表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

142/376

第142話 越前侵攻と金吾様(中)【地図あり】

途中♢♢から三人称です。


越前関係地図です。

挿絵(By みてみん)

 越前国 戌山いぬやま


 落城し斎藤と織田の連合軍が後始末をする景色を見つつ、俺と十兵衛は苦い顔をせずにはいられなかった。


「殿、不味いですな此れは。」

「あぁ、非常に不味い。」

「朝倉一門の中に犠牲を出させて城を攻め落とした。此れは良い。だが相手が本願寺と対立した直後だ。偽薬の首謀者朝倉景鏡が本願寺に降った所で彼等と話し合いに持ち込めていれば、遺恨は在っても手打ちにして朝倉を取り込む事も可能では在った。」

「然れど此処で其の情報が無い我等は戌山を落とすべく全力で当たり、結果朝倉景連(かげつら)を討ち取った故、和睦は相手方にとっても受け容れられぬ物と成りました。」


 織田が弱兵という話を以前聞いたことがある。武田や上杉(謙信の方)、浅井の兵にはとても敵わなかったため、兵は弱いと。

 全然そんなことはなかった。結局はどれだけの戦場を生き抜いたか、どれだけ前に向かっていく気概が兵にあるかが全てだ。武田の兵や三河武士が強かったのはいわゆる『ハングリーさ』があったからだろうし、上杉の兵は戦場を何度も生き抜いて謙信の下で経験を積んだからだろう。

 現在の織田の兵は今川との数々の戦で勝利しながら経験を積んできた。内乱でも畿内での戦でも長島攻めでも彼等は果敢に戦い、前に突き進む気概を身につけてきたのだ。


 そんな気概が朝倉へ効果的な追撃となった。そして柴田権六や佐々兄弟の猛攻を止めるべく命を犠牲にして時間を稼いだのが朝倉景連だった。


「若し此処まで奴の仕込みなら恐ろしいな。」

「情勢不利と見るや本願寺にあっさりと寝返る其の思い切りの良さは、いっそ清々しくも在りますな。」


 情報伝達速度をもう少しなんとかしたいところだ。電信が理想だけれど、産業革命を起こす必要があるな。鉄の安定供給はもう少し耐火煉瓦っぽい耐火煉瓦が試作できないと厳しい。そこから銅やら磁石やら色々用意しなければならない。中継映像が観たい。ドローンが欲しい。


「一乗谷まで一気に攻め込むのは考え物だな。彼処は難しい。」

「殿ならば民は何とか成りましょうが、民ごと守るには厳しい場所にて。」

「其れは買い被り過ぎだ。彼の地の民はなびくまいよ。」


 一乗谷自体は守りが堅い地だが、そもそも地の利が相手にある。こちらが知らない抜け道や間者の出入りできる地下通路とかがある可能性は高い。特に朝倉氏の本拠なのだ。逃げ道は隠されたものがあると考えるべきだろう。

 しかも多くの民が住む都市だ。防衛戦となると彼らを守らなければならない。協力してくれる立場ではないし、内部から裏切られずに守りきるのは至難の技だろう。


「本願寺は金津を攻めている様子。朝倉は数日前の戦で損害も多く、如何なるか分かりませぬ。」

「朝倉が本願寺に敗れたら一乗谷を獲る。本願寺のやり方より正面から戦を挑んだ我等の方が評判もましであろう。」

「では其の様に支度をさせまする。」


 そして、急いで攻めなかった事で翌日入ってきた情報を慌てずに話し合える時間を作ることに繋がった。


『朝倉宗滴動く。本願寺を討つべく浅井の援軍を得て敦賀を出陣』


 俺は即座に重臣と織田方の主だった将を集めて宣言した。


「無理はしない。今は宗滴殿の動きを見極める。」

「殿、一乗谷は奪わずとも良いので?」


 大沢次郎左衛門がそう聞いてきたが、俺は宗滴みたいな化け物を相手にする気はない。某戦国ゲームでも朝倉氏で1人だけ文字通り桁違いに能力が高かったのだ。相手にすればただではすまない。


