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第138話 朝倉討伐への号令と長島陥落

 美濃国 稲葉山城


 年が明けた。1548(天文17)年の始まりだ。



 年始早々延暦寺から文が来た。曰く、珍しい客が来ているので会って欲しいという事だった。

 戦が一区切りついた近江を通って来た客人は、出羽国立石寺(りっしゃくじ)の円海というお坊様だった。


「お初にお目にかかりまする。拙僧出羽国立石寺の円海に御座います。典薬頭様の御活躍は予々(かねがね)出羽にも響いて居りまする。」

「山形では随分大変だったと聞いて居りまする。」

「其れも此れも最上宗家に従わぬ天童の蛮行故。彼奴らに最上宗家と懇ろだからと狙われたのですから!」


 憤懣やるかたないといった様子の円海殿。最上氏は現在長く続いている東北の戦乱の中で独立を狙っているそうだが、その前の段階で伊達氏に乗っ取られかけたらしい。これを良しとしなかったのが周辺に大きな影響力を持っていた最上氏傍流の天童氏。天童氏は周辺の有力国人と一致団結し『最上八楯』を形成して伊達氏を苦しめ、結果的に最上氏が伊達に乗っ取られるのを防いだ。この時に立石寺が最上宗家との関係から伊達氏に味方したことで天童は立石寺を燃やしたらしい。今から25年ほど前のことである。

 そして一連の流れの中で天童氏は最上宗家の言う事を聞かなくなった。今回の乱でも伊達稙宗(たねむね)に最初味方したことに不満を持っているそうだ。

 寺で一番大事にされていた比叡山の『不滅の法燈』も失われたそうで、今回無事法燈が復活した御礼を比叡山延暦寺に伝えに来ていたわけだ。


「『不滅の法燈』は最澄様が灯された大事な火。これを分けて貰いながら守れなかったのは汗顔の至りで御座いました。」


 オリンピックの聖火みたいなものか。それなら大事にするわけだ。


「出羽殿(最上義守(よしもり))からは今後も良き間柄で在りたい、と。典薬頭様の薬も出羽で好評ですのでな。」

「出羽で?」


 どういうことだ。現状北条と協力しているが下野国が北限のはず。


「此方に御座いますよ。船旅の疲れを取るとか。」

「其れ……少々御見せ頂いても宜しいでしょうか?」

「はぁ……構いませぬが。」


 渡されたのは桂麻けいま各半湯かくはんとうの処方で使う封筒型の紙袋だ。

 そして中に入っている薬は……臭いが濃い。本来の薬はそこまで強い臭いがする漢方は入れていない。

 中から出して嗅ぐ。感じるのは焦げた臭いだ。動物か植物を熱して黒焦げにし、粉末状にしたものだろう。


「此れは我等が作りし物では御座いませぬ。」

「何と……庄内の港から此の袋に入って良く荷が届きまするぞ。」


 荷を扱っている業者は……朝倉と仲が良い商人だ。


「成程。そうですか。」

「て、典薬頭様……?」


 偽物の薬を何も知らない出羽の人々に朝倉は売っていたのだな。

 そうかそうか。


「朝倉、許さないぞ……!」


 これは看過できない。畿内に売ろうとするだけなら水際で阻止できる。売買に関わった商人も俺が出入りする地域で間抜けだったと損害を押し付けるだけでいい。時折手を差し伸べておけば慈悲深いだなんだと良い噂が流れ、そこから本物と偽物の見分け方も伝わる。

 だが出羽は情報が入りにくい。しかも朝倉を経由するのだ。いくらでも噂は流せる。


「御安心召されよ。我等が朝倉を打ち破れば、本物の薬が届く様手配致します故。」

「お、おぉ……。有難い御話です……」


 冷や汗をかきながら挨拶もそこそこに帰った円海殿について、十兵衛は、


「其れは仕方御座いませぬ。偽物の話を聞いた時の殿の形相たるや阿修羅か不動明王かという物に御座いました。」


 と言い。新七郎は、


「医を金儲けに使う為に、朝倉が虎の尾を踏んだのが見えました。」


 と言われた。そりゃそうだ。許せるものではないのだから。



 雪解けと共に俺は朝倉との戦となると美濃中に触れを出した。長島に1年以上かかって昨年末に届いたあれを使ってでも、朝倉は潰さねばなるまい。


 耳役からの情報ではこの件を主導しているのは以前火縄銃で徹底的に倒した朝倉景鏡だ。今度こそ、奴だけは滅ぼさねばならない。


 ♢


 尾張国 長島


 御触れと同時に、俺は津島を経由して長島へ向かった。

 そこには長島攻めを続ける弾正忠信秀殿がいた。


「久しいな美濃守殿。先日は我が愚息を畿内で案内して下さったそうだな。其方と別れて堺まで足を延ばしたとかで、大喜びして居ったぞ。」

「御久しゅう御座います。長島は順調に攻めて居ると伺いました。」

「輪中は面倒な存在だが、西の神戸殿と連携して居るし、何より桑名が此方に協力的なのでな。典薬頭殿の御蔭よ。」


 にやりと笑うと出る左えくぼ。少し皺が深くなった気がする。


「書状を1つ認めた事と硝石を用意した事のみに御座いますよ。」

「其れが万の援軍より門徒共を苦しめて居る。下深谷の近藤一族が味方に成り、中江城は佐治水軍によって落ちた。轟音で眠れぬ敵は昼間でも最早真面(まとも)に抵抗出来ぬ程だ。」

