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第144話 海の向こうから来るモノ

♢♢以降は三人称です。

 美濃国 稲葉山城


 7月。夏の暑さも少しずつ和らいでいる。今年も収穫は安定しそうだ。


 戌山いぬやま城主に竹腰たけのこし尚綱殿の嫡男竹腰尚隆を任じ、元の地は大垣に残っていた一門の竹腰吉保殿に入ってもらった。

 そして一乗谷城には大昔に保護した朝倉景高の子(つまり景鏡の弟に当たる)彌六郎を城主とし、城代に日根野兄弟の兄である日根野備前守弘就と日根野弘定を置いた。城下町の管理は田中重政を抜擢した。長島攻めの硝石の件では大活躍だったのだから出世は当然だ。


 兵を3000残し、織田の援軍と共に撤収した。戌山と一乗谷で6000動員できる上、今回参加していない東氏が敵が迫れば援軍を出すことになっているので大丈夫だろう。


 朝倉方も混乱する越前北部は動員しにくいし、加賀国境に兵を置く関係で5000の動員すら厳しい。

 その加賀本願寺は石山から破門されたが、これを機と見た顕慶という男が主体となって新しい本願寺の派閥を作った。かつて蓮如の三男ながら大小一揆と呼ばれる本願寺の内乱で討たれた蓮綱の孫であり、父と祖父、兄を蓮淳に殺された人物だ。彼を主体に北陸本願寺は強行派として独立したことで、浄土真宗は高田派、石山本願寺(摂津・河内・紀伊・安芸)派、加賀本願寺(加賀・越中)派、東光本願寺(阿波・讃岐・播磨)派の4つに分裂したことになる。高田派が美濃・尾張・三河・伊勢・遠江・下野などに拡大する中、石山本願寺は徐々に影響力を失いつつある。


 浅井氏は朝倉延景支持を鮮明にした。本願寺が田屋明政を支持していたことを根に持っているらしい。若狭武田氏も宗滴との関係から延景支持。一方、畠山氏は能登と河内・紀伊に分裂していた家が統一されたこともあり、石山から破門された反加賀本願寺という姿勢だ。


 絶妙に絡み合うことで膠着している間に、俺は流通網の構築を目指さなければならない。幸い飛騨の三木氏とは友好関係にあり、一乗谷で生産される商品の売り先となる。温見峠も油坂峠も運搬には困難があるがひとまず鉄製のショベルなどを大規模に動員し道幅の拡張を目指す。

 拡張した道で大規模な運搬をするために必要な物がある。日本にはないもの。俺が九州で依頼したもの。

 それが最高のタイミングで稲葉山に届いた。ガタパーチャだ。


 持って来たのはポルトガル商人ジョルジェ・デ・ファリアの使者クリストバ・ボウリョだった。彼は尾張と美濃の様子も道中紙に記録していたそうだ。

 先程中身を読ませてもらったがポルトガル語だったので読めなかった。地図は念のため没収しておいた。軍事技術だと言ったら素直に謝罪してきたので今回は不問にしておく。

 さて、相変わらず通訳を介しての会話である。ドイツ語か英語を話せる人間がいたらもう少ししたら覚えたことにして直接話せないだろうか?昔の言葉づかいならばちょっと意思疎通難しいか?色々考えておかないと。


