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第127話 濃尾大乱 終息と混乱

全編三人称です。

 摂津国 大塚城


 三好軍6000が細川氏綱勢の薬師寺元房を撃退したのは秋の収穫が始まる頃だった。

 一度はふいを突かれて堺で包囲された三好伊賀守利長(長慶)だったが、北上した氏綱の軍勢を追いかけて摂津の軍勢をまとめ、見事これを撃退していた。


 細川氏綱は和泉国に逃げ込んでいるが、遊佐からは当主の畠山稙長危篤により対応できないという白々しい答えが返ってきている。


「此処まで露骨ながら尻尾は掴ませない辺り流石と言うべきか?」

「兄上、彼の者は実力者を気取りたいだけに御座いましょう。」


 伊賀守利長に応えたのは十河氏に養子入りした四弟の十河そごう左衛門尉一存(かずまさ)。今回は初陣だったが、見事な武者ぶりを見せたため周囲の人々の目を細めさせた。


「で、山中殿は城中で持て成したいと言うて居りますが、兄上は如何する御心算で?」

「無論、其の様な場合ではない。氏綱を討たねば何時まで経っても畿内は治まらぬ。義弟殿が二郎頼栄を討った様に、我らも元凶を絶たねば。」

「典薬頭様は秋で昇叙されるとか。」

「朝廷は最初から土岐二郎の願いを聞く気は無かったそうだな。戦が長引いたとしても、官位で義弟殿が先んじる予定だったそうだ。」


 使者として正三位持明院基規が既に派遣されている。斎藤典薬頭利芸は従五位下から従五位上となり、美濃守を拝領することになっていた。武家として美濃守を、医師として典薬頭を使い分けられる形といえる。足利将軍もこれを追認した。


「誰が美濃の支配者に成るべきか示すとは、帝は余程義弟殿を買っている様だな。」

「帝の見識は間違い御座いませんでしたな。年明けには京に上りたいとの事で。」

「なれば急がねばな。出来れば遊佐が動き出す前に決着を付けたい。」

「池田や三宅と文の遣り取りをして居りますが、放って置いて構わぬので?」

「構わぬ。其れは撒き餌だ。中身を見れば他愛無い事しか書かれて居らぬよ。覗き見れば其れを口実に我らは信用出来ぬと国衆を唆す気だ。」


 摂津で確実に勢力を拡大している三好にとって、それでも今尚気を遣う相手が国人である。移ろいやすく忠誠心など欠片もないが、1人1人が相応の兵力を有し本拠は要害にある。敵に回せば厄介だが味方にし続けるのも苦労する。


「むしろ、今気に掛けるべきは若狭の武田だ。何やら能登と活発に書を交わしている。管領様には伝えたが……目の前の恐怖で手一杯だろうな。」


 呆れ顔の兄に、同意するように同じ顔になる弟。


「戦で分かりやすく決着を付けた方がお互い悩まず済むと思うのですがね。」

「世の中の揉め事の大半は戦に成らずに片が付く。諦めろ。」


 溜息をこぼす弟を、兄は諭すように口を開く。


「畠山と遊佐が動けぬうちに氏綱勢を叩くぞ。京にいる国慶を背後から叩く。」

「そういう分かりやすい動きは好きだ。任せてくれ!」


 彼らは氏綱を追うのを一旦諦め、京の奪還へと動き出す。


 ♢♢


 山城国 山崎城


 摂津国境を越えた三好軍は、細川氏綱に味方する細川国慶を討つべく進軍を開始し、山崎城へ入城した。

 そしてその晩、1つの報せが彼らに舞い込む。


「稙長が死んだか。……不味いな。」


 合流した三好長逸(ながやす)からもたらされた情報。畠山氏当主畠山稙長死す。

 聞いた直後から伊賀守利長(長慶)は撤退を考え始めていた。


「如何いう事だ、兄上?」

「真に最近稙長が死んだなら良いのだ。若し此れが遊佐によって伏せられていたとすれば……」

「孫次郎(長慶)は考えすぎではないか?既に跡取りが決まって居り攻めて来ると言いたいのであろうが、稙長は子が無いし弟も多い。揉めるぞ。」


 三好長逸は畿内で活動している。それゆえに畠山氏がまとまるのは非常に困難だと実感していた。


「だが、若し其れを実現していれば。我らは袋の鼠だ。……一旦退くか。」


 周囲の不満げな様子を気にも留めず、彼は撤退する準備も並行して行うよう部下に命じた。



 彼の弱気にも見えるその考えは、翌日現実となった。


「遊佐の軍勢、若江城から出陣した模様!」

「やはりか。畠山の大将は?」

「未だ分かりませぬ。なれど、見かけぬ兵を若江で見た者が居りました。訛りが北陸の物だと。」

「まさか……能登と手を結んだか?」


 畠山氏はこの時代能登と河内・紀伊で三家あった。分裂した理由は足利将軍家の弱体化政策など様々な要因があったが、近年は実質河内・紀伊がまとまっていた。そこに能登が接近し協力関係となったならば。


