第141話 越前侵攻と金吾様(上)
最初以外三人称です。
越前国 温見峠
越前領内に入った時、最初に越前に入り込んでいた耳役からもたらされたのは意外な情報だった。
高田派の真智死す。
彼は皇族だ。それを害する人間はそうそういないだろうと思っていた。父もそうなのか真智の死まで予想の範囲内なのかは分からないが、その出自だからこそ父の調略の手が伸びていた相手だった。
策を考えた十兵衛光秀が思案顔となる。
「逃亡が予想以上に下手でしたが、まさか討たれるとは思いませんでしたな。」
「何か理由が在ったか?殺さねばならない程の。」
「口封じか余程抵抗でもせぬ限り。抵抗といっても殺さねばならぬ程の物は真智殿に出来るとは思いませぬな。」
「十兵衛がそう言うなら抵抗が理由とは考えずとも良いか。となると……」
「口封じが必要な程の何かが有ったか、ですな。一番可能性が有り得るのは宗滴殿が身罷った、でしょう。隠居の身とはいえ、その存在が我々にとって脅威なのは変わらず。であれば彼の御仁が亡くなれば勝ち目無しと判断する者も居りましょう。出来れば隠したい事柄に御座います。」
「有り得る、が。本願寺の動きは無いのであろう?」
「左様。監視迄付けた本願寺に動きが無さ過ぎるので此の線は薄いでしょうな。」
耳役が最優先で集めているのは常に朝倉宗滴の動向だ。朝倉氏で最も警戒すべきというのは今も昔も変わらない。そこに動きが見られないならこれはないと見ていい。
「次に有り得るのは重臣や当主、嫡男に重病や死者が出た、ですな。」
「高齢なのは当主の孝景、朝倉景行、朝倉景隆、前波景定、北ノ庄景継、富田景家、鳥羽景春、鳥居与一左衛門、疋壇久保といった面々か。」
「一番影響が大きいのは当主の孝景でしょうが、大将格を務める事が多い朝倉景隆や前波、疋壇あたりが死んでも影響は大きそうですな。」
「だが、其れで此処まで混乱するかな?」
耳役から続々と入ってくる情報は朝倉の動きの鈍さや統一感のなさを示すものばかりだ。兵糧の運び込み・矢や槍などの道具の集積など、戦に必要な物資の動きを父は集めさせる組織にしている。それが統率のとれた動き方になっていない。
「領内故最悪何とか出来るとも言えますが、北部に集められた物の意味は図りかねますな。」
「一乗谷に運んでから大野に運んでいる米の中に二度手間の物も在る。」
1つ1つは誤差ともいえるが、朝倉孝景がそれを許すか?ということだ。我らを欺きたいなら国人を使って偽計でもした方がよほど騙せそうだ。細かいミスが多すぎる。
「やはり一番有り得るのは当主の重病か死去だな。」
「でしょうね。本人が出陣との噂も突然聞かれなくなりました。」
圧倒的カリスマのあった当主が指揮をとれないということはどういうことか。
チャンスである。
「早急に峠を抜ける。敵が集まりきる前に大野城に兵を進めよ。」
「御意。統一した行動が取れぬ内に懐に入り込みましょう。精鋭部隊を先行させます。」
「準備を頼む」
「はっ」
峠の狭い道では数的優位が使いにくい。そのため敵と接近したら盾持ちの兵を前面に押し出して突破を図る予定だったが、相手の動きが鈍いとなると予定が変わる。
整列行進が出来る行軍速度の速い精鋭兵を先行させ、大野城に出来る限り接近した方が被害は少なくすむと考えたのだ。
「敵が組織的に守りを固める前に距離を詰めるぞ。日根野兄弟に任せる。」
側に控えていた小姓に日根野を呼ばせる。
