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第134話 斎藤美濃守の上洛 その7 報酬

義龍上洛編は今回で終わりです。

 山城国 京


 持明院基規様から文が届いた。二条様はどうやら無事に一色領に向かったらしい。


 若狭武田氏は当主の武田信豊が隠居し、六角弾正定頼の娘を母とする武田信統が当主となった。六角との融和路線を打ち出した格好だが、本当にそうなるかは疑問だ。なにせ武田信虎は健在なのだから。今回の和睦でも交渉に出てきたらしく、公方様の側近はその気迫にタジタジだったようだ。



 京の情勢は表面上落ち着いている。しかし水面下では問題が多発していた。


 まずは筒井順昭によって手土産代わりに粛清された人々。細川国慶に協力していた山城国人が相当数筒井の兵に討たれた。国慶の配下で京を安定化させていた文官もその多くが手にかかり命を落としている。

 結果として京の周辺は空白地になっていたり、今また俺を頼ってきた彼らの様に一族を失って統治がままならない者が出てきていた。


「宇治田原の領主、山口藤右衛門光広と申します。御忙しい中御会い出来て光栄に御座います。美濃守御目出度う御座います」

「斎藤美濃守義龍です。其れで、本日は如何様な用事で?」

「某の田原復帰に、何卒御力添え願いたいのです。」


 彼は元々甲賀の多羅尾氏の人間だが、養父である山口長政に子供がいなかったために数年前に養子に入ったそうだ。

 甲賀はこの件についてあまり頼れないらしい。多羅尾氏は甲賀にある近衛家の荘園を横領している関係で朝廷では嫌われていた。更に主君である六角氏が今回の争乱にかなり本気を出したため、多羅尾氏は擁護のために動くのを控えている状況だ。


 そして、山口氏は三善姓の文書記録を扱っていた一族だ。木沢長政の乱で保護した斎藤の一門(基連)も将軍家の祐筆を務めた家だったが、文官は今後を考えれば繋がりが持てるならそれだけでもありがたい。京と美濃の橋渡しを期待できるのだ。


「とはいえ、我々も出来る事は限られます。他の伝手は?」

「残念ながら某多羅尾から此方に来て日も浅かった故。京で働いていた服部殿を頼った次第。」

 というわけで服部と伊賀甲賀繋がりで頼りに来たというわけだ。

「暫しお待ちなされよ。管領様と相談してみます故。」

「忝い」


 ♢


「無理であろうな」

「無理で御座いますか」


 体調が芳しくないという大館尚氏殿だが、公方様と管領様を繋ぐ役目を老体に鞭打って務めている。跡を継ぐ晴光はるみつ殿は新しい公方様の名代として東国の越後や関東管領を訪ねているらしい。関東は北条氏がどんどん征服を進めている。確かもう上野の平野部を制圧しつつあるとか。越後の御家争いに将軍家として関わる予定らしいが、そういえば上杉謙信こと長尾景虎はどうしているのだろうか。

 以前より心なしか細くなった手指を覗かせながら大館殿は言う。


「彼の地は伊賀へ向かう要衝。其れ故に此度の様に敵に回られると厄介なのだ。上野氏も生き残りは許されず備中に追放された。公方様への忠義篤い者を置きたいと管領様は仰せだ。」

「山口殿は公方様が京に向かわれる前に細川国慶の圧力で寝返った故許されぬ、という事ですか。」

「左様。山科方面と同じく国慶の兵が攻め寄せて苦渋の決断で在った事は我らも認めて居る。しかしだからこそ命永らえるのが限界と言える。」


 管領様はこれを機に不穏分子を京周辺から追い出したく、不穏分子を利用して自分や従う幕臣への追求を避けたい公方様たちとの利害が一致している状況だろう。しかしそれは山城の空白化を招くということでもある。


