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第126話 濃尾大乱 その12 信長の義兄【地図あり】

濃尾大乱 美濃サイドはこれでほぼ終わりとなります。


【追記】

ID:.l.4Jju.0氏に地図をご提供いただきました。この場を借りて御礼申し上げます。


 美濃国 稲葉山城


 美濃は我が斎藤氏の実質的支配体制となった。土岐一族では明智・丸毛の両氏くらいしか残らなかった。そのため国内は一気にスカスカになった。


 鷲巣わしず揖斐いび・村山・もう1つの斎藤守護代家という広大な土地を支配した一族もいなくなったため、空白地帯も大きくなっている。斎藤氏直轄も増やすが、それ以上に各地に信のおける人々を配置する必要性が出て来た。

 悪巧み3人衆(父道三・叔父道利(みちとし)・平井宮内卿)に十兵衛を加え、話し合いが始まった。


「大垣の竹腰たけのこし殿には北の楔になって頂くべきですな。元々大垣も父祖伝来の地では御座らぬ故、より良い地ならば頷いてくれましょう。」


 叔父の道利からは大垣の竹腰を動かす提案が出される。信頼できる領主を北西に置き、朝倉に備えようということらしい。


「確実に烏峰うみね城は叔父上に治めて頂かないと東西の美濃は連携出来ませぬ。」

「利芸、ならば南を何とする?わしは大桑おおがに入る故、南が手薄となるぞ?」


 ここで南に誰も置かないのは俺でも危ないことがわかる。義弟の信長はまだしも、弾正忠信秀という人は隙を作っていい相手じゃないし、そもそも南で隣接している地域は犬山や岩倉の織田だ。弾正忠家じゃない。

 このあたりの複数の織田はうちが弾正忠家と友好関係だったり血縁だったりするが、だからといってこちらが隙を見せればどうなるかはわからない。


「叔父上の竹ヶ鼻(たけがはな)城に芳賀兄弟を入れます。此れまでの働きに報いましょう。」

「ふむ。なれば日根野ひねのの弟や大久保は北か?」

「ええ。朝倉との最前線に必要な人材です。日根野に相羽あいば城を任せます。」

「で、揖斐は如何する?」


 父は既に旧揖斐領をどうするか決めているのだろう。少し試す様にこちらに語りかけてくる。

 揖斐五郎光親様は今回の件で籠城していたが、二郎サマが亡くなると自ら命を絶った。主だった家臣は皆二郎サマと共に戦で死んだか彼と運命を共にしており、朝倉領に近い要衝がぽっかりと空いている状態だった。


「父上は如何するべきと?」

「わしにも腹案は有る。が、先ずは其方よ。」


 信用が置けて遠方に派遣できる人材となると限られる。十兵衛は派遣したくないし。


「そうそう条件に適した者は居ないと思いますが、まさか勘九郎を養子とするので?」

「其れでは治められぬ。大沢次郎左衛門よ。」


 確かに彼は姉を嫁とした義兄弟だ。しかし、


「彼には鵜沼うぬまという跡を継ぐ地が御座いますよ?」


 鵜沼城は大沢一族が何代か任されてきた城だ。尾張犬山城とも近く、要害として重要な場所といえる。


「揖斐の方が広く、要衝だ。南の重要性は下がった。なれば信の置ける者はより困難なれど領地の広く豊かな場所に置くのは必然。」

「一族になったからと厄介事を押し付けているだけな気もしますが。」

「はて、何のことやら。最近物忘れが酷くてな。」


 都合の良い時だけ痴呆になるなよ。


「本人は納得しているので?」

「無論だ。でなければ斯様な面倒はせぬよ。其れと、勘九郎には鷲巣を継がせる。」


 鷲巣領は西だ。正室である小見の方の出身地である明智から遠いので、彼らの傀儡にはなりにくい。


「平井の跡取りを付けて万一も起こらぬようにする。」

「成程。では宮内卿も其の地に?」

「まさか。宮内卿は其方と十兵衛の側でまだまだ働いてもらう。」


 その言葉に平井宮内卿が「年寄りは労わるのが儒教の教えに御座いますぞ」と笑いながら答える。

 十兵衛はまだ師の教えが請えるためかどことなく嬉しそうだ。


「では此れで決まりましたね。細部は調整が必要ですが。」

「うむ。我ら斎藤氏が美濃を差配し、土岐の子を太守とする。関所を一部廃し、紙や石鹸、薬に陶器や玻璃の値を下げて収益を増やす。各地に信の置ける諸将を配し、特に北への備えを万全とする。」


 北部は東氏との連携強化と三木氏との変わらぬ友好を約束。北西部の朝倉氏との最前線に大沢次郎左衛門正秀・日根野弥次右衛門盛就(もりなり)・大久保新十郎忠世(ただよ)・竹中遠江守重元(岩手姓から改姓した後北西へ領地を追加)、そしてまとめ役の竹腰尚綱らが置かれた。岩手殿は竹中だしとも関係はあるのだろうか。


