第122話 濃尾大乱 その8 東濃平定
美濃国 小里城
土岐二郎頼栄が討たれたその日、東濃で動きがあった。発端は美濃の内乱での勢力関係からだ。
東濃にある小里城主の小里光忠は土岐の一族である。50年前に土岐一族から分かれ、その後朝倉氏の支援でこの地に領地を得て12年前(1534年)に小里城を築いている。
今回の争乱では近隣の高山城の城主明智定明が、土岐二郎頼栄の小姓を務めた弟の定衡に襲われ重傷を負った。
幸いこれは定衡一派の粛清で終息したものの、明智一族が派兵を妻木氏に任せる一因となっている。そしてこの粛清に協力することで二郎頼栄や朝倉への異心なきことを斎藤氏に示したのが小里光忠ということになる。
そんな小里光忠が今、窮地に立たされていた。
「木曽殿は何と申して居る?」
「やはり典薬頭様の快進撃が伝わって居らぬ様子で。美濃は当分荒れると見てか苗木に出陣して来ました。」
「愚かな。既に典薬頭様は朝倉を破り、大桑の二郎様も時間の問題だ。信濃の山奥に居ると此の程度の情勢も読めなくなるか。」
木曽義康、美濃へ出陣。
濃尾の乱が長期化すると見た義康は、自身の家督継承後進まなかった箔付けのために東濃の遠山七頭の領地に攻め込むことを決めた。
「何故美濃の状況が彼らの元に届いて居らぬのだ。しかも其れでも攻めて来るとは一体……?」
斎藤への忠節を貫く以外選択肢のない彼にとって、それは領内が荒れてでも斎藤氏に尽くして籠城などして耐えろという意味でもあった。
「せめて典薬頭様が早めに来て下さるのを願う外有るまい。城下の民に籠城になる故準備するよう触れを出せ。」
「ははっ!」
憂鬱そうな小里光忠は、それでもやるしかないと各地へ手紙を書き始めるのだった。
♢♢
美濃国 稲葉山城
木曽義康が信濃国境を越え、美濃に侵入を開始した。
これに最も怒ったのは……蝶姫だった。
「何時になったらわっちの婚儀の日取りが決まるのですか!?」
「いや、もう婚儀などせずとも良いでは無いか!」
「父上は黙っておれ!」
学習能力のない父に罵声を浴びせ、そして木曽氏に罵声を浴びせていた。せっかく作った婚姻衣装や準備を進めていた織田方へ提供する予定だった季節の献立案も、既に使えなくなっている。春も過ぎたため元々の衣装では暑いのだ。
口では信長に文句を言っているが、あれは甘えの一種だ。甘えられる相手だと蝶姫は認識しているのだ。だからこそ口では色々言いつつも楽しみだった婚儀が延期に次ぐ延期となっているのが不満なのだろう。
「兄上、木曽に兄上の御力を見せて来られませ。二度と刃向おうと思わぬように。」
「まぁ、舐められたら味方も国人もついて来なくなるからね。」
何より、俺の背後で姉の怒りの波動に震えている弟2人のためにもやらねばなるまい。
♢
美濃国 小里城
温泉のある地域から更に山奥に行った地域。
小里城の麓で、この地の領主小里光忠殿が出迎えてくれた。
「助かりました。何時此処まで攻めて来るかと不安で仕方ありませんでした。」
「心配召されるな。我らが来た以上、木曽の好きにはさせぬ故。」
「忝い」
強く両手を握りながらブンブンと上下に振る小里殿。情報が入っているとはいえ、内乱は治まった直後だ。どの程度援軍が来るか不安だっただろう。
俺が連れてきたのは5000の兵。木曽氏は2000を動員しているらしいが、多少の事では差を引っくり返せない程の差にしている。
「明知の遠山殿からは岩村家領内に既に侵入して来て居ると連絡を受けて居ります。」
「ならば、何より先ずは岩村城を救うか。」
遠山七頭と言いつつ、現在強い勢力を持つのは明知の遠山、岩村の遠山、苗木の遠山である。惣領と呼ばれる名目上の代表が岩村の遠山氏だ。
そして彼らは代々周辺勢力のいずれかと関係を持つことで家全体が滅びる事のない様にバランスをとっていた。
更にいえば七頭と言いつつ信濃国に馬籠遠山氏がいるので七頭は必ずしも美濃にいるわけではない状態である。美濃国内では土岐氏に一応従っていたが馬籠遠山氏は代々木曽氏と関係が深く、明知遠山氏は独立傾向が強かった。
今回は木曽氏の出兵に馬籠の遠山馬籠右馬介が呼応。苗木遠山氏は養子として惣領岩村遠山氏の次男武景が昨年当主を継いだばかりであり、内部の不満分子が内応してあっさりと落城した。これで浮ついたことで明知遠山氏が中立を宣言しつつ弾正忠家に使者を派遣。岩村遠山の隠居城であった阿寺城の遠山大岳殿が討たれたところで我々が小里までやって来たという状況である。
「飯羽間城は如何です?」
「遠山右衛門殿が苗木を追い出された武景殿らと共に籠城の準備中に御座います。阿木の城はもう厳しいとの事で。」
「何故此処まで木曽氏が勢いづいて居るのです?」
「分かりかねます。しかし噂では村上殿が背後に居るとか。」
「村上。村上義清か。」
村上義清は初期の武田信玄のライバルだ。北信濃に勢力を持ち一時は信玄と共闘していたが、現在は海野・小笠原氏と同盟して諏訪を攻め落とした武田信玄こと晴信と戦っているはずだ。