「面倒な事に……既に成っているやもしれぬな。」


 慌てて摂津へ兵を退く決断をした三好軍はその日中に山崎城を放棄。戦線を大塚城に戻し、氏綱の包囲を許さなかった。


 ♢♢


 近江国 朽木谷城


 現代では鯖街道と呼ばれる山道を大軍がひしめいていた。

 旗印は畠山氏の小紋村濃と、南無阿弥陀仏と掲げられた粗雑な布である。


 指揮官らしき男の下に、伝令が1人やってくる。


「申し上げます!朽木谷からは敵兵出てくる気配無し!籠城の構えに御座います!」

「捨て置け。同輩が待つ河内まで止まる必要は無い!」


 男の名は遊佐続光。能登畠山氏で一時実権を失うも、朝倉・本願寺の和睦と畿内畠山氏との折衝によって実権を回復した男。


「其れに、早く近江に本願寺の者共を送り込まねば六角が動き出すやもしれぬ。六角を封じる為にも、朽木ごとき気にせんでも構わぬ!」

「では、抑えの兵も?」

「要らぬ。武田殿が必要であれば兵を出そう。其れに。」


 1つ大きな溜めを作る。


「我らは畠山家臣として河内の同僚を訪ねるだけ。たまたまもうすぐ家中が公方様に逆らう事に成るだけよ。」


 かっかと唾をまき散らす遊佐続光に伝令は眉を顰めつつ、「かしこまりました」と一言告げて彼はその場を離れる。


 能登では鯖が良く獲れる。後世わざわざ名前を付けられたこの道で僅かに残った鯖の臭いは彼らに故郷を思わせるものだった。


 ♢♢


 近江国 観音寺城


 六角左京大夫義賢が重い口を開く。


「畠山氏の統一か。夢物語ではないか?」


 答えるのは琵琶湖西岸から急遽やって来た新庄氏の新庄直昌。国人ながら要所にいるため若狭・越前など北部の事情通である。


「稙長の遺言だそうで。名ばかりとはいえ、本願寺と和睦出来た故能登も受け入れたと。」

「遊佐続光が兵を率いて居ります。奴は以前失脚した身。此度の取りまとめで実権を取り返したのでしょう。」

「能登の畠山は昨年当主が亡くなりましたが、現当主は重臣の御飾りに等しい。なればこそ、失脚した遊佐は河内の誘いを利用し復権した。」


 これに、蒲生定秀が否やを示す。


「新庄殿、某思うに遊佐は復権して居らぬと思いまするぞ。」

「ほう、申せ」

「殿。恐らくですが、遊佐は復権の為此処で成果を出す様求められているのではないかと。本願寺の門徒が過半を占めるという話が其の証左。真に能登畠山が協力すれば相応の兵数に成りまする。」

「そう成らぬは本腰を入れて居らぬ故、か。筋は通るな。」


 左京大夫義賢は美濃和紙の扇子をぱちりと鳴らす。


「折角美濃で斎藤に妥協したというに、なかなか北近江に力を注げぬな。」

「厄介な事に御座います。しかし、三好が江の方様の事で文句を言って来ぬかだけ心配ですな。」

「安心せい。今の三好は畿内の実力者と言えど一歩二歩下がる。斎藤の、典薬頭との縁を失いかねぬ事はせぬ。」


 扇子を再びパチリと一度鳴らす。


「本願寺は下間しもつま融慶ゆうけいなる者が派遣されたと聞いたが、加賀を抑えるどころか兵を率いて帰って来るとはな。」

「日増しに過激な言動の坊主が増えて居ります。大津も何処まで抑えられるやら。」


 大津瀬田の領主・山岡景隆は悩みの深そうな表情で俯く。


「長引けば長引く程厄介事は増える。管領は丹波で兵を集めている様だが……代替わりしたばかりで言うのも何だが波多野の当主は不安だな。」


 彼は一度だけ会った波多野氏を率いた名将の息子を思い出す。

 その顔には面倒事は御免と書いてあるようだった。


「若狭の武田は木沢長政の乱で敵対していた。其れを忘れていた事が、我らの反省点よな。」


 南部の兵を動員するよう伝えながら、左京大夫義賢は混乱が増す畿内情勢に対する苛立ちを隠せなかった。


「遊佐長教は今頃高笑いしていような。何せ、彼奴の思い通りに自らは一兵も出さずに我らの身動きを封じているのだから。」


 家臣の1人が身震いしたのは、師走が近づき肌寒さの増す季節となったからか。それとも、畿内において今最も多くの物事を自在に操っている遊佐長教という男に恐怖を覚えたからか。


 少なくとも、六角氏という大大名の動きを鈍らせている彼の手腕は、間違いなく本物といえるだろう。

情報量が多くて申し訳ないですが、


・三好長慶は摂津の細川氏綱を撃退

・三好はその勢いで山城奪還を狙うも遊佐の動きで引き返した

・武田信豊と加賀本願寺が管領に反旗

・能登畠山と畿内畠山が統一

・強硬派の本願寺勢を抑えるべく六角が身動き取れない

・管領細川晴元は丹波で兵を集めている。山城国は依然細川氏綱方の細川国慶が握っている


という状況になります。


史実との相違点は多いですが、特に畠山氏の合体は稙長の遺言として史実にあったものです。

本作では能登畠山の当主が史実通り、稙長は長生きしたので能登の継承時の混乱に巻き込まれずに遺言が届いている事、継承時の混乱で能登に乱入する本願寺が反三好・斎藤で能登に構う余裕がないなどの歴史改変があります。これを遊佐長教が利用した形です。史実では出来なかった事が意外な形で実現するという話でした。

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