 東部はこれまで通りの明智・妻木といった親斎藤氏の勢力を叔父の道利がまとめる。遠山氏への監督は今までより強化された。


 西部は不破氏が内乱で勢力を弱めた分、稲葉・安藤・氏家の三人衆が台頭した。これに鷲巣に養子入りした弟勘九郎が名目上担がれる形だ。堀越今川氏はここで六角氏や京極氏、浅井氏との交渉に当たってもらう。


 南部は竹ヶ鼻に入った芳賀兄弟が森一族と叔父の穴を埋める。谷大膳大夫衛好も南で城主となった。


 中央は新たに小姓として加わった関十郎右衛門成重や古田吉左衛門重則らを奥田七郎五郎利直がまとめ、俺の参謀的な立場として明智十兵衛光秀がつく。

 平井宮内卿に補佐してもらい、服部の忍軍らが補佐する。若い文官のまとめ役は成安市右衛門幸次(ゆきつぐ)と木沢殿の家臣だった斎藤基連らが務める。


 そして大桑で父道三が睨みを効かせ、俺が全体を統轄する。ということになった。


挿絵(By みてみん)


 ♢


 美濃国 稲葉山城


 秋。収穫が終わり、人々の生活に潤いと借金の催促がやってくる中。


「では兄上。此れからはわっちにも、三郎殿により多く文を出すのですぞ。」

「分かった分かった。良いから早く行け。」

「いや、行くなら大桑の方が良い。乗り気でない婚姻などせずとも!」

「黙って居れ。わっちの事など何一つ分からず仕舞いのマムシ父上!」

「利芸、其方が広めたマムシというわしの渾名、今日程恨んだ事は無いぞ!」


 今日は蝶姫の嫁ぐ日。華やかな行列を作り、沿道の集落に「弾正忠家と斎藤の家は盤石也」と見せつけるのも役目だ。

 彼女はプルシアンブルーの鮮やかな青い着物で途中まで向かい、要所で宿泊しつつ斎藤氏ここにありと見せつけた上で那古野に入るその日に白無垢に着替える予定だ。



 輿に乗り込む直前、突如蝶姫が父の方に向き直る。


「父上、長らくお世話になりました。弾正忠家に今日嫁ぎます此の日に、今までの事感謝申し上げます。」


 ゆったりとした所作で、優雅に一礼した彼女に大人になったんだなと思っていると、父は唇を震わせて泣きそうになっていた。


「其方に、幸多からん事を。わしは何時も、何時までも願って居るからな。」

「ええ、知って居ります。娘ですので。」



 最後にこちらに一礼した彼女は、そのまま輿に乗って。








 動く間もなく、尾張方面から来た数騎の騎馬に足を止められた。


「は?」


 曲者かと沸き立つ人々。刀を抜かんとする者もいる中、悠然と馬から1人の幼さが僅かに残る青年が降りてやって来た。

 父と俺に一礼すると、


「遅いぞ、蝶!呼びに参った!」


 絹の着物に身を包んではいるが、その野性味溢れる雰囲気と、満面の笑みに浮かぶ左えくぼは見間違えようがない。


「三郎殿!?」

「義兄上、水臭いぞ!信長で構わぬ!」


 唖然とする一向に、彼は輿を見ると一言。


「おう、蝶!其の着物真其方に似合っているな!婚儀も其れで参れ!!」


「では急げよ!」と言いたい事だけ言って彼は再び馬に乗って帰って行った。


「白無垢で無く青で来いとはな。」


 父がぽつりと呟く。


「父上、或いは信長は、弾正忠家に蝶が染まって欲しく無いのやもしれませぬよ。」

「くくく。そうか、やはり面白い男よ!」


 本当は道中3泊してゆっくりと各地に勢威を示す予定だったが。


「構わぬ。那古野に急げ。彼のうつけ(・・・)を待たせると何が起きるかわからぬ故な!」


 笑いながら行け行けと言う父と、非常識に怒りつつも着物を褒められて満更でもなさそうな蝶を見つつ。


 俺は非常識な怪物の、信長の義兄となった。

私事な上に時間が経ってしまいましたが第6回ネット小説大賞で書籍化が決定いたしました。

皆様にご愛読いただき、ブックマークや評価をいただいたおかげです。ありがとうございます。

今後も拙作を宜しくお願いいたします。


今後に関わってくる人名などなど色々出ていますが、都度補足は入れると思いますので必ずしも把握する必要はありません。


安井道頓は養子入りしていた幸の一字をもらう形で元服しています。今後も幸チルドレンにはそういう名前の子が(作中に出る出ない関係なく)増えていくことになります。


実際の婚儀で信長のやったようなことをするのはまず無理ですが、まぁ信長だからで許してください。

史実より礼儀正しい分、分かっていて慣例とか慣習を破ってくる子に育っています。

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