「信濃に近い地域に親武田勢力が来て欲しくないのだろうな。」
「恐らく。此れ程強気なのもその証左かと。」
面倒な相手だ。深入りすると信濃の勢力争いに巻き込まれるし、事前の約束では信濃は原則武田に任せる事になっている。
とはいえ手を出されて黙っているわけにもいかない。専守防衛で舐められれば結局領内に戦乱を招くことになるのだ。内乱終結へ進んでいる最中にこれはまずい。
「岩村の遠山殿と先ず合流しよう。明知は敵には回らん。弾正忠家と接触したなら却って好都合だ。」
「好都合、で御座いますか?」
「位置的に本来頼るべきは安祥殿だが、今勢いが有り三河を平定した三郎に文を送る筈だ。三郎なら斎藤の損に成ることはせぬよ。」
「そう言えば頻繁に文の遣り取りをされて居られるのでしたな。なれば信じましょう。」
合点がいったという表情の小里殿に頷き、皆に明朝出立の命令を出す。一日でも早く義弟の婚儀が出来るよう全力を尽くすのが俺の役目だろう。
♢
美濃国 苗木城
安木遠山氏が潰走し阿木城が落城寸前という状況で戦場に追いついた。
木曽氏の先鋒が馬籠遠山氏の遠山左馬介だったが、彼は火縄銃の怖さを知っていてもその形状をまだ知らなかったらしい。
後で捕虜になった本人から聞いたら凄まじい爆音の兵器と聞いて大掛かりな道具を使うと思い込んでいたそうだ。
300丁の発射音に左馬介の馬が驚いてしまい、彼は馬から振り落とされて捕虜となった。周囲の兵は落馬した主君を見て討たれたと思ったらしくあっという間に逃げてしまった。
「張り合いが有りませぬ。」
「蝶に良い知らせをする為にも良いことだ。何より兵が徒に死なずに済む。」
十兵衛は不満そうだが、敵が勝手に怖がってどんどん崩壊してくれるなら困る事はない。
阿寺城に派遣した大沢次郎左衛門の別働隊も戦闘らしい戦闘なしに阿寺城を奪還し、奪われた苗木城まで迫った。
苗木城まで1日足らずの距離まで進軍したところで使者が訪れた。使者は木曽義康の家臣である千村家晴と名乗った。
「ご容赦頂きたく」
「開口一番其れか。先に攻めて来たのは其方だぞ。」
「我らは元々典薬頭様の美濃統一をお手伝いすべく兵を送った次第。不幸な行き違いで戦になり慙愧に堪えませぬ。」
「白々しいな。」
舐められないよう強気に出つつ、戦にならずに終わることは可能そうだと内心ほくそ笑む。
「我が殿は此れからも末永く斎藤の御家と武田の御家共に仲良くさせて頂きたいと願って居ります。」
「言葉だけなら何とでも申せるぞ。」
「我が主よりの文に御座います。」
十兵衛が予め内容を確認して渡された文には実質的な降伏の内容が記されていた。木曽義康の次男が武田の人質になり、馬籠の当主と嫡男がうちの人質となる。
奪った諸城は俺に返還。更に馬籠にはうちの代官を置く。馬籠は実質領地召し上げである。
「馬籠殿は此れで良いのか?」
「正直申しますと、美濃とは仲良くして武田様と北へ向かう方が道が在りそうと考え直しまして。」
つまり、武田と協力して今後は北へ行くので遠山は煮るなり焼くなりご随意に、ということか。
十兵衛も内容に不審はないようで、一言「先ずは苗木を明け渡して誠意を示して頂きたいですな」とだけ言った。
「無論。既に我が主は苗木の城を出て白装束で兵を退かせて居りますれば。」
良く言う。つまりこの千村を時間稼ぎに使いつつ決裂しても自分だけは逃げるつもりだったということだろう。
「馬籠殿の説得を任せる。城の接収を優先するぞ。」
「かしこまりました」
頭を下げる千村を苦々しい表情で見つつ、一方で割とすんなりと片付いたことに内心喜んだ。
十兵衛も分かっていたようで、「良い報告が出来ますな」と後で囁いてきた。
けじめは付けた。遠山は今後うちの影響下に入らざるを得ないだろう。今回の一件で木曽と武田が繋がったとなれば周囲を斎藤の関係勢力で囲まれた形だ。城の奪還も頼ってしまった以上、今までのように半独立の姿勢は許されない。
後日、父の道三に帰城の報告をしたところ、「遠山はこれで手懐けられよう」と言われた。村上を動かしたのも父だったそうだ。大軍を送れる地形ではないため村上義清も援軍はほぼ送れないと読んで遠山支配の為動いていたらしい。
手の長さに呆れつつ、結果的にほぼ誰からも怒りを買わずに東濃を統一できたその策謀に流石マムシだなと感心させられることになった。
ちなみに、蝶姫は大和守との決戦が終わるまで結局婚儀の日程が決まらなかったので、当分御怒り状態が続くことになった。
木曽氏の当主交代にともなう出兵が史実と違いうまくできない分鬱屈としていた木曽義康。
遠山の混乱で武田の支援を遅らせようとした村上義清。
マムシの掌で踊らされた被害者です。マムシは主人公と火縄銃の強さを理解してこの機に面倒な東濃を統一しようと流れを誘導しました。結果的に信濃の情勢は武田に都合が良い方向に動きました。
しかし史実ではこの時期既に抑えていたはずの海野氏の領地が敵で、真田も望月なども健在なので史実より武田の拡大は遅いです。