「本願寺との戦で宗滴殿が疲弊すれば考える。が、無理をして兵を失っても意味が無い。」

「かしこまりました」


 さて、正直に言えば消極策だがこれが吉と出るか凶と出るか。


 ♢♢


 越前国 舟寄館ふなよせやかた


 金津を落とし、溝江一族をことごとく生け捕りとした堀江景実は親族を交渉材料として朝倉宗滴と手打ちにすることを企図していた。

 彼にとって朝倉宗滴とは常勝無敗の名将であり、だからこそできれば戦いたくないと考えていた。


 しかし、加賀本願寺の兵を率いる超勝寺ちょうしょうじ顕祐けんゆうは違った。

 あわよくば宗滴の首を獲りたいと一戦交える気満々だったのである。

 そのため、戦で負けても優位に和議を結ぼうと長崎城を落とす提案をしていた。


 本願寺の提案に生存本能が働いた朝倉景鏡は反対したものの、兵を率いているのは結局本願寺の人間という事で押し切られた。

 せめて支城攻めに回してほしいと願った景鏡は、土岐との戦で城主黒坂景久を失った長崎城の支城・舟寄館周辺に攻め寄せた。


「自ら死地に向かうのは阿呆のする事よ」


 景鏡は燃える屋敷を見ながらそう呟いた。小さく舌打ちが断続的に響く。


「明智なる者に射抜かれ、生死を彷徨った彼の日。彼の日から死に至る道が視える。」

「死に至る道、で御座いますか。」


 側に控える家臣が問いかける。


「そうだ。長崎城には死が視えた。故に近寄らぬ。」

「城を落とすと成れば大なり小なり人は死にまするが。」

「違うのだ。死は其の近くへ寄ると胸を貫いて絡め取ろうとして来る。故に逃げる。避ける。其れしか道は無い。」

「はぁ」


 鳩尾みぞおち付近を拳で軽く叩きつつ、景鏡は眉間に皺を寄せる。


「其れを信じたからこそ、斎藤の火縄銃から逃げ延びる事が出来た。其れに気付いたからこそ、今此処で此の身は命長らえている。」

「然らば、今は死は視えぬと?」


 そう家臣が聞いた瞬間、景鏡は馬を急発進させる。


「其処に居ては死が近い。敵が来たぞ。」


 慌てて家臣たちは彼の後に続いて動き出す。すると、南方から木々の隙間を縫うように朝倉の兵が姿を現す。


「本隊は既に敗れたか?頼りにならぬな。」


 舌打ちを強く鳴らし、景鏡は北へと進路をとった。

 後方から迫るのは、朝倉随一の猛将、山崎吉家である。


「待てぇぃ、叛逆者景鏡!其方の首を獲れば戦が終わらせられる目が在るのだ!」

「待てと言われて待つ阿呆は越前には居らぬわ!」


 景鏡は馬の軌道を安定させずにやや蛇行しながら進む。騎射が出来る精兵を選んで連れてきた山崎吉家だったが、蛇行する景鏡には当てることが出来ず。

 逆に本願寺の雑兵が群れる地帯へ誘導され、已む無く山崎は雑兵の相手をせざるをえなかった。


「おのれ逆臣め!何時か天罰が下ろうぞ!」


 負け惜しみのように叫んだ一言に対し、景鏡はまるで声が届かない様に一心不乱に馬を走らせるのだった。


 ♢♢


 越前国 長崎城


 伝令が次々と朝倉宗滴の下に集まる。

 戦況や将の在所、各村の被害などが、宗滴の下で報告の羅列から意味ある情報へと昇華していく。


「一乗谷を襲わなかったか。帝が認めた男だけの事は在る。一乗谷を失って居れば和睦は無かった。分かって居ったか?」

「真偽は分かりませぬが、一乗谷は攻め難い地。助かりましたな。」

「違うな。一乗谷は朝倉の色が強すぎる。故に典薬頭にとっては守り難い地なのよ。」


 宗滴と景紀かげのりの義親子は戦後の処理を無駄なくすませながら、斎藤との和睦の目を探っていた。景鏡が独断で偽薬を作り始めたのは事実であり、先代朝倉孝景の許可あっての行動ではなかった。宗滴としても屁理屈の色は強いが、その分戌山と交換で事を収めることは可能性としてはできると考えていた。


「景鏡の首を獲れれば最善だが、獲れずとも其れを約定して我等は北上に専念すれば良い。」

「不満を持つ者も在りましょう。」

「武士ならば最後に勝つ事を求めよ。一時の怒りや憎しみに捉われては勝つ事は出来ぬ。」


 床几に座る姿勢は齢70を越えた老人のそれではない。背筋はぴんと張り詰め、場に一定の緊張感を与えていた。


「両方を敵に回して耐えられる程我等に余裕は無し。然らば弱い敵を集中して叩くが上策。」

「此度の件は加賀本願寺の暴走。敵は此方が優勢ならば越中も無理はせぬでしょう。」


 そこに、血相を変えた兵が陣幕の中に駆け込んでくる。よほど急いだのか荒い息を整えるのに少し間があいた。


「い、一乗谷の商家から火の手が上がり、町の四分の一程が焼けまして御座います!」

「守備兵は何をして居った?」

「丑三つ時にて、警備が外に向いて居た事も在り……」

「時間がかかったか。何者の仕業だ?」

「火元に近い裏道で、火をかけよという斎藤の書状が見つかりまして御座います。」


 その言葉を聞いた瞬間、宗滴は即座にそれを否定した。


「違うな。景鏡よ」

「ま、まさか。己の育った地を燃やすなど……」

「本当にそう思うか?」

「…………」


 近くにいた将が呟くが、宗滴の問いに彼は答えられない。


「紙は?」

「み、美濃和紙にて!」

「まぁ、美濃和紙なら京で幾らでも手に入ろうな。」


 そして、宗滴は唸りつつも北の、景鏡が逃げた方角を睨む。


「仇敵ながら見事よ。我等と斎藤の間に、決して抜けない楔を打込んでいき居った。」

「例え偽の書状と分かって居ても、其れが出てきた以上我等は典薬頭を非難せざるを得ません。」

「我等敦賀郡司家が一乗谷に出仕しなくなってから、随分色々な仕込みをして居ったのであろうな。」


 宗滴の声は僅かに感心したような声色だが、その表情は怒りのみを示していた。


「だが、簡単に彼奴の思惑に乗る我等では無いぞ。我等とて何の備えもせずに此処まで来たわけでは無いのだから、な。」

 

敦賀郡司が一乗谷にいない間に景鏡はあらゆる想定で仕込みをしていました。

御家の簒奪やこういった状況も含め、本来ならば宗滴の生前にできるはずのない手を用意していたわけです。


朝倉宗滴といえども隠居状態の数年があるのでここまで景鏡相手に後手に回っていますが、後手に回るだけで終わる人ではありません。本願寺相手の勝利だけで終わらせず、挽回のため次話で動きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