「お久しぶりです。約束の品を持って来ました。」

「フランキ砲の時は送って来ただけだったのに、今回は態々人を送り込んだのか。」

「これは使い方が分からぬので、良ければ教えていただきたい。」

「容器の密閉性を上げるのが今のところの使い方かな。溶かしてまた固めることが出来るのだ。」

「むぅ。それだけなら他にも何か良い物がある気がしますが……」

「薬を多く扱う故、わずかな隙間もないことが求められるのだ。」

「はぁ……」


 まぁ、密閉性でも見た目で塞がっているのと文字通り完全に密閉するのは雲泥の差だ。理科的な感覚があるかないかが興味なさそうな様子に出ている。

 揮発性の薬品の管理だって、現状は甘さがあるので離れ小屋を複数造り対応しているが、その必要性がなくなるのだ。


 そしてなにより、彼らには説明しなかったがこれはゴムの一種なのだ。可能性は無限大である。早速試作を色々と進めねばなるまい。


「次はパンプキンですな。アメリゴの大陸で見つかった食べる事の出来る植物です。」

「あぁ、そうか。見つかったのはかぼちゃか。」

「かぼちゃ?それがこの国での名で?」

「南から来る瓜という意味だ。まぁ良い。これでかぼちゃの煮物が作れるしハロウィンも出来るな。」

「ハロウィン……」

「秋頃にやる、ランタンを作って、町を練り歩くあれだ。」

「はぁ、その……」


 ハロウィンの反応は芳しくなかった。まだキリスト教にはないお祭りなのか?まぁいいか。


「他にも新大陸で見つかった珍しい植物があれば適宜持って来てくれ。」

「我々にも情報が入ったものは是非に。」


 この調子で漢方も充実すればいいのだけれど。


 ♢♢


 ハロウィンの一言を聞いたクリストバ・ボウリョは、会談の後豊後へ帰国中部下にその言葉の意味を聞いて回った。

 すると、母親がイングランド出身の船乗りがそれを彼に教えた。


「それはケルト人のお祭りですな。サーウィーンでしょう。」

「ケ、ケルト人?ではサイトーテンヤック伯はイングランドとも既に繋がりがあるのか?」

「それは分からないですが……ケルト人くらいしかランタンに火を灯して町を歩いて悪い物を寄せ付けない様にするお祭りは秋にやってないかと。」

「むむむ……」


 ボウリョは考えた。これまでの情報を必死に思いだし、そして恐ろしい仮説に至る。


「まさか、既にイングランドはサイトーテンヤック伯と接触している?」

「ま、まさか……」

「そうだ、良く考えればカボットもイングランド出身!しかも最近即位したエドワード6世は教皇猊下の言う事を聞かぬ不届き者!」

「で、ではモスクワがイングランドと手を組んでこちらに来ているやも。」

「モスクワの航海技術でこちらに来るのは怪しんでいたが、イングランドが関わっているなら話は別だ。これはすぐに上に報告せねば!」


 こうして彼らの頭の中で、貿易競争のライバルに新たに英国が加わることになるのだった。


 ♢♢


 インド ゴア


 ゴアの港。出港を待つジャンク船の側で、2人の男性が言葉を交わしていた。

 一方の男が、深刻そうな表情で向かい合う男性に強い口調で身振り手振りを交えて話し続けている。


「いいか。我々の思っている以上にジパングは重要な場所のようだ。ギリシアの連中が布教を開始すれば我々の活動場所が失われるやもしれん!」


 強い責任感を滲ませる表情でもう1人は頷きつつも、その雰囲気は決して尖ったものではなく、物腰の柔らかさが感じられる。


「分かっているよ、アルフォンソ。しかし良いのかい?君にはボローニャで仕事が……」

「我々の布教に大きな影響を与えかねない事態だ。これは大明での計画にも関わる重大事だよ。」

「ヤジロウが協力してくれるから大丈夫さ。きっとハポネスも我らが神の導きを受け容れてくれるさ。」

「……とにかく、サイトーテンヤック伯には気をつけろ。彼はヤッシェニョーラというブッダの生まれ変わりと言われているらしい。」

「病院や大学も造っているらしいな。ぜひ一度会ってみたいものだ。」

「領主相手は気をつけろよ。東の果てで殉教なんてかっこよくないからな!」

「分かったよ。では、神の御加護を。」

「神の御加護を、フランシスコ!」


 こうして、様々な思惑を乗せた船は、日本を目指して出発した。


かぼちゃの伝来時期は天文年間ということから。どんどん相手が深読みしてポルトガルが危機感を強くしていきます。わざわざ領地に探りを入れてくる程度には。

ポルトガル語とは本編で書きましたが、そこまで明確に分化できていない時期でもあるので実際は「現代の英語でもドイツ語でもない主人公が読めない言語」という意味です。


フランシスコ・ザビエルのゴア出発も史実より早まっています。潮の流れなどは調べた限り夏場にも船が行き来しているので大丈夫だと思います。話し相手はアルフォンソ・サルロメンということにしてあります。


ガタパーチャ到着。とはいえ初回なのでそこまでの量ではありません。それでも偉大な一歩です。

タイヤなどに主人公は挑戦していくことでしょう。

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