「只でさえ多くの国人が誅された状況。更にというのでは京周辺が荒れまする。」

「三好を使う。宗三そうざは隠居して居るのでな。山城を任せる心算よ。」

「また宗三殿ですか?義兄殿が怒りますぞ。」


 三好政長は現在名ばかりの隠居で宗三と名乗っている。実際には管領細川晴元の側によりべったりとなった状況なので、父祖の地を奪われたままの義兄伊賀守(長慶)は面白くないわけだ。これも水面下で進む問題の1つだ。三好一族の対立は深まるばかりである。


「確かに此度の戦で伊賀守は畿内随一の実力者であると認められるだけの功を見せた。然れど彼の者が目指すべきは三好一族の融和よ。宗三と和すれば公方様なら直ぐにでも相判衆辺りは狙えようぞ。」

「相判衆を?確かに半ば名誉と成って居りますが。」


 相判衆は室町幕府の要職だ。国持衆と呼ばれる守護大名としての格から1つ2つ上の格が必要となる。俺や織田弾正忠家は先日の美濃守就任と今回の上洛を助けた結果国持衆とほぼ同じ扱いを受けている。


「公方様、というより御隠居様が管領や管領代と()()実力者を欲して居るのでな。」


 以前より痩せた体躯からは想像もつかない狡猾そうな笑みを浮かべながら大館殿はそう言う。つまり先代公方様は管領一強を望んでいないわけだ。

 だから三好を事実上の独立した大名扱いしたい、と。


「だが、宗三を呑み込めば強すぎてしまうのだ。其れ程迄に伊賀守は強い。」


 六角や管領様と対抗できる存在ではあって欲しいが、管領の勢力を凌駕する程では却って将軍家の意味がなくなる、といったところか。難儀なものだ。


「という事でな、山口なる者は其方で召し抱えて置くが良い。京の情勢に明るい者が身近に増えるのは決して悪い事では無いぞ。」

「其れは本人次第ですが」

「何、御自身の仁徳を顧みられよ。頼られるという事は最悪貴殿に召し抱えられる形でも構わぬと考えての事よ。」


 そう言って笑う姿は、そう簡単には死にはしないだろうと思わせるパワーを感じると同時に、若干痩せ我慢している部分もあるだろうとも感じた。


 ♢


「では、美濃で御奉公させて頂きまする」


 山口藤右衛門光広にあっさりとそう言われてはそうかとしか言えない。一族や一昨年に産まれたばかりという息子と共に、雑務を終えた段階で美濃へ帰る事となった。



 京を出発する日、大内義隆様から使者が送られてきた。今回の戦勝を祝い、かつ婚儀のために動いたことへの礼だという。間に合ってよかったと使者は喜んでいた。


「此れは?」

「薬師堂通吉。修験鍛冶が日向国の薬師堂にて打ちましたる逸品に御座います。」


 義隆様から贈られたのは1振りの刀だった。修験鍛冶と呼ばれる放浪の鍛冶師が日向の薬師堂という病気平癒を願う祠で鍛えたものだという。


「病を治す典薬頭様にこそ相応しき物だと殿が仰せでした。」


 俺には既に斎藤守護代として受け継いだ刀があるわけだが、これは医師であり武士である自分を象徴する刀だと思った。


「御心遣い、確かに受け取ったと御伝え願いたい。とても良き物を頂いた。」

「確と我が主に伝えまする」


 一緒に渡された小刀は、抜いてみると不思議と手になじむものだった。圧倒的にこちらの方が大きいのに、手術道具として前世に使っていた物のように。


 手術で使う機会はまずないだろうが、御守り代わりにはちょうどいい。真打と共に、俺はソハヤノツルキと合わせて身近に置くことに決めたのだった。


田原の山口氏については諸説あってはっきりしない部分もありますが、本作ではこのようにしました。

宗永が1545生まれなので光広は一説にある1563生まれでなく1525年前後生まれとしています。


山城の周辺から国人が追い出されつつあること、結果として統治が行き届かなくなりつつあること、山城で勢力を強める三好政長とそれに対して不信感を強くする長慶という構図が分かって頂ければ幸いです。史実より大勝した分、別のベクトルに歪が大きくなっている様子が分かって頂ければ何よりです。


次話は美濃に戻ってからのお話になります。

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