轄に成るなら其れでも良いと殿は仰せでした。」
「兎に角、宗三入道の介入は避けたいと。」
「そういう事ですな。殿も我等も、宗三入道だけは内心殺したい位憎いですが、幕府の為に我慢して居るのです。」
まぁ、宗三入道は義兄殿視点では亡き父の領地を奪われたり三好惣領を脅かしたりと相当恨みの溜まりそうなことをしているのも事実だ。
「では、例えば茨木殿とかが城代を置くというのは?」
「構いませぬ。彼の御方なら上手く纏めるでしょう。」
ではそのあたりを妥協点としていくべきかと、考えていた時だった。
大慌てで庭を走って回りこんでくる音が聞こえた。「御注進!御注進!」と叫ぶ声も聞こえる。
長逸殿が襖を開けるよう指示する。小姓が開いたのとほぼ同時に、部屋の庭まで回りこんできた男が息を切らせながらこう叫んだ。
「大和の筒井が河内の畠山領に兵を進めて居ります!又、波多野様が池田城に向かって兵を移動させて居るとの事!」
「馬鹿な!波多野は何を考えて居るのだ!?」
俺もその場にいた忠犬松永も、これには唖然とせざるをえなかった。
続いて波多野殿から我々に届いた手紙には、自分なりに考え、池田城が両三好氏の手にあるがゆえに揉めているのだから、自分が城を預かるのが一番と思うので兵を出すというよく分からない持論が展開されていた。
しかも彼は既に京を出て、兵と合流すべく動いているという。両当事者に現地で会うとも書いてあった。
「無茶苦茶です。此の儘では戦が起きます!」
「しかも、筒井まで謎の動きを見せて居る。一体此れから如何なるのだ……」
松永弾正久秀と長逸殿がそう呟く中、俺は公方様の言葉を思い出していた。
波多野晴通は史実でもかなり迷走する人物ですが、本作ではいわゆる「無能な働き者」となっております。
筒井氏も動き出し、いよいよ薄氷の上でぎりぎり秩序が守られていた細川晴元体制は終わりを告げようとしています。