「硝石は重政と市右衛門が良く働いてくれているからですし。」


 今や長島の本願寺が保有する輪中は10に満たない。浚渫で被害が出た高須や立田の輪中も佐治・戸田などの水軍に占拠され、唐戸輪中まで本陣も進んでいた。現在は大島輪中を攻めているという。完全に各個撃破している状況だ。

 硝石の管理は国友からやって来た鍛冶職人の国友与左衛門の義兄田中重政と、彼を補佐する形で算盤上手の成安市右衛門幸次が手配している。田中重政は近江で続く戦乱が嫌になって姉を頼って来たらしい。


「朝倉攻めの号令を発したとか。」

「偽薬は許されませぬ。人の命を奪いかねぬ物に御座います。」

「左様だな。然れど、典薬頭としては其れで良いかもしれぬが、美濃守としては如何かな?」

「如何いう意味で?」

「私情で自らの手札を徒に切ろうとしては居らぬか?其れは今切るべき手札か?」


 蝶姫経由で持たせたトランプの言葉が既に弾正忠家に根付いているのは面白かったが、しかし言われて考える。


「……確かに、今切るには惜しいでしょう。ですが彼れを放置するのは有り得ませぬ。」

「ならば、別の手札を切れば良いでは無いか。冷静で無い者の目で在ったぞ、美濃守。」


 他の手札?歴史アドバンテージは正直もう使えないし、火縄銃は今回の計画では使いにくいと十兵衛は言っていた。

 にやりと笑う弾正忠信秀殿。


「今迄何度助けて貰ったと思うて居る。此度の戦、佐々や柴田が参加して居らぬ。戦いたくてうずうずして居るぞ。」

「兵を貸して頂ける、と?」

「持ちつ持たれつ。互いが互いを助けてこその対等な同盟で在ろう?」


 現状の計画では指揮官不足で峠道2つから同時に攻め込むのは厳しいという判断だったので助かる。数千単位を率いるには力不足な面々なので片側を受け持ってくれると一気に二正面作戦が可能になるのだ。


「だが、敵は朝倉のみに非ず。我が軍を出せば必然本願寺が朝倉に加勢するぞ。浅井も如何出るか分からぬ。」


 俺でも知っている姉川の戦い。二の舞は避けたい。


「浅井対策も万全に進めまする。」

「うむ。頼んだぞ愚息の義兄殿。長島は春前に落とす故な。」



 そして、この会話から1月後、長島に居た住人のうち信仰を捨てない者600人を石山送りとして指導者全員を打ち首とすることで弾正忠家は降伏を許した。


 直後に長島入りした尭慧殿は即座に願証寺を高田派の寺院とし、住民の偽装改宗を絶対に許さない体制を作り上げた。

 3日後には偽装だった数十名が長島から逃走し、翌日織田の兵により根切りにされた。



 史実では厄介この上なかった長島は、こうして織田の手中に落ちたのだった。


朝倉はやっちゃいけないことをしました。主犯は景鏡です。


結構斎藤側が助ける機会が多かったので、弾正忠家が今度は斎藤の味方です。

これには織田側の事情として「今北伊勢に手を出すのは六角と北畠を刺激する」というものがあります。

織田が斎藤と北を狙っている状況の方が両者は程良く緊張関係を維持し、そこに信秀は調略の隙が生まれると読んでいる形です。仕込みの時間稼ぎともいえます。

長島は史実より輪中も少なく水軍も弱体化していたので抵抗しきれず。六角に近江の武闘派が潰されたのも影響しています。様々な影響がうまく噛み合ってここまで容易に攻略できたという話になります。


出羽の立石寺は本尊が薬師如来。なので義龍と会ったというのは良い感じに地方では箔がつくのです。最上氏との縁も出来ました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 今さらですが ≫山形では随分大変だったと聞いて居りまする 戦国時代でも南出羽を山形って言うんですかね…?
[一言] 義龍の怒りは当然かと思います…前世が医者だった事がより怒りを増幅させているのかな?…何にしても、命に関わる事だけに許す事など出来ませんね。
[気になる点] 修正をお願いします。 「医を金儲けに使う為に、朝倉が虎の緒を踏んだのが見えました。」 ↓ 「医を金儲けに使う為に、朝倉が虎の尾を踏んだのが見えました。」
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