攻めの時は日根野、守りは大沢次郎左衛門に先陣を任せている。日根野は勢いに乗ると強いが我慢やじっくりと兵を進めるのが苦手だ。逆に大沢は相手を受け止めたりじっくり攻めるのが上手い。これを決めておくことでいざという時に使えるのだ、とは十兵衛の言だ。
今回は速度重視なので日根野に任せる。力を存分に発揮してほしい。
♢♢
越前国 戌山城
斎藤氏の軍勢が迫る中、朝倉長夜叉が入城した戌山城では騒動が起きていた。
「景鏡は何処に行った!?」
「昨日の夜は城下の屋敷に居たではないか!」
「残っている家臣も誰も行方を知らぬぞ!」
朝倉景鏡が夜の間に主な家臣を連れて城から忽然と消えたのである。
更に、問題はこれだけではなかった。
「堀江殿の軍勢は何時に成ったら来るのだ?」
「後詰めが来ねば城の守りが薄くなるぞ!」
堀江景実という三国湊を管轄する国人が後詰めの担当として戌山郊外を担当していたが、彼らが規定の日になっても現れなかった。戌山城は溝江氏という国人が主力として城に入り、周辺を堀江氏が固める体制で決まっていた。温見峠方面と油坂峠方面はそれぞれ朝倉景鏡と朝倉景隆が兵を率いて守る予定であり、朝倉景隆は九頭竜川周辺に既に布陣を終えていた。
しかし、両翼の片方を務める朝倉景鏡がいなくなったことで、この作戦は崩壊がほぼ確実となった。朝倉諸将は景鏡全軍の謀反を警戒し、彼の部隊で中核をなしていた中堅クラスの将兵を監視していたが、景鏡は彼らを置いて城を脱出していた。
「兎に角、先ずは九頭竜川に布陣した部隊を戻さねば。景鏡の兵は率いる将が無く今のままでは木偶と変わらぬ!」
「長夜叉様には一乗谷に退いて頂くしか在るまい。しかし彼の男め、やはり信用すべきで無かったな!」
朝倉という家にとって、彼を信用しきらなかった事が唯一最善手であった。
♢♢
越前国 番田堀江館
朝倉氏が大混乱した2日後、斎藤・織田連合軍が九頭竜川周辺の部隊と交戦しようとしている頃。
朝倉景鏡は堀江景実と超勝寺顕祐と会談していた。
「無事で何よりですな」
「馬を潰しましたがな。惜しい事をした。」
館の周囲には「南無阿弥陀仏」の旗を持った兵と、頭を丸めながら甲冑を身につけた者たちが集っている。
「ではこれより、手筈通り溝江の領内へ攻め込むという事で。」
「孝景亡き今、朝倉とは手を結んでいても美濃も長島も三河も取り戻せぬ!石山も頼れぬ今、我等加賀門徒が越前を獲り、余勢を駆って美濃に攻め入るが最上!」
「溝江は兵を出して居ります。今なら蛻の殻。」
にやりと笑う3人だが、景鏡はいつもと違い舌打ちを打っていない。
「誰が心中などするものか。死ねば終わり。死ぬのは他人に任せるに限る。」
小さな呟きは、演説で悦に入っている顕祐と、目先の溝江領という欲に目がくらんだ堀江には届かなかった。
♢♢
越前国 金ヶ崎城
同時刻。朝倉宗滴は戦支度に身を包み、胡坐をかいてじっと腕組みの状態で目を閉じていた。
部屋に入ってきた養子の朝倉景紀に、彼は一瞥すらせず口を開く。
「首は?」
「一人残らず。もう此の敦賀に本願寺の手の者は居りませぬ。」
「見事。では行こうか。」
一切重心をぶらさず、余分な音も立てずに宗滴は立ち上がる。
「朝倉氏滅亡の危機だ。先ずは一門の面汚しと戦をしたがる坊主共の横面に痛烈な張り手を見舞ってくれよう。」
朝倉氏混乱。
そして景鏡は本願寺と手を組みました。史実でも堀江一族は本願寺についていたりします。超勝寺顕祐も反朝倉で主戦派として名高い人物です。
金吾様こと宗滴も行動開始し、一気に越前は戦乱の最前線となっていきます。




